いつかあなたの隣に立ちたいと 作:書架の山に埋もれる者 -雪華-
今週連続休暇を頂けたので何とか書き上げました。
大変お待たせしており申し訳ないです。
m(_ _)m
───血走った眼をいっぱいに開き、惨爪竜が天に向かって咆哮を轟かせる。
常時赤熱化を獲得した血濡れの狩人を、通常の惨爪竜と侮る無かれ。
涎滴る鋭牙の上で、爛々と輝く双眸は血走り。
数多の餌を屠りし、簒奪者の無尽の爪刃は、苛立たしげに地面を掻き毟っている。
彼の双眸に写る全ての動くものは餌であり、空腹を満たす糧としての、そして狩人としての飢えを満たす為には、相手は問わない。
血が湧き上がる狩りを。肉踊る闘争を。そして、甘美な贄を。
紅蓮の蒸気を身に纏ったその姿が、陽炎の如く揺らめいた。
高揚で歪んだ口端から、漏れ出た吐息は狂気に満ちて。
歴戦の彼が、相手にとって不足無しと───
───口を歪めて嗤ったのは、最早気の所為ではあるまい。
◆◆◆
「来るっスよ!」
滲み出る殺気に耐えかねたエイデンが、そう零した次の瞬間。緊張が頂点に達するその隙を待っていたかのように。惨爪竜は僅かに体を後方に撓め、先の急襲のように流星の如く、一直線に飛び込んで来た。
オレンジ頭のガラ空きの懐目掛けて疾駆した、緋色の弾道に割り込むように、私は身体ごと盾を捻じ込み、尖爪による連撃を受け止める。鐘を連続で突くような、重厚な衝撃音が陸珊瑚の台地に響き渡った。
───重い。右腕を通して全身に伝わる衝撃に、骨が軋み、掌が痺れ関節が悲鳴をあげる。舌を巻きつつも危なげなく凌ぎ切った直後、確かに、右肩を踏み締められる感触。ソードマスターだ。彼の意図を瞬時に察し、跳び易いよう不動の踏み台を演じ抜く。
脚の速い相手を仕留めるには、攻撃直後の硬直を狙え。
ハンターの常套句に満点の立ち回りで解答した彼に、私は心の中で賞賛を送った。
連撃の残心による一瞬の隙に合わせた、死角からの攻撃。
私の肩を踏み台にして、盾を文字通り壁と使って、ソードマスターが躍り出る。
「御免!」
気合い一閃。裂帛の掛け声に合わせて後方に飛んだ私と入れ替わるようにして、翠の閃光が煌めいた。反応した惨爪竜が天を仰ぐが、もう遅い。隙だらけの惨爪竜に、頭上から兜割りが叩き込まれる。雌火竜の太刀─飛竜刀【翠】─が、狙い違わず惨爪竜の左眼を両断した。
苦しげに絞り出される、惨爪竜の悲鳴。
流れるような先達者達の連携に、背後でエイデンが感嘆の息を呑んだのが聞こえる。
一度に多人数は分が悪いと捉えたか。ダメージを感じさせない躍動感で、奴は雷狼竜の如く右前脚を軸にその場で回転し、私達をバラけさせつつ距離を取らせた。
「上手いな」
「悠長に感心してる暇はないっスよ穿鬼さん!」
私の呑気な一瞬の驚嘆に逐一返すエイデンに肩を竦めつつも、槍を握る手は緩めない。
左から右へ。此方が体勢を立て直している間に、隻眼で私たちを睨めつけた惨爪竜が、次に狙いを定めたのはソードマスターだ。残った右眼に憎悪の光を灯し、珊瑚を利用した三角飛びで瞬時に背後に回り込んだ。
「──っ、行ったぞ!」
豪脚に踏み砕かれた珊瑚が落下し、巻き上がった粉塵と共に行く手と視界が遮られる。
「承知!」
警鐘に焦ることなく返答した背中を一瞥しながら、障害物を突破するべくエイデンと共に動き始めた。
◆◆◆
片眼を奪った煩わしい餌に向けて、惨爪竜は全体重に速度を合わせたタックルを放つが、接触する瞬間に合わせ、ソードマスターが半歩下がった。そして、発生する一瞬の硬直に合わせ、飛竜刀【翠】を振り抜いた。俗に言う、見切り斬りである。
「甘い!」
両者、立ち位置を変えるが如くすれ違う。
