朝起きて、テレビのあるリビングへと降りる。ちょうど星座占いのコーナーが始まった頃の時間だ。
「今日は……9位か」
微妙な位置。喜べず、悲しめない。まだ寝起きの頭でぼーっと画面を眺める。
「落とし物に注意か」
何の根拠もないアドバイスだけども、気をつけるに越したことはない。
「行ってきまーす」
朝支度を済ませて学校へと向かう。駅のホームで電車を待っていると、後ろから腰のあたりをとんとんと叩かれた。
「お姉さん、定期券落としてましたよ」
「あら、ありがとう」
小学生くらいの女の子から、私の落とし物を受け取る。拾ってくれて助かった。これがなければ面倒なことになるし、学校にも遅刻しかねなかった。
しかし、まさか本当に落とし物をするとは思わなかった。偶然であってほしいが、今朝の星座占いが脳裏にちらつく。
それからというもの、変に気を張って登校するはめになった。ようやく学校についた頃には、すでにへとへとで、もう一刻も早く帰りたいなんて思っていた。
「おはよー」
いつも通り、皆が挨拶を返してくれる。りっちゃんも普段のように、端のほうでスマホをいじって時間を潰していた。
「あれ、亜希子ちゃん今日は具合でも悪いの?」
「えっそんなことないけど」
「なんだか疲れてるみたいだったから」
今日もりっちゃんの観察眼は鋭い。
「実は今朝の占いでね——」
と笑いつつも話すと、皆そんなわけがあるかと笑う。別にこういうふうに笑われるのは嫌ではない。むしろ場が盛り上がってくれてよかった。
「あ、そういえばりっちゃんは今日は最下位だったよ」
「ほんとう?私も気をつけなくっちゃかな」
「忘れ物注意だってさ。教科書とか忘れてない?」
「えーっと」
りっちゃんは鞄を開けて中身を確認する。
「……大丈夫みたい」
「そりゃよかった」
「あっでも……返そうと思った本を持ってくるのを忘れちゃった」
「まじか……今日の占いはやたら当たるねぇ……」
学校でも落とし物をしないとは限らない。気の抜けない一日になりそうだ。
=*=*=*=*=
「あっちゃんちょうど良かった」
「ん?」
移動教室をしていると、友達の1人とすれ違いざまに話しかけられる。
「これ、りっちゃんが落としててさ。私、次の授業は別クラスだからあっちゃんが届けてあげてくれない?」
「うん、わかった。ありがと」
「いいえ~」
「あっそういえば今日の放課後空いてる?みんなでアイス食べに行かない?」
「あっいいね~楽しみにしとく。じゃあ放課後ね~」
その友達は、私に手を振りながら別方向へと去っていく。私も手を振り返しながら、その受け取った落とし物に目線を落とす。
それは、りっちゃんのよく使う便箋だった。封はされていないし、宛先なども未記入のままだ。私宛てだろうか。それとも、他の誰かであろうか。もしかしたら意中の相手への恋文かもしれない。
私は、何も考えずに、いや語弊がある。恋文ならば話のネタくらいにはなりそうだなんて興味本位で、便箋を開いた。
「……あらら、まさかほんとに恋文だとは」
もしものことを考えてひと目のつかない場所で開いてよかった。便箋の内容は、意中の相手に対しての熱烈な愛の告白だった。しかしまだまだ未完成のようで、何度も消したり書き換えた跡が残っている。その丁寧な筆跡は、文通をしていたあのときのままのりっちゃんの文字で間違いがないということもわかった。
「ははっ……見なかったことにして渡そう」
手紙を読んでからというもの、変な汗が止まらなかった。
恋文の節々には、その相手とりっちゃんとの思い出のエピソードが綴られている。それは些細なことのように感じるものもあったが、きっとりっちゃんにとってはかけがえのない思い出なのだろう。そして、相手との親しい関係を崩しかねないから、この気持ちはなかなか言い出せなかったと書いてある。
