Everything I Need   作:アマエ

46 / 53


恋とヒノカミの共闘、月と氷襲来ーー

※刀鍛冶の里防衛戦終盤の始まり




参拾壱話

 

 

竈門炭治郎は一流の剣士である。刀を手にして僅か三年。その間のたゆまぬ努力を土台に、上弦の鬼を相手に怯まない強靭な精神と戦いの中で飛躍的な成長を遂げる才能が、ここまで彼を生かしてきた。

 

「はあっ!!」

 

日輪刀の燃える軌跡が天狗の団扇を切り飛ばす。無手となった鬼が手足で攻撃してくるが、猗窩座に比べれば児戯にも等しい動きだ。

 

「おのれ、こしゃくな!!」

 

風を起こす血気術は団扇ありきで間違いないだろう。現に、炭治郎が団扇を破壊すると突風の攻撃はぱたりと止む。この鬼の純粋な強さは、さほどのものではない。少なくとも猗窩座の足元にも及ばず、ともすれば上弦の伍の兄鬼にも劣るのだ。頸を切ると分裂する特異性、この異能によって上弦に上り詰めたのだろう。

 

(上弦の参。猗窩座と同じ数字の奴が、この程度のはずがない。他にも何かある。油断するな、炭治郎、心を燃やせ!)

 

日の呼吸で全身の血を巡らせ、心拍数を上げていく。上昇する体温に呼応して五感が研ぎ澄まされ、目の前の鬼のどんな動きも逃すまいとする。ぎり、と握った刀で次の攻撃に転じようとしたその時、頭上から耳をつんざく騒音が襲い掛かってきた。

 

「うあっ!?」

 

「かははっ、でかしたぞ、空喜!」

 

注意が途切れた瞬間、楽の字の鬼が団扇を振るう。炭治郎の全身が風圧できしんだ音を立て、空へと吹き飛んだ。きりもみしながらどうにか追撃に備えようとして、夜空に見つけた光景に息をのむ。眼下では、屋根上で戦う蜜璃も同じように目を剥いていた。

 

魚だ。夜の一部を埋め尽くすほどの、何万もの魚が空を泳いでいる。大人の前腕ほどの大きさのそれは炭治郎がみたことがない形状をしており、細長い横ビレが翼のように広がっていた。波のように押された空気が鉄錆の悪臭を運んでくる。悪鬼と同じ臭いがするあの魚群は血鬼術によるものなのだ。

 

「とっ、飛魚があんなに……!?」

 

蜜璃の声は暴風と金切り声にかき消された。大群がこちらに押し寄せる中、上弦の参の攻撃はまったく弛まない。むしろ好都合と捉えているのか、いっそうの猛攻が集中が乱れた剣士たちに襲いかかった。

 

「炭治郎君、こっちに!」

 

「はいっ」

 

「かかっ、逃げるか、情けない鬼狩りどもめがッ」

 

音波も電流も切り払って駆けだす蜜璃の後を追い、炭治郎も屋根から屋根へと飛び移る。すぐ背後に迫る三体の鬼の攻撃が体を掠めるが、このままでは魚の物量に押しつぶされるのだ。幸いというべきか、大群は炭治郎らを狙っているのではなく、まっすぐに里の中心部へと進んでいる。その進行方向から外れるべく走る中、炭治郎はふと鼻に届いた一際強い血臭に眉を寄せた。

 

「これは…… 甘露寺さん!」

 

「どうしたの?」

 

「俺が合図したら、その方向に広範囲攻撃をお願いしますっ」

 

「ええっ!? わ、わかったわ。思いっきりでいいのね」

 

「全力で、鬼の頸を切るつもりで!」

 

「それなら任せて!」

 

短い隊服の裾をひらめかせて先をいく蜜璃が日輪刀をやや構える。それに後ろの鬼たちがざわめくが、すでに二人の意識は最小限に攻撃を避けることにしか割かれていなかった。炭治郎が嗅覚を研ぎ澄ませ、次第に濃くなる腐った海の臭いと【もうひとつ】を判別する。この場にある上弦の臭いは【ふたつ】、そして上弦の参の臭いの大元は、背後の三体ではない。

 

「北北東、2メートル先です。今っ!!」

 

「ええいッ!」

 

ーー恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪

 

凄まじい膂力から放たれた剣先が音速を超えて指定された範囲を微塵と化す。さすがに大技を繰り出してそのまま走り続けることはできず、蜜璃は即座に向き直って構えをとった。炭治郎は彼女の脇を抜け、瓦のかけらと木端の中を一直線に進んでいく。

 

