二日目。
朝食は僕、早苗さん、スカーレット姉妹の4人で摂る。
「ねぇ、ユキ! 今日は私と一緒に遊ぼう!」
「駄目よフラン。雪正は私とする事があるの。そこの巫女と遊んでなさい」
「ぶぅ……」
三日目。
「ねぇユキ。本のお片付けが終わったら遊んでくれる?」
「雪正。それが終わったら、夕食の手伝いをなさい」
「……だってさ。ごめんねフラン」
「――うん」
四日目。
「雪正、花の水やりを手伝ってくれないかしら」
「あ、はい。わかりました」
「……ちぇっ」
五日目。
「では、お休みなさい雪正さん」
「うん。お休み早苗さん」
早苗さんとのおしゃべりも終わり、自分の部屋に戻る僕。
そんなこんなでもう明日には約束の日。5日も働きっぱなしでちょっと疲れた。でも、こんなに仕事をしたのは初めてだ。疲労感はあるけれど、その分充実感もあって楽しかった。
そう充実感なのだ。
生まれてこの方、来る日も来る日も参拝客の話を聞き、そして未来を視て答える。そんな毎日だった。座ってばかりで、話してばかりで、視てばかりで。
充実感という物を感じたかった。それが今回叶ったのだ。
明日の決断。僕の心の中では決まっている。
ここで働こうかと。
うどんげや早苗さんには悪いけど、ちゃんとした仕事に就かないと生きていけない。
今生の別れって訳じゃないし、会おうと思えば会えるしね。
さぁ、明日はその旨をレミリアさんに伝えて……あ、もう「お嬢様」って言わなきゃダメなのかな。いや、ちょっと気が早いね。
クスッと笑ってしまった所で、気が抜けたのか欠伸が漏れる。もう寝てしまおう。
部屋に戻ると明かりを消し、すぐに床につく。疲れが溜まっていたのか、すぐに意識を手放した。
レミリアside * * * *
「お嬢様」
食事も終わり、咲夜が注いでくれたワインを飲みながらくつろいでいる所だった。
「どうしたの、咲夜」
ワインの丁度無くなったグラスに、注ぎながら彼女は言う。
「そろそろ教えて頂いてもよろしいですか?」
「なにを?」
わかってはいる。咲夜が聞きたい事は簡単に予想がつく。
「なぜ、雪正さんをこの屋敷に迎え入れようと?」
「そうね。そろそろ教えても良いかしら」
物事には順序がある。その為の準備が忙しかったという部分もあり、説明をしていなかったという点もある。
彼女には伝えておいた方が良いかもしれない。いや、伝えておかなければならないのだ。『来るべきあの日』の為に。
私は私が見たその運命を彼女に伝える。
「――」
その言葉に彼女は驚き、危うくワインを落としそうになる。
「――そ、それはお嬢様にも変えられない……ものなのでしょうか」
「変えた結果が、これなのよ」
そう、これは『変えた結果』なのだ。それをまた変えると今度は吉と出るか凶と出るか。それすらもわからない。今私が思う最善の結果なのだ。
「それが……『ここ』ですか」
「えぇ。『ここ』よ。でもわからないわ。運命は変わるものだもの」
手に持つワイングラスをクルクルと円を描く様に回す。赤い液体もゆらりとその動きに反発をせずに遅れて回り出す。
「それに、私もただではこの運命を受け入れないわ」
「それで――あの方ですか」
一を聞いて十を知る。私の従者は期待を裏切らない。
「そうよ。あの子の能力に私は賭ける」
この運命通りにはさせない。だって私はここの……
「雪正の能力に『十年後』を賭けるわ」
「――だから、ユキをウチに招待したの?」
どこか感情的になっていたのだろうか。いつの間にか開いていた扉にいる妹の存在をたった今気付いた。
「あら、立ち聞きとはいい趣味ね」
「はぐらかさないで。今の、本当なの?」
妹は俯き、私には顔すら見せてくれない。
聞かれてしまったのなら、もう嘘では通せない。通す事が出来ない。この子がまた狂気に満ちてしまったのなら、私には手が付けられないのだ。
「えぇ、本当よ。私は雪正の能力目当てでこの屋敷に呼んだの」
その言葉を投げかけた瞬間、彼女の肩はピクリと動いた。
震え、睨み、涙をこぼす。
「――そんな、そんな理由でっ!」
鋭い眼光を突き付けながら、勢い激しく近づき私を睨みつける。
愛しき肉親の顔が目と鼻の先。歯を喰いしばった彼女の顔は悔しさなのか、怒りなのか。
殺意を抱いている事だけは、目を見てハッキリとわかる。
「そんな理由、ね。そんな理由で駄目だったかしら」
激昂。フランの腕が勢いよく上がる。そして振り下ろされる。
――叩かれる。その考えが頭に巡り反射的に目を瞑ってしまう。
が、痛みは来ない。乾いた音も一切ない。
「――見る目がない……お姉様は見る目がないよ……」
ポロポロと涙を零すフランに、私は言葉を失う。
こんな顔をする子じゃなかった。
少なくとも私は知らない。
この子にこんな顔をさせる人間がいるとするのなら、おそらくあの人間。
鈴宮雪正、という人間。
気付く。今ようやく気付く。
愛しき妹に言葉を投げ掛けなければならない。でもなぜ。なぜ口は動いてはくれない。頭は回る。色んな言葉が出てくる。この言葉の意味を、この気持ちの説明をしなくてはいけない。動け。動け、動け動け!
