Everything I Need   作:アマエ

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不死川玄弥との出会い――

※原作開始の4年前→数日後の夜



※予約投稿設定が間違っていたため手動投稿します。




陸話

玄弥がその若夫婦に出会ったのは、ある晴れた秋の日のことだった。

 

「見て、狛治さん、銀杏が真っ黄色よ」

 

「ああ、もうこんな季節か」

 

街道に並木になっている銀杏を見上げている男女は、落ちついた色合いの和装で目立ってはいなかったが、何故か気になって足を止めた玄弥は、彼らの服装が上等なものであることと、この界隈ではあまり見ない身綺麗さであることに気づいた。

 

非常に短い黒髪の男の方は、二十歳に届かないぐらいの年の頃で、武道をおさめているのか姿勢が良い。きっと羽織と着物の下には鍛えられた体があるのだろう。玄弥からは横顔しか見えなかったが、まろみが残る整った顔立ちで、豊かな睫毛が印象的だ。

 

連れの女性は、やや年下で、朽葉の襲色の着物が似合っていた。襟元から伸びる頸筋は白く、玄弥の小柄な母親よりも細く見える。垣間見た顔立ちは可憐な美少女であり、雪結晶の髪飾りが古風な髪型によく似合っていた。

 

「少年、俺たちに何か用でも?」

 

ぼうっと似合いの二人を見つめていると、いきなり男の方に声をかけられた。驚いて飛び上がった玄弥に、可愛らしい若妻がころころと笑った。

 

「ごめんなさいね、驚かせてしまって。ほら、狛治さん」

 

「すまないな。あまりにじっと見られていたので、気になって」

 

近くまで寄ってきた二人に、玄弥はわたわたとかぶりを振り、深く頭をさげた。

 

「俺の方こそごめんなさい!」

 

男は護鬼(もりき)狛治、女は恋雪と名乗った。二人はやはり夫婦で、同じ東京の麹町に住んでいるとのことだった。今日は狛治の仕事が休みのため、遠出して散歩にきたのだという。ここで会ったのも縁だという二人に休憩に誘われ、玄弥は恐縮しながら近くの甘味屋を紹介した。兄の実弥が、ここのおはぎが好きなのだ。

 

「好きなものを頼んでいいぞ。ご家族にも土産をつつんでもらうといい」

 

ネコ科の肉食獣のような凛々しさに反し、狛治はとても優しかった。護鬼さんと呼んだ玄弥に、名前呼びで良いと笑い、さらに家族への分まで代金を出すと言うのだ。

 

「そんな、申し訳ないです。見ず知らずの方に奢ってもらうなんて」

 

「いいのよ、玄弥君。私たち、こういうご縁を大事にしているの。お話しできた記念に、一緒に美味しいものを食べてほしいんです」

 

にっこりと言う恋雪に、頬が熱くなる。子供らしくもじもじと7人分のおはぎを注文した玄弥を、二人は微笑ましく見つめていた。満腹だという狛治は手を付けなかったが、恋雪が小さな口で餅を食む様子に蕩けるまなざしを向けていた。

 

それからしばらくおやつを楽しみ、昼下がりが過ぎた頃、玄弥はそろそろ帰らなければと腰を上げた。手元には、狛治が買ってくれたおはぎがある。今夜は母親の帰りが夕方になると聞いていたので、夕飯が遅くなるなら先に兄弟に食べさせるのに丁度いい。

 

「狛治さん、恋雪さん、ご馳走様でした。お土産まで、本当にありがとうございます!」

 

「俺たちこそ楽しかったよ。話すのは好きなんだ。また縁があれば、その時も誘われてくれ」

 

「さようなら、玄弥君」

 

物語から出てきたような綺麗な夫婦に手を振って、小さな住まいへと帰っていく。その間、気持ちが高揚して自然と笑い声をあげていた玄弥には、店に残った狛治たちが表情を一変させて黙り込んだことなど知る由もなかった。

 

