~おいでませ冥界~
「そういえば……」
男は次の目的地へと、歩きながら呟く。ガラガラと壺や瓶がぶつかり合う音の中、声を聞き分けた獣は言う。
「なんだ?」
獣はある一定の距離を保ちながら、男の後ろを歩いていく。
「お前は夜になっては、どこかに行って、朝に帰ってきているな」
「あぁ」
なんだ、その事か。とばかりに、獣は納得する。
「私は戦狗だからな。戦いに行っているんだ」
――戦狗。それは妖怪の一種である。狼男と全く似た容姿でありながら、戦いを好む妖怪である。
「戦い――か」
白い目を獣に向かって送る。その目に、獣は疑問を抱いたが、やがて一つの答えを導き出す。
「おぬし、それを見たのはいつだ」
「一昨日」
ため息をつく。見られてしまったのなら仕方ない。
「いつもは普通に殴り合いの戦いをしているのだ」
「その様だ。おぬしの顔には嘘偽りがない」
「嘘は苦手だからな。だがその相手が、女だった場合――」
「あれか」
頷く。そして、弁解をする。
「ま、まぁ。あれも一つの戦いだからな」
「あんな一方的な戦いがあるか」
言葉に詰まる。「うっ」と勝手に声すら出てしまう。
「せ、生殖本能なのだから、仕方がないではないか! それに私の種族はその本能が激しいのだ!」
「大声で言うな、恥ずかしい」
「話を振ったのはおぬしではないかっ!」
この男たちが、とある村の、村人から税を無駄に徴収していた、防人の家を滅ぼしたというのはまた別の話。
* * * * *
浮遊感がある。白でもなく黒ともいえないなんとも表現できない色で塗りたくられた世界で、フワフワと浮いているのだ。
その色はどこか不安をもたらし、ここにずっと居たくないとそう思わせる。
無重力の様に浮いていた身体の、臀部にゆっくりとだが硬い物が触れられる。それは足、背中へと、一枚の板の様に僕の身体に触れていく。
床だ。僕は浮いていたのではなく、ゆっくりと落ちていたんだ。そう感じ取れた。
倒れた目線は、透明な床と共に、見慣れた色を見つける。赤色だ。
この世界で始めて見る名前のある色に僕は興味を示した。その赤は滴を落とした様に、点々と、遠くに向かって道になっている。
立ちあがる。なにもない世界でたった一つの色に沿って、歩き始める。
世界は訳のわからない色のまま。赤は絶えないで僕の前を一本の線を描いている。
線を見つめながら、下を向いて歩く僕の目の前に、一人の少女が背を向け身体を丸めて座り込んでいる。
その少女を僕は見た事がある。
「フラン!」
駆け出す。近寄る。
「どうしたのさ、こんな所で」
彼女は俯いたまま動かない。喋らない。
ふと、気になった。先程までの赤い道はどうなったのかと。
振り返る。歩いて聞いた赤い道は、未だにある。
向き直す。赤い道は無い。途切れている。
そして、下を見る。見てしまった。
――真っ赤に染まった血だまりの上、僕と彼女はそこにいる。
視界が暗転する。俯いていた彼女は、どこにそんな元気と力があったのか。
僕は倒れ、彼女は僕に跨る様に上に乗る。
「――ずっと、一緒にいようね」
その言葉と共に、いつの間にか赤い塊を持っているフラン。
知っている。僕はそれを知っているんだ。
塊を持つ彼女の手が、段々と力が入っていく。
駄目だ、それを潰しちゃいけない。それを潰してしまったら、
「や、やめてっ! やめて、お願いだから!」
懇願する。それでも止まらない。止まってくれない。
「――」
赤い血が、辺り一面に飛び散る様を、僕は力なく、それでも確かに、見た。
* * * * *
第四章 おいでませ冥界
小さな絶叫。僕は飛び起きた。起きたそこは知らない場所、知らない部屋、知らない布団。だが、そんな事は今はどうだっていい。
