Everything I Need   作:アマエ

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炭治郎と双子と上に立つ者達、それぞれの一幕ーー

※蝶屋敷にて、時間軸は柱稽古の少し前。

※誤字報告ありがとうございました!





参拾伍話

 

それは、狛治が幼児から青年の姿に戻った日の午後のこと。

 

「狛治さんが猗窩座あぁあああっ!?」

 

うららかな昼の庭に少年の叫びがこだました。数歩距離でそれを聞いた若い姿の男は耳を塞ぐでもなく、形良い眉をさげて佇んでいた。上弦の鬼の毒をうけた炭治郎が日課の日光浴をしていたところに、蝶屋敷に滞在中の狛治がやってきて告げた一言がことの発端だ。

 

「じゃあ、あの夢に出てきたのは狛治さんだったんですか!?」

 

「そうだ、主のお力で夢を渡った。景色も何もかも術による幻だ。お前は戦いの中でこそ強くなる男だから、ああやって覚醒を促した」

 

騙していて申し訳ないと狛治が頭を下げれば、謝られた炭治郎は慌てて首を振った。

 

「頭をあげてください! おかげで凄く強くなれたし、感謝してます。それにしても演技上手ですね! 本当に悪鬼って感じで! 最後の方は本気で頭にきました!」

 

「……そのことだが、炭治郎、実はな」

 

入院着に覆われていない肌が包帯まみれの炭治郎を気遣い、そっと縁側の方へと促す。一人分の距離をあけて座った彼らの間を綺麗な青い蝶がふわりふわりと飛んでいき、狛治はそれを追うふりで視線をずらしつつ、口を開いた。

 

「俺が護鬼となったのは十二年と少し前だ。それ以前は、鬼舞辻無惨に従う鬼。上弦の参・猗窩座という名だった。俺は多くの人を殺した悪鬼だった」

 

すでに友と共闘者たちに明かした事実であっても、子犬のように己に懐いている少年に告げるのは、また別の覚悟が必要だった。まだ二年の付き合いとはいえ、炭治郎をはじめ竈門家の人々は狛治にとって特別だ。金烏の指示で悲劇の運命から救ったからではない。彼らの貧しくも暖かく優しい在り方が素流道場での生活を思い出させるからだ。

 

人食い悪鬼の過去を知られれば、炭治郎が自分を見る目が変わるかもしれない。そう覚悟して隣に視線を戻すと赤みがかった瞳と目があった。

 

「俺は、昔の狛治さんを知りません」

 

炭治郎の声は優しかった。剣胼胝で固くなった手のひらを膝のうえでゆるく組んで少し考えた彼は、真上の太陽を仰いで目を細めた。

 

「猗窩座は御方様に退治された悪鬼。狛治さんと恋雪さんは御方様に従う人の味方の妖怪と幽霊。それじゃあいけませんか?」

 

妖怪と幽霊は花子たちが言ってたんですよ、と笑う炭治郎。

 

「都合が良すぎる解釈だが、嬉しいよ。ありがとう」

 

ひとつ胸のつかえが取れた気がして狛治の表情が緩む。他にも話さなければならないことは山積みだが、今日でなくともいいだろう。きっとこの滞在の日々が鬼舞辻無惨との最終決戦の前の最後の何もない日々だ。

 

日向の猫のような気持ちで目を閉じた狛治だったが、次の瞬間、機能回復訓練用の道場から聞こえた轟音に腰を浮かせることになるのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

パラパラと木片が落ちる音が聞こえる。今しがた空けた壁の大穴から陽光が差しこんで埃に乱反射する中、同じ顔の少年たちが半分に折れた木刀を片手に対峙していた。

 

「兄さん、陰陽術でも習ったの?」

 

「そういう才能は皆無だって御方様のお墨付きをもらってる」

 

「飛ぶ斬撃はまだしも、同時に九回斬るのは人間業じゃないよ。変な呪いかけられてない?」

 

「絶対にない。第一、お前も似たような感じで防いだだろ。同時でも瞬時の連撃でもそう違わないよ」

 

「腕が生えたときに改造されてたり」

 

「しない。この左腕は御方様じゃなくて吉光がくれたんだ。吉光は俺に変なことしない」

 

「……それって刀の銘だよね」

 

無一郎のじとりとした視線を受け、有一郎はむっと眉間にシワを寄せた。離別前は違いすぎる雰囲気から見分けやすい双子であったが、今は二人ともやや尖っているため鏡を見ているようだ。しかし弟の髪が肩のうえでざんばらになっているのに対し、兄の髪は一括りになって優美な尾のように背に流れている。服装以外で彼らを判別するのに丁度いい目印であった。