肉を掻き分け刃が進み、血飛沫が上がり、惨爪竜が怯んだ。関節に斬撃が入ったか。奴は後退ろうとして、バランスを崩して倒れ込んだ。
「今だ、畳み掛けよ!」
それを好機と取ったのだろう、ソードマスターが声を荒らげた。障害物を飛び越え何とか合流できた私とエイデンが、間髪入れずに応え走る。満身創痍の奴を仕留める好機だと、この場にいる誰もが考えた。
太刀が、剣が、槍が届くその瞬間。
左前脚だけで地面を蹴り飛ばした赫色の閃光が、剣と槍に躯体を裂かれつつも駆け抜けた。
硬質の物体が衝突し合う、鈍い衝撃音。惨爪竜の捨て身の噛みつきを、ソードマスターが辛うじて防いでいた。
しかし、咄嗟の判断だ。全体重を掛けた伸し掛るような攻撃を、彼の甘い体勢では防ぎ切るのは不可能である。
飛竜刀【翠】が、鋭く悲鳴をあげる。
「駄目だ、押し切られるぞ!」
「…ッ!」
ガラスが割れるような破砕音と共に、間一髪ソードマスターが横転する。駆け抜けた惨爪竜の顎門には、半ばから折れた飛竜刀【翠】の刃が咥えられていた。
さぁ、オマエの牙は折ったぞ、と。
勝ち誇るように眼で嗤った惨爪竜は、刃を吐き捨てると豪脚で踏み砕いた。
だが。
「それで勝者気取りとは、私の読み違いだったようだな?」
「然り。例え刃が折れたとて、儂が戦意を喪失する理由にはならんじゃろうて」
(さっき殺られそうになってたことは雰囲気的にも突っ込まない方が良さそうっスね)
武器が折れたくらいでは、ハンターは止まらない。
エイデンの失礼な感想など露知らず、兜の下で口端を吊り上げたソードマスターは、吐き捨てるように言い放ち───
「儂を止めたくば腕の一本でも噛みちぎるべきじゃったの。まぁ貴様の錆びた牙では、この鎧を砕けるかすら怪しいがな」
───ゆっくりと納刀すると、鞘を脇に構え、掌を前に掲げ、人差し指を惨爪竜に向ける。来い、と言外に放つ。
人語を解せない竜種が、挑発を正しく理解したかは怪しいところではあるが。
だがしかし、眼前の餌が慄く事無く佇み、背中を向けることなく構えを解かないその事実に。
彼は、乗った。
へし折れた豪脚諸共大地を踏み抜き、予備動作無しの吶喊がソードマスターへと肉薄する。鋭牙が並んだ顎がいっぱいに開かれ、ソードマスターを噛み砕かんと迫る、その僅かな時間で。
閃いたソードマスターの右腕が、折れた飛竜刀【翠】を鞘から打ち出し。短時間で練り上げられた赤い錬気を、刃の一点に灯した渾身の刺突が、文字通りガラ空きの口内へ突き込まれた。
止まるつもりのない相手の推進力を、逆に利用した突きは口内から頭蓋へと刃を押し進め、興奮と慢心に染まった狩人の脳味噌を完全に破壊した。
◆◆◆
「おつかれさん」
惨爪竜の死骸に腰を下ろした私は、槍を研ぎながら眼前のソードマスターに労いの言葉を掛ける。
老体にもかかわらず右腕一本でモンスターの突進を受けきった彼の肩は脱臼し、肘の関節が直角に明後日の方向を向いていた為、現在は横になってエイデンから応急処置を受けている。鋭牙を押し退けた右腕の装備は原型が分からないほどには拉げていた。
「無理し過ぎだ、マスター。当分太刀は握れんぞ」
「何、心配は要らんよ。その時は貴殿同様、新米達の指南役にでも腰を落ち着かせるさ」
「冗談を言えるくらいには余裕が有りそうで安心したよ。因みに一応言っておくが、私はまだ現役だ」
「違いない」
互いに笑みが零れるが、ソードマスターの症状を含めて現状は余り宜しくない。
彼の狩猟継続は不可能なのは明確であり、早急に拠点へ帰還し、然るべき治療を受けるべきだ。エイデンが秘薬を飲ませ、当て木をして固定していると言ってもそれはあくまで応急処置である。
