「お姉様の場所? 知らないよ。それより私と遊ぼうよぉ」
という、またも素晴らしい言葉を戴いた後、仕方がないので図書館の中から探す事にした。
あの後、「面白そうだ、少し話さないか」と魔理沙さんに提案され、談話しながら、散策を開始。
魔理沙さんは、堅苦しいのは嫌いだと『霧雨さん』と呼んでいたのを『魔理沙さん』に直し、敬語も崩せと言われた。さん付けは割愛してもらう。
談話と言っても基本は魔理沙さんからの質問攻め。僕が外の世界の人間だって事や、なぜ紅魔館にいるのかという話とか。
「とりあえず、お前という人となりがわかった気がするぜ」
「それはよかったよ」
色んな話をしたが、右目についての話は出る事は無かった。彼女なりの優しさなのだろうか。そういった優しい一面も見られたからか、彼女への悪印象も、ほぼ消えてしまった。
ちなみに、フランはというと、早苗さんが居ない事を良い事に、さっきから背中に貼りつきっぱなしだ。だが、彼女の温もりは感じるが重みは感じられない。羽の動きを見て、どうやらほんの少し浮遊しているらしい。器用な事をするなぁ。
僕等の話し声を聞いてか、途中、小悪魔さんという方に出会った。彼女はこの図書館で本の整理を任されているらしい。
そして、ここにはパチュリーさんという、レミリアさんの友達もいるらしいので、その方にも会いに行く。多分レミリアさんの居場所も知っているだろうし。
本棚という名前の壁を何度も通り、3人で歩く。
いきなり、背中に抱きついているフランが、スンスンと鼻を動かす。
「クッキーの匂い!」
言われてから気付く。確かに埃っぽい匂いの中に、微かだが甘い香りがする。
「あっちからだよ!」
と、強引に歩く方向を修正され、その匂いのする方へ足を向かされた。
「お前は犬か」
軽口を叩きながらもついてくる魔理沙さん。確かにこの嗅覚は凄い。
背中を押されて――軽い浮遊感とも言える――か、歩調が早い。数秒としない内に、少し開けた所に出た。
開けた場所に大きめな机が一つ。と言っても、本がこれでもかと山積みになっていて、机という物を活かし切れていない。
そこには、一人。いや二人だ。積まれた本に隠れているが、若干だが頭らしきものが見える。
「雪正さん。こちらにいらっしゃいましたか」
「十六夜さん」
背筋を綺麗に伸ばし、白い西洋急須を持っている女性は、「なぜ」と言った目で僕らを見ている。それもそうだ。僕とフランはまだしも、魔理沙さんは紅魔館に招待されていない、よくわからない組み合わせなのだから。
「よっす。お邪魔してる」
「全くね」
呆れた口調でため息をつく十六夜さん。口調も思いっきし崩れている。
「あら。貴方ね。レミィのお客とやらは」
知らない声が聞こえた。机の奥を見ようにも、本が邪魔で見る事が出来ない。
背伸びをしても変わらずだ。
「魔理沙。貴方が持っていった調合の本。必要だから返しなさい」
「あぁ、ありゃあ今私の家だ。次来た時に返すよ」
「そう言って返してもらった事、無いのだけれど」
はぁ、と息をつく音。その後、ようやく彼女は姿を晒す。
「はじめまして、ね。パチュリー・ノーレッジよ。パチュリーでいいわ」
淡い紫色の服を基調とした、なんとも言えないフワフワとした服装。縦縞の中着は足首まであり、雰囲気だが着物と似た感覚がある。髪色は深い紫。この子は紫が主体だ。紫はうどんげを彷彿とさせる。
だが、件のうどんげの様に、眼はパッチリと開いている訳ではなく、瞼は落ちどこか無力感を感じてしまう。彼女を一言で言い表すなら、眠そう、である。
そんな、第一印象を飲み込み、僕も名を名乗る。
「知っているわ。レミィから聞いた」
そう言うと、何かを思い出したのか、彼女は背を向け、机の中を漁る。
