日も落ち、辺りは申し訳なさ程度の明かりがちらほらとつき始めた頃、鳥居の前に二人の人影があった。影は大小ひとつずつ。大柄は肩、腰に色んな形の壺や瓶をぶら下げた風貌。小柄は頭に人間らしからぬ耳を生やし、尾てい部分にはなにやら、フサフサとした長い毛の集まり。小柄が口を開いた。
「準備の方は?」
「出来ている。いつでも撒き散らせる」
「流石だな、おぬしの僕は。私にも欲しいくらいだ」
「やってもいいが、毒は毒だ。気が狂うぞ」
「やめておこう。私も長生きしたいのでね」
「ならばこのような仕事はすぐさま辞めることだ」
「ふっ、言えている。巫女の方は」
「今は滝行中だ。術前の蟲であったが、蟲毒に触れても気が狂わんとは、流石は巫女」
「捨て置け、巫女の方は私がする」
「そうだったな。では始めよう」
「ああ。壺を」
小柄がそう言うと大柄は腰に携えた壺を掴み、縄を引きちぎったかと思えば、空に向かって力いっぱい投げ飛ばした。
「さぁ、思う存分狂ってくれ。そうしたら仕事も捗る」
小柄は四足歩行の動物の様に走り、跳躍した。鳥居の上で声高らかに鳴く。その鳴き声が宙を飛んでいる壺に共鳴し、有ろうことか、砕けた。その中から、黒い煙の様なものが空に舞い、神社内を覆う。
この声はまさに、獲物を狩る狼の鳴き声であった。
* * * * *
あのやり取りから夕食を終え、日課の滝行をしていた。チカラを安定して使う為には修行が絶対である。これも母様の受け売りだけど。
「――はぁっ……――」
季節は秋。水が冷たくなってくる時期。そろそろ辛くなってくる。でも、もっとチカラを使えるようにならないと。まだまだチカラに使われているのだから。
僕のチカラは『未来が見える』。といってもそのチカラを十分に使える訳じゃない。そのことについて考え込んだり――父様は『考察』と言った――、眠っている時に夢のように見る『予知夢』の時でないと使えないのだ。
父様が言うには「考え込まずに使えれば言う事無しだな」と言っていた。「そうだ、白帆が次いつ、あの日が来るか見てくれ。その間は家に居る時間を減ら――って白帆! いや、これはー……いてててっ! わる、わるかった! すいませんでした!」とも言っていた。あの日というのが何かはわからなかったけど。
そんなこと言われても、すぐになんて出来ないんだよ。
ぶすっとした顔で滝に打たれていても意味がない。集中集中っと。
考え込まずに、かぁ。考えるのなら出来るのに。こんな風に……
と、僕は自分の未来を『考察』した。
――が、考えても、浮かんでくる光景は真っ暗。なにも見えない。
僕は初めての事に戸惑い恐怖した。まさか、いきなりチカラが使えなくなったり?
これは、帰って父様に尋ねよう。と滝から出た瞬間。
――――ズガァン!!
……え?
音にビックリし、後ろを振り向くと『さっきまで僕が居た所に』大きい岩がヒビ入り鎮座していた。
「ちっ、運の良い奴め」
声が聞こえたのは近くの木の上。そこには、人の形をしているが、人間ではないと確証持って言える。
「――ろ、狼種……妖怪……!」
「ん? 知っているのか。流石は巫女。だが知っていてもなにも出来まい」
消えかけの様な僕の呟きをはっきりと認識した。滝が流れているこの場所で。
「お前自身には恨みは無いが、鈴宮の血筋を絶やすため、死んでもらう」
狼種の声の瞬間。僕の目の前から、その姿が消えた。
「――」
そして声すら出せずに、飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「――ぎっ! ごぼぉ……」
衝撃、痛みに耐えきれず、胃液が逆流し、垂れ流すように吐きだした。
「こんなもんなのか、あっけない。霊気はあるが、やはり女は駄目だ。……だが、あの女は強かった。あやつも鈴宮の血筋。必ずこのどこかに居るはずだ」
ぶつくさと呟きながら、先ほどの衝撃で立てない僕に近づいてくる。僕、殺されるのかな……
「まぁ、こやつを殺してから、ゆっくりと探すか」
ではな、と言って腕を振り上げる。月に反射して鋭利な爪が綺麗に光っている。
母様、いつも心配させてごめんなさい。父様、最後に煮物が食べられて良かっ――
「マサあああああああああああああああ!!!」
突然の声に、僕も狼種も驚く。そしてその声の人物がわかった途端、僕は泣きそうになった。
「っと、父様ぁ……」
「逃げろぉぉぉおおおおおおお!!」
だが、狼種はにやりと笑っていた。
「……この声。この霊気。忘れるか。忘れてなるものか。この日を待ち望んでいた! 私を狼の王から降ろさせた理由を作った貴様を殺す日を! さぁアキよ! この私とやり――って男ぉぉぉぉおおお!!?」
そして、狼種は振り向くと同時にまたビックリしていた。そういえば、父様は子どもの頃、秋鷹ではなく秋と呼ばれていたと母様に教えられた事を思い出した。
* * * * *
「はぁ……はぁ――痛っ、」
殴られた時の腹部が痛みながらも、なんとか滝から逃げてきた。
父様は、あの狼種との戦いを強いられている。「こいつを倒したら後から追いかける」と言っていたものの、心配な事には変わりない。
僕は息を整える為に、近くの家の壁にもたれかかった。
濡れた水衣がやけに冷たく感じ、変に気分を落ち着かせてくれた。
そう言えば、母様は? 他のみんなは?
