東方人妖期   作:黎悠明

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~風邪の不安さ、恋の不安さ~

 

 

 身体の重さで目を覚ます。悪寒は止まらず、息も荒い。

 だが、首元、いや首から上だけが熱い。首。頬。額。頭。右目の窪みも熱を持っている。

 左目も、どこか霞んでしまい、天井の木目もぼやけてわからない。

 ふと、額の重さが消えた。――逆を言うと、今まで額に何か物が乗っていた事に気付かなかった。

 額になにが乗っていたのか、考えようにも頭が働いてくれない。

 また、重みが戻ってきた。冷たくて気持ちいい。僕はそれを欲し、額に向けて腕を伸ばす。――濡れ手ぬぐいだ。

 僕はそれを掴み、首に持っていく。ひどく気持ちいい。

 「――……すよ。ほら、……」

 誰かに手ぬぐいを取られ、また額に乗せられる。誰だろう。

 「……るのが、……――たっけ?」

 優しい手つきで僕の頭を撫でてくれる。母様?

 手を伸ばす。どこに居るのかもわからないけど。でも、誰かが僕の手を掴んでくれた。優しい手をしている。そして、僕の体温より低い事もわかる。

 僕はその手を首元に持っていく。ああ。やはり冷たい。気持ちいい。気分が良い。僕はその誰かへ向けて、お礼を言った。

 すると、その手はするりと僕の手から離れると、両手で頬を触れた。本当は首元が嬉しいのだけれど、でも気持ちいい事には変わりない。

 ぼやけた視界に緑色が入ってきたかと思うと、今度は肌色に覆われた。唇だけが熱い。

 「――です。……が、……」

 なにを言ってるかは、良く聞こえない。でも、なぜだか温かさは伝わった。僕は笑おうとした。その人を安心させようとして。

 その緑色に触れる。サラサラとした感触が指を通る。その後、僕の頬に触れたままの誰かの手を握った。未だに冷たさを感じる。

 僕は目を閉じた。この冷たさがある内にまた寝てしまおう。ああ、次は良く眠れるだろう。

 

早苗side  *     *     *     *

 

 「あ。今回の主犯がおいでなすった」

 「来た瞬間それってないんじゃないですか?」

 風邪が完治し、会いたい思いも早まってか、昼前には守矢神社を出て、私は永遠亭に足を運ぶと、丁度外に居た鈴仙さんがいきなり私を睨む。

 

 あの後、私は雪正さんが帰っても気付かず寝ていて、彼にお礼の一言も言えなかった。でも、ずっと寝ていたのが功を成してか、熱は下がり、風邪は夜にはほぼ完治していた。朝になってもぶり返す事は無く、私はお礼を言いたくて、永遠亭に来たのだ。

 

 「しゅはんー。しゅはんー」

 「貴女も同罪よ」

 そう言われ、鈴仙さんの隣でしょぼくれている小さな影。

 「あれ、どうして貴女がここに居るんです?」

 フランドール・スカーレットは竹かごを背負い、どこかばつの悪そうな顔をした。

 「昨日の夜に上がり込んで来たのよ。そのままここに泊まったの」

 「泊まった!? なんて羨ましい……」

 鈴仙さんの台詞に今度は私がフランさんを睨む。

 「ホントは私が看病する予定だったのにぃ……」

 フランさんは口を尖らせ、不機嫌気味だ。……ん? 看病?

 「フランが間違って毒のあるものを採ってきてしまったから、二度手間よ。でも、丁度よかった。不本意だけど、貴女ならユキを任せられる」

 うつした本人だしね、と私に向かって言い放つ。その言葉にハッとして、

 「雪正さんにうつしてしまったのですか!?」

 私は居ても立っても居られなくなって、永遠亭の玄関に向かって走り出した。

 「じゃあ、薬草を採ってくるわ。その間看病してあげて」

 その言葉には目もくれず、永遠亭の中に入った。

 