加えて、近辺の立ち入り禁止が継続されている今、救難信号を打ち上げても対応出来るハンターが存在しない。
よって、戦力面から鑑みてもソードマスターをエイデンが拠点まで送り届けることになる。
「任せてすまんな、エイデン」
ソードマスターを肩に担いだエイデンを一瞥し、私は立ち上がると槍を担ぎ直した。
「大丈夫ッスよ。任されました」
「詫びをするのはこちらだ、穿鬼殿。任せて済まない」
「気にするな。お互い様だ」
ソードマスターの無事な方の拳と、私の拳を突き合わせる。
「後でな」
「応とも」
交わす言葉は端的に。白のランサーと合流すべく、私は踵を返した。
◇◇◇
全てを鏖殺せんと迫る、荒鉤爪の不格好だが殺傷力は桁違いな突進を、ガードダッシュを応用したサイドステップで危なげなく躱すと、次の瞬間には目端で蒼い巨大な翼脚が振り上げられたのが見えた。
その振り下ろしを確認してから、軸を人間二人分ズラして、鼻面目掛けて突進をお見舞いする。
身体のすぐ横で大地が噴火したかの如く炸裂する。発生した蒸気に装備ごと炙られるが、怯むことなく、前へ。
歪に湾曲した赤龍の槍が、過たず荒鉤爪の頭殻を刺し穿つ。
苦し紛れの大咆哮に脳が揺さぶられるが、この程度。
「…あの赤龍の咆哮に比べれば、この程度、そよ風みたいなものよ!」
そう、この程度だ。怯んでなどいられるか。
───押し通る。右手の盾で荒鉤爪の顔面を殴打し無理に隙を作ると、同時に右足を軸にその場で回転。遠心力と速度を載せた赤龍の槍で、荒鉤爪の左前脚に"斬撃"を入れた。
荒鉤爪がよろめいた。此処だ。
「はあぁぁぁっ!」
裂帛の叫びと共に、縦横無尽に槍を振るう。刺突。斬撃。なぎ払い。形状が特殊な赤龍槍だからこそ可能な、剣戟ならぬ槍戟の嵐が、荒鉤爪の命を刈り取った。
荒鉤爪が断末魔と共に頽れるのを見届けると、その場に大の字に寝転びたい衝動を押さえつけて、息を整える。
「やっと…一頭」
そう。まだ一体目だ。今頃はソードマスターとエイデン君が少なくとも一体は討伐してくれているだろうから、残ってるのは…
「ヴァルハザクとディノバルド、あとはオドガロンかな?」
「いや、これで全部だ」
「うにゃぁ!」
びっくりした。虚空に向けて呟いたはずの独り言を拾ってもらえるとは想定外。振り返ると、そこには見知った顔が。
ていうか今変な声出たよね。聞かれてないと良いんだけど、ダメかしら。
「えと、穿鬼さん…ですよね」
動揺が声に出なかっただけマシと捉えるべきだろうか。よくやった私。大丈夫バレてない。多分。
「お、かの英雄に名前を覚えて頂けてるとは。光栄だな」
彼はそう零すと髪を掻く。奇声に関しては流してくれたみたいで何よりだ、心の中で小さくガッツポーズ。
「そんな、謙遜しないでくださいよ。貴方だって…」
言いかけた言葉を飲み込む。これ以上は押収になりそうだったからだ。話を変えるべく、込み上げてきた疑問をぶつける。
「結局この瘴気大量発生の原因は何だったんですかね?」
「さあ、どうだろうな。総司令から依頼を受けた討伐対象は全て片付けた今…原因は恐らく瘴気の谷にあると私は思うね」
「谷…ですか。そういえば、行く前に谷で瘴気が大量発生してるから入るなって聞いたような」
二人揃って首を傾げ唸る。両者とも専門は狩猟である為、この件の原因の考察は学者達にしてもらった方が早いだろう。
「一度拠点に戻った方が良さそうですね」
「そうだな…よし」
穿鬼さんが口笛を鳴らすと、訓練された翼竜が舞い降りた。私もそれに倣い、一先ずは空へ───
───飛び立とうと。
───足元から伝わる振動。これは…?
