Everything I Need   作:アマエ

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金烏の体調不良ふたたび――

※ねこみみしっぽ編、原作開始数年前。




番外 大型猫

 

恋雪は猫好きである。

 

生前は素流道場の辺りを縄張りにしていたどら猫をよく構っていたし、実体をもつ幽霊となった今も、外出先や旅先で猫に遭遇すると、立ち止まって「可愛い」と言ってしまうぐらいには好きだ。運よく撫でさせてもらえた日には大変ご機嫌になって狛治を喜ばせるほど。であるからして、耳を伏せてうなだれている大きな猫を前にした彼女は、頬を染めて喜色満面であった。

 

「はあ、可愛い……」

 

幸せな溜息をこぼした少女は、花が浮かぶような瞳を蕩けさせて猫を見つめる。凝視された猫の方はというと、居心地悪そうに黒灰色の尻尾を揺らめかせたが、逃げ出す様子はなかった。

 

「とても可愛いです。撫でていいですか、狛治さん」

 

「にゃあ……ゲホッ、んんっ、構わないぞ」

 

「ありがとうございます! うふふ、髪もいつもよりふわふわしてる。あ、お耳が逃げたわ」

 

髪ごと耳を撫でられながら俯く猫、もとい金烏の体調不良の影響で猫の耳と尾が生えてしまった狛治は、開いた口から猫の鳴き声が出てきた途端、湯気がでそうなほど赤面した。以前も幼児になってしまったことがあったが、その時の恋雪はまだ冷静だったように思う。今回は、変身した夫を見るなりこの調子だ。うっとり見つめられるのはやぶさかではない。しかし完全に猫扱いで耳をくすぐられるのは、形容しがたい居たたまれなさがあった。

 

狛治が体の異変に気づいたのは、着替えのために浴衣を脱いだ時。尾てい骨あたりから生えた長い尾を見つけて褌一丁で凍りついた狛治の横で、布団から体を起こした恋雪が「狛治さん、頭に耳が生えてます」と言ったのだ。反射的に「耳は元から生えてるぞ」と答えたが、妻の視線が頭頂部あたりに向けられているのに、おそるおそるそこに触れれば、人の耳が消え、かわりに猫の耳が生えていた。

 

東北での長期任務中だが、奇天烈な見た目で外に出るわけにもいかず、仕方なく夫婦で宿の部屋に引きこもっている。尻尾が窮屈だからと着流しではなく袖なし羽織とひざ下ズボンを着用した狛治は、猫の耳がぴるぴる動く感覚と恋雪の指のくすぐったさに思わず肩をすくめて目をつむってしまっていた。

 

「ん、ぅ……」

 

可憐な指先が耳の根本や裏側をくすぐると、ぞくりと体が震える。けぶる睫毛を伏せてひたすら耐える夫の様子に何を思ったのか、恋雪はもう片方の手で彼の太い喉元をなぞった。ただ指の腹で少し触っただけ。それだけで、狛治のまろく端正な顔が閨でしか見せないような蕩けたものになり、喉仏あたりからクルルと小さな音が鳴った。

 

「狛治さん、喉が鳴ってます。本当に猫さんみたい」

 

「ふにゃ……グルル、んにゃう……」

 

恋雪の上機嫌の声が遠く感じる。なぞるだけだった喉元への愛撫が大胆に撫ではじめる頃には、逞しい体はすっかり恰好を崩して後ろについた両手だけで支えられていた。

 

「顎が気持ちいいの? ずっとごろごろいってる。あなた、尻尾も触っていいですか?」

 

喉に触れていた手が離れ、霞みがかっていた思考が戻ってくる。美々しい目元を染めて恍惚としていた狛治だったが、恋雪の手が体の後ろに回って尾てい骨を探った途端、流石の反射神経で優しく彼女を押し戻した。

 

「そこはだめだ! 嫌にゃん、んんッ、嫌な予感がするからやめてくれ、恋雪。すまにゃい」

 

いつしか狛治の膝に乗り上げる格好になっていた恋雪は、少し残念そうな顔をしたが、体を返されて後ろから抱き込まれるのを受け入れた。

 

「狛治さん、別ににゃあって鳴いても笑いませんよ?」

 

「俺が嫌にゃんだ……」

 

笑わないと言いつつ、恋雪はくすくすと可愛らしい声を漏らしている。狛治は溜息まじりに猫の耳を伏せ、彼女の細い肩口に顎を乗せたのだった。

 

 

 

 

 

その夜、丸一日部屋にこもって出てこなかった若夫婦を心配した女将が晩酌の用意にかこつけて訪ねると、凛々しい印象の夫の方は布団を頭までかぶって寝込んでおり、可憐な妻の方は手鏡片手に卓袱台でくつろいでいた。

 

「お客様、お身体の具合が悪いならお医者を呼びましょうか?」

 

「いや、必要にゃ……んんっ、必要ない。少し疲れて寝てるだけだ、気にしにゃ、ええいっ、気にするにゃッ」

 

布団の中からもごもごと「駄目だ、俺は辛い、耐えられにゃい」と小声が聞こえたが、廊下に膝をついた女将が聞き耳を立てる前に、少女が障子の方までやってきて申し訳なさげに口を開いた。

 

「ごめんなさい、女将さん。夫は喉の調子が悪いんです。機嫌も悪いようなので、放っておいてあげてください」

 

客に言われてしまえば女将に詮索する理由もなく、盆にのせた徳利と御猪口だけ置いて下がったのだった。

 

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。災難だった人(鬼)。ねこみみしっぽは黒灰色の短毛種のもので、猫としての気質は撫でられたがりの甘えん坊。撫でられたらすぐにぐでんと伸びてされるがままになるタイプ。顎の下はメロメロポイントだった模様。な行が悉く「にゃ行」になってしまい、恥ずかしくて悶絶した。

恋雪
ヒロイン。大変な猫好きなので、狛治さんにねこみみしっぽが生えて世の極楽を味わった。もっと毛並みを堪能したかったが、狛治さんが恥ずかしがったので我慢した。対猫モードの方がひとつのお布団で寝るときより大胆かもしれない。猫派かわゆい。

金烏
まだラスボス系な巫女さん。はじめての女の子の日がやってきて、流石に寝込んだ。以降は薬と祈祷であらゆる症状を抑え込んで事なきを得る。狛治を襲ったねこみみしっぽについては、恋雪から手鏡回線で報告を受けた。狛治本人は布団から出てこなかったのが残念。

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