私の想い人はすぐ隣にいる【完結】   作:畑渚

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独白

 自分の恋愛対象が周りと違うことに気がついたのは、中学の終わりの方だった。

 

「梨花さんってそういう趣味だったの?うわぁ」

 

 思いを告げた相手から返ってきた言葉は、拒絶だった。

 人の口に戸は立てられない、とはよく言うものだ。次の日にはクラス中に広まり、次の週には学年中。学校中に広まるのに半月もかからなかった。さすがはイジメ問題社会。リスクのある表立ったイジメというものは行われなかった。

 

「ねえ、あの子って」

 

「そうそう、噂の」

 

 しかし、身を傷つけずに相手を落とす方法なんていくらでもあるものだ。周りからの異物を見る視線は、容易に私の足を止めさせた。

 

「ねえ梨花」

 

「なあに、お母さん」

 

「本当に全日制にいくの?」

 

「うん」

 

 受験シーズンとなり、なんとか保健室登校でお茶を濁していた私は苦労した。なにより、数ヶ月動かしてなかった頭は、簡単な四則演算すらも拒んでいた。

 それでも私が全日制に固執したのは、たぶんこの空白の期間をなかったことにするためだろう。学校の知り合いができるだけ少ない、電車を乗り継がないと行けないような場所を選んだ。結果は……合格。親や先生、それからお世話になった養護教諭などにも、褒められた。私はそんなことはどうでもよくて、ようやく再スタートを切れることに安堵していた。

 

 もう、誰も好きにならない。そうすれば、私は傷つかない。

 

 そんな意味のない決心をしながら、登校する。どうやら近くの中学からの進学組が多いようだ。すでにいくつかのグループができており、新参者もそれに加わったり、自分たちで集まったりとわかりやすくわかれている。

 

 助かる

 

 心の底からそう思った。新参者の私は、自分からグループに入ろうとしないかぎりは孤立できる。華々しい高校生活とはいうが、私は静かな日常で十分だった。卒業アルバムを見直して、そういえばクラスにそんな子がいたなと思い出されるレベルの、存在感が薄い存在で十分だ。

 

 そんな考えは、1人の女子に打ち砕かれたのだった。

 

「私、亜希子。あなたはたしか……梨花ちゃんだっけ、よろしく!」

 

 天真爛漫に話しかけてきた彼女は、私が抵抗しないと見るや否や、彼女の集めたグループに私を引きずり込んだ。

 

 楽しくなかったかと言えば嘘になる。彼女の集めた人たちは、誰にも別け隔てなく優しい、そして明るい人達だった。彼らは決して私に深入りすることなく、でも常に私に気をかけてくれた。

 言ってしまえば、一般的な良い人たちの集まりだった。リーダーシップをとれるメンバーもいるおかげで、うちのクラスはこの仲良しグループが取り仕切っているといっても過言ではないほどだった。

 

「亜希子ちゃん」

 

「他の皆みたいにあっちゃんって呼んでいいのに。それで、何?」

 

 気がつけば、学校での大半をあっちゃんと過ごしていた。人の機嫌を伺う癖を活かせる趣味を見つけて、あっちゃんと結託して部活中に時間を潰したりもした。

 

 しかし、華々しい女子高生に恋バナは付き物である。あっちゃんがいてもいなくても、何度もそういった話になった。そのたびに意識するのは、最初に私の手をとってくれた彼女のこと。

 

「梨花ちゃんは彼氏とかつくらないの?」

 

 グループの1人がそう言ってきたときは、どう誤魔化せばいいかだけを考えていた。だってこの感情――あっちゃんのことが好きだって言う感情を表に出してしまえば、もうこの場にはいられなくなる。またあの頃に後戻りだ。

 

「い、いないよ~」

 

 自分の顔を鏡でみるまでもない。今の私は嘘つきの顔をしていただろう。

 

 何より、今日はダメだった。あの便箋を間違えて持ってきてしまっているのだ。一見すれば純文学の恋文のようで、その中身はあっちゃんに対する思いを書きなぐっただけの手紙。教科書の間に挟まってかばんに入っていたソレに、まるで運命がイタズラしてきたのかと目を疑った。

 

「もしかして告白の手紙?」

 

 帰りぎわになって、とうとうバレる。あわてて否定する。だって、これはただ書きなぐっただけの紙切れだ。手紙なんて代物ではない。

 

