馴染みのファミレス、ドリンクバーの隣、四人掛けの席。ななか達がいつも会合に使う場所。
しかし、そこは既にななかの知っているものではなかった。
店内は薄暗く、他の客どころか店員すら姿が見えない。
自分以外の存在は自分の座席の向かいに座っている、かつて死んだはずの怨敵・更紗帆奈。
聞こえるのはななか自身の心音と帆奈の不快な笑い声のみ。
「一体……何が……」
自分が置かれている状況を飲み下せないななかには、震えた声でそう呟くのが精一杯だった。
「ん〜?あぁ!あんたが今まで見てたのはぜぇぇんぶ夢!!本当は魔法少女になってから今までずっとずっとずぅぅぅっっっと!!あたしと一緒にいたんだよ❤」
馬鹿にした口調で帆奈は嘯くが、言う事はある意味では正しい。
ななかは自分や父から全てを奪った者への復讐の為に魔法少女になった。
そしてその元凶を追って追って追い続けた末に待ち構えていたもの。
ななかの魔法少女としての始まり、仲間たちよりもっと深いところで関わった魔法少女。
認めたくはなかったが、それは確かに更紗帆奈だった。
「ふざけた事を…!!」
だが、帆奈の言い分を認めるわけにはいかない。
仲間と共に帆奈を追った日々を夢にされるわけにはいかない。
「だいたいさぁ、あたしが本当の事を教えるはずが……いや、今回は教えてあげる」
帆奈は突然嗤うのを止め、立ち上がって隣のドリンクバーへ向かった。
コップを二つ取り出し、飲み物を注ぎ始める。
ななかは帆奈の不可解な行動を見つめながら、まず死んだはずのこの女が何故ここにいるのかを考え始めた。
更紗帆奈は本当は死んでいないのではないか、という疑問は戦った当時から持っていた。
帆奈は他人の能力をコピーし、自分に上書きする能力を持った魔法少女だ。
戦闘のどさくさで直前まで持ってきた〝暗示〟の能力を捨て美雨の〝事実の偽装〟をコピーしたのであれば、死を偽装して逃げおおせることができる。
しかし、帆奈はそれから今まで一度も姿を現さなかった。
自分達への復讐にも来なかったし、マギウスとの動乱にも関わらなかった。
かつて彼女が望んだ〝全てがグッチャグチャ〟になる瀬戸際だったにも関わらず……
「おおっと!先に言っとくけどさ、あたしが教えるのはあたしが教えたい事であって、あんたの知りたい事じゃ無いんだよなぁ〜!」
そう言いながら帆奈はふたつのコップを机に起き、再び椅子に腰掛ける。
ななかの前に置かれたコップには水が、帆奈の前のものにはブラックコーヒーが注がれている。
まるでななかの思考を読み透かしたような口ぶりが不愉快で、思わず顔をしかめてしまう。
「あっは!そのクソみたいな表情大好き!惚れちゃいそう❤ んで、まずは最初の真実! それ別に腐ってないし、毒でもないから飲んでいいよ♪」
帆奈はななかの不機嫌な顔を眺めると嬉しそうに頬を染め、自分のコーヒーに口をつける。
ななかは平静を装い黙って聞き流すが、額に青筋が走る。
コップの水には手を付ける気にならない。
「ここはミラーズの最深部で、鏡の魔女の理想の世界だからねぇ。 鏡の魔女もマズいもんは飲みたくなかったってことさ!」
「やはり……!」
「そう!あんたは無事、お目当ての場所にたどり着けたってワケ!」
ここでようやくななかの記憶が戻り始めた。
仲間たちと共にミラーズに向かったのは確かな事で、最深部への行き方を模索しているうちに仲間たちとはぐれた。
頃合いを見て撤退しようと思った矢先、見たことのない形状をした領域にたどり着き、後頭部を何者かに殴られて今に至った。
「この手紙をよこしたのも……」
「あたし!」
目の前の帆奈は、右手の人差し指を帆奈自身の頬に向けて微笑んだ。
「私を後ろから襲い、ここに連れ込んだのも……!!」
「あたし❤」
目の前のクズは、左手の人差し指もクズ自身の頬に向けてニヤついた。
「こいつ……!!」
ななかは今すぐ報復したい気持ちをなんとか抑え、帆奈の話を続きを待った。
こいつを斬るのはいつだってできると、自分に何度も言い聞かせる。
そして、ななかは今の話で帆奈の正体についてもう一つ仮説を立てることができる。
こいつが鏡の魔女の手下、魔法少女のコピーだという説だ。
鏡の魔女は結界に入った魔法少女の型を取り、全く同じ姿のコピー生命体を作る性質を持つ。
それは誰一人として例外なく行なわれ、もし生前の帆奈がここに立ち入った事があるのなら彼女のコピーもあって当然の事だ。
しかしそうなるとこのコピーが自分と直接顔を合わせた記憶を保持している点が引っかかる。
直接顔を合わせたのは一度きりで、その日に死んだ帆奈の記憶をコピーが持っている筈がないからだ。
或いは、鏡の魔女経由で知り得ない情報を得ているのか、本人が死んだ様をコピーがどこかで見ていたのか、もしかしたらかつて死んだ方の帆奈こそがコピーだったのか……どう結論付けるにしても核心に至る何かが足りない。
ななかの頭の中で、目の前の存在の気持ち悪さが増すばかり。
「罠にかけたつもりでいるのなら、随分舐められたものですね。 今更あなた如きに遅れを取るとでも?」
「違う違う! ちゃんと手紙の中身読んでくれた〜?読まずに食べた黒ヤギさんかーー??」
「まさか本気で救援を求めたとでも言うつもり?」
「もちろん!あれウソだよー!!さーてななかちゃんお待ちかね!ここから話すのが本日一番の真実!!!」
帆奈は机に身を乗り出し、お互いの息がかかる距離まで顔を近づけた。
「あたしと一緒に、鏡の魔女殺して欲しいんだよね!!」
キラキラと輝く帆奈の瞳の中に、不快感で歪んだななかの顔が映る。