憎悪の手を握る   作:suiさん

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Chapter5 あたし達は戻れない

全ての面にヒビが入った鏡の部屋。鏡の魔女の破片が散った床。

全身傷だらけの更紗帆奈。同じく傷だらけの身体に暗示魔法を受け、ぴくりとも身体を動かせなくなった常盤ななか。

 

帆奈はこの瞬間を狙い、共闘を持ち掛けた。

自分が犯した過ちを知り、ななかは滝のような汗を流す。

 

決定的な間違いはどこにあった?ここからどう取り返せばいい?

普段なら即座に状況を分析し、場に応じた策を展開する所だった。

しかし今のななかにはそれが出来ない。

身体に疲労、心に激情が積み重なり、策士としてのキレを失ってしまっていた。

あるいは、帆奈に再会した時から既に冷静ではなかったのかもしれない。

 

「あっは!なんでこんなことにー!!……って言いたそうな顔してるねぇ」

 

帆奈は自分から攻撃を仕掛ける様子もなく、硬直したななかを下品な笑みで眺める。

 

「だってあんたは復讐の為だけに魔法少女になったんでしょ?倒すべき敵を倒した後の事なんて考えられないからこうなるんだよなぁ〜!」

 

帆奈の言っている事がななかの能力の弱点である事はすぐに察しがついた。

鏡の魔女はたしかに先程までななかの倒すべき敵であり、それを倒すまで帆奈に敵意がない事も間違いではなかった。

だが、帆奈がそのあと心変わりするところまで能力は読めなかった。

おそらく鏡の魔女から暗示の能力を奪い取るまでは本当に敵意はなかったのだろう。

気まぐれな悪意と戦う為に身につけた能力なのに、再び気まぐれな悪意に翻弄された事実がただ憎い。

 

「本当の事知りたいかなぁ〜?本当の気持ち知りたいかなぁ〜?」

 

甘い声で囁きながらななかの指を一本づつほぐし、握っていた小太刀を奪い取る。

 

「……あんたに教えてやる答えなんて一つも無いよ!!バァーカ!!!」

 

甘い声をせせら笑いに変えて小太刀を横に振り、投げ捨てる。

刃がななかの頬を掠め、一文字の傷を作る。

 

「クソ女が……!!」

 

ななかは頬からだらだらと血を流し、それでも帆奈を睨み続ける。

完全に不利な状況にあり、逆転の策も頭に浮かばない。

それでも心だけは絶対に屈しない。負けを認める事だけは絶対にしない。

 

「あはーっ❤その顔大好き!超かわいい!!やっぱりあんたは人を憎んでる時が一番輝いてるよ〜❤」

 

今度は頬を紅潮させてななかの頭を掴み、自分の顔を間近に寄せる。

お互いの荒い息が吹きかかる距離感がななかにはたまらなく不快だ。

 

「まぁ、あんたにはちゃんと感謝してるしぃ?せっかくだからひとつだけ答えを教えてあげるよ。あんたが一番知りたい真実さ……んっ……」

 

「なっ……やめっ……んんっ!!」

 

帆奈は言葉の後に突然唇を重ねてきた。

帆奈からの不快な暴力や暴言はここまで味わってきたが、このタイプの嫌がらせを受けたのは初めての事でななかの頭の中が真っ白になった。

唇が離れ、唾液の糸が繋がった状態のまま帆奈がまた叫び声を上げる。

 

「んっふふふ……あたしは死なない!!あんたが生きてる限り!!絶対に!!!」

 

叫び終わった後に頭を後ろに降って勢いをつけ、そのままななかの顔面に頭突きを叩き込む。

真っ白だった頭の中は一気にブラックアウトし、意識が飛びそうになる。

だが、倒れない。

 

「この度は誠に残念だったねえ悲しいねえ悔しいねえ憎たらしいねえ!!でもさ!あの時あんたがあたしを殺さなかったからこうなったんだよ!?なんであんたがあたしを殺せなかったか、今ならよぉぉぉくわかるよ!教えてやるよ!!」

 

帆奈の言葉と頭を何度も何度も叩きつけられ、脳がグチャグチャにされたような気分になる。

まだ、倒れない。

 

「あんたは復讐を失うのが怖かったんだ、復讐っていう生きがいをね」

 

朦朧とした意識の中で、額が密着した状態で放たれたその言葉だけが妙にすんなり頭の中に入り込んだ。

ふざけた言いがかりだが、当時の自分がどんな気持ちだったかが思い出せない。

少なくとも仇が死んだ事による達成感は無かった。

「だから目の前で死んでやったんだよ、あんたの人生を奪ってやりたくてしょうがなかったからさぁ」

 

帆奈は突然暴力を止め、切り傷のついたななかの頬を舐め始める。

行為の方向性を変えたように見えるがそうではない。全てが嫌がらせだ。

 

