ルガルガン達が怯えていた。主人は唖然としていた。
狂ったように踊っていた。壊れたように歌っていた。
いや、もう、壊れていた。狂い果てていた。赤と桃が死んでからずっとおかしかったけれど、何でここまでなったのか、俺には分からない。
俺には、分からない。
「ピィーッピッピッピ! ピィーッピッピッピ! ピピピッ! パポポッポ! ピィーッピッピッピ!」
それは、見た者を元気にさせる踊りなんかじゃなかった。
見れば見る程、その見る者の内側から入り込んでどろどろと、ぐずぐずと腐らせていくような踊りだった。
そんな踊りだったのに、目を離さずには居られない。
主人が遠くで止めろ、とルガルガン達に命令した。でも、ルガルガン達はその命令に従わなかった。
主人も二度、同じ命令を飛ばす事も無かった。
「ピッピピビィーーーーーーーーッ!! ビィボボバボボボベブッヂッ」
段々と速くなっていく、壊れたリズム。腕と足がバラバラなリズムを刻んでいる。その口から出る言葉はまるで呪詛のように幸せを願っている。
一方的な、独善的な幸せだ。恨みが、妬みが、裏返って、どろどろな幸せを願っている。
その踊りから電気が染み出してきた。ぱちぱち、バチバチ、と。
オドリドリには普通出せないような強烈な電気だった。
「バッブッヂッボ、ギャッ、ヂュッ、ベンピッ、ブチッ」
その電気は弾けて舞台の床を黒く焦がした。舞台のカーテンに弾けて燃え始めた。
最前列の人間に当たって倒れさせた。隣のキャモメが助けようとして、逆に更に激しい電撃を食らった。
カーテンがすぐに激しく燃え始める。人が逃げ始める。ずっと続いて来たこの劇場が、たった一匹の狂ったオドリドリによって壊れていく。
誰も、止める事は出来なかった。
ただ、俺は唖然と立っていた。
もう、とっくの昔にここから逃げる事は諦めていた。
何匹もの死を見て来た。脱走しようとして食われていったオドリドリ達を眺めて来た。
もう、無関心になっていた。
踊ってさえいれば逆にここは平穏だった。外よりも、だ。
どこかへと消えた兄が、蜘蛛に捕えられてか干からびて死んでいた姿で出て来て、意気消沈している時に捕えられた。
従ってさえいれば安全はあるこの場所と、自由だが安全は無い外。
どっちが良いのか、俺には分からなかった。
他の捕えられた他の奴等の大抵はそういう事を学ばない内に連れて来られたようで、逃げたがっていたが。
待っていれば、もしかしたら番も出来て、何にも怯える事なく子を為せるかもしれないとか、そういう事も思っていたのに。
壊れていく。
「ビィーッビッビッビッ! ビーィ、ベッ、ブッ、ヂッ、ヂュッ……」
暫く踊った後、力果てるように黄が倒れた。人を数人、ポケモンも数体死んでいた。
気付けば新しく来た赤も近くで倒れていた。弾ける電撃を食らっていたようで、身体が黒焦げて嫌な臭いを発していた。
同じ、新しく来た桃は、観客の人間やポケモン達といつの間にか逃げていた。
カーテンが黄の上に燃え落ちた。
黄はびくともせずに、そのままカーテンと共に焼けて行った。踊り終えた時にもう、死んでいたのかもしれない。
狂った末に、死んでいる事にさえ気付いていないまま。
犠牲となった人間やポケモンから、魂がゆらゆらと出て来ていた。こんな死に方じゃ落ち着き、消えていくまでには時間が掛かるだろう。
そして、黄からも魂が出て来た。
呪いや恨みに満ちていた。ただ、それでも驚く事に、そこらにある似たような魂とその感情の強さは大して変わらなかった。
何故か……。
やはり、もっとひどい事をしている人間だって居るのだろう。
