Everything I Need   作:アマエ

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胡蝶カナエと氷の鬼――

※原作開始の2年前→原作開始の1年前




伍話

その日は夜明け前から分厚い雲が空を覆っていた。

 

(くそっ、出遅れた!)

 

目撃されないよう最低限の気配察知だけしながら、狛治は屋根から屋根へと駆けていく。金烏に命じられた護衛対象に悟られないよう、後を追うこと三日目。相手が妹を連れて宿に入った所までは監視していたが、二人が風呂に入るところでしばらく目を外したのは、果たして間違いだったのか。

 

姉妹を探し始めて、妹の方は大通りで見つけることができた。

 

後は護衛対象である姉の方だが、この町で頻発している若い娘の失踪事件を追って、連日人気がない裏通りを歩いていることは知っていた。中規模の宿場町には、そんな通りは腐るほどあるのだ。

 

(この気配……主が仰ったとおり、奴がいる。)

 

だん、と強く踏み込み、人目をきにせず高く跳躍する。薄れてきた暗がりに夜目を利かせれば、虫唾が走るほどよく知る長身と、探していた娘を目視できた。つややかな黒髪に蝶の飾りを挿し、翅のような羽織をひるがえして日輪刀を構える姿。荒々しさの欠片もない体躯に反し、その闘気はこの距離でも狛治に届いていた。

 

よく鍛えられた、美しい剣気だった。

 

(奴が好みそうな女だな。間に合ってよかった。)

 

自由落下にまかせて風を切り、二人のもとに落ちていく。そして、今まさに切り結ぼうという時、胡蝶カナエの太刀筋上に着地することで間合いに入った敵―童磨の腹を強かに蹴り飛ばした。衝突の瞬間、文字が刻まれた瞳と目が合っていたので、多少は威力を流されただろう。

 

「花柱・胡蝶カナエ殿、主の命にて加勢する。悪いが、説明は後回しで頼む」

 

「えっ……、あの、背中をごめんなさい」

 

「構わない。そのつもりで飛び込んだからな」

 

鬼気迫る状態だったところに思わぬ横やりが入ったせいで、カナエの受け答えはしどろもどろしていた。己の日輪刀が目の前の男の背中をほぼ縦半分に切断するのを目の当たりにしたこと、そして臓物がこぼれ出てもおかしくない切り口が、みるみる塞がり消えてしまったことが、混乱に拍車をかけていた。

 

「貴方も鬼でしょう。それなのに、あの男と戦うのですか?」

 

「俺は鬼舞辻無惨の鬼ではない。後で説明するから、先にアレを退けるぞ」

 

狛治の蹴りで30メートルほど吹き飛んだ童磨だったが、もう何もなかったように距離を戻し、わざとらしい驚き顔で狛治を見ていた。

 

「おや、猗窩座殿じゃないか。どこにいたんだよ、心配したんだぜ?」

 

上弦の弐と刻まれた瞳が、にぃと細まる。その眼で狛治の全身を彩る光の線や、黒髪、濃灰色をした獣めいた瞳を楽し気に観察してから、ことりと首を傾げた。

 

「大分印象が変わったなぁ。まるで何か別の生き物になってしまったようだ」

 

「貴様に話すことは何もない」

 

朝が近づく中、狛治の足元に結晶の陣が浮き上がる。隙のない構えは童磨がよく知るものだったが、姿どころか気配まで変わってしまった元同僚相手に、笑顔を貼り付けたままで警戒していた。ざらりと金属の扇を広げ、こちらも臨戦状態となる。

 

素流・護鬼術 羅針。氷結が舞うような錯覚を覚えたのは、童磨もカナエも同様だった。しかし、それで惚けるような未熟者はこの場にはおらず、むしろ混ざり合う殺気にじりじりと時間が遅く過ぎていく。

 

最初に動いたのは、狛治だった。弾丸のように飛び出し、迎え撃つ扇の一閃を低く避けて足を払う。綺麗に弧を描いた童磨の長身に、続いてカナエが斬りかかるが、死角であるはずの攻撃は左手の扇に阻まれてしまう。もう一撃、と花の呼吸で技を打とうとしたところに、ひらりとしたズボンを纏った狛治の脚が宙を切り、それで生じた突風に童磨ともども押し戻された。

 

突然の空振りの攻撃だったが、童磨はその理由がわかっており、やれやれと大仰に肩を竦める。

 

「うーん、猗窩座殿には手の内が知られててやりにくいなぁ」

 

せっかくその子を救ってあげようとしているのに、と笑う顔は端麗であったが、血を被ったような頭髪と酷薄な眼差しは、まさしく悪鬼だ。己もああいう顔をしていたのか、と苦い気持ちになりながら、狛治はまたも構えをとった。

 

「花柱殿、奴は辺りに氷の毒を撒いて吸い込ませることで、相手の肺腑を凍りつかせる。鬼殺隊の剣士には致命的な初見殺しの術だ。接近戦では息を止めるか、鼻口を覆うんだ」

 

「それは……厄介な血鬼術ね。忠告をありがとう。あと、私のことはカナエで構いません」

 

