私の想い人はすぐ隣にいる【完結】   作:畑渚

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古屋梨花という女

「おはよー」

 

 教室に入って席の近くの友達たちに挨拶をすれば、おはよーと同じように気の抜けた挨拶が返ってくる。登校する時間が一番遅いから、だいたい私がくるまでに仲の良いグループは全員集まりきっている。

 

「あれ、あっちゃん何か良いことあった?」

 

 あっちゃんこと私は、友達のその問いに特にそんなことはなかったはずだと首をかしげてみせる。別にポーカーフェイスなつもりはないけれど、表情に出やすいというわけでもないはずである。良いこと……、今朝もいつもと変わらぬ日だったはずだ。

 

「ああでも、今日は星座占いで1位だったんだよね」

 

「マジか、じゃあ俺はどうだった?」

 

「8月生まれのあなたは、ズバリ5位でしょう」

 

「喜べね~~!」

 

 そんな若干オーバーなリアクションを取られながら、グループ内に笑いが生まれる。ノリの良さが、心地よい。こういった馬鹿騒ぎが楽しいから、私もこうやって話題をふる気になる。

 

「もうホームルーム始まるよ」

 

「あっ、りっちゃん。おはよう」

 

「うん、おはよう」

 

 お手洗いに行っていたらしいりっちゃんが、教室に入りざまで止まっていた私の頭にチョップを落とす。えへへ、と笑いながら、私は自分の席へと向かった。といっても、今の私は先日の席替えのせいで入り口すぐそばの席なのだが。

 

「はじめるぞ~席つけ~」

 

 ダルそうな声で担任が入ってくる。すべての物事にめんどくさそうと言いそうな容姿をしているが、なんだかんだでいい先生で、私は好きだ。

 ホームルームはいつも通りテキパキと終わる。こういった諸連絡が簡潔なのも、この担任の良いところだ。

 

「ほら、あっちゃん次は実験だよ。早くいこ?」

 

「あっ待って」

 

 急いで教材を纏めて、席から立ち上がる。移動教室は面倒だけど、実験のある化学の時間は好きだ。私は、後ろの席のりっちゃんの方を向く。案の定、私の動きを伺うようにして座ったままだった。

 

「りっちゃん、行こ?」

 

「うん」

 

 正直に言って、りっちゃんは人付き合いが苦手なタイプだと思っている。一応は私のいる仲良しグループの輪に入ってはいるけれど、あまり他の友達に自発的に話してるところを見たことがない。むしろ、ぼけーっとしているとすら感じる。しかし、このグループに引き込んだ私のことはきっと親友のように思ってくれているのだろう。私にだけは普通に話してくれる。

 

「そういえばさ、亜希子ちゃん」

 

「なに?」

 

 亜希子ちゃんこと私は不思議そうに首をかしげながら答える。あっちゃんと皆が呼ぶ中で、りっちゃんだけは私を本名で呼ぶ。りっちゃんは他の友達に対してもそうで、あだ名は全然使わない。それが一つの個性として確立しているからこそ、キャラの濃い人が多いうちのグループで存在できているようにすら感じる。

 

「私は今日占いどうだった?」

 

「りっちゃんはたしか10月生まれだっけ?」

 

「いや、11月5日」

 

「じゃあさそり座だから……えっと……」

 

 ぽりぽりと頬を掻いて見せれば、察してくれたらしい。

 

「中の下くらいの位置かな?最下位ならネタにできるのにね」

 

「まあ、そういうこと」

 

 さそり座はたしか9位。微妙に下な位置だ。下すぎるわけではないので、余計に話が弾まない。残念ながら、私は皆に占いの結果を伝えるつもりはないのだ。イマイチな結果で盛り上がるには、その受け手があの男子のように賑やかな人じゃないと難しい。つまりは、りっちゃんには無理だ。

 

「うん、ありがとう。それじゃ、教室に行こ?」

 

「そうだね」

 

 廊下で待っててくれたグループと合流して、ワイワイガヤガヤとやかましくしながら次の教室へと向かった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「おねがいします!」

 

「ふむ……」

 

 今日は部活のある日。私とりっちゃんは文芸部なんてものに入っている。私はただ単に楽な部活に名前だけ貸しておくつもりだった。まあその結果、まだクラスが違うときにりっちゃんと巡り逢えたわけだけども。

 そんなこんなで、私とりっちゃんのいる文芸部だが、実は部活中に他者の訪問をうけるときがある。それはいわゆる人生相談のようななにかで、つまりはこの多感な時期の恋煩いをどうにかしてほしいという相談であった。

 

「相手のことはどう思っているの?」

 

「それは……」

 

 私とりっちゃんの分担は簡単。私が紹介して、りっちゃんが相談を受ける。りっちゃんの観察力は身内びいきを抜きにしても凄まじいものがある。現代のシャーロック・ホームズだなんてからかわれるくらいだ。本人はそんなことはないと謙遜するけれど、服の皺なんかまで細かく観察してるのは名探偵か変態くらいだ。

 