「……もう、いい」
先につぶやいたのは妹の方だ。
ふらふらとした足取りで、部屋を出ていこうとする彼女。
「待って! 待ちなさいフラン!」
反応はない。見向きもしない。
力なく閉められた扉を、私は椅子から立ち上がる事も出来ずに見つめた。
フランが居なくなった途端、緊張が解けたかのように、背もたれに寄りかかる。
冷や汗が流れ出る。冷や汗なんか何百年ぶりなのだろうか。
「――参ったわね」
やっとのこさ出た言葉が、それ。
「親の心子知らず、とは言うけれど。わかって無かったのは……」
私の方だ。
この屋敷に住む皆の為に、フランの為に。そう思って彼をこの屋敷に迎え入れようとしていた。躍起になっていた。
それが裏目に出てしまった。
私は彼に仕事をさせ、それで彼にこの屋敷を知ってもらいたかった。その後に妹と触れ合えばいいと本気で思っていた。
その考え自体が違っていたのだ。
考えれば考えるだけ、反省の念が出て来ては私を苛む。
「……今日はもう休むわ」
腰かけていた椅子から立ち上がる。少し眩暈もするが、気にしてはいられない。
「……かしこまりました」
ただ、私が命じた事を文句の一つも言わずに行う咲夜にも、なにか言いたい事があるのかもしれない。彼女にも無理をさせているのかもしれない。
「ねぇ……貴女は、私がした事。間違っていると思う?」
甘えなのだろうか、それともただの気まぐれなのだろうか。どっちにせよ、いつもの私らしくない質問だろう。
「いえ。私は貴女様の行う事に間違いは無い、と思っております」
「そう――。有難う」
やはり、私の従者だ。ここぞという時に一番の言葉を返してくれる。
「――ただ」
が、彼女の言葉はそこで終わってはくれなかった。
「ただ、なに?」
「あ、いえ。ただ、妹様があんなにもすぐに引き下がるものだとは思ってなくて」
瞬間、悟る。
『もう、いい』というあの言葉を悟る。その意味を。その心理を。
私は走った。
彼女を止めようと、
彼を助けようと。
走っては間に合わないかもしれない。
だが、飛ぼうにも低空飛行は危険すぎる。
そんな事は言ってはいられない。
危険を顧みずに翼に力を入れる。
そのまま浮力を保ち速度を上げる。
間に合え、間に合え間に合え!
「雪正!! フラン!!!」
ドアを開け放つと、フランは彼の上に跨り手をうずめている。
そのまま走り、
速度に任せ、
妹だけを蹴り飛ばした。
フランside * * * *
わかってない。本当にわかってない。
「アイツは何もわかってない」
彼の優しさを誰もわかっちゃいない。
「むつかしい」
アイツは難しい。いつも遠まわし。いつも「フランの為」とほざきやがる。
「結局は」。違う。「最後には」。そうじゃない。
欲しいのは、単純な優しさなんだ。
これをしていいかと伝えたら、「危ないからダメ」。
あれをしていいかとお願いしても「また今度」。
そうじゃないのよ! 違うのよ!
言っても伝わった事なんてない。
そんな時だ。彼に出会ったのは。
いきなり目の前に現れた時も。血を吸いたいと言った時も。
「ダメ」と答えた事のない彼の優しさを、誰も知ってはくれない。
トランプの時だって、本当は知っていた。トイレに行った彼の後を追う様に出ていく巫女。気になってついていった時の会話を。
彼は私を勝たせるために、能力を使ってまで、私を勝たせる努力をしてくれた。その優しさがただただ嬉しかった。
彼なら、私と一緒にいてくれる。
彼とだったら、この先ずっと一緒でも良い。
そう思わせてくれる程に、彼と過ごす時間はとてもとても居心地の良い時間だった。
そんな優しい彼を、アイツは踏みにじった。
ただ能力、能力……。能力の為に生きてる訳じゃない!
