それから数分。『ふぉーく』と『ないふ』の使い方を教えてもらっているが、
「ほらまた。音は立てないで切るのよ」
教えてもらっている側なので、文句は言えないが、
「その大きさだと、大口を開ける事になるわ。もっと小さく切りなさい」
でもやっぱり思う。
「水滴がポタポタと落ちてるわ。溢さない様に」
「うっ……こうですか」
「そう。合ってる――ってまた音!」
厳し過ぎやしませんかね。
「難しくないですか、これ」
「箸が使えるんだから、どって事ないわ」
彼女からすると、箸の方が使いづらいのだろう。
練習すれどもすれども、彼女からの『よし』の合図は無い。
「仕方ないわね。いい? 雪正」
と、隣の席に座っていたレミリアさんが立ちあがる。
僕の左斜め後ろに立ち、おもむろに
「ナイフはこのぐらいの力で持って……」
僕の右手を包み込むように触れる。
「そして、こうやって優しく切るの。カチャカチャ音が鳴るのは、力を入れ過ぎている証拠よ」
彼女は僕の手を包みながら『ないふ』で魚を切っていく。が、顔も近いし髪が揺れていい匂いもする。
「左手のフォークは差しこむ時に力を入れるだけ。粗悪なナイフじゃなければ、後はナイフが綺麗に切ってくれるから、フォークは押さえつけなくて良いの……って聞いてるかしら?」
「――えっ、はい、もちろん!」
聞いてはいる。が、どうにも顔が近い。僕は彼女の顔を直視できず、ただただ料理を眺めていると、
「ユキぃ! 私もご飯食べに来たよぉ!」
バンッと豪快に扉が開いた。
「……って、何やってるの?」
ないふとふぉーくの使い方を教えていたレミリアさんは、すっと僕の両手を離し、
「雪正が、ナイフとフォークの使い方がわからないっていうから、教えていたのよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ私もユキの隣にする! 咲夜」
「かしこまりました」
フランは空いている方の隣の席に腰かけると、十六夜さんはテキパキと料理を運び始めた。
「ねぇユキ」
「な、なにかな」
「どうして、そんなに顔が赤いの?」
「えっ」
確かにレミリアさんとの顔が近くに接近してしまったという事態もあり、意識してしまったのかもしれない。でも、フランに指摘されるほどに赤くなっていたとは思わなかった。
ちらっとレミリアさんを見てしまう。綺麗な手だな……何考えてるんだ僕は。
「な、なんでかな。あはは……」
「――むー……」
何とか食事を終えた僕は、逃げるように自室に戻るのだった。
* * * * *
腹もこなれた時の事だった。
「雪正さん。入浴の準備が整いました」
自室で、早苗さんと談話を楽しんでいたら、十六夜さんが僕の部屋にやってきた。
後ろを向くと、早苗さんは「いってらっしゃい」という合図をしているのでありがたく行く事に。
十六夜さんに連れられ着いていくと、そこは広い脱衣所。「ごゆっくりどうぞ」とか言って十六夜さんは、手ぬぐい等を僕に手渡し行ってしまった。彼女も忙しいのだろう。
とりあえず、手近にあった竹籠に手渡された手ぬぐい達を入れて、辺りを見回す。大きい鏡に白い綺麗な石造りの流し台。その後、浴場への横開きの曇りガラスの扉を開ける。
「うわ、広い」
大きい浴槽に、大きい窓。僕はそれを見た途端にどこかワクワクして、扉を閉めた。
急いで籠に戻り、巫女服を脱ぐ。眼帯も外し元結に手を掛ける。チリンという音と共に解け、それも籠に入れる。
すっぽんぽんになったら、一目散に大浴場へ。
手桶を使い掛け湯をしたら、そのまま湯船に入った。
「ふぃー……」
思わず声が出てしまう程に気持ちいい。窓から見える星空も最高だ。
そういえば、いつの間にか雨がやんでいたんだな。
湯船から出、頭と身体を洗うと、少し身体が冷えてしまった。またお風呂の中に入り、身体を温め直す。
ふと、湯船に浮く自分の髪が左の目に入ってくる。プカプカと浮かんだそれに触れる。
髪留め解くと、長くなったってわかるね。こりゃ、肩甲骨位あるかも。
