Everything I Need   作:アマエ

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戦闘終了、そして再会--

※刀鍛冶の里防衛戦終了、その後の入院生活まで。




参拾参話

 

 

太陽が降ってきた。

 

光に目を灼かれて視界が黒くそまる直前、炭治郎は昼夜が逆転する奇跡を見た。半身が崩れた上弦の弐も、満身創痍の蜜璃と無一郎も、狛治の頭を手にした上弦の壱も、首なしとなった狛治も、誰もがその光景に目を奪われ、為すすべもなく飲み込まれた。

 

(焼かれる!!)

 

視覚から熱波を想像して身構えるも、そこには駆け抜ける風さえなかった。盾にした刀身に衝撃はなく、肌が焦げることもなく。鬼達が発した本能的な恐怖の臭いだけがひどく鮮烈だった。

 

(あ、れ……もう終わったのか?)

 

恐る恐るまぶたをこじ開ける。白んで霞んだ世界は静寂そのもので、あまりに澄んだ空気の香りに足元が覚束なくなりそうだ。上弦の鬼達の気配がしないと気づく頃には視力も戻り、光の残滓の中に無傷の後ろ姿を見つけて駆け寄った。

 

「狛治さん!」

 

「……炭治郎」

 

全身の模様が消えて人と変わらぬ姿になった鬼がゆっくり振り返る。その白銀の瞳に見つめられた炭治郎はやや距離を開けて足を止めた。すました獣のような狛治の顔に浮かんだ薄い笑みに、何年も前に一度だけ会った少女が重なる。

 

「もしかして、御方様ですか?」

 

抜いたままだった刀を素早く鞘に戻してそう聞けば、小さな頷きが返された。

 

「うむ、よくわかったなぁ。狛治は疲れて眠ってしまった故、体を借りておるのだ。炭治郎、上弦の参の撃破に続き弐の撃退、見事であったぞ。そなたの成長は喜ばしい。この先もよう励むことだ」

 

「ありがとうございます! あの、さっきのは何だったんですか? 急に朝が来たかと思いました」

 

炭治郎のあどけない問いかけに、狛治の中の金烏が笑う。

 

「ふふっ、見事であったろう? あれこそは大神の前触れ、朝日の先に出るもの。はるか高天原より我が祖、八咫烏を降ろしたのだ。二度と見れるものではないから、よう覚えておくといい」

 

まあ鬼どもには逃げられたようだが、と少し疲れた様子でこぼした相手は炭治郎から目を外した。後方から満身創痍ながら自力で歩いてくる蜜璃と無一郎と、護りの結界が消えた里長の館から警戒しつつ出てきた玄弥を見回し、さらに戸口に現れた可憐な少女に微笑んだ。

 

「恋雪、使いの役目ご苦労であった。万事上手くいったぞ。そなたも狛治もようやった」

 

「え、あっ……主様! もったいないお言葉です、ありがとうございます」

 

普段と違いすぎる様子の夫に一瞬呆けた恋雪だったが、すぐに姿勢を正して頭を下げた。金烏は彼女の黒いつむじを見つめ、言葉を続ける。

 

「狛治にかけておいた呪(まじな)いだけでは足りなかった故、少々生命力も絞った。この後、昏倒するであろうが命に別状はないぞ。しばらく鬼殺隊の世話になってから二人でゆっくり帰っておいで。産屋敷には連絡してあるからなぁ」

 

「承知いたしました。主様は大丈夫なのですか?」

 

「大事ない、と言いたいところだが流石に疲れた。もう休む故、狛治のことは任せたぞ」

 

「はい。ゆっくりとお休みください」

 

恋雪がそう言うなり、糸が切れたように狛治の体が前のめりに倒れる。一番近くにいた炭治郎が慌てて支えたが、抱えた体がみるみる縮んでいくのに目を白黒させ、ついにひと抱えの大きさになってしまった恩人を凝視してしまう。穏やかな顔で眠る狛治は、幼児の姿になっていた。

 

「こっ、恋雪さん! 狛治さんが小さくなってしまいました!」

 

「大丈夫よ、炭治郎君。受け止めてくれてありがとう」

 

うろたえる少年の隣にきて小さくなった夫の寝顔を覗きこむ恋雪は笑顔だ。彼女の細い指先が狛治のまろい額をなぞり、長い睫毛と目尻をやんわり撫でる。

 

「お疲れ様でした、貴方」

 

「ねえ」

 

邪魔しがたい甘い空気に鋭い声をかけたのは、ザンバラ髪になった無一郎だ。血みどろの出で立ちと相まって酷い有様だが、戦闘中と変わらない殺伐とした様子で炭治郎を、正確には彼が抱える狛治を睨んでいる。

 

「そいつに聞かなきゃいけないことがあるから、こっちに渡してくれる?」

 

「時透君、どうしたの? そんな怖い顔をして」

 

