「……ねぇユキ。私、夜はそんなに眠くないんだけど」
左隣のフランが僕に話しかける。
「それなら、兎の私もそこまで眠くならないわよ」
右隣のうどんげも、負けじと会話に入ってくる。
「僕はとっても眠いんだけどね」
「えー、お話しようよー」
「貴女も、いい加減に寝なさいよ」
さっきからこんな感じで全然寝られやしない。身体のだるさも増してきている。今日は徹夜かな……。
「――すぅ……」
左から寝息が聞こえる。フランの寝息だ。
「あの竹林を迷いながら来たんでしょう。流石に疲れるわよね」
そりゃそうか。でも、これで静かに寝られそうだ。僕は仰向けで天井を眺めていたが、それを止め瞼を閉じる。
「ねぇ。ユキ」
目を瞑りながらも、僕は返答する。
「……まだ、怒ってる?」
いきなりの質問は、意味がわからなかった。
「……どうしてそう思うの?」
「だって、私、貴方を置いて天狗を追いかけちゃって、気付いて戻った時には居なくって。張り紙見て、神社に向かって。早苗と一緒に居て」
段々と、声が震えていっている様だ。僕はそれを止めるかのように、
「怒ってなんかないよ。もし怒ってたら一緒に寝てなんかないよ」
「だって! 私にはなでなでなんてしてくれないじゃない!!」
ハッと息を吸ううどんげ。失言だったらしい。僕はうどんげの方を向く。
「……なでなで、されたいの?」
ふすまの隙間から差す、月明かりでうどんげの顔が真っ赤だという事が片目でもわかる。彼女はゆっくりだが、確かにコクンと頷いた。
布団の中にある手を伸ばし、うどんげの頭に乗せる。
「怒ってなんかないよ」
ゆっくり、出来るだけ優しく彼女の頭を撫でる。
「それに、今日の晩ご飯、煮物だったでしょ。あれって僕へのお詫びみたいな物だったんでしょ?」
「――うん。申し訳ないことしたなって、わかってたけど謝れなかったの。ごめんね」
布団の中で頭だけ出し、身体を丸くするうどんげ。その姿がとても可愛くて。ちょっと意地悪したくなる。
「さっき縁側で、いいなって言ってたでしょ」
「――っ! ……聞こえてたの?」
「うん。バッチリ」
そういうと、彼女はぼそぼそと呟く。
「だって、神社に迎えに行ったらユキは早苗と身体くっつけて頭撫でてるし。早苗なんか幸せそうな顔で寝てるしさ。さっきなんかもユキ、フランにもなでなでして、フランも顔赤くしちゃって、貴方に懐いちゃうし」
僕の手は絶えず、彼女の頭を撫で続ける。
「確かにね、悪いことしたなって思ってた。会ったら謝ろうって思ってたのに。いざ迎えに行ったら早苗に抱きつかれてて、頭もなでなでしてて……それ見たらモヤモヤしちゃって……」
「うん。それで?」
「それで、いいなぁ。私もなでなでされたいなぁ……って思いながら見てたり――って誘導尋問禁止っ」
布団の中にあった顔を出し、ジトッと睨んでくる。別に誘導したつもりは無かったんだけど。僕は笑いながら謝り、彼女の頭から手を離す。寂しげな声が聞こえたが、もう眠さも限界に近い。
「僕も疲れたよ。もう寝るね」
今日は久々に身体を動かして、予想以上に疲れが溜まっている。身体にもだるさが感じられるほどだ。
「そうね。ユキも沢山歩いたものね」
僕らは、おやすみを掛け合い、意識を手放した。
* * * * *
「――ん、んん……」
あれから何時間経ったのだろうか。僕は尿意を感じ、変に目覚めてしまった。
厠に向かい、用を足す。
「……ふぅ」
部屋に戻る途中、ふと、空を見上げる。月はまだ空に浮かんでいる。寝入ってからあまり時間は経っていないらしい。
部屋に戻ると、規則正しい寝息をたてる二つの呼吸音。僕は彼女らを起こさない様にまた布団に入った。
ほんの少し外気で冷たくなったが、まだ温かい布団が僕を包む。この温かさで寝てしまおうとしたが、
(ユーキっ)
残念ながら、起こしてしまったらしい。
「……フラン?」
(もっと小さな声ではなそっ。兎が起きちゃう)
(ごめんね、起こしちゃった?)
もぞもぞと動き、フランの方を向く。すると首を横に振り、
(んーん。ユキが部屋を出て行くちょっと前に起きた)
そうだったんだ、と小声で伝えると、フランはこちらを見つめ、
(ねぇ、そっち、行っても良い?)