 ふすまをほんの少し開けると、彼は布団の中で眠っていた。でも、息も荒いし、なんだか暑そう。

 私は永遠亭の中で、盥と手ぬぐいを数枚用意し、水瓶の水を汲んで彼の所に持って行った。

 部屋に入ると、布団の横に着替えが丁寧に畳まれて置いてある。多分鈴仙さんが置いて行ってくれたのだろう。

 私はそれに感謝し、看病を始めた。

 「雪正さーん……失礼しますねー」

 息が荒いが多分聞こえてはいないだろう。彼の汗を手ぬぐいで拭う。

 ――やっぱり! 肌、とっても綺麗……。

 雪正さんの肌は、私が負けているんじゃないかって思うほどに綺麗で、そしてきめ細かい。

 汗を拭く度に、くすぐったいのか耳がピクピクと跳ねる。とても可愛い。

 掛け布団をめくり、汗でびっしょりと濡れた寝巻を脱がそうとする。看病のためとわかっているのに、ドキドキする。

 寝巻の紐をしゅるりと解く。彼の綺麗な肌が露出し、彼の汗の匂いも近くで嗅いでもいないのにわかる程だ。

 ――匂い、嫌いじゃないかも……むしろ――

 私は頭を振る。今は看病だ。やましい考えは捨てなければ。

 そう思い、私は手早く着替えを完了させた。ドキドキはまだ止まっていない。

 

 動悸も収まり、太陽が傾き始めた頃。帰ってきた鈴仙さんは薬草を手に、その他の薬を持って他の部屋に入ったままだ。盥の水を変える時に部屋を通り過ぎたのだが、中からゴリゴリと何かを潰す音が。薬研ですりつぶしをしているのだろう。

 フランさんは、途中まで一緒に看病をしていたのだが、やはり精神的にも子どもなのか、眠さに耐えられず、今は隣の部屋でお昼寝中だ。

 ほんの少しオレンジ色をした光が、部屋を照らす。

 そろそろかなと私は彼の頭に置いてあった濡れた手ぬぐいを取り、盥の水に浸す。水は先ほど換えてきたばかりで冷たい。手ぬぐいを絞り、彼の額に乗せる。――ふと、彼の手が動き、手ぬぐいを掴んだと思うと、そのまま首に乗せてしまった。

 「あらら、だめですよ。ほら、ちゃんとおでこに乗せて」

 聞こえていないだろうけど、私は話しかける。

 「そういえば。頭、お母様に撫でられるのがお好きなんでしたっけ?」

 あの時は私も意識が朦朧としていたが、彼との会話は憶えている。私は出来る限り優しく、彼の頭を撫でた。すると、雪正さんの手が何かを探す様に宙を掴もうとしている。私はそれを握った。

 「ここですよー。ここにいますよ――って、きゃっ」

 強めに引っ張られて、私は体制を崩した。彼の顔が近い。本当に可愛らしい顔をしている。

 掴まれた手は、首元に持っていかれ、そこに触れる。とても熱い。

 「……気持ちいい……あ、りがと……」

 

 その言葉に、その表情に、私の胸は高鳴った。

 

 風邪がぶり返したのか――いや、そうではない。胸が、顔がとても熱い。

 自分の気持ちに素直になろう。

 そこからの行動はほぼ無意識だった。

 私は彼の両頬にそっと手を添えた。彼の熱さより、私の胸はもっと熱かった。

 彼の顔をジッと見つめる。汗で所々光り、綺麗だと錯覚させる。

 右目にある刺し傷。あの時、私は泣いてしまった。けど、この人を寂しがらせない様に彼の目の前で誓ったのだ。

 私も、あの方達が一緒に居てくれなければ、ほぼ一人に等しい。

 今度は私が誰かの近くに居てあげよう。

 そう思うと、身体は自然に動いた。

 

 唇同士が触れ合うのにも、時間は掛からなかった。

 

 「好きです。貴方の事が、誰よりも」

 

 こんな恥ずかしい言葉も、スラスラと言える。

 顔を離すと、彼の笑顔。こんな時にも、私を気遣ってくれる。

 彼の手が私の髪を触れる。貴方になら触れられても気にならない。むしろ、もっと触れて欲しい。

 その手は下がると、そのまま私の手を包み、このまま、優しい顔のまま、眠りに落ちていく彼を眺めていた。

 

*     *     *     *     *

 

