宮城直属に相応しい身なり――
※原作開始10年前、護鬼三日目
金烏の使役鬼となった狛治は、まっさらになった身を持て余していた。鬼舞辻無惨の血に200年以上見張られていたため、それがない開放感にふとした瞬間そわそわしてしまうのだ。浮足立った感覚というのだろうか。特に朝日が昇る時間帯は、閉じ込められた猫のような落ち着かない気持ちになる。
「そなた、骨の髄までしゃちくであったのだなぁ」
三日たっても違和感がなくならないため、思い切って上司となった女童に相談すると、思いきり哀れみの目を向けられた。
「しゃちく?」
「気にするな。つまり、鬼舞辻に支配されていた時間が長すぎて、自由になった身でどうすればいいかわからぬということだろう?」
「はい。恋雪さんや親父たちと一緒の時や鍛錬している間はそうでもないですが、一人でいると落ち着きません」
「ふむ」
四歳児らしからぬピンと背筋を伸ばした座姿の金烏は、狛治と隣に寄り添う恋雪を見やり、にこりと笑みを貼りつけた。
「四六時中、ともに過ごせばよいではないか。恋雪と同室にしても私は一向に構わぬぞ?」
明らかにからかう言葉だったが、見た目十代の二人はそろって顔を赤くした。確かに狛治は恋雪の看病で何度も着替えや体をふく手伝いをしたが、それとこれとは別の話だ。
「そんなはしたない真似はできません! 俺たちは未婚の男女ですよ!?」
「くふふっ、半裸のそなたに言われてもなぁ」
「主様、狛治さんはちゃんと羽織を着ているから半裸じゃありません。それに、とても真面目で、はしたなくないです」
「ふふっ、すまんなぁ、恋雪。確かに、狛治の体は美しいから剥き出しでも全くいやらしくないなぁ」
途中から本当に笑い出した子供は、居心地悪そうに座っている狛治の軽装をじっくり見遣り、そうだと両手を合わせた。
「普段と違うことをしてみてはどうだ? そなたら、一昨日与えた間に合わせの衣服しかもっておらんだろう。今日は御上御用達の呉服屋が立ち寄る日だ。持ってきている反物に限らず、似合いそうなものを見繕わせよう」
女官に言っておかねばと懐から懐紙を一枚抜き、一息吹けばそれは白く光る小さな烏となって部屋を飛び去っていった。側仕えをつけない金烏の伝達の常套手段だ。はじめてその術を目にした狛治らは目を白黒させていたが、ややあって女官が段取りの相談にやってくると我に帰った。
「主、俺はいただいた着替えだけで十分です!」
「私も素敵な着物をいくつもいただきました。これ以上は恐れ多いです」
江戸時代の貧しい暮らしが当たり前だった二人には、新しい着物を買うということ自体が特別なことだ。基本的に誰かのお古を自ら直して着るか、安い端切れがあればそれで自分で仕立てるかのどちらかで、店で反物から仕立てるなどありえなかった。狛治にいたっては、猗窩座として過ごした長い時間、同じ袖なし羽織と丈が短いズボンの上下を数着着まわしていたのだ。それさえも、上弦の鬼がみすぼらしくしているのを無惨が好まなかったため、早い段階で買い与えられたものだった。
眉を下げて遠慮する部下たちを無視し、金烏は女官に時間と部屋を指示してさがらせる。そしてどこからみても真面目な顔で言った。
「狛治、恋雪、そなたらは【八咫烏の家紋の一族】の当主の使いとなるのだぞ。どこに行っても私の名を出して任務にあたる身分なのだ。つまり、そなたらの身嗜みが、外の者たちの私の印象に繋がる。これは衣服だけでなく、態度や働きぶりにも言えることだ」
端正な青年と少女がはっとした顔をするのに、満足げに頷いて続ける。
「私が買い与える着物は、まず形から入るための仕事道具だと思うがよいぞ。一流品を着こなし、それ相応の物腰を身につけよ。簡単な礼儀作法は、私が師事した女官から学べばよい」
「はい、主、ありがとうございます。考えが及ばず申し訳ありません」
「主様、ありがとうございます」
