私の想い人はすぐ隣にいる【完結】   作:畑渚

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アイス

 あの後、ひどい顔をしながらりっちゃんは早退した。私は、何も声をかけることもなくその後ろ姿を見送った。

 

「あっちゃん?大丈夫?」

 

「えっ?」

 

「ひどい顔だよ。りっちゃんと何かあったんでしょ?」

 

 どうやら私はポーカーフェイスが苦手みたいだ。いや、普段はできている。普段は笑顔で隠し通せてる。

 

「まー、何もなかったとは言い切れないかなぁ」

 

「何あったか知らないけどあんまり考えすぎちゃだめだよ」

 

「うん。ありがと」

 

「放課後はどうする?アイスは今度にする?」

 

「いや、いこ」

 

 仕方ない。気分転換だと思ってアイスを堪能することにしよう。りっちゃんとは、また今度行けばいい。きっと今回もまた、いつものように、もとの関係に戻れるはずだ。

 いざこざの大きさがいままでとは比べ物にならないくらいであることは、置いておくことにする。

 

 放課後、いつものグループメンバーからマイナス1人の状態で、アイス屋へと向かう。立地もあって、学生の好き好みそうなメニューがずらりと並んでいる。

 グループは今日も、若干やかましく感じるくらいに元気に、それぞれアイスに舌鼓をうっている。私も頼んだアイスを、すこし齧る。ひんやりとしたアイスが、歯茎に染み渡った。

 

「あーおいしかった」

 

「俺、もう一個買ってくるわ~」

 

「私も~」

 

 数人がおかわりをしようとしている。どうやらこのアイス屋は、しっかりと高校生の胃袋を掴んだようだった。

 おいしいはずだ。だというのに、私はあまり素直に味わえなかった。理由なんてわかりきっている。ゴチャゴチャした思考をスッキリさせるには、このアイスの冷たさでは全然足りなかった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あら、珍しい」

 

「いろいろとあってですね」

 

 次の日もいつもどおり登校した私だったが、どこか体調が優れないままだった。吐くときの感覚が延々と続いているような気分だ。

 こんなときに、保健室の先生は優しく出迎えてくれる。

 

「熱は……平熱ねぇ。とりあえず一コマ分くらいは寝てていいから」

 

「はい……」

 

 ベッドに体を預けると、急に不安感が増した。視界がグラつくようで、目を開けていられない。私は右側に寝返りをして、自分を抱きしめるかのようにまるまった。少し震えている手は、しだいに収まっていった。意識が途切れる間際、今日もいつもどおりに登校していたりっちゃんの刺すような視線を思い出して身震いをした。

 

 

 

 

「起きなさい」

 

「……あれ?」

 

「昨晩寝れてないの?お昼までぐっすりだったから起こさなかったのだけれど」

 

「すみません。寝不足ではないはずなんだけど……」

 

 昨晩は早めに寝たし、今朝も起きたのはいつもより遅かったくらいだ。

 

「まあいいわ。それで、体調はどう?」

 

「大丈夫そうです。ありがとうございます」

 

 少し着崩していた制服を正し直して、保健室から出ようとする。しかしその行く手は、我らが養護教諭に阻まれた。

 

「諦めて今日は帰りなさい」

 

「えっ?」

 

「なにがあったか聞くことはしないけど、疲れてるのよ」

 

「でも起きたばっかりだからピンピンしてますよ」

 

「疲れてるのは心のほうよ」

 

 その言葉に首をかしげる。そんなにひどい顔をしているのだろうか。たしかに昨日のことはショックだったがそこまで——

 

 そこまで思考を巡らせてから、私は自分の頬につたうものを拭う。それは、涙だ。私はとくになんの意識もなく、涙を流してしまっていた。そりゃ養護教諭も心配して止めるわけだ。

 

「親御さんと担任には私から連絡するから、荷物はそれだけよね」

 

「えっはい」

 

 そういえば、寝ている間に誰かが荷物をもってきてくれていたようである。もしやと思い、鞄を開く。そこには、見覚えのあるメモ用紙が挟まっていた。しかし、それはりっちゃんのものではない。別の友達のものだ。

 

「何があったかは無理に聞かないけれど、話したくなったらいつでも時間をつくるわ。スクールカウンセラーの先生でもいいし」

 

「ありがとうございます。でもほんとに大丈夫なんで」

 

「そう、なら今はいいわ。ゆっくり休んどくのよ。お大事に」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 何度もペコペコと頭を下げながら、保健室から出る。まだ昼休みの最中で、校舎の方は騒がしい。私は教室の方から遠ざかるように、まるで逃げるかのように家に帰った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 なぜだか久々だと感じる休日。私は自室にこもりきってベッドの上でごろごろと時間を潰していた。課題も、なにか趣味のことも、なにもやる気がなかった。

 

 頭を埋め尽くすのは、りっちゃんにどう返答すればよかったのかというシミュレーションばかりだ。いろいろな言葉がポンポンとでてはくるものの、そのすべてでりっちゃんが深く傷つく未来しか見えない。

 

 ああもう、あきらめてしまおう。

 

 そう思ってしまうと、スッと安心感が染み渡る。しかし、そのあとに襲ってくるのは空虚感である。

 

 じゃあ恋人となってみるか。

 

 無理だ。続くわけがない。残念ながら、りっちゃんにそこまでの興味を持てる自信がない。

 

 ではどうすればいいのか?

 

 私が一番聞きたい。でもこんなもの、答えなんてない。友達だって、頼れない。

 

 

 

 

 そんなモヤモヤを抱えていると、インターホンがなる。残念ながら今日は家族が出払っている。

 

「はーい」

 

 返事をしてインターホンのカメラを覗き込む。

 カメラには、1人の女の子が写り込んでいた。少し不安そうな表情をしているのは、気のせいではないだろう。

 

「……亜希子ちゃん。少し話せるかな」

 

 いま一番会いたくて、でも会いたくない人。

 つまりはりっちゃんが、私の家に何を思ってか尋ねてきたのだ。

 

「あがってって」

 

 立ち話も何だし、私はあげることにした。リビングは……洗濯物が積まれている。

 

「あれ、亜希子ちゃん?」

 

「ん、なに?」

 

「リビングとかじゃないの?」

 

「洗濯物があるから、私の部屋でいい?」

 

「え……うん、私はいいけど」

 

 なんだか困惑しているようだ。なにかおかしいこと言ったかな。わからないけれど、とりあえず飲み物でもとってこよう。

 

「ちょっと飲み物とってくるから、先に入って待ってて」

 

 りっちゃんを部屋に案内してから、キッチンへと戻る。そういえば少し高いアイスがまだ残ってたかな。それとあとは作り置きのお茶で我慢してもらおう。

 

 

 

 部屋に戻った私が見たのは、正座で、ぴっしりと背筋を伸ばしたまま微動だにしないりっちゃんの姿だった。

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