ジリリリリリン
うるさい目覚ましを止めて、のっそりと起き上がる。寝付きが悪かったからか、なんだか頭が重い。グワングワンと揺れる視界を見ながら、ぼうっと天井を眺める。
コンコン
「遅刻するわよ~」
控えめなノックと、それからママの声がする。一応は起こしに来てくれたらしい。
「は~い、すぐ準備する」
ベッドから立ち上がって、顔を洗いに行こうとする。しかし、ベッドから起き上がった瞬間にその場にペタンとへたりこんでしまった。
「……あれ?」
ぼーっとする。思考が定まらない。吐く息が熱い。
「ちょっと、大丈夫?」
ママがすぐに部屋にはいってきて、私をベッドに戻す。
「熱があるなら早く言いなさいよ」
「熱?」
なるほど、どうやら風邪でもひいてしまったらしい。ぼーっとするのは熱が出てるからか。
「学校には休みの連絡しとくわね」
「うん、おねがい」
ママの言葉にそう答えてから、枕に頭を埋めて目を瞑る。思考がぐるぐるしてまとまらないのが気持ち悪かった。
「ほら、氷枕と水分」
「ありがと」
ママがいろいろと持ってきてくれる。氷枕が火照った顔に気持ち良い。冷たい水も、無限に飲めるのではないかと感じるほどだ。
「とりあえず熱が下がるまで寝てなさい」
「ママ仕事は?」
「とりあえず午後からにしたわ」
「へえ」
頭が働かない。そんなまどろみに身を任せるように、再び夢の中へと沈んでいった。
=*=*=*=*=
ガタガタという物音を聞いて、意識がぼうっとしたまま浮上する。どうやら部屋の中に誰かいるらしい。
「……ママ?」
「あれ、起こしちゃった?」
私の呟きには、ママではなく、でも聞き覚えのある声が返ってきた。
「りっちゃん、どうしてここにいるの」
「そりゃ友達が風邪ひいてるんなら看病にきてもいいでしょ?」
「そうじゃなくて、なんで私の部屋の中にいるの」
「おばさんに上げてもらったの」
「なるほど……ね」
理解できそうになかった。まったくママは何を考えているのだろうか。
ベッドからのっそりと起き上がる。しっかりと寝れたおかげか体が若干重いくらいで、熱も下がったみたいだった。
「あれ、そういえば学校は?」
「今日は午前だけだったでしょ?まだ寝ぼけているの?」
「ああ、そっか。あれ、てことは……」
枕元の目覚まし時計を見る。すでに昼は過ぎており、夕方が近づいていた。
「ママは?」
「仕事してくるって私が来たあとに出かけていったよ」
ということは今、この家には私とりっちゃんの2人きりか。
「……何?」
「いや、何もしてないよねって思って」
「犯罪者かなにかと間違えてない?さすがに体調崩して弱ってる人につけ込んでなにかするような人じゃないよ私は」
「そうだね、ごめん」
「あっそういえば、お粥作ろうと思うけどあっちゃんはダメな食べ物とかあったっけ?」
「いや、ないよ。ありがとう」
部屋からでて階段を降りていく音が聞こえる。私はほうと息をついてから、ベッド近くのテーブルに用意されているタオルと桶を見つける。ちょうどいい、寝汗で体がベタついて気持ち悪かったところだ。
顔を拭いて、それから首元を拭う。ひんやりと水で濡らされたタオルが心地よい。夢を見ていた覚えはないが、悪夢でも見ていたのではと疑うほどに寝汗をかいていた。シャワーを浴びたいところではあるが、とりあえずりっちゃんが帰るまではこのままでいようと考えた。
とりあえず汗を吸った寝間着を脱いで、それから部屋着をとりにベッドと向かい側のタンスに向かう。
「あっちゃん塩の場所って……」
そのラブコメの主人公かと言わんばかりのタイミングで、りっちゃんが部屋の扉を開けた。
「あっごめん!その――」
「左から二番目の棚にあるよ」
「え?ああ、ありがとう」
「……いつまで見てるつもり?」
「ご、ごめん。出来たら呼ぶね!」
そういって勢いよく扉を閉めていってしまった。