 目が覚めると、身体のだるさは抜け落ちていた。頭もスッキリとしており、朝の体調と比べると、雲泥の差だ。喉が少しだけ痛むのと、鼻水は残っているけど。

 「あ、起きましたか?」

 横になっている僕の隣、座っている早苗さんは僕に声を掛けた。

 「さ……なえさん? 来てたんだ」

 風邪は治ったか聞くと、彼女は頷き、

 「はい。すっかり」

 「そっか、よかったよ……と言っても、うつされていたら様にならないね」

 「本当にですね」

 笑い合っている所で、丁度ふすまが開く。

 「ユキ、起きたのね。もう日が暮れるわよ」

 うどんげが、お粥を持って現れた。

 「え、もうそんな時間? すっごい寝ていたんだね、僕」

 開いたふすまから空を見ると、確かに少し暗い。少し空を見ていたがうどんげは自分の身体を部屋に通すと、ふすまを閉めてしまった。

 「食欲、ある? お粥作ってきたんだけど」

 「うん。食べたいな。でもその前にお水もらえる?」

 ずっと寝ていたからか、身体がべとつく。その分汗もかいたのだろうけど。

 「ありますよ、はいお水」

 早苗さんは水の入った硝子コップを差し出す。僕はお礼を言いそれを受け取ると、ゆっくりと喉に流した。身体の中から熱が逃げていくかのよう。とても美味しかった。

 「……はぁ。ありがとう」

 僕は空になった器を早苗さんに差し出す。――が早苗さんは受け取らずに僕を――正確には僕の唇を――見つめて、どこか上の空だ。

 「早苗さん?」

 「――ふぇ! あ、はい。お粗末さまです」

 変な早苗さんだ。と思いつつも、僕は目をこする。窪みの中が少し蒸れているらしい。

 「あ、駄目ですよ、そこを擦ったら」

 右目をこする僕の手首を掴んで止めに入る早苗さん。どこか真剣な眼差しで見つめてくる。

 「ご、ごめん。少し蒸れてるのか痒くって」

 「ならふき取るのが一番です。ほら顔を貸して」

 手ぬぐいを持って僕の顔を掴む彼女。なすがままだ。

 「――っ! 早苗さん、顔、近いっ」

 「もう少しで終わりますから、我慢して下さい」

 はい、おしまい。と顔を離す。早苗さんも少し顔を赤らめている様だ。

 「ユキ! ほら、見つめ合ってないで、おかゆ食べるんでしょ!」

 「た、食べるけど、どうしてそんなに焦ってるのさ」

 「う、うるさい! ほら、早く口あけて」

 土鍋の蓋をあけ、匙でご飯を掬う。湯気が立ち込め、熱そうなのが良くわかる。

 「ね、ねぇ。少し冷まさない? 熱そうなんだけど……」

 「あ、そうよね」

 そう言うと、彼女は自分の口元にお粥を掬った匙を寄せ、息を吹きかけた。ふーふー、と。

 「これで冷めたわよね。はい、あーん」

 その言葉に反応してか、僕は口を開け、お粥を食べる。薄味で美味しい。微かに生姜の味がするのは隠し味だろうか。

 「ねぇ。美味しい?」

 「うん。美味しいよ。生姜好きだし」

 「本当? 良かった、身体冷やしたらダメかなって思って」

 「あのー。質問良いですか?」

 僕らの会話に早苗さんが割り込んでくる。

 「どうしたの?」

 「雪正さんと鈴仙さんの間では、『ふーふー』とか『あーん』とかは普通なんですか?」

 その会話の中でも、うどんげはまたお粥を匙で掬って、ふーふーと冷ましている。

 「まぁ、うん。ほら、僕がここに来たばっかりの時、碌に身体が動かせなくって」

 「話はわかるんですけど、私の目の前でやるのはどうかと――」

 「はい、ユキー。あーん」

 「って、話の途中なんですけどっ!」

 賑やかだなぁ。そう思いつつ、うどんげの作ったお粥を、あーんで食べるのだった。

 その後、フランも起きてきて、とても賑やかになった事は言うまでもない。姦しいとはこの事である。

 

 「雪正さん風邪を引いてしまったんですね……昨日の件に対する取材をと来たんですが……取材はまた今度ですね。まぁ、記事にはしますがね」

 永遠亭の外で何かが飛び立つ音など、僕の耳には聞こえなかった。

 




 16話です。早苗さん可愛いよ早苗さん。うどんげも、早苗さんの猛攻に負けてないですね。二人とも頑張れ。
 
 私事ですが、旅行に行ってました。投稿が遅くなったのも多分その所為。いやはや申し訳ないです。その分、色々と落ち着きましたがね。

 なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。
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