「そしたらさぁ、そしたらさぁ……ふっ、ふふっ……ふふふふふっ……」

 

今度は左手で髪を掴み、ななかの頭を持ち上げる。

 

「随分と腑抜けてて残念だったよねぇ!!!」

 

失望の言葉の後に右手を握り、顔面を殴りつける。

衝撃はあるが痛みは無い。ななかはいよいよ痛覚が麻痺してしまったと自覚した。

だから、倒れない。

 

「思い出してよ……あんたが復讐したい相手はこのクソみたいな身体を押し付けたキュゥべぇじゃないでしょ?あんたの人生をゴミにしたあたし!!更紗帆奈でしょ!!!」

 

繰り返し殴られても痛みを感じる事はない。

極限に達した疲労すら感じなくなった。

まともな思考は既になく、ただ一つの感情だけが身体を支える。

絶対に、倒れない。

 

「あんたのついでに巻き込んだ子達と友達になれば人生変わると思った?あたしから逃げられると思ったぁ?いやぁーダメだね!ダメダメ!!」

 

「あんたはあたしのモノなんだよ❤あたしを殺さない限りずぅーっとね!」

 

「ならば……」

 

暗示によって動かないはずの腕が動き、殴りかかった帆奈の腕を掴む。

 

「わっ!?……まさか、暗示を破った!?」

 

一方的な蹂躙だと思っていた帆奈の余裕が崩れた。

何故暗示を破れたのか、自分が今どういう状況に置かれているのか。

そんな事はもはやななかにとってはどうでもいい事だ。

 

「ここで……」

 

指は帆奈の腕に深く食い込み、メキメキと骨が軋む音が鳴る。

 

「痛たたたたぁ!!このアマァ!!どうやって…!?」

 

帆奈は慌てて暗示をかけ直そうとするが、今のななかには通じない。

理性とは違うものによって突き動かされるななかには通じない。

 

「殺す!!!!!」

 

厳格で優しい親から授かった道徳。仲間達と育んだ友情。

魔法少女としての誇り。策士としての知性。かつて帆奈を殺せなかった甘さ。

人間としての良識。

ななかという人間を形作るこれら全ての綺麗事が、心の奥の憎悪によって燃え尽きる。

 

「ヒッ!!!」

 

いつもの端正な顔立ちとはかけ離れた、ボコボコの顔と悪鬼のように鋭い目つき。

今まで誰も見たことがないななかの暗黒面を目の当たりにした帆奈は、怯えた声を上げ、ななかの腕を無理やり引き剥がす。

慌てて距離を取り、ななか同様のボロボロの体で改めてななかと相対する。

 

「更紗ァ……帆奈ァァァァァ!!!!」

 

ななかの瞳の中の花が燃え上がり、獣の叫びを上げる。

 

「……あっは……あっはははははははひゃははははははははは!!!やっぱりあんた最高❤〝こっち側〟へようこそ!!もう細かい事なんてどうでもいいや!愛し合おうね……❤」

 

帆奈の瞳の中の星が煌めき、道化の笑いを上げる。

今まさにお互いに掴みかからんとする2人。だが、その愛憎の行為に割って入るものがあった。

 

大きな音を立てて、鏡の部屋が崩壊を始める。

主人である魔女を失った結界は本来すぐに消失するはずだが、なぜかこの部屋は終わりを迎えるのに時間がかかった。

その理由について考察する余裕を、この場の2人は持ち合わせていない。

 

2人の間を裂くように大きな亀裂が入り、部屋が真っ二つに割れる。

足元の鏡が亀裂から割れはじめ、飛び越えられない溝を作る。

 

「はぁ!?なんだよ今更!!なんで邪魔すんだよ!!今になってヤキモチすんのかよ!!」

 

帆奈はまた空を仰ぎ、ななかではない誰かに怒鳴り始める。

 

「全部あんたのせいだろ!!ねぇ!!――――

 

部屋が崩れる音にかき消され、帆奈の言葉の最後が聞こえなかった。

帆奈が呼んだ誰かの名前が。

 

「ハァ……つまんなー!!結局最後でおあずけかー!!……しゃーない、次のお楽しみだね。あんたとあたしの因縁は永遠だからさ❤」

 

深いため息の後、怒鳴りつけていた〝それ〟からななかに感情の矛先を移し、帆奈は笑顔で手を振った。

帆奈に手を下せない状況に気づくと、燃え上がる憎悪に水を掛けられたような感覚に陥り、身体を動かす力を失う。

 

「……おやすみ、相棒」

 

意識を失う間際に聞いた帆奈のその声は、彼女らしくない慈愛に満ちているような気がした。

まるで普通の人間が普通の友人にかけるような声が、なぜか不気味に聞こえた。

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