「とても怒っているのはわかるけど、狛治さんが起きてからにしてくれないか。君も手当しないと」

 

「叩き起こすから問題ない。早くそいつを寄越して」

 

蜜璃と炭治郎のなだめる言葉に、無一郎は視線もよこさず吐き捨てた。大きな浅葱の瞳を爛々とさせて今にも掴みかかりそうな迫力だ。柱の殺気は一般人なら腰を抜かしてもおかしくない。しかし狛治のすぐ横でそれに晒された恋雪はしっかり立ち、眉を下げて少年剣士に対峙した。

 

「時透無一郎君、待ってください」

 

「……思い出した。あの時、あんたも護鬼と一緒にいたよね。答えろ、兄さんをどこにやった!!」

 

少女の華奢な胸ぐらを必死な手がつかんで揺さぶる。その暴挙に狛治を抱えたままの炭治郎が体当たりで無一郎を突き放し、蜜璃も厳しい表情で恋雪を背に庇った。一触即発の気配の中、到着したばかりの隠部隊の足音と、ざわめく里の者達の声が他所ごとのようだ。

 

「無一郎君、なんてことするの! 恋雪ちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫です。蜜璃さん、無一郎君のことは私達に非があるの。彼が怒るのは当然なんです」

 

恋雪の言葉が聞こえているのかいないのか、突き飛ばされて膝をついた無一郎は眠る護鬼に手を伸ばしたが、毒が回りきった体がついに力尽きて地面に転がった。それが呼水となったのか蜜璃がぺしゃりと尻餅をつき、炭治郎も立っていられずに座り込む。

 

明るすぎる夜中の空に鴉がはばたき、怪我人の治療を急ぐ隠らの声が通りに響く。恋雪は炭治郎から子供姿の夫を受け取り、少し難儀しつつ、しっかりその体を抱き上げた。彼女の青ざめた横顔に不安はなく、花をたたえた瞳で担架で運ばれていく剣士たちを見守っていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

刀鍛冶の里の防衛戦から三日が経ち、最も重傷だった恋柱が元気と食欲を取り戻した頃、蝶屋敷では次期柱の少女と現柱の少年の追いかけっこが繰り広げられていた。というのも、護鬼夫妻が同じ屋敷に滞在していると知るなり、無一郎が執拗な家探しをはじめ、彼の看護に当たっているしのぶが青筋をたててベッドに戻そうとしているのだ。

 

「霞柱様、狛治さんはまだ眠っています。見つけたところでお話はできませんから、病室に戻ってください」

 

「叩き起こすから問題ない」

 

「問題大ありです!」

 

無一郎が早足で廊下を進みつつ、ひとつひとつ扉を開け放っていく後に、同じく早足でしのぶが追いすがる。二人はあくまで歩いているつもりだが、すでに常人の全力疾走と変わらない速度だ。上弦の鬼との戦いで浅からぬ傷をおった無一郎は包帯と湿布が見え隠れしているが、怪我人とは思えない様子であった。

 

「正当な理由があるなら面会の機会を設けます。理由もなく蝶屋敷内での争いを看過することはできません」

 

しのぶは柱ではないが、花柱である姉カナエの継子にして甲の剣士である。愛らしい見た目に反して苛烈な彼女は、怒っていますと雄弁な笑顔を貼りつけて無一郎の前に回りこんだ。お互い腰の刀に手はやらないものの、視線で殴り合っている状態だ。

 

「……行方知れずの兄がいるんだ。僕と双子で、名前は有一郎。三年前に僕たちは鬼に襲われて、護鬼狛治がその場に来て、多分兄さんを連れ去った」

 

「断言ではないんですね」

 

冷静なしのぶの切り返しに、無一郎は不機嫌に目を細めた。

 

「この間まで忘れてたんだよ、兄がいたことも、あの鬼が来たことも。確固たる自分がなかった。忘れていた。だけど、やっと思い出せたから」

 

邪魔しないで、と静かに吐き捨てた少年が脇をすり抜けて行ってしまう。一瞬だけ呑まれていたしのぶが後を追おうとしたその時、空いた窓の外、屋敷の玄関の方から幼い看護婦らの声が聞こえてきた。

 

「あれ、霞柱様?!」

 

「でも髪の毛が長いわ」

 

「そっくりさんですか?」

 

無一郎が凍りついたように動きを止めて外を凝視する。その間もきゃいきゃいと可愛らしい話し声が続き、もうひとつ、ひどく聞き慣れた第三者の声が届くなり、無一郎は窓枠に足をかけて庭に身を投げていた。

 

何やら言っているしのぶの声など、もう聞こえない。履物も履かずに、けして小さくない庭を一気に抜けて玄関へと駆けていく。不揃いに短くなった髪が頬を叩いて視界を邪魔したけれど、目に入ってきた光景の鮮烈さは薄れるものではなかった。

