結局あのあと、カップルの成立を見届けた私とりっちゃんは帰路についた。りっちゃんはあまり自分から話しかけてくるタイプではない。先程の言葉のせいで、なかなか話せない私と、いつものようにだんまりと半歩後ろをついてくるりっちゃんとで変な空気になっていた。
そんなこんなで一日を終えてぐーたらと過ごせば、すぐに次の日はやってくる。
「おはよー」
いつものように、教室で皆が迎えてくれる。りっちゃんは、グループの輪の端っこにいる。
「りっちゃんもおはよ」
「おはよう、亜希子ちゃん」
りっちゃんも、いつも通りだ。昨日は変な空気になったままで別れたので、少しだけ不安だった。
「そういえば梨花ちゃん、またカップルを成立させたんだって〜?」
「いや、私は何もしてないよ。ただの願掛けみたいなものだから」
グループの女子に話しかけられて、たじたじとしながらもりっちゃんは答えている。
「でもりっちゃんがいたからあの2人は前に進めたんだと思うよ?」
「亜希子ちゃんまで……」
りっちゃんの肩をにぎにぎと揉みながら、皆に聞こえるような声でそう言ってあげる。りっちゃんはてれてれとしながら髪をいじっていた。
「そういえばさ」
ふと、グループの1人。中心核の男子がりっちゃんの方へと視線を向ける。
「梨花ちゃんは彼氏とか作らないの?他人のことばっか助けてるけどさ」
「私?私は……いいかなぁ」
そういうりっちゃんの目は、まるで恋する乙女のようだった。
「あれ、もしかして気になる人とかいるの~?」
そんなバレバレな表情をしていたから、そうやって詰め寄られる。残念ながら、このグループはそんな面白そうな話題に食いつかない人たちではない。
「い、いないよ~」
うそがわかりやすい。これは同じクラス内にいると見た。人気者のサッカー部の彼だろうか、それとも吹奏楽部のクールな彼だろうか。どちらにせよ、もしくはどちらでないにせよ、少し考えてみればあまりりっちゃんに似合うタイプはいない気がした。
考えるのに飽きた私は、りっちゃんのサラサラの髪に手櫛を通す。普段より手触りが良い。手入れされ尽くした髪は、さわり心地がいいのでよく触らせてもらっている。
「リンス変えたの」
「ふーん」
言われてみれば、確かに初めて嗅ぐ香りが髪から漂ってくる。
「あの……亜希子ちゃん?」
「ん、ああごめん。もうすぐホームルームだね」
「あっうん……」
「じゃ、またあとで」
だるそうな表情の担任が入ってきて、今日も一日が始まる。
=*=*=*=*=
「りっちゃん、帰ろう?」
「ちょっと待って」
放課後、帰り支度の途中でりっちゃんは何かを私から隠した。その封筒のような何かは、見覚えがある。確か、りっちゃんの使う便箋である。今こそ私もりっちゃんもスマホを持っているが、以前は便箋なんかを使ってた時期があった。
口下手なりっちゃんと、それから人間関係の構築に忙しかった私との大事な連絡ツールとして、わりと頻繁に使っていたのがその便箋だ。
「もしかして告白の手紙?」
「……っ!そ、そんなんじゃないよ」
「まあいいけどさ。あまり変な手紙を送っちゃダメだよ?」
「これは……送らない手紙だから」
「へー」
りっちゃんが荷物をまとめ終わったのを見て、私は立ち上がる。
今日は随分と暑い。そういえば近くにアイスクリーム屋ができたのだったかなと思い出した。
「帰りにアイスクリームでも食べていかない?」
「ごめん、今日は用事があるから急いで帰らなきゃ」
「そっか、じゃあまた今度だね」
「うん、ごめん」
「もう、そんな気にしないで。別に今日じゃなくてもいつでも行けるんだからさ」
随分と不安そうなりっちゃんに、私は元気づけるつもりで肩を組む。
「明日も部活はないんだし、あさってでもいいじゃん」
「そうだね……うん。明日は行けると思う」
「良かった。じゃあ約束ね」
ついでだし他の友達も誘ってもいいかもしれない。うわさによると巨大パフェなんかもあるんだとか。明日なら運動部の皆も休みだろうし、ちょうどいいかもしれない。
「……っと」
靴箱を開けると、小さなメモ用紙が挟まっていた。
「放課後、体育館裏で待ってます……ねぇ」
「亜希子ちゃん?」
「ごめん、りっちゃん。用事できちゃったわ」