「俺は狛治だ」

 

「えぇ、君は猗窩座じゃないか。あの方がつけてくださった大事な名前だろう。役に立たない狗っていう意味だっけ?」

 

嘲る声に、びきりと青筋が立つ。

 

「黙れっ!!」

 

「あははー、そんなに怒って、図星なんだ!」

 

乱舞する扇と氷の毒を、それぞれ躱し、いなし、狛治に至っては手足をわざと切り飛ばされながら間合いを詰めて攻撃していく。カナエの剣術は花の呼吸というだけあって華麗で柔らかに冴えており、時折、童磨の髪や袖を切り裂いた。しかし呼吸を止めて戦っているせいか、傷つけるには一歩足りないようだった。それは狛治も同じことで、最後に会った数年前よりもさらに力を増している上弦の弐に有効打を与えられないでいた。

 

花の呼吸・伍ノ型 徒の芍薬。

 

素流・護鬼術 鬼芯八重芯。

 

凄まじい連撃をも、童磨はするすると避けてしまう。とはいっても、流石にもう無傷ではなく、カナエの刀はそのわき腹を深く裂き、狛治の拳は右肩から先をえぐり飛ばしていた。鉄扇ごと飛んだため、生え変わった右手は無手だ。

 

「おお、痛い。酷いぜ、猗窩座殿、俺たち一番の仲良しだったじゃないか」

 

「ほざけ、気狂い坊主め!」

 

「あっはっは、初めて聞いたよ、その罵倒」

 

日輪刀の軌跡をかいくぐって狛治からも距離を取った鬼は、白んできた空を指して言う。

 

「近況報告とかもっと話したいところだけど、そろそろ日が昇るし、先に帰るよ。あのお方に『猗窩座殿は裏切っても元気そうだった』って報告しておくから、再会を楽しみにしてるといいぜ? あ、カナエちゃんだっけ。君は今度会えたら丹念に食べてあげるね」

 

「ここで上弦の鬼を逃がすと思いますか?」

 

なおも攻撃しようとするカナエだったが、急激に冷えるあたりの温度に足を止める。視線を落として見ると、路地裏全体に薄氷が張り、広範囲に氷の毒が漂っているのがわかった。

 

「残念、吸い込まなかったね。それじゃあ、猗窩座殿、さようなら」

 

童磨はひらひらと手を振り、暗がりの方へと消えていく。狛治はその背を睨みつけ、羅針による察知で敵が完全に離れるまで気配を追っていた。冷気が消え去り、早朝の静けさが戻ったところで、その逞しい体に描かれていた光の幾何学模様も薄れていった。

 

「助太刀いただきありがとうございました。狛治さん、でしたね。詳しくお話を聞かせていただきたいのですけど」

 

「主の命を果たしただけだ。話は、貴方だけでなく、そちらの組織の上層部の前で行わせてもらおう」

 

表通りから、軽い足音がかけてくる。また、朝の明るさがでてきた空には、一羽の鴉が旋回していた。

 

「カァー、伝令! 伝令アリ! 花柱・胡蝶カナエ、胡蝶しのぶノ両名ハ、護鬼ヲ本部ヘ連レ帰ルベシ! 護鬼ハ鬼舞辻無惨二連ナル鬼ニ在ラズ! 礼節ヲモッテ接スルベシ!」

 

鎹鴉の声が響く中、狛治も遠い御所にいる主人の手回しの良さに舌を巻くのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「あら、狛治さん、こんにちは。いらしてたなら、声をかけてくれればいいのに」

 

「こんにちは、カナエ殿。休憩中と聞いたからな、邪魔をする気はなかったんだ」

 

来客と聞いて蝶屋敷の客間に顔を出したカナエは、そこに見知った顔をみつけ、相手をするため対面の長椅子に腰を下ろした。普段着である花柄の着物姿のカナエは妙齢で未婚の美女であったが、来訪者である若い男―狛治と同室にいることを気にも留めない。何故なら、この睫毛が長い美々しい男が、とんでもない愛妻家だと知っているからだ。

 

「お変わりないようで良かった。八咫烏の家紋の御方と恋雪さんもお元気かしら」

 

「ああ、こちらは全員息災だよ。恋雪は、先日行った藤の名所が気に入ったようで、ずっとその話ばかりだ」

 

初めて出会った夜とは異なり、今日の狛治のいでたちは濃藤色に萌黄の差し色がはいった和装だ。やんごとなき方の使役鬼である彼は、戦闘用の衣装こそ素肌に短い白の羽織とひざ下までのズボンという軽装だが、こうして蝶屋敷や本部で顔を合わせる際には洒落た格好をしている。一度似合っていると褒めちぎったうえで聞いてみたところ、狛治があまりに衣服に無頓着なので、妻の恋雪や主である御方がその日の服を決めているとのことだった。

 

「藤は素敵よね。鬼除けというだけでなくて、見た目も香りもとてもいいもの。狛治さんは、藤は全く平気なの?」

 