この五日間。彼の優しさに触れなかったのか。触れていてこれだったのか。
どっちでもいい。どっちでも腹の立つ話だ。
「でも、もう気にしない」
目の前で眠る彼の寝顔。とても可愛らしくて、とても……愛おしい。
「ユキ……好きよ。大好き」
アイツから彼を守る為に。アイツから彼を取り戻す為に。
私は――彼のチカラを壊すんだ。
能力を壊してしまえば、アイツは彼なんかに見向きもしなくなる。
そうすれば、私はずっと彼と一緒にいられるんだ。
ベッドに横たわる彼を跨ぐように膝を立てる。
「……んぅ」
「可愛い」
ずっと、ずっと……一緒にいようね。
布団越しに彼の身体へと手のひらを伸ばす。そのまま奥へと腕を入れる。
ズズズッという音と共に、私の腕は布団の――いや、彼の胸の中に入っていく。
温かみも何も感じない中で、まるで木に一つだけたわわと実った果実の様なものに触れる。
これがチカラだ。私はこの果実を優しく両手で包み……
「雪正!! フラン!!!」
ブシャリと潰した。
* * * * *
騒がしさで目が覚める。
外はまだ暗いまま。夜だってのにどうしたんだろう。
目をこすると、どうやら眼帯をつけたままだという事がわかった。
――あ、僕ったら疲れてそのまま寝ちゃったんだな。
元結も外した後、手首に巻いたままだ。チリンという音が僕の頭を覚醒に導く。
「――あ、れ?」
呼吸音が聞こえる。
どうやら、近くに誰かいるみたいだ。起き上がり、辺りを見回す。
まだ、少し寝ぼけた頭で、辺りを見回すと、
「――雪正っ!」
はぁはぁと息を荒げ、駆け寄るレミリアさん。
「あれ、どうしたんです?」
未だに、状況が飲み込めない。
そよりと、夜の冷たい空気が肌に触れる。
「え?」
外気だ。でも室内で。なんで?
風の吹く方を見やると、不思議かな、何故か大きな穴が。
穴と言ってもそんな綺麗な物じゃない。
何か大きくて硬い物がぶつかって出来た、破壊された穴なのだ。
「あれ、なん――」
「そんな事よりっ!」
ずいっと顔を近づける彼女。その顔はどこか焦りが見える。
「貴方、これから私が行う事を五秒で視なさい!」
「え、いや、なんで――」
「早くっ!!」
真剣さに気圧される。一体どうしたっていうのだろうか。これを視た後、きっちり説明してもらおう。
神経を集中させ、五秒後の世界を視よう、と……す――
「――え」
あれ、……視えない。
あの時、狼種に襲われた時の真っ暗さとはまた違う。アレは多分、僕が死ぬ瞬間を描いたものだったのだろう。
でも、今回は違うんだ。真っ暗じゃないんだ。『浮かんでこない』んだ。
恐怖を覚える。この感覚は知らない。その顔を見てなにかを察した彼女は、
「……やはり、遅かったのね……」
落胆した顔を向ける。が、僕はその言葉を聞き逃さなかった。
「――遅かった? 遅かったって何ですか? 何か知ってるんですか? 教えてください!」
肩を掴み、揺さぶる。頭もガクガクと揺れ、目もどこか虚ろだ。
「破壊よ……」
呟く。その瞬間、僕は動きを止める。
「……破壊?」
「ええ。あの子の……フランの破壊の能力で、貴方の能力は壊されたの」
彼女の口から紡がれる言葉は小さくなる。が、そんな小さい言葉ですら、この耳は聞き取ってしまう。
「だから、貴方の未来を視る能力は無くなってしまった……それは貴方自身がわかっているでしょう?」
……嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!!
信じたくない。信じたくない!
気持ちが氾濫する。どうしたらいいかわからない。何をしたら、何を信じたら、
――どうやって生きていくんだ?
「雪正さん大丈夫ですか?! 凄い音が聞こえたんですけど! ってあれレミリアさ――」
「う、うわあああああああああああああああああああああ」
「雪正っ!」
「えっ!? 雪正さん!!?」
穴の開いた壁から、彼女の手をすり抜け、暗闇に向かって走って逃げた……
第三章 完
25話。そして第3章完。ちょっとシリアス回ですね。雪正の能力が破壊されてしまった。これから彼はどうなるんでしょう。第4章にご期待下さい。
フランちゃんは、やはりヤンデレが似合いますねぇ。嫌いじゃないです。えぇ嫌いじゃない。とりあえず、ただ身体に触って「ハイ、破壊」っていうのがどうにも好きじゃなかったので、何か物に例えてみました。ブシャリ。
皆々様からの感想お待ちしております。感想あっての掲載サイトだと思いますし、感想頂けると、私はとっても嬉しいです。泣いて喜びます。両手を上げて喜びます。ですからお願いします。ホント。
なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。