「そうよ。数刻前、レミィが貴方に、と言っていた物があるの」
「僕に……ですか?」
驚きを隠せない僕の前で「そう……なのよ。でもあれ、どこいっちゃったかしら……待って、今……探してるから」とゴソゴソ。
あれ、僕これさっきも似た光景を見た気がするな。
「あったわ。これよ」
と、差し出されたのは黒い眼帯。
「眼帯……ですか」
「そう。といっても只の眼帯じゃないわ」
パチュリーさんは、その眼帯を僕に手渡すと、机に戻る。
じっくり眼帯を眺めてみる。黒い、革製の眼帯だ。と思っていたが、裏――瞼に触れる面だ――を見ると、円の中に文字が並べて書かれている。
「それは魔法陣よ。霊力のね。その眼帯をつける事によって、貴方の未来を視る能力を強める事が出来るわ」
「ぅえ! そんな凄い物を僕に?」
「そこまで凄い物でもないわよ。力を増幅するっていう物は」
「私の八卦炉みたいなもんだしな」
と言って魔理沙さんは肩掛け鞄から八角形の箱の様なものを出して見せてくれる。
「私も魔法を使うんだけど、火力のデカいもんはこれを使うんだ」
「なるほど」
この世界ではそういったものはそこまで珍しくはないという事はわかった。だが、どうしてこんな贈り物をしてくれるのかが、わからない。
「それは、そこまでの理由が貴方にはあるからよ」
皆して僕の心を読まないで欲しい。
その声に振り返ると、そこには僕がずっと探していた人が、さもさっきから居ましたよという雰囲気のまま後ろに立っていた。
「雪正。着けてごらんなさい」
「は、はい」
言われるがまま、僕はその眼帯を右目に着けてみる。ピッタリだ。
「大きさや長さはどう? 丁度良いかしら?」
「はい。ピッタリです、ありがとうございます」
僕の言葉に、彼女は微笑んで、
「そう。良かったわ」
と。
ふわりと笑う彼女の顔を初めて見た。氷が解けたかのような、柔らかい笑みで。
普段は笑わない人が、いざ笑うと、とても印象が深かったりする。多分それだ。だから僕は彼女の微笑みに見とれてしまったのだろう。
「……むぅ」
「いててて」
いきなり右の頬に鋭い痛み。そっちは見えないんだ。痛みの個所に右手で触れようとする。が、先に誰かの腕と接触する。
フランだ。近くに人が居ないと思っていたが、そういえば、ずっと抱きつかれたままだった。重みがないから忘れていた。
「いひゃいよ。どうひひゃの、フラン」
「なんでもないもーんだ」
その台詞と共に、抓っていた手を放し、そっぽを向いてしまう。
「なんなんだよ、もう」
彼女の意外な行動に、あっけらかんとしていたが、
「さて。プレゼントも済んだ事だし、咲夜。夕食にして頂戴」
* * * * *
「今日は生きの良い銀鱈が手に入りましたので、メインは鱈のムニエルです」
「あら、美味しそうね。こっちのスープは南瓜?」
「はい。南瓜の冷製スープです」
巡り巡って結局食堂。僕が彼女を探したこと事態、時間の無駄の様に思える。
机をはさみ、目の前にはレミリアさん。十六夜さんは料理を説明している。
日は傾き、もう夕方。といっても未だに雨は降っているので夕日は拝めていないが。
魔理沙さんは「私はもうちょっと探し物をするよ」と書架で別れ、入れ違いに、早苗さんと合流。
「お二方にも『頑張ってこい』と太鼓判を頂きました」
とのこと。何の太鼓判だろうか。
だが、早苗さんは食事を摂って来たらしく、食堂には着いて来てはくれなかった。
フランはというと、クッキーの食べ過ぎでお腹が減っていないらしい。まさに子供だ。
という事があり、部屋には3人しかいないこんな状況。僕自身お腹は減っている。が、ここで大変な事が露見する。
「あら、雪正。どうしたの? 食べないのかしら」
