憎悪の手を握る   作:suiさん

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Epilogue 憎悪が手を握る

「ななか……ななか……」

 

 声が聞こえる。

 

「ななかさん……」

 

 声が聞こえる。

 

「起きるネ……」

 

 声が聞こえる。

それらはななかの心をななかとして形作る為の声で、響く度に燃え尽きた精神が少しづつ蘇る。

自分が何者であるかを思い出し、ゆっくりと目を開く。部屋の照明が妙に眩しく感じる。

 

「やれやれ、やっとお目覚めネ」

 

「ななか!……よかった、ちゃんと生きてる……!」

 

「み、みたまさん呼んできます!!」

 

 純美雨、志伸あきら、夏目かこ。

最も信頼の置ける仲間達に囲まれ、ななかは目を覚ます。

痛む身体をなんとか起こし、まだぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、自分の寝ているここが調整屋のベッドである事に気がつく。

 

 自分は生きている。

ななかが今理解できる事実は、それだけだった。

 

***

 

「大変だったわねぇ、みんな心配してたのよぉ〜?」

 

 仲間たちとかこが連れてきた調整屋の主、八雲みたまから自分が今ここにいる経緯を聞いた。

ななかはかなり早い段階で仲間と逸れたらしく、先に撤退した仲間たちは戻ってこないななかを心配しみたまに声を掛けた。

みたまを引き連れて捜索しようとしたところ、ミラーズの入り口で倒れているななかを発見したということらしい。

 

 「ユニオンではね、灯花ちゃん主導でミラーズの性質を使った実験を計画しているのよぉ。長いこと自粛を呼びかけていたのはそういった事情があったの」

 

「あなたの意見は理解してるし、今回みたいな事情なら行くなとは言わないけど、一言くらい調整屋さんに声をかけてほしかったわねぇ〜」

 

 みたまは独特の間延びした声色でななかの行いを責める。

ななかは彼女や灯花を信用していないので、その言い分に耳を貸すつもりはない。

全てを無視して、ななかはぽつりと一言つぶやいた。

 

「更紗帆奈を覚えていますか?」

 

 更紗帆奈。名前を口にしただけで全員の顔が強張った。

この場にいる者は帆奈の狂行を経験した事があるからだ。

 

「瀬奈みことがどうなったと思いますか?」

 

 瀬奈みこと。この名前を聞いて顔を青くしたのはみたまだった。

やはり彼女はなにかを知っていると、ななかはここで確信を得た。

しかし、今問い詰めたところで口を割る甘い女ではない事は知っている。

ななかの発言の意図を読めない一同に対し、今まで起きた事を話し始めた。

 

 ミラーズの最奥地で帆奈と出会った事。

成り行きで共に鏡の魔女を倒した事。

鏡の魔女の正体が瀬奈みことである可能性。

……鏡の魔女を倒した後の出来事だけは話す気になれなかった。

 

「更紗帆奈が……生きてたって事ですか…?」

 

「待つネ。まだそう決めつけるには判断材料が足りないヨ」

 

「そ、そうだよ!もし生きてたのなら今まで出てこなかったのはおかしいじゃないか!」

 

 仲間達は動揺しつつも、帆奈の生存に対しては否定的な考えを見せる。前に帆奈が死んだ時にも行われた議論だ。

 

「う〜ん……私が思うに、今回の話はミラーズが見せた悪い夢じゃないかしらぁ……」

 

 みたまも今回の件を頭から否定しにかかっている。

誰もが更紗帆奈を過去にしようとしたがっている。

覗いてはいけない闇から目を逸らし、決まっていない決着をなかった事にして、それが最初からいなかった事にしようとしている。

彼女達の態度がどうしてもそう見えて、腹の底から怒りが湧き出す。

 

 帆奈は死んだか否か。はっきりとした答えをななか自身も持ち合わせていない。

だが結界の最奥地で奴と再会したななかは確かな答えを持って帰った。

 

 生死はわからない。たけどまだ終わっていない。

終わっていない憎しみを過去にしてはならないと、心の底がまた冥い熱を燃やし始める。

 

「鏡の魔女を倒したって話だけど、ミラーズは消えずに残ってるし考えられる線としては――

 

「何故、夢だと言い切らなければならないのですか」

 

 みたまの言い分など聞く価値はない。

重ねてそう判断したななかは冷たく発言を切り、一同を睨みつける。

 

「何故あの女が死んだと言い切れるのですか!!!」

 

 仲間達もみたまも、ななかの怒気に気圧されて何も言えなくなった。

 

「……まだ終わっていないんですよ。私達は……私は、自分の手でケリをつけられなかった。つける事が出来なかった」

 

「迷いが……甘えが、私達から確証を奪った。全て私の責任です」

 

