世継ぎの話、業が深い一族の話――
※刀鍛冶の里防衛戦の数週間前
「宮内卿、今すぐその口を閉じて退室願おう」
純和風の屋敷に一室だけ設けられた長椅子のテーブルセットがある応接室。巫女姿の少女の斜め後ろに彫刻のように佇んでいた青年が発した言葉は、けして大声ではなかったが、刃のような鋭さで壮年の大臣に突き刺さった。
「狛治、控えよ」
間髪いれずに少女―金烏が命じる。しかし、常なら即座に畏まる護鬼は冷え冷えした殺気さえまとって来訪者を見つめるだけであった。
「狛治」
「主、無礼をお許しください。しかし今の話は聞き過ごせません。この男は御身を軽んじた!」
「ヒッ!」
ギン、と睫毛の影から肉食獣の瞳でにらめば、宮内大臣は紳士然とした態度を一気に崩して縮こまった。政府の要職についていようとも、戦士でもない人間が元上弦の鬼の圧迫感に耐えられるはずがない。長椅子の背もたれに背中を押し付けて固まった男を救ったのは、向かいに座る血縁上の孫娘であった。
金烏の特徴がない顔がくるりと狛治へと向けられ、平坦な声がもう一度命じる。
「よいのだ、控えよ。三度は言わぬ」
「……申し訳ございません」
静かに応じた狛治は無表情であったが、長い付き合いの金烏には不満がありありと感じられた。その理由さえあまりに明確で、来客の前でなければ笑っていたかもしれない。
「そなたに当家の継承について話しておこうと思い、この場に同席させたのだ。黙って聞いておれ。宮内卿、配下が失礼した。話を続けておくれ」
「は、はい。御方様におかれましては、16歳になられましたので、ならいに従い種の手配を進めさせていただきます。こちらに候補の第一案をお持ちしました。宮内省関係者で三十才未満の健康な者を二十名選出したものです」
宮内大臣がそう言って差し出したのは、薄い紙の束だ。金烏は、彼女の標準装備である淡い微笑みをたたえてそれを受け取った。一番上の紙面には男性名が上部に記載されており、続いてその人物に関する簡単な説明が記されている。後ろから見下ろす狛治の目に、ちらりと『宮内省宗秩寮総裁子息』の文字が入り込んだ。
「ご苦労。めぼしい者がいれば数日中に伝える。まだしばらく鬼退治で立て込むのでなぁ、男子(おのこ)を床に迎えるのは来年になるが」
「はい。侍医と相談のうえ、最も子作りに適した日程を組ませていただきます。御方様、お体の方はいかがでしょう」
「おかげさまで健康だ。女の部分も支障ないぞ」
「それは良うございました」
穏やかなやり取りは、まるで天気のことでも話しているようであるのに、その内容は狛治の顔色を悪くさせていた。金烏のつむじ辺りを見つめる護鬼は、唇を震わせて大臣と少女の奇妙な会話を一言たりとも聞き漏らすまいとしていた。
やがて宮内大臣は形式ばった別れの言葉を告げて去っていき、パタリと扉が閉じたところで、金烏の右手が無人になった長椅子を指し示した。
「狛治、そこに座れ。大方察していると思うが、私の後継の話だ。恋雪には、後でそなたから話すように」
「……はい」
狛治が硬い表情のまま向かいに腰掛ける間、金烏は赤い袴のありもしない皺に手のひらを滑らせていた。宮内大臣に見せていた薄い笑みはそのままだ。
「八咫烏の家紋の一族は氏をもたぬ特殊な一族でなあ、もう千年以上、女系の術師の家系として血をつないできた。我らの責務は、破邪の異能をもって主上をお守りすることだ」
金烏が語るのは、狛治が護鬼として彼女に仕えるようになって幾度となく言われてきたことだ。齢四つの頃から彼女の芯は揺らぐことなく、その頼りない体にとてつもなく重い役目を抱えている。
「そなたも知るとおり、我が一族は絶大な発言力がある。存在を伏せられているとはいえ、な」
「だから婿を迎えないのですか」