「ひいいっ、何故わかったのだ、恐ろしい、恐ろしいっ」

 

炭治郎の耳にしゃがれた老人の声が届くのと、すぐ横に巨大な影が現れるのは同時だった。丸太のような腕の一撃に反応できたのは、額が急激に疼いて全神経が研ぎ澄まされたおかげだ。剣舞の足さばきで拳を躱し、超近距離で認めた巨躯は最初に目にした老人の鬼に酷似していた。牙を剥きだした口元から覗く文字は【恨】。負の感情をそのまま形相にした鬼は、炭治郎を恨めしげに睨み、ぶつぶつと口を開いた。

 

「何故じゃ、何故弱いものをいじめるのだ、わしのような弱者を」

 

「黙れ。何百人も人を喰ってきた悪鬼め!」

 

目の前の上弦の参からは、猗窩座よりもさらに濃い血臭がするのだ。純粋に口にした命の数は、こちらの方が多いのだろう。いずれも悪鬼だ。ぎり、と刀を握りしめて腰を落とす。後ろでは蜜璃が四体に増えた鬼と対峙している。しかし何かコツでも掴んだのか、苦戦している様子はなかった。

 

「炭治郎君っ、この鬼は舌を切ると再生が遅いわ! あと、数が増えるほど弱くなるみたい。こっちは任せて」

 

「わかりました! 本体は俺が倒します」

 

炭治郎の額に浮かんだ痣がさらに色を深め、手にした予備の刀にまで体の熱が伝わるようだ。ゴオオッと独特の呼吸音をたてて踏み込めば、恨の鬼は悲鳴をあげながら鋭い爪を振り回す。敗れかぶれに見える攻撃は、その実、急所を狙いすましたものだったが、当たる直前、炭治郎の体がぶれて消えた。

 

ーーヒノカミ神楽 幻日虹

 

「ひいいいッ!?」

 

「逃げるな、卑怯者!!」

 

ーーヒノカミ神楽 円舞一閃

 

背を向けた大鬼の頸に刃がすいこまれ、恨み顔が宙を舞う。炭治郎はぴくりと鼻を寄せ、構えを解かずに残った体を見据えた。まったく崩れる気配がしないそれに、やはりと奥歯を噛みしめる。

 

「分身が消えない。まだ倒せていないわ!」

 

「この頸が弱点じゃないんだ。まだ生きてる臭いがする……どこだっ!?」

 

恋柱の足元には小さくなった四種の鬼の分裂体が何十もひしめき、火力不足でなす術もなく切り飛ばされている。その都度、さらに分裂させるか舌を切り裂いているのは、空恐ろしい攻撃の正確さだ。小鬼の一部は弧を描く日輪刀から逃げ惑っており、やはりあの本体から生まれたものだと思わせた。

 

(どこだ、どこにいるんだ……)

 

夜明けはまだ遠い。そして、ざわめく魚影がすでに頭上近くまで迫っている。炭治郎も蜜璃もまだ余裕がある。しかし、あの魚の波に飲み込まれれば、上弦の参との戦いどころではなくなってしまうのだ。

 

数秒が引き延ばされて感じる中、戦いの緊張で極限まで尖った神経がピシリと世界にヒビを入れた。倒れた恨の鬼の体が透けて見えているのだ。筋肉の束も、太い骨も、脈打つ血管や人間そっくりな臓腑まで。そして、左胸に位置する心臓には、小さな人影が縮こまっていた。

 

(見つけた!!)

 

あれが本体だと確信して刀を振り上げる。その瞬間ーー

 

炭治郎の周りを牙をもつ魚が取り巻き、視界が一気に埋め尽くされた。しまった、と広範囲の技の構えをとった腕に噛みつかれ、焼けつく感覚に上弦の伍の兄鬼を思い出す。これは毒魚だ。

 

「うわあああっ」

 

すでに屋根上は大群の通り道と化しており、蜜璃はおろか上弦の参の本体も分体も気配が紛れてしまっている。押し流されそうになって足を踏ん張るが、体中に小さな噛み傷が増えていくはどうにもならない。呼吸で筋力をあげていても、魚の流れに逆らって腕を上げることさえ難しいのだ。

 

(くそっ、こんなところで!)

