「もう、本当に大変だったんだからね!」
自室に戻った僕は、男にしては長い髪を櫛で梳いている。
「そうですかぁ、大変だったんでしょうねぇ……その手があったか、あの吸血鬼」
「え、何か言った?」
「いえ、なんでも」
耳辺りの髪を梳いていた為、どうにも今の台詞は聞き取りづらかった。
走って帰ってきた僕は、そのまま流れる様に思いっきり扉を開ける。
いきなり開いた扉にビックリしたのか、早苗さんはこちらを向いて、眼をパチクリ。
「きゃっ。って雪正さん? あれ、湯浴みは終わったんです?」
ポタポタと髪からしたたる滴も無視して、思いっきり早苗さんに抱きついた。
「――ぅ、ぅあぁぁああんっ。ざなえざぁん……」
「えっ、えっ?」
恥ずかしかったのと、怖かったのと、そんな気持ちがグルグルと回りまわって、頭が爆発しそうになって、そんな気持ちを抑えて欲しかった感じがして、
「え、何がどうなって……とりあえず役得?」
それがほんの数十分前。
「あ、後ろ髪でしたら、梳いてあげますよ」
耳部分の髪を梳くのには少し我慢がいる。くすぐったいのだ。なので先程も申し出があったがそう言って断ったのだ。でもそれは耳辺りの髪の話。
「あ、うん。じゃあお願いします」
「はい。お願いされます」
どこかウキウキ気分な早苗さん。何が楽しいのかわかんないけど、まぁ憂鬱な気分で、やられるよりはマシかな。
「結ってある髪を解いたら、こんなに長いんですね」
「あ、それ僕もさっき思ったの。そろそろ切らないとなって思って」
やっぱり、早苗さんと話してるのがここでは一番落ち着くな。
此処の人達とはどうも落ち着かないや。まだ会って1日もしてない人達だしそれはそうなんだけれども。
それでも、今一番癒されてるのはこの時間かもしれない。癒しの場と称される、お風呂でもあんな事があり、全く癒されなかったし。
それにしても、早苗さん、髪梳かすの上手だな。全然痛くない。やっぱり髪が長い人は上手だね。
気持ちいいなと身を任せていたら、瞼が重たくなってきた。うつらうつらとする僕に対して、
「あれ、もうおねむですか?」
「いや子供じゃないんだからその言い方やめてよ」
「ふふっ。ごめんなさい」
と、言ってもどうしても眠い。
「お休みになられたらどうです? 今日一日だけでも疲れたでしょう?」
言われてみたらそうだ。今日は昼からずっと動きっぱなしだし、体力的にも精神的にも、全く身体を動かさない僕にとってはもう極限状態。眠くなるのも仕方ないかな。
自分でもその言葉に納得すると、欠伸を抑えられない。
「~~ぁ……うん。もう今日は寝ようかな」
髪を梳いていた彼女にお礼を言い、僕はべっどに向かう。掛け布団をめくり、中に入ると、心地良い眠気が僕を襲ってくる。
「おやすみ早苗さん……」
「はい。お休みなさい」
目を瞑る。もう後数秒したら眠れるだろ……う、と思っていたが、おかしい。なんかおかしい。
足音が全くしない。扉を開ける音も閉める音もしない。というか、目の前の気配が消えない。
ゆっくりと目を開ける。案の定彼女と眼が合う。
「あの。早苗さん?」
「どうしました? 明日に響きますよ?」
何食わぬ顔で、普通に返答する彼女。
「うん、そうなんだけど、そうなんだけどさ」
「あ、明かり消します? 私、もうちょっと起きてようかと思っていたんですけど」
なんで早苗さんが起きてるから明かりを消さない理由になるんだろうか。
「いや、それもそうだけど……僕、寝るんだよ?」
「はい、どうぞお休みください」
「いやいや違くて。自分の部屋に戻らないの?」
「私、部屋をあてがわれてないですよ」
「……はい?」
* * * * *
狭い。一言で表すならそれだ。
二言で言い表すなら、べっどが狭い。
三言で表していいなら、早苗さんがいてべっどが狭い。
「ふふふ。雪正さぁん……」
要するに、同じべっどで寝てるって事だ。しかも僕に抱きつく始末で。彼女には申し訳ないが、背中を向いて寝に入ろうとしている。
「僕に安息ってないんだね」
「え、何か言いました?」
「いや、なにも」
