彼女、ナカノ・アズサはジャズバンドをやっていた親の影響で小学4年生からギターをやっていたはずだが、こちらの世界では親が神曲楽士なのだろう。彼女は緑色のワンピースを着てギターを触っていた。その彼女は俺を見た後、直ぐに隣のイアリティッケへと視線を移した。
「その人が言っていた人ですか?」
「そうよ。アタシのお兄ちゃん」
声は竹達さんで、本人みたいな感じがする。けいおんは好きだったので大好物だ。
「お兄ちゃんって、男の人だったんですね」
「ああ。俺はレイ、サモン・レイだ。よろしく」
「私はナカノ・アズサです。イアリと同じくらい髪の毛が長いので勘違いしていました。どうぞ、よろしくお願いします」
髪の毛は切るのがだるいので乱雑に伸ばしている為、腰くらいまである。フォロンと同じく中性みたいな容姿で似合ってはいる。青い瞳と合わさって、倍満なんてくれてやるとか言っても違和感があまりない感じになっている。
「気にしないよ。それより相席いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとう」
「お邪魔するわ」
イアリティッケと共に荷物を荷物棚の蓋を開けて収納していく。イアリティッケは普通に座っている。こういう事は俺の仕事になっている。基本的にイアリティッケは空を飛ぶ事をせずに人間のように振舞うのが週間となってしまっているようで、高い所にある物とかを下ろしたり上げたりするのは俺の仕事だ。
「ナカノさん、荷物を上げていいかな?」
「あっ、お願いします。私じゃ届かなくて……」
「わかった」
そのまま床に置かれていたスーツケースなどを荷物棚に仕舞ってスペースを空ける。このコンパートメントは4人用で引越しの手荷物と楽器などで荷物が多くなっている。この列車に乗って数日過ごすのだから仕方無いだろう。ちなみにベッドはかなり狭いが別室に2部屋あって鍵も掛けられる。なので男女だが問題ないと思っているのだろう。それにイアリティッケと彼女が知り合いだしな。とりあえず、荷物を片付け終えたので彼女の対面に座る。
「アズサもトルバスに行くのよね?」
「そうです。父さん達と同じ神曲楽士になりたいですから。えっと、レイさんもそうなんですよね?」
「そうだね。俺はイアリの為っていう理由もあるけど、神曲楽士の資格が欲しいからね」
お金稼ぎには神曲楽士が一番いい職業だ。才能と精霊がものをいい、稼げる量は全然違う。俺の場合は既にイアリティッケという始祖精霊と同等の精霊と契約している為に稼げる事はわかりきっている。コーティカルテの苦手な精密作業もイアリティッケは努力してある程度克服しているので色んな仕事を受けられる。他にもイアリティッケはコーティカルテと違って自分だけで俺を独占しようとは思っていないので、他の精霊に神曲を与えても大丈夫だ。ただ、後でイアリティッケにも与えるように言われるけど。
「現実的な事ですか……」
嫌そうな表情をするアズサちゃん。どうやら彼女は精霊が好きで神曲楽士を目指しているみたいだ。
「まあ、お兄ちゃんは私の為に稼がないといけないし、パパの遺産も少ないからね」
「あっ……そっ、そうですよね、すいません」
しゅんとなるアズサちゃん。やっぱ可愛いよな。
「気にしてないよ。それと俺も精霊が好きだし金儲けの道具とは考えていないよ」
「そもそも、そんなんじゃアタシが契約する訳ないじゃない」
「そうですね……って、契約してるんですか!?」
「してるわ」
アズサちゃん達、大家さん達にはバレていたんだろう。精霊同士はある程度分かるらしいし、何よりイアリティッケの力は無駄に大きすぎるから抑えきれないだろう。
「っていうことは、もう神曲を奏でられるんですか!」
アズサちゃんが身を乗り出して俺に聞いてくる。まあ、同じ一年生が既に神曲を奏でられるっていうのは驚きだろうな。
「むしろ、なんでアズサは奏でられないのよ。アンタだって英才教育受けてるでしょ」
「うっ……演奏はできるんですけど……何かが足りなくて……」
「まあ、それは俺じゃわからないな」
「アズサの所の子でわからないんじゃお手上げね。心機一転してトルバスでしっかりと習うといいんじゃないかしら?」
「そうですよね」
「そうだな。まだ若いんだし、大丈夫だろう」
「はい! でも、神曲奏でられるならなんで学園に行くんですか?」
「演奏技術はあるけど、知識があんまりなくて資格が取れないんだよ」
技術はあるんで実技試験は問題ないが、筆記試験が突破できないのだ。まあ、元から他の理由で入学は確定なんだがな。
「じゃあ、教えるんで演奏技術を教えてください」
「いいよ。どうせ数日あるんだから一緒に勉強しようか」
「はい!」
「じゃあ、アタシは二人のサポートをしてあげる。そうね、飲み物は紅茶でいいかしら?」
「ああ、頼む」
「いいんです?」
「任せなさい」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰います」
