闇落ちした男の話   作:ゆでたまごやき

2 / 3
二話 六根罪障

 

 

 

 

 逃げ惑う人々と群がる野次馬をヒーロー達が避難させていく。人通りの多い交差点で起きたヴィランの暴走は思いもよらぬ形で終結することになったのだが、それは新たな始まりに過ぎなかった。

 

 先程まで暴れていたヴィランは突然現れた男によって物言わぬ骸と化し、駆けつけたヒーロー達はその男を取り囲むように対峙しており、円の外側で塚内は苦々しい表情を曝け出していた。

 

 

「大人しく投降しなさいっ! 誰もそんな事を望んでいないわ!」

 

 

 ヒーローの一人が声高に声を掛けると、男は鋭い眼光を彼女に向けた後に周囲をぐるりと見渡し、底冷えするような声で答えた。

 

 

「……他ならぬ私が望んでいる。 此れは必要な事だ。 悪意なき世の中の為に、悪を裁かねばなるまい」

 

 

 男は続ける。

 

 

「それで、主達は私を仰々しく囲んでどうするつもりだ? もしや……私を捕らえられると思っているのか?」

 

 

 馬鹿にしたような口調ではなく、男は本気でそう言っているのだとその場にいた全員が理解すると同時に男がだらりと脱力する。その意味のなさそうな行為が戦闘態勢に入る合図だと分かったのはほんの一握りのヒーローだけだった。

 

 

「待ってくれっ!」

 

 

 今にも決壊しそうなヒーロー達の囲いの外から塚内が割って入り、男に声を掛けるや否や彼は臨戦態勢を解き、幾分か驚いた面持ちになった。

 

 

「随分と懐かしい声がすると思えば、主か……塚内」

 

 

 塚内に向ける眼光は先程と比べても随分柔らかく、それをチャンスだと思った塚内は更に言葉を重ねた。

 

 

「お久しぶりです(えにし)さん……随分と変わられましたね」

「主がそう思うのならそうなのだろう……だが、止めに来たのなら無駄だ。 今すぐ帰るといい」

 

 

 縁と呼ばれた男は塚内の言いたい事を理解しており、先に拒絶の言葉を吐いた。だが、塚内には聞きたいことがまだまだあり遠回しに関わるなと言われてもそうは出来ない理由があった。

 

 

「……あの時の事ですか?」

 

 

 縁はその言葉に少しの間沈黙を重ねたが、徐に口を開けた。

 

 

「私は主を恨んではいない……正義の名の下に悪を捕らえることに敬意は表しても貶す事はない。だが、甘いのは事実だ。ヒーローも警察も悪に対して甘すぎる、抑止力になり切れていない」

 

 

 男の言葉に熱が入ると同時に燻っていた憎悪が撒き散らされる。堂々たる出立と、対峙しただけでビリビリと肌に圧を感じるその様は正に巨悪。

 

 

「ヴィランは相手を殺すつもりだというのに、ヒーローや警察は生きて捕らえる事を是とする。おかしいとは思わないか? その甘えで無辜の人々が危険に冒される事が無かったと言えるのか? 同じ土俵に立とうともしていない者達が人々を助けるなどと宣うのは御門違いだと……そうは思わないか?」

 

 

 縁はヒーロー達の活動自体は肯定しているが、悪を殺さないという甘えた制約を良しとしていない。相手は本気で殺しに来ているのに、同じ土俵に立たないというのは戦う資格すら無いと彼は考えている。

 

 

「この国は被害者には厳しく、加害者には甘い。 全て後手に回る。 ならば、後手に回さない為の改革をするべきだ。 悪事を働けば殺される、そう思わせないといつまで経っても悪は消えぬ。 死という鎖で縛らなければ、また犠牲者が出るぞ」

 

 

 縁は自分の足元に転がっている死体に指を差す。先程の事を忘れるなと言いたげに、自分が居なかったら無邪気な少女が犠牲になっていた事実を脳に刻めと(ほのめ)かす。

 

 

「……縁さん。 貴方の言っていることは分かります。理解もできます。ですが、それをしてしまえばこの国は終わります……人々をそんな恐ろしい鎖で縛り付けてしまえば本当の意味での平和は訪れない」

「……ならば、今のこの国は平和だと。 そう言い切れるのか?」

「まだ平和には遠いかもしれませんが、いずれは希望に包まれる。私達とヒーローでその世界を創り出します」

 

