闇落ちした男の話   作:ゆでたまごやき

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一話 悪鬼羅刹

 

 

 

 

 月影揺れる、静謐に包まれた夜。しんと静まった住宅街には風が横切る音が響くのみで、人の気配は殆ど無く、えも言えない不気味な雰囲気に包まれていた。

 

 切れかかった街灯を見るに、街の整備は行き届いておらず古ぼけた印象を抱くのが大半だろう。

 

 

 そんな街の中。人気の無い路地裏で事は起きていた。

 

 

「お、お願いだ!何でも言うことを聞くから助けてくれぇ!」

 

 

 首根っこを壁に押さえつけられ苦悶の表情を浮かべる男は恥も外聞も捨てて、押さえつけている張本人に懇願する。みっともなく顔を涙と鼻水で濡らしている様子を見るに、よほど恐ろしい目に遭っているのだろう。

 

 

 大の大人一人を容易く片手で持ち上げている男の風体は荒々しく、闇夜に怪しく光る紅い瞳が鋭く男を睨み付ける。月明かりに照らされた彼の姿は人の形を成しているとはいえ、額から伸びた一対の赤い角が常人とは異なるのだと主張する。その姿はまるで昔話に出てくる“鬼”のような姿をしていた。

 

 怨嗟の眼差しで男を睨みつける“鬼”はその言葉に返答すべく口を開けた。

 

 

「……私は知っている(・・・・・)。 主が何をしたのか、これから何をするのか……故に、私が主の言葉に耳を貸す事は無い」

「ヒィッ!?」

 

 腕に込められた力が増し、男の顔は暗闇でも分かるほど真っ赤に染め上げられる。

 

「主のような者をこの世から一片も残さず絶やすのが私の使命、(わらべ)の命を弄んだ主に……次は無い」

 

 

 男の首が万力の如き力で締め上げられていく。呼吸もままならない男は自分の命が脅かされていると実感し、何が何でも逃れようと自分の足を“針”に変えて我武者羅に“鬼”の腹に突き刺した。

 

 だが、帰ってきた感触は肉を抉るような感触ではなく、足が折れ曲がるような不快な感触とそれに伴う激痛だった。

 

 鬼が何かをしたわけでは無い。単に男の針が鬼の皮膚を貫けず、反動でぐにゃりと折れ曲がったのだった。自分の攻撃が通じないと分かるや否や、男は真っ赤にしていた顔を青ざめさせ、滂沱の涙を流して悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「喚いた所で変わりはせん、主もそうしたのだろう? ならば、受け入れろ。 甘ったれたヒーローや司法に捕まる前に私に見つかったことを後悔するといい」

 

 

 

 鬼の右手が男は顔を鷲掴み。そして……握り潰した。

 

 

 辺りに弾ける鮮血と脳漿。鮮やかな色味が掛かった肉片が水音を響かせながら地面に落ちる。

 

 ピクリと頭を失った男の体が僅かに動いたが、生きているわけでは無い。今、この瞬間。一つの命が目の前で散った。断末魔を上げる暇すらなく、容易く、一握りで死んだ。

 

 掌に流れる血を払った鬼は屍になった男を一瞥することもなく、叢雲の意匠を施した袴を風に揺らし、ゆっくりと幽鬼のようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 次の日の朝、人気の無い路地裏で児童暴行致死の疑いで指名手配されていたヴィランの変死体が発見された事が大々的にニュースに取り上げられた。

 

 頭部を強く打った遺体とニュースでは表現されていたが、そんな生易しいものでは無く、首から上が水風船のように破裂していたのだ。あまりにも惨憺たる光景のため、閑静な住宅街は一時大騒ぎとなり、警察が撤収した後も仄かに生臭い血の香りが路地裏から漂っていた。

 

 しかし、指名手配の犯人が変死体として発見されたというだけでも大きなニュースだが、それとは別の理由も相まってこの事件はどの番組でも大々的に報道されることになった。

 