幻想郷に来てもうそろそろ1カ月。そりゃあ髪の毛だって伸びる。
髪の毛で思い出した。うどんげは大丈夫かな。髪の毛切ってくれるって約束憶えてるかな。永遠亭に帰ったら切ってもらおうっと。
髪をいじいじしてた時だった。
「雪正。湯加減はどうかしら」
その声は、と振り返ると、扉越しのレミリアさん。ちょっとビックリしたのは秘密。
丁度いいです、と僕が返答をすると、「そう」と答えた後、扉が開き、
「じゃあ、私も入ろうかしら」
「ふぁっ!!?」
目の前におわすは、一糸纏わぬ姿の『お嬢様』。そんな凄い人が、何をどうなったら、一緒にお風呂に入るという選択になるのだろうか。僕は慌てて壁側に向く。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「どーしたもこーしたも……」
ヒタヒタと裸足で床を踏む音。
カランと手桶を掴む音。
バシャとお湯を掛ける音。
そして、チャプンと、湯船に入る音。
全部が全部、浴室に響いて僕の耳に鮮明に入ってくる。
「ふぅ。気持ちいいわね」
息をつく声も、今はどこか扇情的に聞こえる。
「きゅ、吸血鬼って、水が苦手じゃないんでしたっけっ」
「確かに苦手だけれど、それは、雨や滝のような流れる……と言ったら良いかしら。そういうのが苦手なの。お風呂は慣れたわ。だって、嫌いだからって入らなかったら不潔じゃない」
「そ、そうですよね」
確かにそうですね、考え足らずでごめんなさい。そんな考えが頭の中でグルグル。
思考が上手く働いていない所で、なにやら背中に視線を感じる。
「な、なんでしょう」
その視線に我慢できずに返答を求める。
「貴方、綺麗な髪をしているわね」
「えっ!?」
「ちょっと、触っても良いかしら」
いきなり、お湯の波紋が激しくなる。
緊張して身体が動かない。近づかないで欲しい。どうして良いかわからなくなる。
彼女の手が、髪に触れる。その瞬間、身体がピクリと動き声を漏らしてしまう。
「――んっ」
「可愛い声ね」
「……嬉しくないです」
昔なら演技で喜んでいただろうが、僕は男です。
「この耳も、可愛らしいわ」
瞬間。異様なこそばゆさを感じる。そういえば耳を触られるのは初めてだ。
「――あのっ、そこはぁ……っす、くすぐったぃです……」
背中に感じる僅かながらの女性の膨らみと、それと比べるとほんの少しだけ固い突起。彼女が、髪に触れる度、耳で遊ぶ度、コリコリと僕の背中で
「――も、もうダメ!」
ザバッっと思いっきり立ちあがる。恥ずかしさで限界だ。
「きゃっ」
と、体制を崩し、尻もちをついた状態のレミリアさん。今が好機だ。
そのまま脱衣所まで走り、軽く肌着だけ着たら、荷物だけ持って一目散に逃げた。
このままいったら恥ずかしさでどうにかなってしまう所だった。
レミリアside * * * *
「――も、もうダメ!」
いきなり彼が立ちあがるものだから、水飛沫が顔にかかり驚いてしまう。だから、こういう予期しない水が苦手なの。
顔にかかった飛沫を拭う。言葉を掛けようと前を向くと、ドアは勢い良く閉まった所だった。
「あら。逃げられちゃったわ」
舌に乗せた言葉は、口にしてしまうと本当に残念に思ってしまう。だがまだ良い。まだチャンスは沢山あるのだ。
どうにかして振り向かせよう。そうすれば――
「ねぇ、さっきユキが凄い格好で顔真っ赤にして廊下を走っていたんだけれど、お姉様何かした?」
長考に浸っていると、聞き慣れた妹の声。
「少し悪戯したのよ。ふふっ、可愛かったわ」
「……ふーん」
私は、この時はまだ、後の騒動が起こる事を知らなかった。
23話です。お風呂回。R-15指定してて良かった。そう思った回でした。自分の小説でのレミリアお嬢様はどうにもカリスマブレイクしなさそうなくらいにカッコいいんですが。
余談なんですけど、『浴場』って打とうとしたら『欲情』って出るし、もうこのPCなんなの。流石わたしのPC。
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