その日の晩ご飯は煮物だった。うどんげなりの僕へのお詫びなのだろう。
日もすっかりと落ち、月も真上を昇った頃。ご飯も食べ、湯も浴び、一人縁側で座っていた所だった。
「――けほっ」
永遠亭に帰って来てからか、ほんの少し身体がだるい気がする。今日は少し歩きすぎたし、多分その所為だろう。
今日は早めに休もう。そう思って僕は自分の部屋に戻ろうとする。――が、僕の耳がその行動を遮った。
――音がしたのだ。それも、目の前の竹林から。
うどんげを呼ぼうにも、彼女は湯浴み中。僕と入れ替わりに入って行くのを見た。
さあ、どうしよう。と考えていたが、先に動きを見せたのはあちら側だった。
「うぅー……ここ何処よ。なんかさっきも似た様な所を歩いた気がするわ……」
姿を見せたのは、とても可愛らしい女の子だった。金色の髪に、赤い飾りのついた帽子。赤と白を基調とした服に胸元には黄色の布地。そして一番特徴的なのは、背中から生えている、なにやら翼の様な、木の枝に見えなくもない物。その枝の様な翼からは、正に枝になった実みたいに色とりどりの結晶がぶら下がっている。
そして、それを本当に翼の様に動かし、『浮遊している』。
月の光でキラキラと光る実の様な結晶に僕は目を奪われた。あんなに綺麗な物を僕は見た事が無い。僕はまじまじとそれを見ていると、その視線に気付いてか、彼女が僕の方を向いた。
「あっ! いたぁ! ……って事は此処が永遠亭?」
彼女は辺りを見回す。まるで永遠亭に初めて来るかのように。竹林を抜け、庭に入ってくる彼女。
「ねぇ、貴方が、鈴宮雪正?」
僕の目の前に立つ幼げな少女。その姿は僕よりも幼く見え、十を越しているかもわからない。その答えに頷くと、少女はニッと八重歯を見せる様に笑い、
「私はフランドール・スカーレット。ねぇ、一緒に遊びましょう?」
フランドールと名乗る少女は、僕に向かって手を差し出す。僕はその手を握りながらも、
「遊ぶって言っても、もう夜だよ? それに僕はまだ怪我してるし」
「そうなの? ならお話しよっ」
手は握ったまま、器用に身体を回転させ僕の隣に座った。
「ねぇ、鈴宮雪正って呼びづらいし、長いよね」
「それを言うなら、ふらんどーる・すかーれっと、も充分長いよ」
それもそっか、と笑うと、
「貴方の事なんて呼べばいい? 出来れば呼びやすいので!」
「雪正って呼ぶ人は多いよ。後は『雪』って呼ばれても反応しちゃう」
僕が女の子に装っていた時の名だ。これで反応しなかったら母様の説教が飛んでくる。そう言えば、うどんげはいつの間にか僕の事を『雪』って呼んでるな。発音はちょっとおかしいけど。
「じゃあ、ユキって呼ぶ! 呼びやすいし! 私の事もフランって呼んで!」
「わかったよ、ふらん。ふらんはどこから来たの?」
この子も、うどんげと同じ発音の仕方をする。そう思っていると、
「……ねぇ、ユキ。なんだか『フラン』の言い方おかしくない?」
「えっ!?」
おかしいのは僕の方だったらしい。
それから、僕らは発音の練習をしていた。縁側で。
「ふ、フらん」
「違うー。もっと下げる様に」
彼女の発音講座はとてもわかりづらく、感覚的に教えてくる。「上から下に言うのっ」とか「そんなに柔らかく言わない!」とか。正直僕にはわからないです。
「……ふ、フら、フラン! ど、どう?」
「おおー。良く出来ましたー」
パチパチと拍手をしてくれるフラン。その様子がとても可愛らしかった。だが、これでようやく本題に入れる。
「ふ……違う。フランはどこから――」
「ねぇユキ、ぶつぶつ喋って何やってるの? ――ってどうして紅魔館の吸血鬼がここに居る訳?」
僕の台詞を遮るかの様に、お風呂上がりのうどんげが姿を現した。
淡い紫色の髪の毛はしっとりとしており、頬も少し赤い。湯上がりの女の子とはとても魅力的だと思う。
というか、吸血鬼ってなんだろう。鬼の類いなのかな。
「んとねー、これ読んだの!」
どこからか取り出したのは、もはや見慣れたあの新聞。
「またこれね……この新聞を見る度に、なんだかイライラしてくるわ」
「ど、どうどう」
わなわなと肩を震わせるうどんげを宥める。それが功を成してか、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「……ありがとう、ユキ。で、これを読んだだけで、よくここに来られたわね。貴女、此処に来るのは初めてでしょう」
この永遠亭は迷いの竹林の中にある。案内人の妹紅さんか、永遠亭の人物でないと、易々と此処には来られない筈である。うどんげの台詞に、フランは、
「ちょっと迷ったけど、辿り着いた!」
と一蹴。
「……たまに居るのよね。運だけで辿り着く奴」
「えへへ。凄い? 私凄い?」
僕の横で、褒めろと言わんばかりに主張してくるフラン。僕はすごいよ、と言いながら彼女の頭を撫でた。
「んっ……。えへへ……頭撫でられたの久しぶりかも」
小さい子に見えてしまうからだろうか、撫でやすい感じは否めない。
「……ねぇ、ユキ。早苗にもしていたけど、なんで頭なんか撫でるの?」
ちょっと、不機嫌そうな声で僕に問いかけるうどんげ。
「え、なんかちっちゃい子って撫でたくならない? こう、子猫とか子犬みたいな感じで。早苗さんの時はまた別だけど……」
「わからなくはないけどさ……」
ボソッと小声で、いいな……と聞こえた。が、丁度風が吹き、僕はくしゃみをしてしまった。
「少し寒いかな。そろそろ部屋に戻るよ」
僕は立ちあがり、部屋がある方向へと歩みを進める。
聞こえてくる僕の足音が三つほど。
――ん? 三つ?