そう思った僕は、目を瞑って、『考察』してみた。
先程は出来なかったが、今は……よし映ってきた。
思い描くは母様の未来。母様は……誰かと向かい合っている。手には、薙刀だ。場所は、僕のいる、すぐ近く。
母様の前に居る人……この人は……庭師さん?
何で母様と庭師さんが? そうだ、庭師さんを視よう。
一度息を整えてから、もう一度『考察』した。
思い描くは庭師の未来。でっかいハサミを持ってうろうろしてる。このハサミ、植木用の? あれ、庭師さんさっきからなんか言ってる。……誰かを見つけた。あれは、僕だ! でも、僕は座って目を瞑ってる。――僕の目の前に立って、えっ、どうしてそのハサミを僕に向けるの? ここにいちゃ危ない! 早く離れないと!
そう思って目を開いた。目の前いっぱいに『ハサミがあった』
「う、うわああああああぎゃあああああああああああああ」
刺さった! 僕の、僕の目に! 刃が! ハサミが!
「痛い!! 庭師さん痛いぃ! 外して!! 取ってぇ!!」
「……カカッ! カァッ!!」
「ああああああぁぁぁあああああああああああっっ」
思いっきりハサミを引き抜き、僕は痛み悶えた。
右目が、熱い、あれ、ハサミの先。あれ。僕の。僕の右目!!
「うああああああああああああああああああ!!」
「雪正! ――――雪正ああ!!」
痛みでどうにかなりそう。痛い。いたいいたいいたい。
誰かが僕を抱きしめてくれた。この匂い。
「母様! 目が! 僕の目がっ!」
「ああ! なんてこと……」
母様はギュッと抱きしめる力を強くし、庭師を睨んだ。
「元さん! どうしてこんな事を!」
「カッ? ――カカッ! カカカッ」
片目に映る庭師の目は、生気が感じられなく、黒くくすんでいた。
「元さ――、意識を乗っ取られているのね!」
母様は、逃げなさいと言うと僕から手を離し、庭師と対峙した。
――ここだ。僕が見たのはこの景色だ。どうしたら、僕は。僕は!
「逃げなさい!」
叫ばれた言葉にハッとする。
「でも、母様は!」
「貴方は巫女です! そのチカラは万人を救うでしょう! そんな貴方を此処で死なせるわけにはいきません!」
薙刀でハサミを防ぎながら叫ぶ。それでも僕は踏ん切りがつかない。
「お逃げなさい! 早く! 彼は貴方を狙っています!」
「う、ああああああああぁぁぁ」
僕は逃げた、走って走って、どこをどう走ったのかわからないくらいに走って逃げた。
2回目です。まだ序章です。
前回では『4回に区切って――』と言っていましたが、3回になりそうです。区切りが悪かったのですよ。
つまり、序章も次で終わり。これから、東方キャラをどんどん使っていきたいので、これでやっと東方タグを使ってる意味が出来ます。
軽い説明。
雪正の能力は『未来を見る』(程度の能力とついていないのは、まだ序章だからです)こと。この能力は数段階に分けられるようです。