町中を飛んでいる時、肉を食べている人間やポケモンだって沢山居た。毎日毎日。
思い出せば、色んな言葉があった。
――アマカジ一匹から少ししか取れない貴重な果汁を煮詰めて――
――ぼくのピカチュウが射貫かれて死んじゃった――
――ヤドンのシッポを切り刻んで――
――結束の固い竜達の住処から取って来た子を暗闇の中で育てて――
――何でこの子が死ななきゃいけないの! どうしてダグトリオはこの地下を掘って――
――幾千もの卵の末に出来た最高の個体――
――キテルグマの手の平を蜂蜜に漬けて――
――復讐に燃えたガラガラ達によって惨殺された一家の物語をしましょう――
――私の彼氏、ライドポケモンごとどこかへ消えてしまったの――
――アシレーヌの喉がもう使い物にならねえ、捨てるしかないな――
――私のニャヒート、変なトカゲにメロメロになったまま帰ってこないの――
――とても珍しい色違い達の祭典をやる為に、とにかく子を産ませた――
――いう事の聞かないポケモンを、餌にしてやった――
そんな外は、ここより幸せなのか、俺には分からなかった。
安全という意味では、従ってれば良かった。踊りも毎日疲れ果てるほどやらなくて良い。
どちらが良いか、分からない内に、俺は、強制的に外の自由に出される。
建物が崩れ落ちる前に、外に出た。火を消す為に人間達やポケモン達が集まって来ている。
空を飛んで、逃げた。
でも、逃げたと言えるのか、分からない。
分からない。
逃げた先は、今より幸せなのか。
干からびて死んだ兄の表情は、苦悶に満ちていた。
どこで寝れば良いのかすら俺は忘れかけていた。
どういう場所が安全なのか。
あの頑丈な小屋は安全過ぎた。物音が立とうとも、別に起きる必要が無かった。同じオドリドリ以外がこの小屋に入って来る事は無かった。
外に出れないが、逆に外から命を脅かす何かが来る事なんてなかった。
毎日、同じ事をしていれば生きていられた。
退屈と言えば退屈だが、俺にとってはどこに潜んでるか分からない死から逃げられるなら十分マシだった。
まあ、生まれ故郷に帰る事にするか、と決めた。
人間の暮らしに溶け込んで生きるのは怖すぎる。そういう事が出来るのは、自らが糧になってしまわないような強さや知恵が必要だ。
俺にはどっちも無い。
花園に帰る以外、そもそも他に当ても無かった。
風にゆらゆら揺れる紫色、澄んだ香りの満たされた花園。
兄が死んだ場所でもあったが、懐かしくも思った。
同じ仲間も居る。
でも、懐かしく思いながら、その花園がどこにあるのかも分からなかった。
ここに連れて来られるまで、寝かされていた。方角も分からない。
…………。
朝が来た。腹が減った。飯も勝手に出て来ない。
全く勝手の知らない土地で、ちょっと開けた場所に全く知らない木の実が色々生えている。
周りに誰も居なくなってから、そこに近付いた。
匂いからして食えるものだったが、合わない味だったり、妙に酸っぱかったり。
……ああ。
帰れる気がしなかった。
海も、空も、俺にとっては広過ぎる。
狭い所で暮らしたかった。紫の花園が、あの舞台が、俺にとって丁度良い場所だった。
色々試しに啄んで、やっと好みの木の実を見つけて引っ張り出す。
中から蟹が唐突に出て来た。
青い拳が真直ぐ、自分に飛んで来た。
相性からか全く痛くなかったものの、驚いて転んでしまった。
体も完全に鈍っていた。立ち上がるのにも、体が強張ってすぐに出来なかった。それからどうすれば良いのかも、分からない。体が滑らかに動かない。
どうすれば良い、どうすれば良い? 俺の持っている攻撃手段は何だった? こいつに通じる攻撃なのか?