そっちって、布団の中の事かな。僕は右腕を使い布団をめくった。
(いいよ。おいで)
彼女は嬉しそうに僕の布団の中に入ってきた。
(あったかぁい……)
僕からすると、彼女の身体は少し冷たい。
(フラン、身体冷たいね)
(そう? 血が足りてないのかな……)
フランがどういう生活をしているのかは、ついさっき出会った僕にはわからない。でも、この子って血を吸う鬼なんだよね。
考えに浸っていると、その思考を読み取ったかのように、
(ねぇ。ユキの血、吸わせてよ)
そうしたら身体も少しは温かくなるよ、と彼女は話す。まぁ、フランが温かくなるのなら。と僕はその申し出を受けた。
(でも、あんまし吸い過ぎないでね?)
(わかったっ。ちょっとだけね)
そう言うと、彼女は僕の腕に歯を立てた。
「――いたっ……」
我慢できずに声を漏らす。彼女はというと、何食わぬ顔で僕の血を吸っている。
ほんの少しだが、僕の体温が下がった気がした。血が抜かれているんだ、そう考えると当たり前か。
フランの喉の音が静かな部屋に響く。
(……ぷはっ。ごちそうさまっ)
(お粗末さま)
身体から血が抜けるというのは、少し寒気が伴うという事を知った。
(ユキの血ね、初めて飲む味で美味しかった……)
少し赤らんだ顔をして僕を見つめてくる。初めて? と僕が聞くと、
(人間の血はね、単調なの。どれも同じ。でもね、ユキの血はね、味が深いというか)
多分、それは狼種の血が混ざってるからだと思う。
(わかんないけど……癖になりそう……もう一口……)
(ま、また血が溜まった時にね)
これ以上あげたら明日の太陽が拝めなくなる。僕は腕を引っ込めた。
(その時はまた頂戴ねっ)
と言って、僕の身体にしがみついてくる。ほんのり温かい。僕は彼女を湯たんぽ代わりに、寝落ちるのだった。
フランside * * * *
暖かい。抱き合って布団の中にいるからだろうか。
いや、心も温かいのだ。この人が予想通り、いや予想以上に優しかったから。
私と話をしていても、呆れた顔や疲れた顔なんて全くしない。一緒に寝ようと言っても、二つ返事でOKしてくれた。こんな人、家(紅魔館)にはいなかった。
さらに、彼は血を飲んでも良いと。どこぞの巫女や、魔法使いには断られたが、彼は良いと言ってくれた。あまつさえ「また血が溜まったら」と承諾してくれたのだ。
その彼は今、私を抱きかかえ寝息を立てている。無防備この上ない。
「ユキ……ユキ。うん憶えた」
彼の名前を反芻する。名前を呼ぶたびに、心が反応する様だ。
私は彼が気に入った。心底気に入った。私は他の人を破壊しても、彼だけは壊さないだろう。私は彼を抱きしめている力を強める。
「ユキ……大好き」
彼の暖かさに包まれ、私はそっと目を閉じた。
* * * * *
「――……っ!」
「……――」
声が聞こえる。もう朝なのか。
「――んなの、理由にならないわよ!」
「でも、ユキが入って良いよって言ったもん」
うぅ……頭痛がする。身体がだるい。目を開けると、目の前で言い争いが起きていた。僕が、身体を起こすと、同時に振り向き、
「ユキ! この吸血鬼に何とか言ってやってよ!」
「ユキー、れいせんがいじめるぅ……」
そんな彼女らに、僕が出した言葉は、
「――ぶだりども……げんがば……――げほっ」
言葉とも言えない様な声に、正に犬の鳴き声の様な咳。
無駄にボーっとする。二人は言い争いを止め、僕を見つめているようだ。
「あ゛ー。うどんげ、ごべん。うづざれだっぼい」
「そんなの、見りゃわかるわよ……」
「ユキぃ……大丈夫?」
ため息交じりのうどんげ、心配そうなフラン。大丈夫と強がろうにも、声が出てくれない。
「あーあー。喋ろうとしない。兎に角、今日はゆっくり休みなさい」
そう言うと、うどんげは僕を押し倒し、布団の中に入らせた。
「とりあえず、フラン。貴女看病手伝っていきなさい」
「うん! ユキの傍に居る!」
横たわる僕の腕を掴んで動こうとしないフラン。
「看病って言ったわよね。貴女にも責任があるんだから、手伝うの」
その言葉が響いたのか、僕から渋々離れた。観念したらしい。
「ユキとりあえず、ゆっくり休んで。後でお粥と薬を持ってくるから」
「ユキー……また後でね」
彼女達は僕の部屋から退散していった。
廊下から「貴女は薬草を竹林から採ってき――」「えぇー……」という声が聞こえていたが、段々と遠のいていき、やがて静かになった。
一息つき、体制を変える。寝返りを打つのもだるい。
僕は身体を休めるべく、眠りについた。
15話です。うどんげはいつでも可愛いですね。こんな子自分も愛でたいな。ですが、フランちゃんも彼に対する気持ちが確立してきたようですよ。これはまた波乱の幕開けか……。
なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。