イアリティッケが俺が置いておいた片手で背負うリュックから紅茶ケースと魔法瓶を取り出す。それから、バチッという音をさせた後には綺麗なティーセットが作られる。それらは備え付けのテーブルの上に人数分置かれる。
「ニルギリ紅茶でいいわよね?」
「俺はいいよ」
「私も構いませんよ」
「じゃあ、ちょっと待ってなさい」
またバチッと音がしてカップと魔法瓶が熱せられる。そして、少し待った後に中身が注がれていく。それはニルギリ紅茶に紅玉リンゴを漬け込んだ物だ。コンパートメントの中に良いりんごの匂いが充満していく。
「ティーパックじゃなくて本物なんですね……」
「アタシはこだわり派なの」
「カレーのルーだって自作するからな」
「へぇ~美味しそうですね」
「美味しそうねじゃなくて美味しいな。ただ、甘口だけどな」
「うるさいわよ!」
「あははは」
列車が動き出し、イアリティッケが入れてくれた紅茶を飲みながら、これまたイアリティッケが焼いたクッキーを食べる。そして、お互いに勉強していく。共通する話題である神曲に関する勉強とイアリティッケの紅茶とお菓子のお陰でなんとかいい雰囲気で過ごせている。駅弁も三人で分けて食べた。
「では、基本的な事から復習しましょう」
「そうだな」
「では、精霊とはなんですか?」
「世界に満ちる知性在る何か、人間の善き隣人と呼ばれる存在だな」
「そうです。そして、物質化できる精神体という特徴を持っていますね。精霊には様々な形態をしている子達がいて、共通点のある者達を枝族として大まかに一纏めにして分類しています。精霊を見分けるのは簡単で、どのような姿だろうと必ず偶数枚の対になる光の羽根を持つからです。この羽根は複雑な紋様を描く事から精霊紋章と呼ばれ、精霊の本体だと言われる事もありますね。」
「羽根の紋様は、人間の指紋と同じく同一の物が存在しないんだったか?」
「そうです。精霊の個体識別にも用いられるのですが、隠している精霊も多いです。そして、羽根は彼らの等級を表しています」
「2枚が下級精霊で、4枚が中級精霊。そして、6枚が上級精霊という事だな」
「はい。普通は下級の精霊が上位の精霊に1対1では勝てません。例外は神曲を受けている時だけですね」
つまり、等級は保有する力の絶対量を示していて、羽根の数の違いは越えられない壁を意味する事になる。特に上級精霊と下級精霊では弾道ミサイルとピストルくらいの差がある。
「アズサ、それは違うわよ」
「え? 何処か間違っていましたか?」
「ええ。神曲だけが例外じゃないわ」
「ああ、そうか」
俺はイアリティッケの言葉である精霊の存在を思い出した。彼は確かに上級精霊に勝利している。
「お兄ちゃんなら答えはわかってるでしょ?」
「精霊が人間が使う戦う為の技術を修得する。つまり、鍛錬を行なって鍛え上げる事により等級を超える事が可能だという事だな。非力な人間が強者に勝つ為に生み出した技術を精霊が使えばそりゃ強くなるよな」
「そういう事ですか……確かにそうですね」
「現にアタシは頑張って練習したらから前より格段に強くなってるわよ。ヴィレニスなら刀や剣をイメージしたらいいわ。ただの鉄の棒と鍛え上げて作られた剣や刀ならどちらが相手を殺しやすいか、わかりやすいでしょう」
「博物館で見たことはありますけど、確かに綺麗でしたが、凄く切れそうな印象でした」
「そうね、作ってあげるわ」
その声と共に一瞬で現れる西洋の剣、綺麗な刀と鉄の棒。精霊雷の汎用性はチートといえるだろう。一家に一台中級精霊といいたい。まあ、身を削っているから補給ができる神曲楽士がいるのを前提とした場合だけどな。
「こう見ると全然違いますね」
「切れるから気を付けなさいよ」
「はい」
「じゃあ、勉強を再開しようか」
「そうですね」
「なら、アタシはアタシで練習してるわ」
「わかった」
イアリティッケは部屋を移動して寝室の方でベッドに乗りながら無数の剣を空中に作り出しては消していく。最初はまともな物が作れて居なかったが、段々と鉄の塊から剣の形へと変わっていく。流石に室内なので発射はしていない。それにアズサちゃんから見えないように配慮もしている。
「サモンさん?」
「ああ、ごめん。サモンって苗字が慣れなくてね」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、レイって呼んでくれ」
まあ、仲良くしたいし、名前で呼び合いたい。実際、サモンなんて呼ばれなかったから実感も全然ないしね。
「分かりました。それじゃあ、私もアズサでいいですよ」
「わかったよ、アズサちゃん」
「ちゃんはいりません! 子供扱いしないでください!」
「わかったよ、アズサ」
「わかればいいんです」
ほっぺを膨らませていたアズサは可愛かった。撫でたくなったが我慢しよう。それにしても、イアリティッケよりは身長があるが、小さいな。まあ、これからどうなるかわからないが仲良くしよう。そして、出来たら守ってあげよう。レベルもこの二年で少しは上がったし、イアリティッケも居るし大丈夫だろう。