 

身動きできず急所を守ることしかできない炭治郎をあざ笑うように、魚に紛れて頸を戻した恨の鬼が近づいてくる。知性がない魚でも鬼舞辻無惨の血で通じ合っているのか、巨躯の鬼は襲われる様子がなかった。

 

「お前はああ、わしが可哀想だとは思わんのかああ!」

 

赫灼の瞳を見開いて、頭部に迫る爪から少しでも逃れようとするが、手足に喰らいつく魚に邪魔をされる。やられる瞬間まで目を閉じまいとする炭治郎だったが、悪鬼の手が彼に届くことはなかった。

 

「弟弟子を死なせるものですかあああッ!」

 

魚の壁を切り裂いて、ぼろぼろの隊服を体にひっかけた美少女が炭治郎の前に降り立つ。桜色の髪の三つ編みは解けており、乱れたそれが炭治郎の頬を叩いた。ビュンビュンと二人の周りを銀の軌跡が走り、細切れになった魚と恨の鬼の四肢が混ざり合って散らばる。

 

「か、甘露寺さん」

 

「炭治郎君、さっき何か見えてたんでしょう? 教えて、二人でこいつを倒すのよ!」

 

あられもない姿で全身噛み傷だらけでも、甘露寺蜜璃は美しかった。球を描くように日輪刀を操る彼女の間合いに入れる魚はおらず、細くしなやかな腕が放つ技が大群に押し負けることもない。

 

「心臓です! あの鬼の心臓に本体がいます!」

 

炭治郎が叫ぶなり、蜜璃からすさまじい気迫が立ち上った。迫りくる数千の魚が一閃で吹き飛び、大きく開いた空間に艶めかしい肢体が舞う。動けるようになった炭治郎も一気に踏み込み、二人の剣士が巨躯の鬼へと迫った。

 

「させぬわ、この悪人共めら!」

 

初めて見る童子姿の鬼ー上弦の参の分体が飛び込んでくるも、すでに攻めに入った剣士らがこの数秒の好機を逃すはずがなく、放たれた雷も音波も蜜璃の刃が切り払った。憎悪の形相でさらに技を放とうとした童子鬼の頭部を炭治郎の刀が縦に割る。文字が入った舌まで裂かれたことで、小柄な体の動きが鈍り、そうしている間に、蜜璃はさらに動きを速め、鬼の本体に攻撃を仕掛けていた。

 

「覚悟しなさい!」

 

「やめろおおおおお、ひいいいッ、助けてくだされ、助けっ」

 

ーー恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななき

 

怯んだ巨躯に幾重にも線が入り、ばらばらと上半身が割れる。六等分になった心臓部からころりと小さな頭が瓦へと転がり、何やら断末魔をあげながら塵に還っていった。童子鬼もすぐに続き、炭治郎は刀を持ったままその場に膝をついた。

 

「ありがとう、炭治郎君。後は私が守るからね!」

 

いまだ終わらない魚の行軍を、再び弟弟子の前に仁王立ちになった蜜璃が眉をつりあげて打ち払っていく。彼女の破れたシャツから丸見えの鎖骨には、花弁のような痣が浮かんでいた。

 

 

※ ※ ※

 

 

上弦の参と肆を討伐。時透無一郎と甘露寺蜜璃に痣が浮かび、竈門炭治郎が透明な世界を見た。

 

空飛ぶ魚群を終式で一掃した後に金烏からの念話でこれらを知った狛治は、自分が出るまでもなかったことに僅かに唇を吊り上げた。この場で彼が出張ってしまうと、鬼殺隊の主要戦力が育たないと金烏に言い含められていたのだ。あくまで刀鍛冶らの護衛の面目で里長の館の前に陣取っていた護鬼は、満身創痍であろう剣士たちを労うべく足を向けようとして、全身が総毛だった。

 

「まさかっ」

 

暗がりに響く琵琶の音。バッと頭上に目をやった狛治は、宙に現れた障子から一足で距離を取った。まろい顔立ちを険しくする彼の前に二つの人影が降ってくる。どちらも不本意ながら見知った顔だ。そのうちの一人、白橡の髪をもつ美しい男鬼がにこやかに片手を振ってくるのに舌打ちで返し、臨戦状態に入った。

 

「やあ、久しぶり猗窩座殿。また雰囲気が変わったなあ。その赤い模様、とっても不愉快な色じゃないか。前の罪人の刺青の方が似合ってたぜ?」

 

「童磨……軽口は慎め……我らはただ、使命を果たせばよい……」

 

「少しぐらいいいだろう、黒死牟殿。猗窩座殿とお喋りするのもこれが最後だと思うと寂しいんだよ。俺たちは一番の友達だったんだから」

 

刀鍛冶の里は最終決戦の地になりえない。金烏が知る絵物語のあらすじだけでなく、鬼舞辻無惨の性格から想定した可能性の中にも、この場での総力戦はなかった。無惨が鬼殺隊を滅ぼさんと動くのは、絵物語において竈門禰豆子が太陽を克服してから。彼女を喰う前座として、無惨は数か月をかけて産屋敷家の在所を調べあげ、耀哉を自ら殺すべくやってくるのだ。