 

 確信を持った瞳で縁を見る塚内。本気でそうなると思っているのだと理解できるが、この程度で自分の考えを曲げるほど彼の決意は脆いものではない。

 

 

「綺麗事に過ぎん、現に私が主と話している時の隙もつけない者達では説得力がない。 それともなんだ、不意打ちはヒーローの美学に反するとでも言うのか?……馬鹿馬鹿しい」

 

 

 もう話す事はないと、彼から悍しいほどの圧が放たれる。

 

 

「待ってください縁さんっ! これ以上貴方が手を汚す事はないっ! 必ず貴方の望む悪意なき世の中を実現しますから、どうか自首してはくれませんか?」

「断る」

 

 

 塚内の言葉を一刀両断する。もはや、言葉は必要ないと言うべきか臨戦態勢に入った男にヒーロー達が攻撃を仕掛ける。ある者は水を、ある者は風を、ある者は己が肉体を奮う。だが、たった一振りの拳で大勢が吹き飛ばされる。

 

 

「安心しろ、殺すつもりはない……だが、その程度では私を捕まえるどころか触れることも出来んぞ。 私を止めたいのなら殺すほかない……出来ないのなら退(しざ)れ」

 

 

 更に圧が増加する。この時点で気圧されて戦意を喪失するものまで出てきており、先程の一撃で彼我の実力差を認識出来た者ほど諦観に達していた。

 

 

「主達が何を思ってヒーローになったのかは分からないが、そこに貴賎はないと思っている……だからこそ、こういう場面で想いの丈が実に良く出るとは思わんか? 見てみるがいい、私に立ち向かえるヒーローは両の手で数えられるくらいにまで減った」

 

 縁は先程塚内が言った言葉が世迷いごとだと言わんばかりにわざとらしく指で数えてみせる。

 

 

「私なんぞに構っている暇があるのなら、街を警備しに行くといい。 心配せずとも私が裁くは悪のみ、主達にとっても好都合であろう」

 

 

 辛うじて立ち向かうことが出来たヒーロー達の攻撃を全て紙一重で躱しながら、縁は全員に聞こえるようにそう言った。街のヒーローの殆どがこの場にやって来ている為に、今の街の警備は手薄である。

 

 

「面子を取るのか民草を取るのか……よく考えるのだな」

 

 

 最低限の動きで攻撃を躱す姿はまるで舞を踊るかのように軽やかで、無駄が一切ない。息一つ切れる事なく、淡々と言葉を紡ぐほどの余裕が彼にはあるという事だった。

 

 

 

「ヴィラン殺し、思っていたよりも厄介だな」

「気を付けなさいよ、あの身のこなし……凄まじい練度の武術だわ」

 

 

 ヴィラン殺しである目の前の男と対峙した者達にだけ分かる彼の異常なまでの戦闘力。それは確かな技術と努力に裏打ちされたものであった。どのような小細工も、圧倒的な力の前では所詮小細工に過ぎず、攻撃がまるで当たらない。

 

 

「これ以上は互いに無意味だ。 塚内、悪い事は言わない……引かせろ」

「いや……貴方を必ず捕まえる。 捕まえなければならない」

「……そうか」

 

 

 縁はともかく、ヒーロー達は引くつもりは無い。目の前の巨悪を捕えんと、じわりじわりと距離を詰めていく。

 

 その様子を見ながら失望混じりの溜息を吐いた縁は臨戦態勢を解き、もう用は無いとこの場を後にする為に大きく跳んだ。悔しそうに此方を見上げる塚内の表情を一瞥して、どこか哀しそうに縁は視線を落とした。

 

ーーーーその時だった。

 

明らかに油断をしていた縁は背後から猛スピードで迫りくる巨大な手に一瞬反応が遅れてしまう。次の瞬間には途轍もない圧迫感と柔らかいのか硬いのか分からない感触に包まれていた。

 

 

「捕まえたっ! ヴィラン殺しキタコレっ!」

 

 

 何が起きたのだと皆が刮目してみればツノがトレードマークな際どいコスチュームを身に纏った女性が、両手の中にヴィラン殺しを捕らえていたのだ。更に目を引くのは彼女の背丈で、その大きさは軽く見積もっただけでも20mはあるだろう。

 

 

 彼女のヒーロー名はMt.レディ。新進気鋭の若手ヒーローであり、緊急要請を受けた隣町から走ってやってきた。そして、彼女の到着から遅れて隣町のヒーローがどんどん集結していく。