 

三人の子供の看護婦と向かい合う黒い着物と袴姿の少年は、無一郎の鏡写しのような姿をしていた。高くひとつに結った長い髪だけは異なっていたけれど、無一郎を見つけて零れんばかりに見開いた浅葱の瞳までまるで同じだった。

 

「無一郎」

 

「……有一郎」

 

意識せず口にした名前が交差して、お互いの瞳にみるみる涙が盛り上がって溢れ出るのを見た。本調子ではない無一郎の足がもつれたせいで、先に兄からの抱擁に閉じ込められてしまったけれど、そんなことはどうでもよくて。失われたはずの片腕のことも、兄の腰に佩かれた刀のことも、なぜ蝶屋敷にやってきたのかも、全ては瑣末事だった。

 

「ゆういちろっ、兄さん、兄さんっ!!」

 

「無一郎、会いたかった! ううっ、一緒にいてやれなくて、弱い兄貴でごめんなぁ!」

 

同じ顔、同じ声、同じ骨肉に異なる魂。三年も離れていても筋肉のつき具合まで寸分変わらない兄弟が、大泣きしながら抱きしめ合う。蝶が舞う屋敷の玄関口での一幕は、屋内から見守っていた花柱が二人に声をかけるまで続いていたのだった。

 

 





※ストックに追いついたため、以降は毎週月曜更新を目安とします。



【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。消耗が激しすぎると原作の禰豆子のように幼児化して眠ってしまうことが判明。八咫烏の神降ろしについては事前に聞いていたし、結界+重ねがけの加護+場合によっては生命力を費やすことも知っていた。無限城に連れ去られた場合の自爆特攻プランまであったのは恋雪には内緒。無一郎が恋雪の胸ぐらを掴んだと知っても許せる程度には、悪いことをしたと思っている。

恋雪
ヒロイン。金鳥から「太陽が落ちてきたら戦闘終了」だと聞いていた。狛治が幼児化するのは二度目(番外編参照)なので、驚くことなく内心うきうきだった。なお、抱っこが危なっかしかったため、すぐ善意の隠に狛治を取られてしまい、ちょっぴり拗ねた。かわゆい。無一郎には心から申し訳ないと思っている。

金烏
脱ラスボスルート済巫女さん。刀鍛冶の里戦はいくつか実験を兼ねており、藤毒の弾丸の実戦投入、狛治への加護の重ねがけ及び術の代行の具合、神降ろしの効果と自分への負担などを確認した。結果はおおむね良好。八咫烏アタックは負荷がかかりすぎるので二度としないつもり。無一郎暴走の気配を察知したため、兄弟の再会を早めた。

時透有一郎
運命系魔法剣士にして刀の申し子。無一郎が恋雪の胸ぐらを掴んだのを見てギャアと悲鳴をあげてしまったお兄ちゃん。金烏から弟の見舞いに行くよう勧められ、式の案内で蝶屋敷までやってきた。最初に何を言おうか道中ずっと考えていたが、弟の顔を見たらすべて吹き飛んで号泣抱擁コンボ一択だった。

竈門炭治郎
原作主人公。防衛戦を五体満足で生き残った。一番軽傷だが、玉壺の毒で昏倒して蝶屋敷に担ぎ込まれて7日寝込んだ。このため時透騒動のことは看護婦らから後で聞き、感動からうるっとした。

甘露寺蜜璃
痣者な恋柱。防衛戦を五体満足で生き残った。童磨に蹴られて肋を4本折ったうえに玉壺の毒で昏倒して蝶屋敷に担ぎ込まれた。三日目にはいっぱいご飯を食べるまで回復したが、玄関先の騒動については、何かしらと思いつつ安静にしていた。

時透無一郎
痣者な霞柱。防衛戦を五体満足で生き残ったが髪は短くなった。誘拐犯を問い詰めようとするもタイミング悪く相手は昏倒、自らも玉壺の毒で倒れ蝶屋敷に担ぎ込まれた。三日目にはすっかり元気で護鬼狩りを始めたが、予期せぬ来訪者にそれどころではなくなった。号泣抱擁コンボ一択だったのは兄と同じ。

不死川玄弥
防衛戦を五体満足かつ無傷で生き残った豪運の持ち主。あまり役に立てなかったと凹んだが、金烏から特注ライフルと残弾を贈られ同封の手紙で激励まで受けた。風柱邸に戻ったため、蝶屋敷の時透騒動は知らない。

黒死牟&童磨
原作の修正力に助けられた増援組。あわや焼け死ぬところをタッチの差で無限城に避難させられた。なお、童磨は崩れたババロアのような状態で少し炙られた表面がブリュレ風になっていたが、三日経てばどうにか治った。黒死牟がもっていた狛治の頭部はいつの間にか消えていた。任務失敗につき、二人共念入りにパワハラされた。可哀想。

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