Everything I Need   作:アマエ

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命令外行動の顛末、上下関係ーー

※原作開始4年前、前話直後→原作開始2年前、カナエ救済後→原作開始4年前、前話直後




漆話

 

「やってくれたな、狛治」

 

「申し訳ございません」

 

「私が狛治さんにお願いしたんです。本当に申し訳ございませんでした!」

 

数え10歳の子供が出してはいけない唸り声を聞くなり、狛治と恋雪は平伏した。金烏は表面上の気安さに反し、心の起伏に乏しい子供だ。その彼女が、不死川家の顛末を聞くなり、今の声を出した。それは鬼舞辻無惨が鬼に与える恐怖とは似て非なる、腹に氷を押し込めたような怒気だった。

 

巫女姿で仁王立ちした金烏は、平伏する鬼と幽霊をじっと見降ろし、ふぅと深呼吸をして目を閉じた。

 

「不死川の子らが生き延びたのは良い。むしろ褒めて遣わす。しかしなぁ、実弥と玄弥の二人ともに親の仇として恨まれるのは駄目だ。【絵物語】の主要人物なのだぞ。そなたと鬼殺隊の主要陣との顔合わせの算段をしているというに、下手をすれば、すべてご破算ではないか」

 

ぴくりと震えた狛治の前に屈んで、黒髪の頭に手を伸ばす。子供の小さな手だというのに、手のひらを頭に乗せられただけで、処分されるのではないかと錯覚した。

 

「なぁ、狛治、私は【八咫烏の家紋の家】の当主だ。我が存在意義は、御上のためにあり、さらには日ノ本の守護にある。鬼舞辻無惨を討ち果たすのは、千年にわたり脅かされてきた民に安永をもたらすため。そして、大日本帝国が世界列強に数えられるための下準備だとも考えている」

 

金烏はそこで言葉を区切り、狛治の頭を柔らかく撫でた。こめかみから耳の後ろまで髪を撫でつけ、まるで犬にでもするように、優しく。

 

「私は宮城から動けぬ身。そなただけが頼りなのだぞ。そなたがよく働いてくれるから、こんな小娘でもなすべきことをなせる」

 

「主、そのような……」

 

「だからなぁ、多少のことは許そう。しかし、今回は仕置きが必要だ」

 

ぴしり、と確かな家鳴りがした。金烏は狛治の前から動いていない。しかし、ガタガタと屋敷が揺れ、狛治の頭を包んだふたつの手のひらも力が込められすぎて指の関節が震えていた。非力な子供の力では鬼の頭髪一本抜けはしない。逆に指を痛めてしまうのではないかと、声をあげようとして、こめかみから全身を劈く衝撃に息を詰めた。

 

「ぎっ、ぐあァ!!」

 

「は、狛治さんっ、主様お許しください、お許しください!」

 

前に毒抜きと称して痛覚を弄られた時と同じ感覚に、蹲ったまま息を殺す。苦しむ夫の姿に恋雪が悲鳴をあげて更に平伏すると、金烏はパっと両手を離した。三秒にも満たない仕置きは、おそらく極限まで手加減されたものだったが、鮮烈に刻み込まれたことに変わりなかった。

 

「これで不問とする。不死川兄弟には鬼殺隊から説明させるし、入隊するよう誘導しておく。そなたらは時が来るまで接触禁止だ。く・れ・ぐ・れ・も火に油を注ぐことはせぬように」

 

「はっ、ご温情痛み入ります」

 

「ありがとうございます。ううっ……」

 

再び仁王立ちした子供は、顔をあげた狛治と恋雪の頭をそれぞれ撫で、恋雪の目元を手拭いでおさえてから部屋を後にする。小さな背中にすでに怒気を放っておらず、本当に不問とされたことに、二人してほっと息を吐いた。

 

「すまない、恋雪。心配させた」

 

「いいえ、私こそごめんなさい。私が、あんまりだなんて言ったから」

 

座り込んだまま抱き合い、頬を寄せる。狛治も、二百年以上もの間、彼を見守ってきた恋雪も、鬼無辻による比べ物にならない仕置きを知っていた。しかし、確実に善の側である人間の子供に、あんなことをさせてしまったという自責の念が、人外となってもやわい心の内を苛んでいた。

 

「今回のことは完全に俺の落ち度だ。恋雪は何も悪くないし、これからも我慢せずに意見を言ってくれると嬉しい」

 