残念ながら、いつもの仲良しグループに、りっちゃんの書き連ねたエピソードを持つ男子はいない。いや、グループ内に限らず、クラス内、学年内にもいない。そしておそらくだが、この学校内にもいなければ、私のあずかり知らぬご近所付き合いなんかでも合致する男子はいないだろう。
だというのに、私は相手が誰であるのか、非常に気になっていた。その便箋には〇〇へだなんてありきたりな宛名表記はなかったし、文中でも名前は出てこない。つまりは、これがただの恋文を真似て書いただけという場合も大いに有り得る。しかし、何か確信じみたものを、私は抱いてしまっていた。
「まったく……落とし物に注意、ね」
つくづく、今日の占いの結果に振り回される一日である。
そのエピソードは、りっちゃんだけでなく私にも覚えのあるもので、つまりは、男子では条件に合致しなくとも、女子で言えば『私』こそが、この手紙の相手に当てはまる唯一の人物であった。
=*=*=*=*=
「りっちゃん。これ落としてたってよ」
「えっ……あっほんとだ」
便箋を渡すと、りっちゃんは一度鞄の中を確認してから、受け取った。私たちの間ではもう使っていなかった便箋だ。内容を確認するまでもなく、中に何を書いていたのかわかっているのだろう。
「亜希子ちゃん。中身、見た?」
「いや、見てないよ」
「ふーん」
りっちゃんの目が、スッと細くなった。ああ、嘘を見抜かれてしまった。
「ちょっとトイレにいってくるね」
「まってよりっちゃん!」
私の言葉なんか聞かずに、りっちゃんは廊下へと出ていってしまう。いそいで追おうとするも、立ち上がった拍子に筆箱をひっくり返してしまう。
「ああもう!」
いそいでかき集めて、こんどは落とさないように引き出しに突っ込む。そしてあわててりっちゃんを追った。
トイレは、都合がよく個室がひとつ閉まっているだけで他には誰もいなかった。耳をすませば、その個室からは泣く声が漏れ出ている。
「りっちゃん?」
私が話しかけると、ピタリと声が止んだ。
「嘘ついてごめん」
「……そんなことじゃない」
掠れたような声で、そう返ってくる。随分と泣かせてしまったようだ。
「謝らせたくなんて……ないのに……」
再び、泣き初めてしまったみたいだ。言葉を噛み殺しているようで、息は荒い。まるで過呼吸のようで、少し心配になるくらいだった。
「ねえ、ここ開けて?扉越しじゃ伝わらないこともあるでしょ」
しばらく沈黙したあと、カチャリと鍵が開き、扉が開く。そこには、うつむいてはいるものの、泣きはらした目をこするりっちゃんがいた。
「ごめんね、亜希子ちゃん。私、手紙を読まれたって思ったら抑えられなくて」
「もう、とりあえず落ち着いて」
涙を流しながら私に謝ろうとするりっちゃんを、私は抱きしめる。背中をポンポンと叩いてやると、少しは息が整ってきた。
「ほら、もうすぐ次の授業はじまるからさ。顔あらって教室もどろう?」
コクリと頷きはしたが、りっちゃんは動く気配がない。
「……りっちゃん?」
「亜希子ちゃん」
りっちゃんは私から離れると、少しだけ距離をとった。それは、ちょうど昨日の体育館裏の2人くらいの距離だ。
やめてくれ。それ以上、言葉を続けないでくれ。
「あの手紙を読んだらもう分かってるよね」
決心したかのようなしっかりとした声は、覚悟を決めたという意思がしっかりと伝わってくる。
「私、亜希子ちゃんが好きなの。私の恋人になってほしい」
ああ、もう、遅かった。私の思いなんて、今の冷静さを欠いたりっちゃんにはわからない。同性の友達からの告白を円満に断る言葉なんて、今の私じゃ思いつけない。
「あはは……。友達じゃ……ダメかな」
絞り出したかのように出たその言葉は、それでもりっちゃんの心を深く傷つけたみたいだ。けれど枯れた涙がもういちど溢れることはなかった。
「そ……そうだよね。気持ち悪いよね、恋人なんて。ごめんね」
そしてそのまま、フラフラと廊下へと出ていってしまった。
この距離は違う。ごめんねだなんて、言わせたかったわけじゃないのに。友達として、ちょうどいい距離のままでいたかったのに。