 

 

「……ほう、不意打ちとは。やるではないか小娘」

 

 

 思いっきり握られているというのに、縁の表情は涼しいままで自分がピンチに陥っているとはつゆとも思っていない表情だった。

 

 

「こ、小娘ぇ? 私ちゃんと二十歳超えてるんですけど! 年下にそんな事言われる筋合いはないわ!」

「私は優に百を超えた、二十歳の主を小娘と呼ぶのに何ら間違いはない」

 

 

 何のマウントを取っているのか分からないが、少なくとも暴れる様子はなく彼は独りごちるように呟いた。

 

「……しかし、やはりヒーローは甘い。 生殺与奪の権を握ったとしても殺そうともしない。 このまま握り潰せば主らの目的は果たされるぞ?」

「はぁ? そんなことするわけないんですけど?」

「だから甘いというのだ……少し痛くなるぞ小娘」

「へ?」

 

 何を言っているのだとMt.レディは思ったが、それと同時に彼を握っている手に内側から膨れ上がる圧を感じた。止まる事を知らない凄まじい力にMt.レディから余裕は失せた。

 

 

「小娘、早く離した方がいい。 無理に握れば指が千切れて無くなるぞ」

 

 

 それは脅しでも何でもなく、本当にそうするのだと目の前の男の目は雄弁に物語っていた。その証拠に、だんだんと指が内側の圧に耐え切れなくなり、開いていく。

 

 

「Mt.レディ! 離しちゃダメだ!」

「えぇ!? で、でも! ッ〜〜〜このっ!!?」

 

 

 それを離してしまえば誰も止められなくなる。巨大化という純粋に強い個性を持っている彼女だからこそ、凄まじい膂力で彼の身を捕まえることが出来ているが、このまま彼の力と(せめ)ぎ合っていたら、反動で指が折れ、最悪千切れるだろう。

 

 痛みのあまり苦悶の表情を浮かべる彼女だが、その力を緩める事はない。自分だけが頼りにされているこの場面に於いて、力尽きてしまえば失望されてしまうどころか噂に聞く悪名高いヴィランを逃してしまう事になると本能で理解していたからだ。

 

 

「……指が千切れて無くなっても良いと、そういうことか小娘?」

「黙りなさいよっ、これから有名になる以上、避けては通れない道よ! それに、これは皆の期待を背負っている私がやらないといけないことだからっ!痛くてもっ、辛くてもっ、誰かがやらなきゃいけない時があんのよっ!!」

 

 

 二人にしか聞こえない声で言葉を交わす。曲がりなりにもヒーローとしての矜恃があるのだと、縁は理解して────自ら身体を折った。

 

 

 バキリと嫌な音が辺りに響く。彼女の骨が折れた音なのかは分からないが、両手から落ちてきた人影を見るに周囲の人間は彼女がヴィラン殺しを潰したと考えるのが妥当だろう。

 

 しかし、そうではなく。落ちてきた人影は周囲の反応を他所に鈍い音を響かせながら、外れた関節を元に戻していく。

 

 

「……全く、自己犠牲も甚だしい。 指が千切れては一生の傷であろうに。 これ以上は付き合いきれん」

 

 縁は他のヒーローが動く前に、近くの家に飛び乗り辺りを睥睨する。先程まで自分を掴んでいたヒーローは痛みのあまり目に涙を浮かべていたが、折れてはいないだろう。こんな大事になるのならさっさと引くべきだったと彼は己の行いを反省した。

 

 

 そして、顔なじみのある塚内に再び視線を向けて言葉を紡ぐ。

 

 

「ではな塚内、もう二度と会う事はないと願っておこう」

「縁さん……一つだけ答えてくれませんか?」

 

 

 最早、捕まえる事は不可能だと理解したのだろう。何十人で束になっても彼に触れることすら出来ないどころか、圧倒的な力の差に絶望してしまう者まで出てくる始末。唯一、彼に触れることが出来たMt.レディも元の大きさに戻って腫れた指を冷やしている。

 

 

「何故、女の子を助けたのですか?」

 

 

 意外な問いだったのか、僅かに縁の瞳が見開かれ、踵を返そうとした足が止まる。

 

 

 そして、彼は幾分か逡巡したのち……その言葉に答える。

 

 

 

「……童が泣いていた。 助ける理由はそれだけで十分だ」

 

 