 

 それは、同じような犯行が度重なって行われている事だった。恐らく同一人物によって引き起こされているヴィランを標的とした猟奇的な犯行では、被害者は全て頭部を破裂させられている。そういうことが出来る個性の持ち主なのだと言われているが、真相は分からない。

 

 

 最近では“ヒーロー殺し”と同じ時期に台頭したことから通称“ヴィラン殺し”とまで呼ばれている犯人だが、その正体を知る者は居ない。ヴィランに対して異常ともいえる執着と憎悪を滾らせた人物だと囁かれているくらいで有力な情報は今のところ出てきていない。しかし、事件を重ねるにつれて“ヴィラン殺し”と思われる犯行の現場の移り方が“ヒーロー殺し”と似ている事が分かった。その所為で巷では“ヒーロー殺し”と“ヴィラン殺し”は同一人物ではないのかと噂されるようになってきたが、殺し方に類似点が全く無い為に噂はそのうち消えていった。

 

 その行いは決してヒーローとは言えないが、彼の訪れた街のヴィランによる犯罪件数は著しく減少することで有名である。

 

 だからこそ、警察である塚内は頭を悩ませていた。尻尾すら掴ませてくれない“ヴィラン殺し”。個性を持つものが八割を超える超常社会において、ヒーローライセンスを免罪符としてヒーローは個性を用いてヴィランを制圧する。だというのに“ヴィラン殺し”はその法を破って個性を使用し、ヴィランを殺害している。故に警察としては捕らえなければならないが、塚内は悩ましげに一つの写真を取り出した。

 

 なんて事はない普通の写真。それに写っているのは花が咲いたような笑顔を絶やさない子供とそれを優しげな表情で見守る青年。そして、自分。

 

 何年か前に親がヴィランに殺されてしまい居場所を失ってしまった子供を保護した後に孤児院に預けたのだが、この写真はその子供と孤児院の院長との写真である。

 

 院長のお陰で立ち直った子供に会いに行った時に撮った写真だったが、塚内はその中に写る青年に視線を向けた。

 

 彼こそが孤児院の院長であり、若々しい見た目とは裏腹に個性によって百年以上も生き続けている規格外の人間でもある。その個性とは“鬼”。古風な家柄故に袴を身に纏った青年の額からは一対の紅い角が伸びており、乱れ跳ねた黒髪は荒々しい印象を与えるが、彼自身の性格は温厚で誰にでも分け隔てなく優しく接するような人格の持ち主だった。

 

 

 

 

 だからこそ、塚内は彼が“ヴィラン殺し”だとは思いたく無かった。

 

 

 

 彼の人となりを知っているからこそ、そうではないと思いたかった。だが、とある事件をキッカケに彼の行方は掴めなくなり、孤児院はいつの間にか閉鎖されていた。そして、何よりもその原因が“警察”にあるということが堪らなく悔しかった。

 

 

 しかし、自分の感情で仕事をするなんて警察の端くれにも置けない。彼に疑いを掛けたのは紛れもなく自分であり、捜査の手は少しずつ彼との距離を詰めている。

 

 

 書類整理を行いながら、事件の関連性と規則性を見出していく塚内だが、突如として署内の警報が鳴り響き緊急出動する事になった。どうやら、付近でヴィランが暴れ始めたらしく、すぐさまヒーローに要請を掛けて現場に向かう。怪我人も続出しているようで、事は一刻を争う。

 

 

 

 サイレンを鳴らして現場に到着するや否や目に飛び込んで来た光景を塚内は一生忘れる事はないだろう。

 

 

 逃げ遅れた幼い少女に振りかざされた丸太のように大きなヴィランの腕。恐怖のあまり動けなくなったのだろう。瞳に涙を湛えた少女に死が迫る。大の大人でも致命傷は免れないのに、目の前の少女が耐えられる筈がない。瞬きをした次の瞬間に少女は肉塊となる。

