ママが帰ってきたのと同タイミングで、私とりっちゃんは玄関にいた。外はもう真っ暗だし、夜ご飯に間に合わせるには少し遅い時間かもしれない。
「あら、もう帰るの?」
「はい、お邪魔しました」
りっちゃんが丁寧にお辞儀をして、帰っていく。うちのママは土産だと少し良いお菓子なんかをもたせて見送っている。りっちゃんの背中が見えなくなるまで見送ったあと、ママはふうとため息をついた。
「ふう、もう少しゆっくりしていってもいいのに」
「家そんな近いわけでもないからね」
「なんなら泊まっていってもいいのに」
とんでもない発案に、私は背筋に汗をかく。
「着替えとかどうすんの」
「あんたの着ればいいじゃない」
「サイズ合わないでしょ」
りっちゃんは私より結構でかい。身長含む体の発育的に私は負けていると言える。もしりっちゃんが私の服を着たら、お腹が冷えそうである。
「梨花ちゃんと何かあったの?」
「ん?特に何も」
「そう、珍しいわね」
ママは頬に手をあてて首をかしげた。
「何が?」
「あんたがそんな風に友達を拒否するなんてね」
「そうかな?別に拒否してるつもりはないけど……」
「自覚がないならいいわ。さて、晩ごはんの準備をしないと」
そういってママはそそくさと行ってしまった。まったく、あなたの娘はさっきまでおそわれてたんですよってつい言いたくなる。口が裂けてもママには言わないけれど。
「はぁ」
憂鬱だ。明日からどんな顔でりっちゃんに会えばいいのだろう。学校に行きたくない。行かないわけにもいかないけれど。
「……はぁ」
憂鬱すぎる。周りは気づくだろうか。周りは気づかなくとも、もう前のように同じグループ内で話すことができるだろうか。
そんなことをぐるぐる考えながら、眠りについた。もちろんそんな状態で夢見が良いわけがなく、次の日は汗をかきながら飛び起きることになった。まだ外が暗い状態で二度寝を敢行した結果、いつもよりさらにギリギリの時間に目が覚める結果になったのは予断である。
=*=*=*=*=
いつもどおりに
何度もそう唱えて教室に入ると、そこにはいつもどおりとは到底言い難い光景が広がっていた。
「あ、あっちゃんおはよー!」
いや、誰……?
なんて言葉は飲み込んで、おはよーと顔を引きつらせながら返す。
まるで犬が尻尾を振るようにこちらに手を振るのは、おやまあ昨日とは同一人物とは思えないりっちゃんだった。
「か、髪どうしたの……?」
「ああ、せっかくだからバッサリ切っちゃった」
「じ、自分で?」
「いや、お姉ちゃんに」
「へ、へぇ……」
昨日までサラサラのロングヘアだった髪は、バッサリと切られてボブカットにされている。顔にかかるような前髪も眉あたりで切りそろえられ、目や顔の輪郭がはっきりと見える。
つまりは、まるで別人のようになっているのである。そしてそのりっちゃんは、グループの中心で、何か楽しそうに話していた。そう、中心である。いままで端の方にしかいなかったりっちゃんが、今日はど真ん中を陣取って話している。
「どう、似合ってる?」
「う、うん。いいんじゃないかな」
ずいっと詰め寄ってきたりっちゃんに、思わず身を引く。昨日のことが、まるでフラッシュバックのように頭の中を埋め尽くす。背筋には冷や汗が流れ、自分を抱きしめるように腕を体の前で組んだ。
「私、諦めないから」
私にしか聞こえないような声でそう囁いてから、りっちゃんは自分の席に戻っていった。
「よーし、それじゃあホームルーム始めるぞー」
気だるい声で担任がそうボヤいている中、私の中は困惑でいっぱいいっぱいだった。
=*=*=*=*=
「ねえ」
放課後、そこだけはいつものように一緒に帰路についてるなか、私の方から突然話しかける。
「なに?」
「どういうことなの?」
私が今日感じたことを一言で言い表す。りっちゃんも察しは良い。こんな言葉数でも、私の言いたいことを理解してくれる。
「どういうことって……、まあ区切りみたいなものかな」
切りそろえられた髪先をいじりながら、りっちゃんはそう呟くように言った。
嘘だな
何の確信もなくそう思った。表情もかわってないし、普段のわかりやすい癖があるわけでもない。それでも、私はそう感じた。
「嘘ではないよ?」
やっぱり、りっちゃんは心を読む能力でもあるのではないだろうか。私の心内を読み取ったりっちゃんは、ふっと軽く笑った。
「もう、我慢しない。もう、様子見だけで終われない」
りっちゃんは、手をつないでくれないかなと聞いてくる。その差し伸べられた手を、私は振り払う。
「そんな邪険にしないでほしいな」
「わかんない、どうして?」
「何がわからないの?」
「どうして私にそこまで?」
「だって……好きだから」
照れながらも、しっかりと私の目を見つめてりっちゃんはその恥ずかしい言葉を言ってくる。
「まあ、あっちゃんにはまだ、わからないかも知れないけど」
「どういうこと?」
私の返答にりっちゃんは深くため息をついた。そしてぐいっと私の方へと近寄ってくる。逃げるように後ずされば、すぐに塀に背中をつけることとなる。
りっちゃんは私の顔に手を伸ばし、その両手でしっかりと私の頬を掴んだ。
「またそうやって、私から目をそらそうとする。他の誰に対してもそう」
無理に固定された顔で、りっちゃんの瞳を見る。反射した私と目があって、すぐに目をそらした。
すこし身じろげば、すぐにりっちゃんは手を離してくれた。
「あっちゃんは私のこと、どのくらい知ってる?どこまで知りたいと思う?」
ある程度付き合ってきたんだから、そりゃある程度知ってる、と思う。
「知ってるよ。電話番号やSNSも、住所だって」
「そんな個人情報の話じゃないよ」
私の返答は、どうやらりっちゃんの求めているものではなかったようだ。
「じゃあ他になにが?」
「わかってるんでしょう?」
「いや、わからないよ」
「……そう。じゃあ今はそういうことにしてあげる」
りっちゃんはそれじゃあと先に分かれ道へと向かっていった。私はしばらく呆然と立ち尽くしたあと、思い出したかのように帰路につく。
時間稼ぎも、そう長くは持たないのかもしれない。
=*=*=*=*=
風呂上がり、火照った体を冷やしながらスマホを見ると、SNSのダイレクトメッセージに何通か入っていた。その内容はどれも、今日のりっちゃんについて。うんざりしながらも全員にわからないという旨を伝える定型文を送り返す。皆気になるのか、その後も根掘り葉掘り、方向性も変えて聞き出そうとしてくる。
どうやらりっちゃんが変えたのは、私に対してだけのようだ。
他の皆は、明らかな変化を感じながらも変わらぬりっちゃんに疑問を抱いているような感じだった。それに好奇心を持って、自ら首を突っ込んでこようとする。
ああもう面倒だ。
私はスマホの通知をそっとオフにして、ドライヤーをオンにする。耳元で鳴る轟音が、スマホにたまっているであろうメッセージを忘れさせてくれた。
そのあと一度もスマホを開くことなく、私はベッドに沈み込んだ。もう、今日は誰もみたくないし誰とも話したくなかったから。