 

感動の再会でお互い大泣きして早数日。無一郎が退院するまで蝶屋敷に滞在することにした有一郎は、その間、看護婦らの力仕事の手伝いなどをしていたが、驚異の速さで回復している弟に軽い手合わせに誘われて道場にやってきたのだ。

 

機能回復訓練中の患者もおらず、道場は貸切状態。丁度いいとばかりに木刀を借りて、最初は普通に打ち合っていた。無一郎は兄に怪我をさせないよう細心の注意を払って。有一郎は弟の怪我を案じて盛大に手を抜いて。互いに様子見で子供の遊びのようにカンカンと音を鳴らすこと数分、何かがおかしいと思ったのは同時で、試しに半分本気で打ち込んだもの同時だった。

 

そこから加速的に剣戟がかわされ、無一郎は徐々に呼吸の技を、有一郎は飛ばす斬撃を使い始めて。ついには百以上の飛ぶ斬撃を月の霞消で迎え撃ち、逸れた攻撃の余波が建物の壁に大穴を開けてしまったのだった。

 

「無一郎君、有一郎君、これはどういうことかしら?」

 

「鍛錬に熱が入るのは良いが、家屋を破壊するのはいただけないな。有一郎、カナエ殿に謝罪を」

 

破壊音を聞いて飛んできた屋敷の主ことカナエと呆れ顔の狛治が戸口から顔を出す。

 

二人だけの対峙はシャボンが割れるように終わり、時透の双子は練習したかのような綺麗にそろった所作でカナエに謝罪を述べた。無一郎が壁の修繕と折れた木刀の補充のことを口にすれば、有一郎も少し顔を青くして「半額は俺が払うよ」と続ける。

 

「ありがとう、二人とも。木刀は替えがあるから大丈夫よ。壁の方はとりあえず布を張るのを手伝ってちょうだい。修繕費は、無一郎くんの機能回復訓練の必要経費として落とせると思うわ」

 

にこりと微笑むカナエはまるで怒っていない。大らかな彼女でなければ小言の一つでも言っただろうが、そこは鬼殺隊一物腰が優しいとされる花柱だ。遅れてやってきた幼い看護婦らに掃除道具と大きな布を持ってくるよう伝えた彼女は、双子に片付けを申しつけて母屋へと戻っていった。

 

すぐに箒や雑巾などを持ってきた少女たちに礼を言って、自ら残った狛治とともに後始末に取り掛かる。無一郎は完全に護鬼を無視していたが、それ以外は手際よく片付けが進んだ。

 

「有一郎、手合わせはどうだった?」

 

床があらかた綺麗になった後に壁の穴を布で覆って釘を打つ。布をおさえる狛治の横で小さな金槌を手にした有一郎は、問いかけに嬉しそうに答えた。

 

「俺のほうが少し速いけど、無一郎のほうがずっと戦いが上手い。本気で戦ったら俺が負ける」

 

そうだろ、と浅葱の目を向ければ、彼の弟は釈然としないようで唇を尖らせた。

 

「あの程度の打ち合いじゃわからないでしょ。怪我が全快したら屋外でちゃんと立ち会おうよ、兄さん」

 

「うん、それがいいな」

 

嬉しそうな有一郎を横目に狛治は張りおわった布から手を放す。無一郎は他に誰もいないように兄だけを見て、子供の頃のような満面の笑顔を浮かべていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

産屋敷耀哉が足の力を失なったのは先々週のことだった。彼の一族が呪いと呼ぶ先天性の病に蝕まれ、自力で布団から離れることができなくなり、もはや医者が告げた余命を超えて命の灯火を執念で燃やし続けている。そのような状態になった彼は今、妻だけに付き添われ、寝所で体を起こして銀色に光る手鏡と対面していた。

 

小さな台に設置された鏡はあまねの私物であり、特殊な謂れなどない漆塗りの手鏡だ。しかしその表面は銀の泉のように輝き揺れている。帝都に住まうやんごとない貴人の術により、離れた場所から声をつないでいるのだ。

 

「これが最後の話し合いになるだろう。後のことはくれぐれもよろしく頼むよ」

 

『案ずるな、産屋敷。そなたの子の代で鬼舞辻と悪鬼共は滅びよう』

 

耀哉の声に以前のような力はない。顔全体が爛れて血を滲ませており、衰えきった喉から発せられるのはやや掠れた小声だ。起き上がっているのがやっとという風情の男に、しかし鏡の向こうの金烏は労るでも侮るでもなく、平然と言葉を返した。彼女の無機質にも聞こえる平凡な声に耀哉は小さく笑った。