「い、いえ。食べますよ。僕お腹空いてお腹空いて……」
あはは、と乾いた笑いが。レミリアさんも十六夜さんも怪訝な顔。
てーぶるの上には、綺麗に盛りつけられた料理と一緒に、銀色の匙。これはまだいい。
匙の横に視線をずらす。問題はこっちだ。銀のへらの様なものと4つの先の尖ったなにか。
何を隠そう。匙以外の使い方がわからないのだ。
こういう場面では礼儀や作法はとても重要だろう。が、西洋文化を全く知らない僕にとっては、礼儀は何とかわかっても、作法が全くわからない。さて、どうするかどうするかと悩んでいた所に、
「雪正。食べないの? せっかくの料理が冷めてしまうわ」
「冷めないうちに召し上がってください」
「あ。う。た、食べますよ!」
ここまで言われたら仕方ない。わかる所から食べていこう。と、とりあえず使い方のわかる匙を持ち、スープを掬って口をつける。
「それ、冷製スープよ」
「――」
口をつけてから思い出す。そういえばそう言っていた。
「そうだわ。フランにも夕食を食べさせないと。咲夜。呼んできて」
「かしこまりました」
背筋を綺麗に伸ばし、一切の無駄な動きをしないまま、十六夜さんは食堂から出ていった。
食堂に残されたのは、僕とレミリアさんの二人だけ。
「さて、雪正。料理を作った本人は席を外したわ。料理に対して、何か不満があるのかしら?」
あらぬ誤解を受けてしまったらしい。
「あ、いや違うんです。不満とかはなくって」
「じゃあ、なに? 何か食文化の違いかしら」
「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えますし……」
食べ物の文化の違いでは無くて、食べ方の文化の違いというのだろうか。
「はっきりしないわね」
口調からして、イラッとしているのが見てとれる。非常に申し訳ない。この際だから思いっきり言ってしまおう。
「使い方が……わかんないです……」
「――は?」
変な顔をされている。「何言ってんだこいつ」みたいな顔を目の前の少女はしている。
「使い方って、これ?」
彼女の両手には『ヘラ』と『四つ先』が握られている。
「まさにそれです」
「本気で言ってるの?」
「本気です。生まれてこの方、箸と匙だけで食べてきました」
そして沈黙。もつかの間、レミリアさんは俯き肩を震わせる。静かな分、この耳は些細な音も拾う。押し殺したような笑い声だ。
「ちょ、笑うってひどくないですか!?」
「ごめんなさい、魔理沙や、早苗は普通に使っていたから、貴方も使えるもんだと思って……まさかナイフもフォークも使えないなんて――っぷ!」
先程の、柔らかい微笑みは何処に行ったのだろう。声を出して笑っている姿を見て、彼女に対しての堅苦しさは薄れていた。
でも、目に涙を貯めて笑うほどに笑われるとは思わなかったよ。
それから数秒。ひとしきり笑われた所で、
「でも、私も箸の使い方を教えてもらった時は、確かに苦労したわ。仕方ないわね。私が教えてあげるわ」
と、いきなり立ち上がり、料理をずらし始める。そして、僕の隣の席に移動する。
「いいかしら。まず右手にナイフ、左手にフォークよ。持ち方は――」
そうして、作法の練習は始まった。
22話。ずっと思ってたんですよ。「……あ、雪正眼帯してない」って。傷跡晒しながらずっと闊歩していたんですね。勇気あるというかなんというか……すんません。
ナイフとフォークって、知らない人が見たらどんなふうに見えるんでしょうね。とりあえず表現してみたんですが、どうにも不完全燃焼。
なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。