「あの日、私が躊躇わなければ」

 

「私があの女を殺す事が出来ていたら!!!」

 

 次々と涙のように溢れ出す言葉の数々。

これはななか自身にもわからない心の奥底にあって、ずっと言えなかった後悔。

決して元に戻らない心の傷痕。

帆奈と再会した事でようやく自覚できた歪み。

 

「ななか!!!」

 

 誰もが言葉を失う中、最初に叫んだのは美雨だった。

 

「帆奈を殺せなかったの、たしかに後悔かもしれないヨ。甘えだったのかもしれないネ」

 

 美雨はななかの両肩に手を置き、真っ直ぐに顔を見て話を続ける。

 

「でももし、それをやてたらななかは……私達はたぶん、人では無くなてたヨ」

 

「行き着くのは人の姿でありながら人の心を無くしたモノ……更紗帆奈そのものヨ。あの女の言っていた〝反対側〟の精神。それはある意味では魔女よりおぞましい存在ヨ」

 

 美雨の属する蒼海幇は戦後のヤミ市から始まって神浜の影の部分に根付き、長い時間をかけて互助組織としての体制を整えたという。

彼女たちの世代が組織の清浄化を進める傍で、過去から続く怨念に苦しめられ

〝そういうもの〟を目の当たりにしてきたことは容易に想像できる。

美雨の言葉には、そう感じさせる重みがある。

 

「魔法少女同士でやりあって、魔女が人間の成れの果てである事知って……あの後辿った道筋のコト考えると皮肉としか言いようがないヨ」

 

「それでも。それでもななかがあの時、帆奈を殺さなかたのは正解だと思てるヨ。自分の手で道を踏み外せない甘さが正しかたネ」

 

 そう締めくくると、美雨は柔らかく微笑んで今のななかを肯定した。

おそらくこれがななかの本来望んでいたものなのだろう。

仲間たちの優しさに触れ、抱えていた地獄から解き放たれる……それがななか自身が理想とする、常盤ななかのあるべき姿なのだろう。

 

 だが、今のななかはそうではない。

心には憎しみで焼かれた火傷痕が残り、絶対に元どおりの形には戻らない。戻すことができない。

何処か深いところから、ななかを地獄に繋ぎ止めるように呼びかける声がそれを絶対に許すことはない。

 

 美雨の笑顔が、後ろでななかを肯定してくれる仲間たちの存在がどうしても眩しすぎて。

ななかはそっと目を逸らしてしまう。

 

 脳裏に響く嗤い声を殺さない限り、ななかは前に進めない。

 

***

 

 馴染みのファミレス、ドリンクバーの隣、四人掛けの席。ななか達がいつも会合に使う場所。

あれからしばらくの時が経ち、ななか達は新たな問題に対して意見交換の場を設けた。

あきらとかこが、友人達から得た情報から始まった。

 

「最近ちょっと噂を聞いてるよ。最近見慣れない魔法少女が何か怪しい動きをしているとか……」

 

「それ、フェリシアちゃんも言ってました……神浜の外から攻め込んでくるって」

 

 戦いは終わらない。外から来た者達の意図はまだ読めないが、それが穏便なものであるとはどうしても思えない。

また、神浜内にもマギアユニオンに賛同しないマギウスの残党や、過去から続く蟠りが残り続けている。

マギウスとの戦いを乗り越えてなお、魔法少女が手を取り合う時代は遠い。

 

「あれから時間が経ち、神浜で起きた騒動と町が特異点となっている事実が外に伝わったという事でしょうね」

 

 ななかは無難な見解を述べながら窓の外を見つめ、グラスに注いだブラックコーヒーに口をつける。

 

「ハァ……で?ななかは今後どうすべきと考えるネ?また現状維持カ?」

 

 美雨はそんな様子のななかに対し、ため息を交えながら方針を問う。

 

「前回の反省もありますからね。まだ私達から手を出すべきではありません。

ただし、いつか何かをされた時……自分達の身を守れるようにだけはしておいてください」

 

「は、はい……」

 

「うーん……まあ仕方ないけどさ」

 

 かことあきらの反応も、どこか不安を感じさせる声色に聞こえた。

二人が積極的にユニオン所属の魔法少女と接触し、情報を集めていた事実を見ると

“心から信頼できる仲間だけに背中を預ける”というななかの考えと彼女達の気持ちが少しずつズレ始めているように感じられた。

 

 それでも、ななかの決意は変わらない。

どんな敵が現れようと、どんな相手と戦おうとも、原点にある決意に従って前に進むしかない。

自分が何をするべきか、はっきりと理解しているからこそ曲がれない。

 

 

 ななかの能力は確かな“敵”の気配を感じ取っているのだから。

 




これにて完結です。ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
感想等頂けたら幸いです。
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