耳に悲痛な声が入って来る。助けてと叫んでる。生きていたいと叫んでる。死にたくない、と叫んでいる。
私は、悪くない。
だって、私のパチパチが赤に当たっちゃっただけだもの。
私は何もしていない。私は悪くない。
赤が、岩に叩きつけられた。
ぺきゃっ。
嫌な音がした。赤は、動かなくなった。
私は、私は、悪くなんかない。私が悪い訳ない。
桃がその瞬間、踊りを始めた。どうしてこんな時に踊るの? どうして、そんなにいつも以上に真剣に踊っているの?
けれどすぐにその理由は分かった。ふらふらと踊っていた。
つられて私の足がふらつき始める。ルガルガン達の足もふらつき始める。
その隙に逃げようと飛び立った桃。
あ、待って。私も連れて行って。私も行きたい。
けれど、ふらふらする視界のその隅で、ルガルガン達が隠し持っていた木の実を食べたのが見えた。
「ガルル! 仕留めろ!」
木の実を食べた瞬間に、ルガルガン達の混乱は解けていた。きれいさっぱり。
じゅるり、と涎を吸う音。やっと、食べられると言った、喜びに満ちた音。
ガルルと呼ばれたルガルガンは、頭突きで近くの岩を砕いて手に握る。それを桃に向って思い切り投げつけた。
それは、桃の体に直撃した。
落ちていく桃。体のバランスが壊れたのにも気付かずにまだ空を飛ぼうとしている桃。
そこに二つ目、更に大きい岩が投げつけられた。
くるくると落ちていく桃。飛んで行く岩。
まだ何が起きたか理解出来ていないような顔。
体に直撃した岩。
ああ、ああ? 私が、私が、こんな、こんな??
私のパチパチが赤に当たっちゃったからこんな事になったの?
嘘だと言ってよ。誰か、私は悪くないって。私は。
ルガルガンが涎を垂らしながら走って行く。全速力で、落ちていく桃に。
桃が落ちた。びくともしなかった。
逃げようともしなかった。動けないみたいで。
嫌だ、嫌だ。
ルガルガンが桃を掴んだ。乱雑に、そしてそのまま口に持って行く。
桃の首が僅かに動いた。私の方を一瞬、向いた気がした。
血が、噴き出した。
肉を引き千切り、桃の体が一瞬震えて、死んだ。
一心不乱に食べていた。血を撒き散らしながら、肉を引き千切りながら。
ああ、ああ。
私が赤も、桃も殺したの? 私が悪いの? 私が、私が。ああ、ああ!
「……ああ、仕留めろって言ったら、そうだよな、うん」
悪びれもしない、デブの声が聞こえた。
……そうだ、悪いのはあのデブだ。
……でも、でも。私のパチパチが当たっちゃったから。
ああ、もう、でも、いや。
「……押し込んどけ。俺はこいつを売っぱらいに行く」
赤も、連れて行かれる。もう、戻っては来ない。あのデブの事だ。
デブめ。デブめ。くそ、ちくしょう。
ああ、嫌だ。デブが居なければ私も紫も、赤も、桃も、こんな目に遭ってない。
ルガルガン達がこっちにやって来た。
桃を食べ尽くしたルガルガンも。
血の臭いがした。口周りは桃の血で塗れていた。桃の死んだところには、砕けた骨と血の跡だけが残っていた。
でも、でも、私が。
私が、デブに殺させた。
ああ、ああ。
どうして、私達はこんな目に遭っているのだろう。
私と同じオドリドリが、外を楽しそうに飛んで行くのも見る事があった。
私達と、空を飛んでいるのとは、何が違ったんだろう。私達だけが、どうしてこんな所で、こんな目に遭っているんだろう。
どうして、どうして。
この狭い小屋の中。力づくで壊そうとは何度もした。でも出来なかった。うるさくしてると、あのデブがルガルガンを連れてやってきた。殴って動けなくなった。
ずっと、死ぬまで? ここでただひたすらに、生き続けるしかないの?
何の楽しみもなしに。どこにも行けずに。自由に羽ばたく事さえ出来ずに。私は、そうして死ぬまで生きなきゃいけないの?
本当に、どうして、私達だけが。
私達、何かしたの? 生まれてから、私、生きていただけだよ。生きる為に殺したりもしたけれど。
でも、みんなしてるよ。海で遊んでる誰もが。空を飛んでいる誰もが。
じゃあ、なんで?
なんで、私達はこんな目に遭っているの? どうして私達だけが閉じ込められて空を飛ぶ事すら出来ないの?