振り返ると、僕の後ろには先ほどの少女達が。
「え、あれ。二人ともどうかした?」
「フランがユキに着いて行ったから、なにするのかと」
「いや、僕はもう部屋に戻って寝ようかと」
うどんげの言い分はわかったけど、と僕より頭一個分以上低い来訪者に顔を向けると、彼女と目が合った。
「私、帰るなんて一言も言ってないよ」
「「えっ」」
僕らの台詞が一致した。
* * * * *
今の状況を整理しよう。
僕は今部屋に戻り、寝る準備をしている。と言っても、もう布団も一組敷いてあり、後は横になるだけなのだけれど。
だが、部屋にはうどんげも居る。彼女は布団を持ってきて、僕の布団の隣に敷いた。それも二組。僕は邪魔にならない様に隅で大人しく座っている。フランも隣でニコニコして座っている。僕の真似をしているつもりらしい。
つまり今、布団は三つ並べてある。僕の布団。うどんげの布団。そして、フランの布団。
どうしてこんな状況に?
時は少し遡る。
――え、フラン、帰らないの?
『うん。だって私来たばかりだよ』
――確かにそうだけど……もう夜だよ。今度は昼に来てよ。そしたらちょっとは遊んであげられるよ。
『ユキ。こいつは吸血鬼だから太陽が苦手なの。来るとしてもまた夜よ』
――そうなのか……どうする? 泊まってく? うどんげ、それでいい?
『まぁ、部屋は沢山空いてるし? 変に愚図られて色々破壊されても困るし』
――? 破壊?
『お泊まりっ?! 楽しそう! するするっ! お泊まりする!』
――じゃあ、決まりだね。とりあえず、フランの部屋を決め――
『ねぇユキっ! 一緒に寝よ?』
――ん? 一緒がいいの? 別に構わないけど。
『――ちょっ! 私がそれを許すと思う?!』
『ねぇーユキー。いいでしょー?』
――いや、僕は良いって言ってるんだけど。
『ねぇー! れいせんー! いいでしょー!』
『こ、こらっ、そんな大きな声出してるとお師匠様方が起きちゃう!』
――それは怖い! お願いうどんげ!
『――わかった! わかったわよっ』
『ホントっ? やった!』
――……ふぅ……
『……とりあえず布団、二つ持ってくるわ』
――うん、よろし……え、二つ?
『私が、吸血鬼と二人きりで寝るのを許すと思う?』
時は戻り、僕の部屋。
笑っているのに、目が笑ってない。あの時のうどんげの顔は忘れないと思う。
「ほら、ユキ。そんな所で座ってないで寝ましょう?」
その声で現実に引き戻された。よかった、いつものうどんげの表情だ。でも、ほんの少し嬉しそうな。
うん、と頷くと、僕はいつも使っている布団を探した。
――どうしてか、真ん中にあるみたいだ。
僕が、理由もわからずうどんげを見つめると、
「だって、ユキのを端にしたらどちらかが真ん中になるのよ。私は吸血鬼の隣は嫌だし、逆も然りでしょう。順当じゃない?」
隣でうんうんと頷いているフラン。僕に逃げ場は無いらしい。
これから、僕の眠れない夜が始まった。
14話です。彼も多忙ですね。うどんげ、早苗、フラン……。
フランちゃん完全登場。第一印象はバッチリっぽい。これは新ライバルか……?
振りまわされている雪正を見るのが好きです。というか、振りまわしている女の子を見るのが大好きです。これからもっと増やしていきたいなと思っております。
さて、後書きを見てくださっている皆々様。お気に入り25件、UA2000以上ありがとうございます。これを書き始めてそろそろ1カ月。そして下書きも5万字になるのです。
『お気に入り25』『UA2000』『執筆1か月』『5万字』記念を合わせまして、短編ではありますが「東方人妖期 ~もしものお話~」を投稿しようかなと考えております。
読者の皆様には、今回のSSのヒロインを決めて欲しいのです。つきましては、活動報告にも投稿いたしますのでご覧ください。
なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。