「そのとおり。我らは他家との繋がりを作らず、血脈を広げることもしない。万が一にも、帝の系譜に仇なす愚か者が生まれてはならんからなぁ」
「婚姻を結ばずとも、好いた相手と連れ合うことはできます。貴方を愛し尊ぶ男をお選びください。どこぞの馬の骨に御身を委ねるなど、あってはならない!」
思いの外、大きな声にわずかに空気が震える。慣れない音量に金烏はぱちりと瞬いて、珍しく格好を崩して吹き出した。
「ふはっ、そなたの方が必死になってどうする」
「必死にもなります! お子の父となる男は、心身ともに素晴らしい男でなくてはっ」
「残念ながら出会いの機会は全くないぞ。私は宮城を離れないし、おいそれと外の者を招くこともできぬからなぁ」
金烏は他人事のようにくすくすと笑っている。事実、彼女にとって次代の巫女を産むことも、そのために見知らぬ男と体を重ねることも、当たり前すぎてどうということではなかった。狛治と恋雪という仲睦まじい夫婦を側に侍らせていても、それに憧れるという精神性を持ち合わせていないのだ。
特徴がない面(おもて)が愉しそうなのに気づかないまま、狛治は主人との間を隔てるローテーブルをじっと睨む。そして、火がついたように顔を上げた。
「杏寿郎はどうでしょう。俺が知る中で最も立派な男です。強く正しく、そして優しい。容姿に優れ、溌剌とした気持ちが良い性格だ。室町頃から続く武家の家系で出自もはっきりしています。これ以上ない好条件ではないかと」
「……確かに立派な男であるな」
「他にも、不死川の娘たちは霊的な才能があると聞きました。ならば実弥と玄弥はいかがでしょう。少々物腰に難あれど、どちらも良い男です」
「……ふむ」
「もっと年齢が近い者なら、炭治郎がおります。主もご存知のとおり、大変気立てが良い優しい少年です」
「狛治」
「はい、主」
話している間に目が爛々としてきた護鬼は、しかし少女の一声で口を閉ざした。
「仮に、そなたの友らが私と子を成したならば、娘も息子も分け隔てなく心から愛するのだろうなぁ」
金烏の濃茶の眼差しはどこか遠くを見つめている。宮城の塀の外を知らない彼女が思いを馳せる先がどこなのか、狛治にはわからない。ただ、いつもどおり微笑む顔が気がかりでならなかった。
「ありがとう、狛治。世継ぎを作るのはまだ先のことゆえ、男子のことはゆっくり考えるとしよう」
「主、お待ち下さい」
「そろそろ御上に拝謁する時間なのだ。そなたも任務があろう?」
美しい所作で立ち上がった金烏が、もう話は終わりとばかりに扉に向かう。狛治も影のように付き添い、後ろから彼女が手にした紙の束を冷えた目で見つめていた。
鬼舞辻無惨との最終決戦から遡ること半年。金烏が16歳になって少し経ったある日の昼のことだった。
※次ページは登場人物紹介です。
【登場人物紹介】
狛治/猗窩座
主人公。ついこの間()まで子供だった主が好いてもいない馬の骨に抱かれるなんて絶対許さないマン、忠実なるモンペ。恋愛でなくとも金烏を心から大事にする男でなければ認めない所存である。この先、親友を筆頭に数々の候補を見繕うがどうなることやら。
恋雪
ヒロイン。出番なし。主様が好きでもない相手と床を共にするのは許さないウーマン。愛ある関係の素晴らしさを知っているからこそ断固反対派。しかし金烏の子供は無条件で可愛がりたい。かわゆいモンペ。
金烏
脱ラスボスルート済巫女さん。八咫烏の家紋の家長は、後継者を産むまで子作りチャレンジする義務がある。子供の父親は遺伝子提供者でしかなく、後腐れがない健康かつ神仏に疎まれていない男(妻子持ちでも可)を本人と宮内大臣が相談して見繕う予定。なお、狛治が猛プッシュする鬼殺隊の面々は子供を愛する父親になること間違いないため、「ないわー」と思っている。