「狛治さんも、変わらず優しいあなたでいてください」

 

額と鼻先をあわせた二人の影は、自然とひとつに重なっていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

宮城に住まうやんごとなき方からの戦力提供の知らせは、鎹烏をつうじてあっという間に鬼殺隊の末端まで届けられた。件の戦力こと宮城直属の護鬼、その名を狛治。鬼舞辻無惨に連なるものではなく、人間の術者に使役される妖とはいえ、鬼と名がつく者への不信感は大きかった。

 

「兄貴、あの伝令聞いたか!?」

 

手強い鬼にあたった任務の後、蝶屋敷に収容されていた不死川実弥は、開けっ放しの窓からいきなり顔を出した弟を軽く睨んだ。

 

「聞いたに決まってんだろ。思わず烏を縊りそうになったぜぇ」

 

寝たきりの恰好から、顎だけしゃくって弟に入ってくるよう合図する。律儀に靴を脱いで窓枠を超えた玄弥がそばに立つと、さらにしゃくって寝台の端に座るよう促した。鬼殺隊に入ってから顔つきも体つきも凶悪になった兄の珍しくわかりやすい態度に、玄弥はあえて遠慮せずに兄の腰の横辺りに落ち着いた。

 

「あの名前、間違いないよな」

 

「あぁ、間違いなくあのクソ野郎だぁ。どの面下げて鬼殺隊に協力しようってんだか」

 

「……なぁ、兄貴」

 

鬼と戦う日々のなかで刻まれた顔の傷を手持無沙汰になぞりながら、玄弥が口を開く。実弥はなんとなく続く言葉がわかっていたが、なんだよ、と応じる。

 

「狛治さんさ、ちょっと話しただけでわかるぐらい愛妻家で、すました獣みたいな顔してるのに、真面目で優しくて、全然鬼っぽくなかったんだよ」

 

「……そうかよ」

 

「母ちゃん、本当に鬼になっちゃってただろ」

 

「……そうだなぁ」

 

「狛治さんが、あの時も御上の直属だったなら、あの夜、俺たちのところに来たのは、役目と関係なかったんじゃないかって思うんだ。あんな、なったばかりの鬼を退治しに来るなんておかしいだろ」

 

「関係ねぇよ、んなことは」

 

実弥の包帯がまかれた指先が玄弥の頬をぎゅっと抓った。大げさに痛がる弟を無視して、ぐりぐりと抓ってから放してやると、傷がある顔が子供の時のような拗ねていた。

 

「あいつは朝日を浴びて平然としてやがった。鬼舞辻の鬼じゃねぇってのは本当かもなぁ。それでも、人間じゃねぇし、人を喰わねぇって証明できねぇ限り殲滅対象だ」

 

「兄ちゃん、もうそんなにあの人のこと憎んでないだろ?」

 

「久しぶりにそう呼んだなぁ、玄弥」

 

ガーゼと古傷だらけの顔でくしゃりと笑い、実弥は弟の肩を叩いた。玄弥が言うことは真実だ。あの朝、偶然近くに来ていた鬼殺隊士に声をかけられ、母親に何が起こったのかを知った。その時点で、もう憎悪など抱いていなかった。あの鬼のように強かった男は、本当に鬼になった母親から自分たち兄弟を守っただけだったのだ。

 

(だからって礼なんぞ言わねぇがなぁ。)

 

「つい言っちまうんだよ、癖で!」

 

「そうだなぁ、お前も対外甘えただなぁ」

 

「兄貴!!」

 

顔を赤くして叫んだ玄弥を、にやにやと凶悪な顔で見つめる実弥。そんな兄弟の戯れは、面会謝絶のはずの実弥の部屋からの大声に、青筋つきの笑顔でやってきた胡蝶しのぶによって打ち切られたのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

金烏の10年の人生において、外界との接触はほぼ皆無だ。しかし、血縁上の祖父にあたる宮内大臣をはじめ、何人かの政府高官とは、国の霊的な護りについて日々文を交わしている。手元の手紙も、そんな代り映えのない文の一つだった。

 

(警視総監殿、と。まったく、廃刀令の世に鬼狩りが刀頼りとは、便宜を図らせるこちらの身にもなってほしいなぁ。)

 