生まれてから、ここに閉じ込められるまでの記憶をどんなに思い出しても、なんでか分からなかった。
どんなに、何度も何度も思い出しても。
その次の日には、新しい赤と桃が連れて来られた。何にも知らない顔。
ただただ、捕まえられて困惑してるだけの顔。
脳裏に甦る。
叩きつけられる赤。食べられた桃。食べられる直前に私を見た桃。
もう、いやだ。もう……いやだ。踊りたくない。
こんなところ、もう、もういやだ。でもどうしたらいいのか、私、分からない。
殴られたくない。叩きつけられたくない。食べられたくない。踊りたくない。死にたくない。
ここから出たいだけなのに、それがどうしても、どうしたらいいのか分からない。
でも、外に出て、今日も踊らなきゃいけない。そうじゃないと、生きられない。
踊りたくないけど、そうしないと死んじゃう。殴られちゃう。食べられちゃう。叩きつけられちゃう。
ああ。
味気ないご飯。食べないと、お腹が減る。楽しい事なんてこれっぽっちもない。
楽しい事なんて、これっぽっちもない。嫌な事はたくさんある。
私は、私達は、嫌な事ばかりの中を、それから逃げる為だけに生きてる。楽しい事なんてない。
嫌な事ばかり。
ああ。
リハーサル。ルガルガン達に脅されながら、一連の流れを叩きこまれる。
入場、それぞれ踊って、退場。ただそれだけの流れ。
失敗すれば殴られる。踊りが上手く行かなくても殴られる。使い物にならなくなったら捨てられる。
そんな流れ。風に乗れなきゃ落とされる。海の上落ちたら待っているのは大きな口を開けて待っている鮫達。
食べられたらもう、残るのは血の痕だけ。その血もすぐに消えてしまう。
今日も踊らなきゃいけないときがやってきた。
紫が踊る。周りには体をぞわぞわとさせるような光を纏って。ふらふらと、ゆらゆらと。妖しく。
いつも通りのように踊っていた。赤が連れて行かれたのも、桃が死んだのも全く堪えてないように。
そう言えば、紫は死者の魂を操れるってデブが言っていたような気がする。
……紫は、死者の声が聞こえるんだろうか。紫は、赤と桃が何を思っていたのか分かるんだろうか。
私を恨んではいないだろうか。私のパチパチが当たらなければ、赤も桃も死んでいなかったのに。
デブを恨まずに私を恨んでるなんてことあるなんて、いや、ない。
でも、そうだなんて、言いきれない。
ああ、怖いよ。怖いよ。私の事恨んでない?
私は、私は。
紫の踊りが終わった。
とととと、と足を小刻みに滑らせながら戻って来る。
ちらり、と私の方を見て来た。こっそり見るように。
え、何それ。赤と桃が何か私に言ってたの? 許さない? お前のせいだ?
よくも殺してくれたな? お前も死ねよ?
ああ、ああっ。
でも、次は、私の番だった。踊らないと殴られる。踊らないと生きられない。踊らないと、踊らないと。
ピィーッっと、私は無理矢理鳴いた。
ピッピピッピ、私は元気に鳴く。これからも、ずっと。
あはははは。
あっはっはっは! 楽しいよ! 踊ることってこんなに楽しかったんだ!
腕も足も振り回して! ピッピピッピバカみたいに胸からはち切れるばかりに歌って!
ピッピピッピ! ピッポパッポピッポパッポ! ピピピピピッピピピピピピピピ!
たのしいたのしい踊りだよ! みんな私をみてる! みんな私のことが好きなんだ! ぴっぴっぴっぴぴぴぴぴぴっ! ぽぽっぽぱっぽぽぽぽぽっぽ!
たのしいぴっぴ! たのしいぴっぴ! ポポポッポポぱぽぽっぽっぽ!
みんな、みんな、わたしのおどりが大好きなんだ! わたしって愛されてる!
楽しいことはここにあったんだ! どうしてわたし、こんな事にも気付かなかったんだろう! ぱっぽぽぱっぽピポぽっぽッ!
ばちっとほら、そこのきみ! 元気ないよ! わたしの元気の源、びりびりを分けてあげるからさ! たっぷりたっぷり!
ぴっぴぴぽっぽぽぴぴぴっぽ!
ぴっぽぽぱっぽぽぱぱぱっぽ!
とんとん足を動かして! ほらほらみんな、元気になろう?
ばっちばっち電気、たくさん分けてあげるから! まだまだたくさんあるよ! ほらほらくるくるまわって!
みんな元気になってきたじゃない! みんな立って走って踊りまわろう! ほらほらもっと! くるくるぐるぐるぐーるぐる! ぽっぽぽぴっぽぽぺぽぴっぽん!
おお、君、元気になったじゃない! そんなに激しく動いちゃって!
やめてくれ? いやだよまだまだやるよ! もっと元気になって貰わなきゃ、私、殴られちゃうもの!
私、楽しいことが大好きなの! 君もそうでしょ? そうだよね? 青い海で泳いで、ゆっくり笑いながら彼女と歩いたりするんでしょ?
そこの海カモメくんも! そんなにびくびく動いちゃって! 感極まったっていう感じかな?
うれしいよ! そんなに私の踊りが好きなんだね? ぴっぴぴぽっぽ、ぱぽぽっぽ!
あっはっはっはっは! たのしいたのしいわたしの踊り!
みんな……あれ? いない。
あれ……。わたし。
なんだか、ねむい。
つかれた。