 

「そう言い切ってくれるのだね」

 

『道筋はすでにできている。絵物語とはだいぶ状況が異なるが、結果は変わらず、人の手で幕引きがなされるであろうよ。安心して死出の旅路を行くといい』

 

「ふふっ、ゴホッ……君と親しくなれなかったのは残念だよ、八咫烏の家紋の御方」

 

『そなたが日の本のために闘う者であれば、業が深い立場のもの同士、友誼を結んでもよかったがなぁ』

 

血を吐く耀哉に対し、金烏は声に形だけの笑みを含ませる。呆れたような、憐れむような、高みにあるものの声音。これが彼女が産屋敷一族に対して示した最初で最後の感情であった。

 

『公家でありながら帝の元を離れ、血統を絶やさぬため鬼舞辻を討たんとする執念の一族、鬼の被害にあった者たちの怨嗟を集わす悍ましき旗印。その血の集大成ともいえるそなたは、千年来の殺意を体現する大蛇(オロチ)だ。八咫烏の家紋の長として、かような不浄に近づくことはできぬと判断した』

 

「我が一族が深い恨みを抱いていることは否定しないよ。けれど鬼殺の剣士たちは、力なき人々を護るために命を賭して戦っている。彼らは優しくて勇敢な素晴らしい子たちだ。彼らまで不浄とは言わないでほしい」

 

『煉獄杏寿郎や胡蝶カナエのような根っから清い者は少数であろう。剣士らは鬼に親しいものを害され復讐のために戦っているものが九割九分。そなたには見えぬであろうが、鬼殺隊は一端の祟り場なのだぞ。鬼舞辻めを倒したら即解体させねば、行き場をなくした武力は良くないことになる』

 

「戦いが終われば、子供たちには剣を置いて自分の幸せのために生きてほしいと思っているよ。鬼殺隊を終わらせることは、輝利哉にも話してある」

 

『それならばよい。では産屋敷、大詰めの話をするとしよう』

 

産屋敷耀哉が床から起き上がれなくなるより二日前の昼下がり。美しく整えられた屋敷の一室で、似て非なる境遇の一族の長たちは来る決戦の製図を描きはじめていた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。どうにか18歳の体に戻れた護鬼。完全に調子が戻ったら恋雪と一緒に宮城に戻る予定。炭治郎は可愛い弟子のような相手なので猗窩座バレするのが少し怖かったが、すんなり受け入れられて拍子抜け。また、表に出さないがとても嬉しかった。痣者について近日中の柱合会議で柱たちに共有されることを知っているが、炭治郎には自分の口から話すつもりでいる。

恋雪
ヒロイン。今回は登場せず。夫が大人の姿に戻ったため、膝に乗せたり抱き上げたりの攻めのスタンスから、普段の恥じらいかわいいスタンスに戻った。蝶屋敷滞在中は看護を手伝っている。白衣の天使で大変かわゆい。

金烏
脱ラスボスルート済巫女さん。産屋敷のことは苦手だが耀哉が死ぬ前にちゃんと作戦会議を設定した。不浄を嫌う巫女の視点から、いわば怨念の塊である鬼殺隊に思うところが有りすぎる。なお、鬼殺隊そのものは祟り場もどき(実害はない)だが、数百年の間に数千人の若者が鬼に喰われ同数程度の鬼が死んだ藤襲山は立派な祟り場なので、隊の解体後に格式高い神職にお祓いさせる予定である。

時透有一郎
運命系魔法剣士。弟と初めての手合わせを行った。テンションが上って気がついたら建物に大穴を開けていた。修繕費用を半分負担したいけど実はお小遣い程度の財力しかない養われボーイ。経費で落ちると聞いて「鬼殺隊って凄い」と思った。弟より早く、攻撃の間合いと手数が凄まじい。

時透無一郎
痣者な霞柱。大きな傷はだいぶ良くなり血鬼術の毒も抜けたため、兄と初めての手合わせを行った。テンションが上って気がついたら建物に大穴を開けていた。修繕費用の負担を申し出た高額取得ボーイ。経費で落ちると聞いて「ふうん」と思った。兄より圧倒的に実戦と殺しの経験がある。

竈門炭治郎
原作主人公。呼び水の痣者にして日の呼吸の継承者。狛治=猗窩座が確定して叫んでしまったが、落ち着いたら「やっぱり」という気持ちになった。狛治の告白の後も、猗窩座のキャラはほぼ演技だと思っている。知らぬが花。痣と寿命の関係はまだ知らない。

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