外気が涼しくなったため、障子を開け放って文机に向かっていると、視界のはしに赤とんぼが浮いていた。宮城の庭園は広大で、東京の他のどこにも見られないほど緑豊かで生命にあふれている。金烏の結界に阻まれない美しい自然の生き物たちだ。同じ日ノ本の命だと思えば愛おしくなって、すいと左手を向ける。従順に指先に止まったとんぼをひと撫でして、外へと促してやった。

 

(狛治へのアレは、少々やりすぎた。次はよく労ってやらねば。)

 

書きかけの一文をさらさらと終え、いったん筆をおく。狛治から、不死川の子供たちに勘違いされたと報告を受けた時は、予定から大幅に外れた展開に頭に血が上ってしまったが、よくよく考えれば、その程度の勘違いならどうとでも解くことができるのだ。金烏であれば、遠隔でも子供の十人や二十人、暗示をかけて違う風に思い込ませることも容易なのだから。

 

絵物語の主要人物である長男次男に関与することは流石に避けたが、下の子供たちからは、母親の断末魔や最後の姿の印象を薄れさせておいた。さらには、結界内にいた鬼殺隊士が京橋に向かうよう気まぐれを起こさせ、不死川一家を保護させた。きちんと鬼について説明させ、鬼殺隊への入隊方法も伝えさせた。

 

(他者の手により母を亡くし、弟妹たちを守り養う必要ができた。そうであれば、家族愛が過ぎる不死川実弥が荒れることはなかろうし、玄弥との関係も拗れんだろう。)

 

すでに綻びは結びなおされ、予定変更は回避されている。余裕ができた今、金烏は自分が狛治たちの従順さに胡坐をかいてしまったかもしれないと思い至っていた。

 

(またしばらく恋雪と旅をさせるか。報告の文が新婚旅行の記録のようで、かわゆいことだし。)

 

くふっ、と子供らしい笑いをかみ殺して、また筆を執る。姿勢よく正座して筆を走らせる姿は、端麗でなくとも折り目正しいものだ。

 

金烏は母の胎にいたときから自我があり、厳格な祖母のもとで大人しく礼儀正しくを装って育てられた。赤ん坊の時から不可思議な知識に満たされていた彼女は、いつどのように成長を見せれば、少し優秀な子供を演出できるかわかっており、祖母を喜ばせる態度を早々に習得した。そして三歳にして祖母が衰え始めると、それまでの賢い幼児の皮を脱ぎ捨て、大人以上に次期当主らしく振る舞いはじめたのだ。最初に、たまに顔を見せる宮内大臣を抱き込み、次には弱った祖母と傍仕えの者たちを、さらには出入りの高官や御用達の商売人たちにも手を伸ばし、今に至る。

 

(ああ、本当に私は、あれらに甘えている。)

 

人をからかうことも、かわゆいと思うことも、絵物語の出来事を話すことも初めてだった。最初の目的とは関係がない部分で、少しだけ自然体で接したいと思える相手だ。十年の人生のうち六年の付き合いなのだから、大分ほだされているとも言えた。

 

「全ての鬼を滅した暁には、どうしてやろうか。その日が待ち遠しいなぁ」

 

書き終えた手紙を丁寧にたたんで見つめた秋の庭では、赤いとんぼと紅葉が入り乱れていた。

 

 




【登場人物紹介】

狛治/猗窩座
主人公。もしかしなくても犬のように可愛がられている。失敗は反省しているが、主にお仕置きされてもさほど気にしていない。前の職場がブラックすぎて、多少グレーでも全然平気なひと。

恋雪
ヒロイン。あるじさまがこわい。狛治さんとの接吻はとても好き。真っ赤になった顔もかわゆい。

金烏
ラスボス系巫女さん。怒ると大変怖い。時に折檻もするが、基本的に若夫婦の無自覚モンペである。狛治が旅先から送ってくる報告書という名の旅行日誌を読むのが楽しみ。

不死川一家
お母さんが亡くなったのは原作1巻開始時の4年前、実弥が15才、玄弥が10才という設定。この後、実弥は鬼殺隊に入るべく育手の元で修行、16才で選別を受け、生来のセンスと母を鬼にした無惨への憎悪、弟妹たちが安全に暮らす世のために戦った結果、18才で柱になる。母の代わりに幼い弟妹たちを養い育てているため、ある意味、捨身度が低く、原作に比べて1年遅い就任。また上の兄二人で下を守る共通理解のもと実弥と玄弥の仲は大変良好。最早だれおま状態。

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