 

 そう言い残すと縁は踵を返し、あっという間に肉眼で見えなくなるほど遠くに逃走した。

 

 

 残された者達が唖然とする中で、塚内は彼が言った言葉を嚥下し、自分が彼に対して最初に言った言葉を思い出した。

 

 彼は変わってなどいなかった。昔と同じく、救いを求める者に手を差し伸べる彼の本質は変わっていなかった。だからこそ、その手段を変えてしまった事に塚内はまたも悔しさを滲ませた。

 

 

(そうだ……彼は変わってなんかいない。 Mt.レディの拘束を逃れる時も、わざわざ自分の関節を外した。 力技で抜ける方が何倍も楽だと言うのに……それに、実際にあれほどの力を向けられてなお、此方は軽傷者しかいない)

 

 

 被害は軽微なもので、怪我人らしき怪我人も居ない。もとより、傷つけるつもりは無かったのだろう。ならば、何故すぐに逃げなかったのか疑問が残る。

 

 

 

(……伝えたいことがあった? だから、わざわざカメラが回っている事を確認して殺害を……?)

 

 

 

 謎は深まるばかりだからこそ、一度署に持ち帰って整理してみようと塚内は無線を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 真昼間の惨劇。全国的に報道されたニュースでは一部の映像を加工して、ヴィラン殺しが表舞台に現れた事をこぞって報道していた。

 

 特に世間を驚かせたのはヴィラン殺しが元々孤児院を営む院長であるという情報で、ヴィランになる前に撮られた写真が匿名で報道局に流されたことが話題を呼び、彼の経歴が深堀りされると共に波紋を呼ぶ事になった。

 

 温厚な院長が何故、極悪非道なヴィランになってしまったのか。調べるにつれてそれには一つの事件が関与していると憶測が飛び交うようになった。

 

 ニュースにもならなかったヴィランによる孤児院襲撃。目的は金品であったが、院長の留守を狙って孤児院に忍び込んだヴィランが児童を全員虐殺した悲惨な事件が浮き彫りになった。その孤児院こそがヴィラン殺しが営んでいた孤児院であり、調べれば調べるほど彼に何があったのか公になる。

 

 そして、決定的だったのはそのヴィランが既に何者かに殺されているという事であり、これまで判明した事実と照らし合わせても、その正体は言わずもがなヴィラン殺しであるのは火を見るよりも明らかであった。

 

 何故殺したのか、真相に迫るにつれて事は大きくなる。そもそも、児童を虐殺したヴィランは警察上層部の身内であり、我が子の命の可愛さに死刑を無理矢理無期懲役にしたという悪事が暴かれた。権力による揉み消しによって事件すら秘匿されていたが、注目の目が集まれば暴かれるのは時間の問題であった。

 

 そして、一連の悪事をヴィラン殺しは許さなかったのだろう。護送中の車両を襲撃し、犯人だけを攫った。

 

 数日後に見つかった犯人はこの世のものとは思えないほどの苦痛に満ちた表情で死んでおり、何があったのかは彼のみぞ知るところである。

 

 また、事件を揉み消したであろう警察上層部の人間もまた、ヴィラン殺しによって殺されていた事が判明したが、復讐を終えてなお彼は動いている。

 

 全ては悪を絶やすため。皆が平和に過ごせる世の中を実現するため。どれだけ手段が間違っていようとも、彼は己が悲願を果たすべく奔走する。

 

 そして、メディアが警察の闇の部分を摘発してから、ヴィラン殺しの名は更に広まる事になった。中には、彼と同じく大切な者を失った者達が復讐と彼の思想の下にヴィラン化するという事件までも起きてしまった。

 

 それだけ、世間に与えたインパクトというものは大きかったのだろう。

 

 現に不正を行った警察は糾弾され、一人のヴィランですら捕まえられなかったヒーローという職業に対しては不信感が高まった。

 

 

 波乱はまだ幕を開けたばかりである。

 

 

 




主人公……本名【鬼龍 縁】
     ヴィラン名【羅刹】

個性:鬼 

異形系であり、純粋な膂力が増強され打たれ強くなる。人間という枠を超えて、鬼になるので寿命が伸びる。
主人公は実戦経験は殆どなく、形式的な試合などしかやった事がないのでわりかし油断します。

お気に入りや評価ありがとうございます。皆んなも闇落ちもの書くんだゾ(迫真)

感想頂けたら幸いです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。