たてがみのような髪の子供の背中が見えなくなるまで立っていた狛治は、隣の恋雪がすとんと長椅子に座り込む音に我に返り、慌てて彼女に寄り添った。まさか、今日、不死川玄弥に出会うとは思っていなかったのだ。金烏から予定を聞いたばかりだったため、情報収集と思い声をかけたのは大きな失敗だった。

 

「狛治さん、あの子の家族は……」

 

「助けることは難しいだろう。主にも正確な時期がわからないんだ。ずっと見守っているわけにもいかないし、どうしようもない」

 

「わかります、だけど、あんまりです……っ」

 

「すまない、恋雪。俺たちはあの子と知り合うべきではなかった。望みは薄いが、主に話してみよう」

 

うつむいて顔を隠す恋雪の頭をなで、愛しいつむじに頬を寄せる。鬼舞辻のもとで散々惨いことを行ってきた狛治とて、今はもう無情の鬼ではないのだ。金烏の方針では、不死川一家の救済は見送られている。それでも、何もしないのは護鬼として間違っていると思ったのだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

どん、どんと戸を叩く音がする。弟たちが母親だと思って戸に駆け寄るのに、玄弥は注意しようとして、しかし外からの打撲音に彼らがすくんだ瞬間、慌てて背後から全員を抱き込んだ。

 

「ガあァあぁアアアッ!!」

 

何度かの殴りつける音に合わせ、身の毛がよだつ悲鳴が聞こえてくる。父親が自分たちを殴っていた時よりも重く鋭い音に、玄弥たちは部屋の隅に塊になって震えていた。

 

「あ、ぁ……母ちゃんと兄ちゃんが帰ってきたらどうしよう……」

 

下の弟妹たちに縋りつかれながら、玄弥は唇を噛んだ。どうしよう、どうしようと破裂しそうな心臓を抱えて考える。そうしている間に外からの音に、大声の怒声が混ざった。

 

「てめぇ、母ちゃんに何してやがる!!」

 

「兄ちゃんっ!!」

 

実弥の声に飛び上がり、玄弥は子供たちと転がるように扉に向かった。どうにか弘たちには下がっているよう手で押し返し、つっかえ棒を武器にして戸をあけ放つ。暗がりの中、家の前には対峙する二つの立ち姿と、ひとつの頽れた影があった。

 

「玄弥、出てくるな!」

 

「兄ちゃん、そいつ誰だよ、さっきの音……ああっ、母ちゃん!!」

 

激高した兄が鉈を片手に男に切りかかっている。手首を抑えられて動けなくなった実弥から、どうにかしなければと視線を落とし、その拍子に男の足元に倒れた人物の顔が目に入ってきた。体中から血を流して目を閉じているのは、玄弥たちの母親だったのだ。

 

「母ちゃん、母ちゃん!!」

 

棒を握ったまま、しかし男に襲い掛かることも忘れて玄弥は母親のもとに走った。もう少しで手が届くというところで、脇に軽い衝撃がはしり、体が宙に掬い上げられる。

 

「うわあっ!?」

 

「玄弥! 畜生、放せっ、放せよこの野郎!!」

 

男に蹴られたのだと気づいた時には、玄弥は少し離れた場所に仰向けに倒れていた。遠く飛んだわりに、体は全く痛まなかった。急いで体を起こし、捕まったままの兄を見る。もうすぐ夜が明けるのか、薄暗がりになっていく中、やっと家族を襲っている男の全貌が見えてきた。

 

「……狛治さん?」

 

ぽつりと名前がこぼれ出る。それは掠れた囁きだったが、男―素肌に白い袖なし上着とひざ下までのズボンを身に着けた、見慣れない恰好の護鬼狛治と確かに目があった。

 

「すまない、玄弥。お前の母親は人食い鬼にされてしまったんだ。俺では、人に戻すことはできない」

 

狛治が何を言っているのかわからなかった。依然暴れる実弥を片手で拘束している彼は、悲しそうな顔をしていたが、怒り狂う実弥の声で意識がもどったらしい母親が身じろぎした途端、その小さな背を踏みつけた。

 

「ぎゃあっ!!ぎいッ、ぐがあああッ!!」

 

「母ちゃん! このっ、殺してやるッ、お前絶対殺す!!」

 