 人の相談を受けているときのりっちゃんは、かっこいいと思う。普段よりも表情筋に力が入り、すこし目を細める。それはまるで諭す母親のようにすら思える。そして出てくるアドバイスも、的確なものばかりだ。後輩女子に限らず、同級生や上級生にまで、りっちゃんの話は知れ渡っている。そして、相談すれば確実に結ばれるだなんて噂まで出てきているのだから、りっちゃんからしたら勘弁願いたい状況だろう。

 

「なるほど、だいたいわかった」

 

「梨花先輩!私どうすれば……彼と付き合えるでしょうか」

 

「いま友達なんだから、そう難しく考えなくてもいいんじゃない?」

 

 梨花先輩ことりっちゃんは、簡潔にそう応えた。

 

「それはこれ以上は近づけないということですか?」

 

「違う違う!えっと……恋人っていっても一概にこうやってなるっていう形はないでしょ?あなたたちには、友達の延長線上にゆっくり歩いていくほうがいいと思っただけで、その」

 

「なるほど……。ちなみに根拠はあるんですか?」

 

「えっ、それは……」

 

 今回の依頼も無事に終わったようだった。しかし、この追加の質問に対してりっちゃんは言葉を選んでいるみたいだった。言葉を決めかねているりっちゃんに、私は助け舟を出すことにする。

 

「りっちゃん、何を遠慮してるの?」

 

「だって」

 

 りっちゃんが私の耳元でこっそり話す。

 

「話す内容が全部惚気なんだもの」

 

「なるほどね……」

 

「ねえ亜希子ちゃん、私どうすればいいかな」

 

「そうね、こういうときは……」

 

 私は相談者の子の前に立つ。なんだいきなりという顔を受けながらも、自分にできる背いっぱいの表情でにっこりと笑って見せた。

 

「引いたままでダメなら押してみること、かな。もしかしてって相手に思わせることが大事なんだよ」

 

「えっでもそれで引かれたら」

 

「話を聞く限りだとあっちも少なからず気があるんじゃない?どう思うりっちゃん」

 

「まあ、あるでしょうね」

 

「ということだから。はい、じゃあ今週の活動は終わり。帰ろっか」

 

「ああ、待って」

 

 そう言ってりっちゃんは学生鞄から紐状のものをとりだす。そんなものを贈るから、オカルトじみた噂話になるっていうのに、願掛けだからってりっちゃんは止めようとしない。

 

「ミサンガ?」

 

「うん、願掛けに」

 

「叶いますかね」

 

「わからない。でもきっとうまくいくよ」

 

 不安そうな顔をしている後輩は置いておき、りっちゃんは荷物を片付け始める。私も荷物を持って、部屋から出る。少し遅れて追いかけてきたりっちゃんは、私の袖を校門とは別の方向へと引っ張った。特に抵抗する気もなかった私は、りっちゃんへと引っ張られていく。そこは体育館の裏へと続く道だった。

 

「どうしたのりっちゃん」

 

「たぶん、もうすぐ面白いものが見れるから」

 

「へ~」

 

 特に急ぐ用事もないので、その面白いものとやらを見物させてもらうことにする。体育館の裏は、つまりはよくある隠れ場的な告白スポットであった。

 

「あっ〇〇君」

 

 そこでは、先程相談をしていた後輩女子が、どう考えても件の想い人である彼と会っていた。話を聞けば、部活の休憩時間を狙って女子のほうが呼び出していたらしい。いや、おかしい。こんなに早く落ち合うなんて、りっちゃんへの相談後に決めたのでは間に合わない。

 

「ねえ、もしかしてりっちゃんはこうなることを知ってたの?」

 

「知ってたというか……見ればわかったから」

 

 またでたか、とつい呟きたくなる。また、あの観察眼だろう。

 

「根拠は?」

 

「亜希子ちゃんなら、もし先輩に相談すればって友達に言われたとしてどう動く?」

 

「うーん、とりあえずは先輩がどんな人なのか調べるかな。その友達に聞くなりして」

 

「でしょ?でもあの子は私のことなんか知らずにとりあえず来たって感じだった。それに服も」

 

 そう言うりっちゃんの目線の先には、彼の所属する部活のマネージャー用のシャツを着る件の女子がいる。先程は制服だったから、着替えたらしい。

 

「夏服だから透けてたし、ところどころ着方が雑だった。だから多分、あれは着替えたあとに制服を上から来ただけ。それにどこか『失敗しないかな?』という話し方だったし、もうあとひと押しだったんじゃないかなって」

 

「なるほどね、ぜんぜん気づかなかったよ」

 

 りっちゃんの観察眼は凄まじい。普通は気にしないようなことを見つけるし、その話のあの2人を見つめる今だって、まるで成功しているのがわかっているかのような穏やかな目をしている。

 

 果たして、その瞳に私はどのように映っているのか。とても、興味が湧いた。

 

「ねえ、りっちゃん。私はどう見える?」

 

 体育館の裏で一組の恋が成就するなか、私はりっちゃんにそう尋ねてしまっていた。

 

「亜希子ちゃんのこと?……全然見てないからわからないや」

 

 嘘だと、すぐに分かった。

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