 

(主、ご覧になっていますか。黒死牟と童磨が現れました。戦えば鬼殺隊の主要人物に死者が出ます)

 

刀鍛冶はほぼ全員が結界に守られているため、気にすることはない。しかし鬼殺隊の柱二名と不死川玄弥、そして最重要人物である竈門炭治郎は、この状況での生存確率がほぼないのだ。痣者三人と隊士一名。奇しくも絵物語の最終決戦で黒死牟を倒すことができた構成だが、条件が違いすぎる。

 

【見ておるよ。これは嫌な予感が当たってしまったなぁ】

 

金烏の言葉は普段と変わらない平坦さで狛治の脳裏に響いた。二十歩程度ひらいた間合いで格上相手に構える彼は、静かに主人の言葉を待つ。

 

【狛治、竈門禰豆子が鬼にならなければ太陽を克服する鬼はいないというのは、あくまで我らの物の見方だ。鬼舞辻めの視点ではどうだ? 太陽を克服した鬼は確かにそこにいるであろう】

 

すでに鬼舞辻無惨の血をもたない狛治が己を度外視していたのは、当然の盲点だ。では金烏はどうか。絵物語の知識を持ち、類まれな頭脳をもって日ノ本を守らんとしている彼女ならば。

 

(俺は餌でしたか)

 

【ふふっ、許せ。無限城に引きこもられたらこちらの負けだからなぁ。それだけはないよう、そなたの存在を知らしめれば、いずれ食いつくと思うておったよ。これで鬼舞辻の誤認が確定した。そやつらは、そなたを捕らえるよう命じられてきたのだ。鬼舞辻は、そなたを喰らって太陽を克服しようとしている。くふふっ、計画どおりで大変よろしい。しばし待て、とっておきの切り札を出してやるからなぁ】

 

子供の頃のように笑う少女の声が、黒死牟が放った剣技に霞んで遠ざかる。それを皮切りにかつての十二鬼月上位三体の乱戦が始まった。剣戟をさけた狛治の目前に氷像の美女が浮かびあがり、一面を氷の粉が覆い尽くすも、すぐさま赤く輝く乱打に融けおちていく。

 

「わあ、花火みたいで綺麗だなあ。新技かい?」

 

「陽光の……熱か……小癪な」

 

反撃してなお凍傷を負った右腕を回復させながら、狛治は獰猛に笑った。分が悪くとも、負ける気はないのだ。金烏の切り札が用意できるまで、どれだけでも待つ。その心のままに、襲いくる氷柱を迎え撃ったのだった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。刀鍛冶の里での目標達成を喜ぶ暇もなく、ついに戦闘開始。黒死牟も童磨も入れ替わりの血戦を何度も挑んだ相手なので、相性最悪なのは把握済み。取りあえず童磨の頭を吹き飛ばしたいが、果たして? 惡鬼滅殺!! 

恋雪
ヒロイン。留守番組。かわゆい。はらはらしながら玉壺戦と半天狗戦を見ていたが、ついに狛治さんの出番になって思わず身を乗り出して「頑張って!!」と叫んでしまった。惡鬼滅殺、です!

金烏
脱ラスボスルート済巫女さん。何年も前から狛治を餌に鬼舞辻フィッシングをしていた人。とにかく無限城百年ひきこもりルートだけは避けたかった。この度、フィッシュできたことが確定して大喜び。せっせと切り札一号の用意をしている。惡鬼滅殺!!

竈門炭治郎
原作主人公。痣の効果は良好。姉弟子と一緒に上弦の参を撃破した。毒トビウオに体中噛みつかれて実は結構やばい。夢の中の猗窩座ブートキャンプのおかげで原作の同時点より格段に強くなっている。

甘露寺蜜璃
痣者になった恋柱。弟弟子と一緒に上弦の参を撃破した。広範囲中距離攻撃は彼女の十八番であるため、今回は大変相性が良かった。彼女も毒トビウオにやられて結構やばいが、さらにやばいのは布くずと化した隊服。

半天狗
現・上弦の参。それなりにパワーアップしたはずが、全く本領発揮できずに退場した。ほぼ初手から頸を斬っても死なない可能性を踏まえられていたことと、柱が最初から参戦していたこと、炭治郎が原作よりずっと日の呼吸の剣士だったことが敗因。

黒死牟&童磨
呼ばれて飛び出た増援組。金烏的には飛んで火にいるなんとやら。ただし両名とも狛治よりも強い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。