「なんでこんなことするんだよ! 兄ちゃんを放してくれ! 母ちゃんから離れろよぉ!」

 

いつしか下の弟妹たちも玄弥の周りで泣いていた。本当は狛治から母と兄を解放したかったが、玄弥の足腰は全く力が入らず、幼い子たちも青ざめるばかり。ビリビリと空気を揺らしているのが、狛治から発せられる殺気だということには、気づけないでいた。

 

「もう一度言うぞ。お前たちの母親は鬼になった。こうして抑えることをやめれば、お前たちを喰うだろう」

 

「嘘だっ! 母ちゃんはそんなことしない!」

 

ぼろぼろと涙を溢れさせながら、どうにか這って近づこうとする玄弥に、狛治は表情を消してさらに母親の背を踏みしめた。そして、実弥の手から鉈を奪い取ると、さして軽くないその体を玄弥の方に放り投げた。

 

「兄ちゃん! 大丈夫か?」

 

「ああ、くそっ、あの野郎、化物だ。お前知り合いかよ」

 

実弥も怪我なく着地できたのか、すぐさま身を起こす。きつい目つきをさらに凶悪にしている兄に、玄弥は泣きながら頷いた。

 

「あの人だよ、少し前におはぎを買ってくれたんだ。良い人だと思ったんだよ!」

 

「とんだクソ野郎じゃねぇか!!」

 

狛治の足の下からまったく動くことができず、もがく母親を助けなければならない。武器をなくした実弥と玄弥だったが、震える足に叱咤して、男に特攻すべくふらふらと駆け出した。さっきまで暗がりでよく見えなかったが、もう朝日が昇り始めている。朝になれば、行きかう人に助けを求めることだってできるのだ。

 

そう思い、日が差し始める中、足を進めていく。狛治は、まるで待つかのように動かないでいた。

 

「ぎィっ……」

 

母親に朝の光が降り注ぐ。その途端、小さなうめき声に続いた断末魔を、不死川の子供たちは一生忘れないだろう。狛治に踏みつけられた母親の体が、酷い怪我を負っているとは思えないほど手足を暴れさせ、みるみる焼け焦げて消えていくのだ。

 

「あ、あぁ、母ちゃん……」

 

「うわあぁあああ……ッ」

 

実弥と玄弥が母のもとに膝をつく頃には、もう血まみれの頭しか残っていなかった。それさえ、ぼろぼろと日の下で崩れていく。狛治はいつの間にか数歩下がっており、沈黙して鬼が消滅するのを見つめていた。

 

「うわああぁん!!」

 

「母ちゃん、母ちゃん!」

 

「きえちゃったよぅ、母ちゃんがぁ……」

 

子供の慟哭が響く中、玄弥はのろのろと狛治を睨みつけた。傍では兄が言葉もなく弟妹たちを抱きしめている。

 

「どうして、どうしてだよっ、狛治さん。母ちゃんが鬼になったなんて、どうしてっ」

 

「ここで俺が話しても、正しく理解できないだろう。必ず説明するから、今は家族に寄り添ってやれ」

 

酷く平坦な声で言った狛治は、そのまま背を向けて行ってしまった。流れ続ける涙は、実弥に肩を抱かれ、兄弟全員で母親の着物を埋葬するまで、止まることはなかった。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。よかれと思ったのに、うまくいかず、とんでもないヘイトを稼いでしまった。この後、奥さんに慰められる。

恋雪
ヒロイン。自分が余計なことを言って狛治に悲しいことをさせてしまったと、大反省する。泣いても笑ってもかわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。不死川家は絶対に助けられないと思っていたが、狛治さんが任務がない夜に様子を見に行くのは黙認していた。そしたらとんでもないことになり、頭を抱える。

不死川一家
じゃぷにか救済帳で長男次男以外バツがついていた人たち。狛治さんが奮闘したが、お母さんは助けられなかった。この後、実弥と玄弥はグレーな巫女さんの手回しで鬼殺隊を紹介され、下の子供たちは特異体質発現の期待からそれと知らず保護される。

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