「よいのだ。部下を育てるのは初めてだが、そなたらは素直でかわゆくて教えがいがある」
ふふっと笑う金烏に、人外二人はまたも顔を赤らめて恥ずかしがる。褒められなれていない狛治と、そも16年の人生のほとんどを伏せって過ごしていた恋雪だ。やんごとなき身分の上司に手放しに褒められて嬉しくないわけがなかった。
「恋雪には小物も買ってやろうなぁ。櫛や簪は、いずれ狛治が自分の稼ぎで贈るであろうから、私からは扇子や巾着、襟巻きを贈ろう。京扇子は別に出入りのものがおるから、また後日となるが」
上機嫌で言う金烏は、小さな子供であるのに、まるで裕福な祖父母が孫に貢ぐがごとく散財しようとしている。高価な品に縁がない狛治たちには、いまいち想像がついていなかったが、後からの請求額が屋敷を一軒買えるほどだとついぞ知ることがなかったのは、幸せなことだった。
※ ※ ※
「とてもお似合いですよ! 狛治様は本当に佇まいが美々しくていらっしゃる。どの色をお召しになっても絵になりますね!」
「良い色だなぁ。そちらの錆利休の反物で羽織を合わせてみようか」
「流石は御方様です、素晴らしい襲の色合いでございます!」
「うむ、恋雪はどう思う? ますます男前ではないか?」
「あ、あのっ、帯はこれが良いと思います」
「ほう、これはなかなか……伊達男といった組み合わせだなぁ」
「この反物で羽織を作られるなら、こちらとこちらの反物の着物も色合いが良いかと。紅梅の差し色もきっとお似合いですよ」
「ごめんなさい、主様、その色は……」
「梅色は全て却下、藍墨と血に近い色もなしだ。それらは片付けてよいぞ」
「はっ、畏まりました」
目の前でどんどん話が進んでいく様子を、狛治は二十枚目の反物を体に合わせられながら見ていた。反物から仕立てる着物を選ぶということが、こんなにも疲れることだとは思ってもいなかった。選んでいるのは狛治の着物であるのに、意見を聞かれたのは最初の二回だけで、その後はしきりに金烏と恋雪の間でわいわいと言葉が飛び交うばかり。流石に今見せられた墨色に濃梅の柄の反物は、猗窩座を彷彿とさせすぎて、少女たちが却下しなければ狛治が断っていたが、そういった強い理由がなければ口を挟む気力も湧いてこなかった。
十畳間に中途半端に広げられた反物の海の中、御用達の呉服屋の主人と丁稚二人が次次と大荷物から新しい品を出してくる。そのどれもがとんでもない上物なのは、金烏の目にかなっている時点で察せられた。
「狛治は美々しいなぁ。着飾り甲斐があるというものだ」
うんうんと満足げな金烏の隣で恋雪もこくこくと頷いている。二人が喜んでいるならいいか、と狛治も眉を下げて苦笑した。そろそろこの反物地獄からも解放されるだろうと考えていたところーー
「よし、次は恋雪の着物を選ぶとしよう。狛治、そなたの目利きに期待しておるぞ」
巫女服幼女のひとことで、一気にやる気がみなぎったのだった。
【登場人物紹介】
狛治/猗窩座
主人公。白色版袖なし羽織と膝下ズボンを数着持ってるが、それさえとても恐縮して受け取った。猗窩座時代の名残で唯一衣装を残したのは、洋装でも和装でも着込むと動きにくいから。意外とあの剥き出しルックが好き。なお、今回贈られた服が一季節分でしかないことにはまだ気づいていない。
恋雪
ヒロイン。金烏のお母さんの巫女服以外の着物を貰ったが、この度ワードローブが充実しすぎた。でもまだ一季節分だけ。狛治があまりに真剣に色と柄を選ぶものだから、始終赤面していた。どの反物も似合いすぎて、かわゆさで狛治を悩殺した。
金烏
ラスボス系巫女さん。とてもお金持ち。この度新築の屋敷一軒分の散財をした。今後も季節が巡るたびに同じことをするが、二年目からはきっぱり辞退されてしょんぼりする。ちなみに自分の服は9割巫女服しかもっていない。この先十年以上成長期なこともあり、自分の服は必要最低限しかもたない人。