カルテット   作:ムラムリ

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包丁

 そとのけしき。あおいそら。しろいくも。あかいりゅうがひとをのせて、とんでいる。きもちよさそう。

 ざざーん、ざざーん、うみのおとがする。みんな、たのしんでる。

 ぼく、ぼく。ぼくは。

 あたまがいたい。

 とっても、いたい。なんだか、くらくらもする。

 がたん、がたん。くるまがゆれた。ゆれると、あたまがいたい。ずきんずきん、なんか、ぼく、こわれちゃったみたい。

 あしもいたい。はねもおれてる。

 あれ、あれ、うごけない。

 どうして。うごかない。そとのけしきがみえてるだけ。

 くびもうごかない。どうして。

「……ええ、はい。5ドルですか。……いえ、いいですよ、それで」

 こわいひとが、ぼくにひどいことをしたひとが、とんとんと、おとをたてている。

 こわいよ。どうしてこんなことするの。

 ぼくは、ぼくは。

 くるまがゆれて、あたまがいたい。とてもいたい。ずきんずきん、あしも、からだも、やっぱりうごかない。

 こえもでなかった。いたいのに。

 いたいよ、たすけて。

 あかいいぬがとなりにすわっていた。

 そとをながめてた。いつもみたいに、ぼくをおいしそうなめではみてなかった。

 おとなしかった。

 たすけて。ぼく、いたいよ。だれか。

 

 たてものがながれていく。くもがながれていく。ひとがながれていく。まどのそとで、みんなしあわせ。

 みんな、ぼくいがい、しあわせ。

「ったく、また捕獲しに行かなきゃしゃあねえじゃねえか」

 ほかく。ほかく。いやなことば。あたまがいたい。

「一匹5ドル。一匹5ドル。十匹捕まえたら50ドル。百匹捕まえたら500ドル。そっちもあんまりいい稼ぎじゃねえな」

 いやだ。はなばたけにかえして。あかいはなばたけ。ぼくのこきょう。おとうさん。おかあさん。

 まいにちたのしい、ぼくのこきょう。

 まいにち、たのしかった。

 おとうさん。

 おかあさん。

 おにいちゃん、おねえちゃん。

 ぼく、ぼく。

「一日数回仕立てて躍らせるだけでそれ以上だしな」

 ぼく、がんばったのに。

 がんばってたのに。

 あしがいたかっただけなのに。

 ぼく、ぼく。

「あー、ガルルも美味しそうに食べちゃってさ。後の二匹も今日は使いもんになんねえ。

 あいつ今日飯抜きだな」

「ウォン!」

「駄目ってか。まあ、そうだよな。俺が指示したもんな。

 でもさ、あんな、鳥の目の前で美味そうに食う奴があるかよ」

「クゥン」

 ぼく、ぼく。

 しにたくないよ。どうしてあたまがいたいの。どうしてからだがうごかないの。

 どうしてぼくは、こんなことになってるの。

 おとうさん、おかあさん。

「なあ、ルガ。お前やっぱり車は苦手か?」

「ウゥ」

「そうか。慣れないもんだな」

 くるまが、とまった。あたまが、いたい。ずきんずきん、いたむ。とっても。

「ルガ。持ってけ」

 うごかさないで。いたくしないで。

 いたいよ。あしをつかまないで。

 ぼくをもたないで。

 いたいよ。あしがいたいよ。あたまがいたいよ。うごけないよ。

 おにいちゃん、おねえちゃん。おとおさん、おかあさん。

 たすけてよ。たすけてよ。

 ぼく、しにたくないよ。

「そんなに状態も良くないですね」

「ええ、ガソリン代位にはしてくれよ」

「……4ドル50セント」

「……分かった」

 いたいよ、いたいよ。はやくぼくをたすけて。

 おとうさん、おかあさん。

 にんげんのめがいきなりぼくのめのまえにきた。

 こわいよ。なんでそんなめでぼくをみるの。

 なんでぼくをたあすけてくれないの。

 たすけてよ。いたいよ。たすけてよ。いたいよ。

 おとうさん、おかあさん。

 

 たてもののなか。おいしいにおいがする。

 じゅわじゅわ、ぱちぱち、とんとん、ばきぼき。

 いろんなおともした。ひとのこえも。

 あたまがいたい。あれをたべさせてくれるの? ぼくをあれでげんきにしてくれるの?

 とびらがあいた。

 ちのにおいがした。とてもつよい、ちのにおい。

 え、ぼくは。ぼくは。

 いやだいやだ。いやだいやだ!

 たすけてたすけて、おとうさんおとうさんおかあさんおかあさん、おねえちゃんおねえちゃんおにいちゃんおにいちゃん。

 いやだよいやだよ、しにたくないしにたくない。

 たすけてだれか。きいろ、もも、むらさき。どうしてここにいないの。

 どうしてぼくはこんなところに。ぼくは、ぼくは、どうして。

 いやだよしにたくないよ。しにたくないよ。いやだよ。

 いやだいやだ。

 いやだいやだ。

「あんまり質良くないが出して大丈夫だろ?」

 ひっ。

 かおをちかづけないで。

 こわいよ。おとうさんおとうさん。たすけて。やめてよ。やめてよ。

 そんなめでぼくをみないで。そんなめでぼくをみないで。

「……うん、大丈夫だろ。なあ、ラッタ?」

「ヂュウッ!」

「大丈夫だってさ」

 やっとよこになった。すこしだけ、らくになった。

 でも、でも、せなかがぬるぬるしてる。とてもこい、ちのにおい。

 ぼくのせなかに、たくさんのちが。

 たくさんの、とてもつよい、ここでたくさんしんでいる。しんでいる。

 しにたくない。しにたくない。いやだ、おとうさん、おかあさん。

 おとうさん、おかあさん。おねえちゃん、おにいちゃん。

 ぼくをたすけて。たすけて。たすけてよ。

 うごかないんだ、ぼくのからだ。

 うごかないんだよ、ぼくのからだ。

 ぼくは、ここからにげられないんだ。ぼくは、このままだとしんじゃうんだ。

 だから、だから。たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。

「じゃあ、さっさと捌きますか」

 こわいよ。

 えっ、なにそれ。なにそれ。

 あのあかいいぬのより、とてもするどい、つめ。

 ひかってる。つるつるで、するどい、とてもおおきい、つめ。

 いやだ。おとうさん。おとうさんおとうさんおとうさんおかあさんおとうさんおにいちゃんおねえちゃん、きいろももむらさきたすけてたすけてたすけてたすけて!

 いやだいやだいやだいやだいやだ

 

 だんっ。

 

「こちら、炎のチキンステーキになります」

 


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