「……少し前までは、得意ではなかったな。今は他の花と変わりない」

 

あの日、急きょ行われた柱合会議で、狛治は自らを長く生きる鬼だと紹介した。強いものと戦うことが好きで、【八咫烏の家紋の家】の当主にその腕を買われて使役されているとも。そこまで言った時点で、察しがよい者は、彼がかつて悪鬼だったのではないかと正しく推測していた。けれど、予めお館様こと産屋敷耀哉にくれぐれも事を荒立てないよう厳重に命じられていたため、抜刀する者はいなかったのだ。

 

「日光も藤も平気なら、後はご飯が食べられたら人間と同じね」

 

「そうだな。最近は恋雪が注いでくれる酒ぐらいは飲めるんだが」

 

「あら、初耳です。それなら、恋雪さんが作ってくれるご飯なら食べれるかもしれないわね」

 

くすくすと笑うカナエに、狛治は頬をうすらと染めて、そうだなと呟いた。

 

そうして話している間に、気配に敏感な二人ともが開け放たれたままの扉に目をやると、丁度カナエの妹であり、次期柱に内定したばかりのしのぶが顔を出した。

 

「姉さん、ここにいたの。狛治さん、お待たせしてごめんなさい」

 

隊服に姉とそろいの羽織をまとったしのぶは、きびきびと部屋に入り、姉の横に腰を下ろす。並ぶとよく似た美貌の姉妹だが、カナエの方が一回り以上大きく、比べると余計にしのぶの矮躯が目立った。

 

「いや、カナエ殿と話していたら時間を忘れていたよ。こちらこそ、忙しいところすまない」

 

「二人とも話すの好きですもんね。狛治さん、ご依頼の毒はこちらです。鬼は勿論のこと人間にも害があるので、服用は厳禁ですよ」

 

「ありがとう、しのぶ殿。代金のかわりに頼まれていた医学書だ」

 

しのぶがテーブルに置いたのは、彼女が研究を重ねてきた対鬼用の藤の毒。狛治が対価として懐から取り出したのは、二冊の本だ。かたや立派な製本がされた洋書、もう片方は厚みがある革表紙のノートだった。

 

「こちらこそありがとうございます。あら、このノートは翻訳ですか?」

 

ぱらぱらとノートをめくり、本と見比べるしのぶに、狛治はそうだと頷いた。

 

「まだ出版社から和訳が出ていないからと、主が作成されたものだ。専門外なので、本当に大まかな訳だとおっしゃっていたが」

 

それを聞くなり、しのぶは両方の紙面を凝視する。隣から除きこむカナエも、それが尋常ではないことなのだとわかっており、姉妹揃ってノートを拝み倒さんばかりだった。

 

「八咫烏の家紋の御方に、心からのお礼を伝えてください! ありがとうございます! 凄いわ、これ、任務が終わったらゆっくり読む!」

 

二冊を胸に抱いて輝く笑顔を浮かべるしのぶは、年相応の少女だ。とても先日の任務で居合わせた狛治の前で、新毒の効果を試しまくっていた人物とは思えない。

 

「もう、しのぶったら。狛治さん、私からもお礼を伝えてください」

 

「ああ。そろそろお暇するよ。カナエ殿、しのぶ殿、また会う時まで息災で」

 

ゆるりと立ち上がる客人に、胡蝶姉妹もかしこまって腰をあげ、お互いにひとつ礼をした。

 

「狛治さんも、ご武運を」

 

「次に来られるときは、私たちのことは呼び捨てでいいですからね」

 

たおやかな姉の挨拶に続いた、悪戯っぽい妹の言葉に、狛治はしごく真顔でかぶりをふる。

 

「妻以外の女を呼び捨てにはできない」

 

「うふふっ、そういうところですよ、狛治さん!」

 

かくして狛治の蝶屋敷への何度目かの訪問は、しのぶの揶揄い笑いで締めくくられた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。任務で嫌いな奴と顔を合わせた。町中の戦闘かつ護衛対象が優先だったため、全く本気を出せず消化不良気味。恋雪を連れていけない仕事はさみしい。

恋雪
ヒロイン。出番がなくても、今日も明日もきっとかわゆい。今回はお留守番。

金烏
ラスボス系巫女さん。狛治にカナエさんの救済を命じた。前世の知識をもとに独自に勉強して、今や五か国語の読み書きができる(ただし発音はお察し)。今回出番なし。

カナエ姉さん
柱になって1年未満の17歳で童磨に遭遇するも、無事生存して花柱を続けている。呼び捨てられない狛治に「可愛いは正義!」と思っている。

しのぶちゃん
童磨とカナエの遭遇時は14歳の隊士1年目。美しい姉が鬼に粉をかけられた(違います)と知り、毒の開発にさらなる心血を注ぐ。おかげで次期柱に内定済み。狛治のことを面白がって揶揄う。

童磨
無断欠勤中の同僚が、実はジョブチェンジしていた。残念だが、煽って揶揄うのはやめない。カナエはなかなか好みだが、実はまだ見ぬしのぶが美味しく食べる意味での理想の女性。

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