いや、まさか好意をよせられているらしい相手に下着姿を晒すはめになるとは思わなかった。まあでもこれでしばらくは入ってこないはずだ。面倒だとやめていた汗の溜まりやすい部分もついでに濡れタオルで拭いてしまおう。
部屋着に着替えてからしばらく待つ。
しばらく待ってもりっちゃんが来る様子はない。
仕方がないので、自分も階段を降りる。ようやく意識がはっきりしてきた。熱もさがりきっているようで、気だるさもだいぶマシになっている。
「……あっちゃん?もう少し待って」
よい匂いにつられて台所に向かうと、制服の袖をまくって器によそっているりっちゃんがいた。髪は短くしても前髪が邪魔だったようで、ヘヤピンをしていておでこがでている。
「おまたせ!私特製お粥!」
「何が入ってるの?」
「んー、あっちゃんを思う気持ち?早く体調良くなれーって」
「おかげさまで早めに治りそうだよ」
お粥を口に入れる。しっかり火の通った米粒が、すんなりと口に馴染む。塩加減もちょうどいい。
「料理、上手いんだね」
「練習してるからね。美味しい?」
「うん。優しい味がする」
「そう?嬉しい」
カチャカチャと洗い物をするりっちゃんの背中を眺めながら、器の中の米粒を食べきる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。食器持ってきてくれる?」
「いいよ、そのままで。後で私がやっとくし」
「ダメだよ。病人なんだから寝てないと」
「熱もさがったしもう大丈夫だよ」
「……」
りっちゃんがムスッとしながらこっちに詰め寄ってくる。
「ねえ、あっちゃん」
「な……なに?」
「選ばせてあげる」
手をワキワキさせながら近づいてくるりっちゃんは、どこか凄みがあった。
「えっと、一応選択肢を聞こうかな」
背中に変な汗がにじみ出てきた。先程拭いたばかりなのに最悪である。
「一つ目、静かにベッドに戻って休んでおく」
「うんうん、それで?」
「二つ目。いますぐ私にここでひん剥かれて治療をうける」
「ベッドで寝てます」
そう即答して私は踵を返す。よけいに体調が悪化しかねない選択肢なんてとりたくない。急いでベッドに潜り込んで枕に顔を埋める。
「そんなに拒否しなくてもいいじゃん……」
飲み物とコップを二つをお盆にのせて、りっちゃんも部屋に入ってくる。ローテーブルの上にそれらを置いてから、リラックスした姿勢でフロアマットの上に腰掛けた。
どうやら、もう少し居座るらしい。まあ何もしてこないならそれでいい。
それからママが返ってくるまでの数時間、ひさびさにのんびりと何でもないてきとうな会話が続いた。
=*=*=*=*=
「今日はその……来てくれてありがとう」
りっちゃんが玄関で靴をはこうとしているときに、言葉がそうポロっと漏れ出た。別に隠そうとしたわけじゃないけど、なんとなく喉に突っかかっていたような言葉である。
りっちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあと、いつもの優しい笑みにもどる。
「ううん、気にしないで」
「それじゃ、気をつけて」
「うん、明日は学校でね」
駅の方へと歩いていくりっちゃんを見送る。一度も振り返ることはない。ただまっすぐと駅へと向かっている。
「あら、また間に合わなかった」
「ママ、おかえり」
「ただいま。その様子だとすっかり良くなったみたいね」
「ぐっすり寝れたからね。晩ごはん何?」
「えっと――」
夜風に当たりすぎないうちに、家の中へと入る。まだもう少し準備がかかるとのことで部屋に戻り、ベッドに体を投げ出す。
「……」
サイドデスクの上のスマホを手に取る。確か、クラスの子にりっちゃんと同じ中学出身の子がいたはずだ。
私は、その子との個人チャットを開いて、文字を入力し始めた。