「……、私もついていこうか?」
「大丈夫。それに体育館で部活をしてる友達もいるし何かあったらすぐ駆け込むよ」
「そう……じゃあ私先に帰ってるね」
「うん、また明日」
靴を履き替えたりっちゃんは、一度動きを止めたあとに私の方へと振り返る。
「ねえ亜希子ちゃん。私たちって友達かな?親友って言えるかな?」
「うーん。友達でいいんじゃない?」
「そう……かな」
「まあ親友と言ってもいいとは思うけど。こんだけ仲がいいし」
「そう……だね」
なんだかハッキリとしない返事をしながら、りっちゃんは帰っていってしまった。不思議な質問ではあるものの、きっと明日にはいつも通りに戻ってるだろう。
「変なの」
誰にも聞こえないようにそうつぶやいてから、体育館裏へと向かう。部活中の友達などに声をかけつつ、呼び出された場所へと到着すれば、1人の男子生徒がそわそわとしながら待っていた。
「この手紙の差出人はあなた?」
「……!は、はい!」
「それで、何の用?」
こんなところに呼び出したのだから聞くまでもないけれど、順序というのは大事だと思ってる。
「えっと……その……」
「ん?どうしたの?」
「ひと目見たときから好きです。付き合ってください」
男子はそう一息に言い切り、手を差し出してきた。オッケーなら手を握り返せばいいのだろう。
まあ、残念ながら私に彼氏を作るつもりはない。そもそも、彼とは初対面だ。
「それで、私の顔が良かったから付き合いたいなって思ったの?」
少し言い方が悪かっただろうか。言い直したほうがいいか。
「まあそれは否定しないんだけどね。私は君のこと全然知らないの。学年も、名前も」
「そ、それなら——」
「だからさ」
男子が何かを言う前に、私は言葉を割り込ませる。こういうのは、会話の主導権を渡さないのが肝心なのだ。
「まずは友達から、どうかな?」
「友達……から」
「よし、じゃあ決まり。連絡先交換しよっか」
スマホをちょちょいと操作して、すぐに連絡先に追加する。
「それじゃ、また何かあったら連絡してね~」
そうやって無意味に笑顔を振りまいてから、体育館裏から逃げるように去る。別に告白が嫌だって訳じゃない。ただ私が興味もない人とそういった恋仲になることが無理だと思っているだけだ。
去り際に見た男子生徒の顔は、告白に失敗したことの残念さよりも、意中の相手の連絡先を手に入れたことの幸福感に満たされていた。片手で足りるほどではあるものの、だいたい私を呼び出す男子はいつもこうである。どうせこの学校にいる間のみの人間関係なのだから、深すぎず、そして誰も不幸にならないくらいでいいのだ。大きな拒絶さえしなければ、相手も、そして私も変わらない。その絶妙な距離が心地よい。
=*=*=*=*=
家に帰って部屋へと行くと、ちょうど見計らったかのようにりっちゃんからメッセージが届く。それは宿題についての質問であった。私はまだ帰ったばかりだと返して、鞄から宿題のノートを取り出す。
ちなみに、私はそこまで勉強は得意でない。りっちゃんによく教えてもらうくらいだ。つまりはりっちゃんの学力はそれなりに高い。そんなりっちゃんからの質問を、私が答えられるわけがない。
適当に問題を眺めたあと、私はメッセージアプリの友だち欄から複数人をピックアップする。そして定型文のように、りっちゃんからの質問を横流しにした。結果は、今日は部活のない文化部の女子がすぐに返してくれた。学年のトップ争いをしている秀才には、その問題は簡単すぎたらしい。
スタンプで適当に感謝を述べて、それからその答えをりっちゃんに横流す。
「亜希子?帰ってるの?」
「ママ?なに」
「あら、勉強してるの。ならちょうど良かった」
部屋に入ってきたママは、ノートの広がる私の机にチョコレートの小箱を置いた。
「好きでしょ、期間限定抹茶味」
「やった。ありがと」
「ご飯は何時くらいにする?」
「じゃあ19時くらいは?」
「わかった。呼ばないから自分で降りてきなさいよ」
そういってママは階段を降りていく。
勉強?友達に連絡していただけでやってない。抹茶味のチョコレート?嫌いではないけど好きでもない。ご飯の時間?どうでもいい。
でも、これが一番、心地のよい生き方。