今日は僕の部屋に泊まってもらうとして、明日は十六夜さんに頼んで早苗さんの泊まる部屋を用意してもらおう。
「こうやって毎日眠れるんなら幸せなんですけどねぇ」
勘弁してほしい。緊張して眠れないよ。それ僕が睡眠不足になっちゃう奴だよ。
先程から、僕を抱きしめて寝ているから彼女の双丘が背中に押し当てられる。
しかも、両者肌着なので感覚もいつもより敏感だ。
こんなに接近した状態で眠るのは初めて……いや、フランが最初だ。でもフランはこう、子供っぽいので、勘定に入らない。何か違う感じがある。
とりあえず目を閉じる。このまま眠れるのだろうか。正直不安だ。
だが、それは杞憂でしかなかった。
「やっぱり疲れてたんですね。ゆっくり休んでくださいね」
温かい背中と布団に包まれながら、ただ眠りについた僕だった。
早苗side * * * *
毎日朝早くに、お二方のご飯の準備をする私は、当然ながら起きるのが早い。
今回も例に漏れる事無く早く起きた私は、眠気眼に自分以外の寝息を聞く。
(あぁ、そうだ。昨日は雪正さんと一緒に寝たんだ)
それでも、私は瞼を開けられない。そりゃ、眠い物は眠いのだ。すぐには開けられない。
流石の私でも起きた瞬間は反応も鈍い。彼に抱きつきながら寝たはずで、その彼は私に背を向けて寝たはずだ。
すると、私は彼を抱きしめた状態で起きるはずだ。いや違う。合っているのだ。
確かに彼を抱きしめている。それは私の触覚が物語っている。だが、その触覚はこうも言っている。
『彼にも抱きつかれている』と。
そう頭が理解した瞬間、眠いと言っていた頭がいきなりヒートしそうになる。
どうしよう。どうしよう。何がどうなってこうなったのだろう。
沸騰した頭を落ち着かせようと、視覚の情報を取り入れようと、恐る恐る目を開ける。
だがそれも失敗に終わる。
「――あわっ」
目の前に彼の顔がドアップだ。もう間近である。この距離はキスも容易だ。
いや、それなら一回は唇にキスしたんだから、こんなに緊張する事もないだろう。でもあれは意識的に。こっちはいきなりだ。するなと言われた方が難しい。
「あわわ、あのゆきましゃしゃん!?」
駄目だ、どうしても声が裏返る。一度落ち着いて深呼吸をした方がいい。
呼吸を整えて、再チャレンジ。
「あの、雪正さん」
「……んぅー」
寝ぼけた声も可愛い……じゃなくて、
「あの、朝ですよ。起きて下さい」
「んぅ……ぃや」
締め付ける力を強める。と言っても、彼にはあまり力がないから痛いほどではないが、少し苦しい。が、これは嬉しい苦しさだ。
「嫌、じゃなくてですね……朝ですよ」
「違う……朝じゃない……」
「いや、朝ですって」
こんなに日が差してるのだから、朝じゃない訳がない。それにしても起きない。こんなに朝が弱い人だったのは意外である。
「いいから、起きて下さいって」
ゆさゆさと身体を揺する。が、それは彼の機嫌を損ねてしまった様で、
「んぅー……んぅ~~~」
「――あ、やっ、ちょっと、雪正さんっ」
グリグリグリグリと胸元に頭を押しつけてイヤイヤと。その所為で肌着ははだけ、谷間が露出する。
「もう、お願いだから起きて――」
――コンコンッ
ノックの音で思考が真っ白になる。
「失礼します。雪正さん、お嬢様がお呼びでっ――」
パッチリと目が合う。
「あ、や、さ、咲夜さん、違うんですこれはっ――」
「早苗……私も人のこと言えないけど、ショタコンは無いと思うわ」
「雪正さんは十五歳です!!!!!!」
とんだ勘違いですよ、ホントにもう。早く起きない雪正さんのバカ。
24話です。「夜に早苗さんと一緒の布団でまたイチャイチャか? ぐへへ」と思っていた人。そのまま寝た雪正に「なんもねぇのかよ」と突っ込んだんじゃありませんか? 残念。ちゃんとあります。期待を裏切りはしません(ドヤァ
この頃レミリアばかりにスポットを当てていたので早苗回。私は早苗推しです。推しです。大事な事だからもう一回言います。早苗推しです。まぁ、だからと言って、早苗だけを小説でヒイキさせたりはしません。
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