「…地震?」
「どうした?白のランサー」
「えと、地面が揺れて」
言いかけて、近くからサンゴドリの群れが一斉に飛び立った。空を仰ぐと、北東キャンプの方角でムカシマンダゲラの群れも同様に空の高いところを舞っている。まるで、陸珊瑚の台地に生息する、全ての生物が───
───何かから逃げるかのように。
「話は後です、一旦空に上がりましょう!」
何かおかしい。私の切羽詰まった声に押されるように、穿鬼さんが頷いた。
その直後に。
下層の瘴気の谷から、聞いたこともないモンスターの咆哮が轟く。同時に、下層から大量の瘴気が舞い上がった。
「な、何?!」
赤龍でも地啼龍でも無い、地の底から響く聲。
隣で、穿鬼さんが息を呑んだ音が、酷くはっきりと聞こえた。
◇◇◇
───まさか、そんな筈がない。
本能ではそう思っているものの、理性は有り得た結果だと、警鐘をかき鳴らす。
地響きは次第に轟音を伴ってゆく。
そして轟音の隙間を縫って耳に響くこの破砕音は、聞き覚えがある。頭が理解するのを拒否しているが、これは、脱皮の音だ。
ならば、次に起こる現象は───
「まずいな。白のランサー、空中にいては的になる。エリア中央から離れつつ、北東キャンプ付近に降りるぞ」
「的に?それってどういう…」
「話は後だ、一先ず身を隠そう」
「了解です」
陸珊瑚12番エリアの高台に、翼竜を降ろした数瞬後に。エリア中央の、瘴気の谷に繋がる大穴から屹立したのは───
───全身を赤黒く輝く剣と白銀に耀う鎧で覆った大蛇。
赤棘を冠する、古の帝。その産声は天地を震わせ、遥か先の星の船まで、破滅の兆しを轟かせた。
蛇帝龍の異名を持つ、ダラ・アマデュラ亜種の幼体が、陸珊瑚の台地に鎌首をもたげた。
To be continued…
お久しぶりです。雪華です。
仕事多忙につき、投稿頻度が以前より亀になっております。申し訳ないです。
まぁ途中で衝動書きした短編の方に頭のリソースを回したのも原因かもですが…
( ̄ω ̄;)
それはさておき。
この度、Twitterのフレンド様(蒸しぷりん様)から主人公穿鬼さんのイラストを頂戴致しましたので掲載させていただきます。
m(_ _)m
【挿絵表示】
(上手く閲覧できるかしら?(´・ω・`))
一応私のサブ垢キャラのスクショをお渡ししております故、設定画(?)通りの穿鬼さんです。なにぶんこういったことは初めてでして、本当に感無量です。この場を借りて、再度お礼を申し上げます。
蒸しぷりん様、ありがとうございます(o´∀`o)
…私としては、ワールド初期の段階から妄想していた内容が書き上げられて何よりです。この邂逅を書くために、千古不易を謳う王のくだりを書いたと言っても過言。
( ̄ω ̄;)
ここでもうゴールでも良いんですが、それでは問屋が許さない。
産まれたからには結末を書かねば。
という訳で、もう少しだけお付き合いください。m(_ _)m
それでは、次話か、脱線した場合()には短編の方でお会いしましょう。
ではまた。