「へー」

 

 そう流したあっちゃんの顔には、好奇心が浮かんでいた。これは隠し通さないといけないとわかった。だからあっちゃんが告白の呼び出しで先に行ってしまったのは、私にとって助け舟となった。

 あっちゃんが男子にとられる心配はしていなかった。というよりも、あっちゃんがそういった男女の仲、そして同性であっても、その距離まで人を近づけないことを知っていた。近いようで遠い、決して交わることのない、でも手の届きそうな距離。グループの皆ですら、そのことに気がついていた。だから、この手紙は迷惑なのだ。私にとっても、そしてあっちゃんにとっても。

 

 

 次の日におきた悲劇を、私は二度と忘れない。

 

 

 落とし物と聞いて、まず最初にあの手紙を思い出した。昨日は姉が部屋にずっといたこともあって、かばんの奥底に封印したままだったからだ。だから、かばんを探っても出てこないとわかったときに全てを悟った。あっちゃんにとって最悪の落とし物をしたのだと。

 

「亜希子ちゃん。中身、見た?」

 

「いや、見てないよ」

 

 嘘を付かれた瞬間、あっちゃんが全てを理解してることを知った。こみあげてくるいろいろな思いが、今にも漏れ出しそうだった。お願いだから追ってこないでくれ、と願いながら私はあっちゃんから逃げた。

 

 そのあとのことはぼんやりとしか覚えてない。でも――

 

 

「あはは……。友達じゃ……ダメかな」

 

 

――その一言だけは深く胸に突き刺さった。

 

 早退してきた私を、お母さんは何も言わずに出迎えてくれた。いや、二度目だからもうわかっていたのかもしれない、娘がまた失敗したのだと。

 

 

「梨花」

 

「なに、お姉ちゃん」

 

 ベッドに丸まっていた私に声をかけてきたのは、いまだ家に居座り続けてるお姉ちゃんだった。

 

「なにやってんのあんたは」

 

「だって……」

 

「今度は何があったの」

 

 お姉ちゃんは表情を一切変えずに、私がポツリポツリと漏らす失敗談を聞いてくれた。

 

「なるほど、それで?」

 

「それでって……」

 

「それで、梨花はどうするの」

 

「どうするのって何」

 

「諦めるの?」

 

 お姉ちゃんは、触れてほしくない核心をズバリと突きつけてきた。

 

「お姉ちゃんには関係ないでしょ!」

 

「いいや、あるね」

 

 顔を下げてる私の頬を、お姉ちゃんはがっしりと掴んでむりやり目を合わせてくる。

 

「じめじめが伝染して私の部屋にもきのこが生えたらどうするのさ」

 

「何言ってるの」

 

「いつまでもうじうじしてないで行動に移したらどう?」

 

「でも……」

 

「その程度なんだ」

 

「どういうこと?」

 

 お姉ちゃんは吐き捨てるようにそう言った。

 

「あんたの好きって、そんなもんなんだ。もう二度と人を好きだなんて言わないほうがいいよ」

 

「なんでそんなこと言うの!」

 

「だってそうでしょ。あんたはすぐに好きを諦めるし、あんたの好きになった人はいつもあんたを拒絶する。あんたの好きはその程度だし、あんたの好きになった人も所詮はその程度ってことよ」

 

「なんでそんな酷いことを言うのよ!」

 

 私がベッドから立ち上がっても、身長で負けてるお姉ちゃんはその冷たい視線のまま睨み返してくる。

 

「その長ったらしい髪みたいにグダグダ伸ばしてないでバッサリ切ったら?」

 

「そんな簡単に……できたら苦労しないよ……」

 

「してないのに?」

 

「したじゃん。それで中学は」

 

「じゃあ聞くけど、長い髪って今の好きな子の好みなの?」

 

 ちがう。あっちゃんの好みの女なんて知らない。

 

「他人からの褒め言葉を全部受け取ってるフリをしたいだけじゃないの?」

 

 そうだ。誰かが褒めてくれた長いこの髪。よく考えればいつからかそれに執着していた。

 

「そんなの……私が切ってあげる」

 

 無造作に机の上のペン立てから工作用のハサミを手にした姉を、私は止める。

 

「何、未練がましいわけ?」

 

「せ、せめてちゃんとした髪用のハサミを使って?」

 

 区切りをつけれてなかったのは、私だ。

 

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