蟹は拳が通じないと見るや、泡を吐き出してきた。
空に飛んでやり過ごし、そのまま逃げてしまおうかと思った。
いや……ここで逃げてはもう、俺は生きられない。逃げてばっかりじゃ、生きられない。腹もまだ全く満たされてない。
こんな、絶望のまま死を迎えたくない。
紫の花園。仲間の居る花園。そこに俺は、帰りたい。
泥水を啜ろうとも、空腹に苛まれようとも、敵に襲われようとも。
帰りたい。
風の刃を生み出し、水の泡を切り裂いた。蟹はその刃を避けて、また大量に泡を吐いて来た。
今度は降りてその泡を躱し、踊った。まず、相手を弱らせる。
ふらふら、ゆらゆら、ぐらりぐらり、リズムも姿勢も崩して。
伝播した揺れが蟹を混乱させた。
そして、次にまたゆらゆらと踊る。蟹がふらふらとしている間に自分の力を整えていく。
木の実を隠し持っている様子も無く、近くにある木の実を食う様子も無い。時間はあった。
蟹が次第に正気に戻っていく。その時間でずっと使っていなかった自分の力が、完全に形になった。
周りの霊の力を借りて。
蟹が正気に戻って、また泡を吐き出してきた。
込めた力を放つと、それは泡なんて一つ残らず弾けさせて飛んで行く。蟹は躱す間もなくそれを身に受けて、遠くへと吹っ飛んで行った。
……やった。
自分は、弱くなんかない。
戦える。そうだ。弱者なんかじゃない。
戦い方を覚えよう。死なないように、食べられないように。そして、帰ろう。
帰れるだけの力は、自分に十分にあるんだ。
でも、まずは空腹を満たそう。腹が減って仕方がない。昨日から何も食っていないんだから。
足を前に踏み出す。
全身に激痛が走った。
痛い痛い痛い痛い!
な、なにが? 新しい敵?
え……周りに、誰も、居ない?
いや、何で攻撃されたんだ? 俺の体に、傷が無い。
振り返って見つけたのは、一本の鋭い何か。それは俺の影に突き刺さっていた。
何だ、これ、は?
動こうとしても、影が固定されたかのように自由に動けなくなっていた。
取り敢えず、これを抜かなきゃ。
いや、そもそも……どこから飛んで来たんだ?
見回すと、また一本飛んで来ていて思わず身を伏せた。自分のすぐ後ろに刺さった。
伏せていなければ頭を貫かれていた。体がぞくりと震える。激しく強く、震えが止まらなくなる。
とても遠く、俺の見えない程の遠くから狙われている。
……逃げなきゃ。敵う訳がない。
死にたくない。嫌だ。矢を抜いて、でも、飛べなかった。
どこから矢が飛んで来るのか、全く分からない。飛んだ瞬間に狙われるような気がした。
何をしようとしても、動いたその瞬間を狙われる気がした。周りを見渡してとにかく警戒に全集中しなければ次は仕留められる気がした。
一発のその激痛で、俺自身にももう全く余裕がない。
敵う訳がない。実力が違い過ぎる。
……俺は、逃げられないと思ってしまっている。
死にたくない。嫌だ。帰りたい。
紫の、澄んだ香りの花園。
ゆらゆらと風にゆれる、紫の花々。
また、全身に走る激痛。
ああ。
駄目だ。
とても大きな鳥がやってきた。後から人間もやってきた。
「凄いよジュナイパー! あの距離から仕留めるなんて!」
ジュナイパーと呼ばれた大きな鳥は、人間に頭を撫でられて気持ち良さそうにしていた。
とても幸せそうだった。
「よーし、私も頑張っちゃお!
うーん。木の実もある事だし、あ、あそこに蟹もいるね。
鳥と蟹のシチューなんてどうだろ? 美味しいかな?
いや、美味しく作らないとね!」
……ああ。
帰りたかった。
帰りたかった。
帰りたかった。
帰りたかった。
帰りた
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