 

 銃を取り出しても間に合わない。既に少女の頭上に腕はあった。要請に応じてやってきたヒーロー達が身を挺して庇いに行くが、間に合う筈がない。

 

 

 その時だった。鈍い音が周囲に鳴り響き、砂埃が舞い上がる。目の前の命を救えなかった事をその場にいた全員が絶望するが、砂埃が晴れたその先には目を疑うような光景が広がっていた。

 

 

 叢雲の意匠を施した袴を着た男が少女とヴィランの間に入り、その巨腕を容易く片手で止めていたのだ。何度も見た一対の紅い角に風になびく荒々しく乱れ跳ねた黒髪。眼光鋭く、見るもの全てに恐怖を抱かせる出立はまさしく鬼と言えるだろう。

 

 

「……彼だ」

 

 

 思わず塚内は呟いた。行方をくらませた男が少女を守る為にあの場にいた誰よりも速く動き、儚い命を守ったのだ。

 

 男はヴィランの腕を止めたのち、息をする間も無く不可視の速さでヴィランに掌底を打ち込み、遠方まで吹き飛ばした。その凄まじい威力に大柄のヴィランでさえも一撃で気絶した。

 

 一瞬、辺りが静寂に包まれるがヴィランが倒され少女が救われたのだと理解した瞬間に周りから歓声が上がる。間に合わないと思われたその時、一般人がヴィランに襲われた少女を助け出した。美談としてもよく出来ているだろう。

 

 

 周囲の歓声を気にも留めず男は地面にへたり込んだ少女を抱えて母親の元に連れて行った。

 

 

 その時の彼の表情は昔と変わらない柔和な笑みと優しさに溢れていた。

 

 

(……彼では無かったか。 本当に良かった……)

 

 

 そう思って安堵の息を溢した後に、暴動騒ぎを起こしたヴィランの身柄を確保しに向かうと、伸びたヴィランの周囲をヒーロー達が囲んでおり、後は署に連行して豚箱にぶち込むだけになったのだが、ふと視線を後ろに遣ると何故か一般人である彼が徐に自分達に近付いてきていた。

 

 

 

 その顔には先程の笑みは浮かんでおらず、深い悲しみと地獄の底から湧き上がるような憎悪を塚内は感じ取り……咄嗟に声を上げた。

 

 

「皆ッ!離れろッ!!」

 

 

 塚内の言葉に反応して動けたのはほんの一握りだっただろう。一瞬で倒れたヴィランに肉薄した彼は、足を振り上げて────ヴィランの頭部を思い切り踏みつけた。

 

 

 余波で地面が割れ、周りにいたヒーロー共々吹き飛ばされ、ヴィランは地面に真っ赤な華を咲かせた。運悪く報道陣も到着したところで行われた殺害。真昼間に行われた惨劇に皆が息を呑む。

 

 

「………主達は甘い。 悪を裁かねば、平和など訪れない」

 

 

 べちゃりと血に濡れた足が粘り気のある音を放つと同時に男が失望混じりにそう言った。放たれる圧は悍しく、誰もが生唾を飲み込んだ。

 

 

「悪は殺せ、(すべから)く殺せ……主達が御遊びをしているから悪は増長する」

 

 亡き者になったヴィランの体を男は踏みつける。カメラが回っている事を理解しているのか、男は更に言葉を重ねる。

 

 

「私の悲願は誰にも止めさせない……次は主の番だ」

 

 

 そう言い終わると男は砕けたヴィランの骨を拾い、カメラに向かって投げつけると、寸分違わずカメラのレンズを破壊した。

 

 

 正体不明の“ヴィラン殺し”が表舞台に登場したことによってこの日を境に“ヴィラン殺し”は“羅刹”と呼ばれるようになった。

 

 




主人公……ヴィラン名【羅刹】

孤児院を経営していた心優しい人間だったが、とある事件をきっかけに極端な思想を抱くようになる。
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