息は荒く、汗も凄い。
――夢か。
でも、いつも見ていた夢とはまた違う。だがこれは明らかに夢だ。こんな夢
「それはね、悪夢っていうのよ」
いきなりの声。どこから発せられた声なのかもわからずに、きょろきょろと見渡す。
「上よ。うーえ」
鵜呑みして上を見る。
宙に浮く真っ赤な髪飾りが二つ。それを繋ぐかのように切り取られた空間。そこから上半身だけを露わにし、暢気に湯呑みの中身を啜る女性。幼いが、妖艶とした印象を受ける顔立ち、綺麗な紫色のどれすを着込み、白い独特な形をした帽子と赤い蝶結びの飾り。
その姿といい、宙を浮く非常識さといい、僕は口を開け、ただ見つめる。
「驚かない……いえ、思った以上に驚いてるわね」
くつくつと笑う彼女に対し、やっと出た言葉は、
「貴女は……?」
という、なんとも独特性のない問いかけ。それでも彼女は答えてくれる。
「八雲 紫(やくも ゆかり)よ。はじめましてね、鈴宮雪正」
どうして僕の名前を、という質問を発そうとしたが、そう言えば新聞が出回っている為かと、自己解決をした。
はじめまして、を返すと、彼女はそのまま話を続ける。
「貴方の事は、新聞が届く前から視ていたわ。この幻想郷に害を為す人間かどうか」
「害を為す……?」
彼女の言葉の気になる点を反芻する。
「えぇ。私はこの幻想郷を守らなくてはいけない。その為には外から来た人間を見定めなければいけない。その為の監視だったの。だから貴方の事は永遠亭で寝込んでいた頃から知っているわ」
「はぁ……」
あっけらかんとしている僕に、八雲さんは、
「――今度こそ、驚かないのね」
「あ、いえ。なんかもう……信じたいんですけど、信じる事が出来なくて」
「そう。心中お察しするわ」
軽々しい口調で言葉を返す。少々ムッとしたが、次の言葉で堪える事が出来た。
「私だって、この能力が無くなったら。恐怖で頭がいっぱいになるもの」
空間を指差して、答える。
俯く。俯いて言い放つ。
「恐怖の後には虚無感ですよ」
「今の貴方を見たらわかるわ」
そう。虚無感だ。もう何もない。どうだっていい。そんな感じの気持ちなのだ。
ごめんなさい……。僕はもう、人を助ける事が出来ないみたいです。
母様との、約束。破ってしまったな。
「――でも、完全には無くなってないみたいよ」
「――え?」
思わず声が出る。今なんて言ったの?
「例に挙げるわね。貴方の能力を木に実った果実としましょう。あの子はその実を、木から採らずに潰した。つまり、木と繋がっている、上の果実の断片的なものは無くなってないみたいなの」
「……つまり?」
固唾を飲んで聞き入る。
「つまり。貴方の未来予知は、ほんの小さな欠片の様にだけれど、残ったのよ」
光明が差す。その言葉で一瞬にして気持ちが舞い上がる。
声を大にして喜ぶ。これこそ不幸中の幸いなのだろうか。嬉しい。嬉しい嬉しい!
僕はまだ人を助ける事が出来るのだ。こんなに嬉しい事は無い。
だが、ひとつ引っ掛る事が。僕はそれを口にした。
「でも、なんで八雲さんが僕の為にそれを教えてくれたんです?」
実際は八雲さん自体に僕を助ける理由も義理もない。害を為す存在なのかもしれない僕に。
瞬間、彼女は目を逸らす。
「そ、それはぁ……。貴方がこの世界に害を為す人間じゃないって事がわかったからよ……」
「――?」
納得は出来た。でも何故だろう。この煮え切らない感じは。
すると、トントンと遠くから足音が聞こえてくる。その足音は大きくなり、止まると、襖を開けた。
「――あ、紫様。昨日は幽々子様とあんなに呑んでよく寝ていらしたのに、お元気な――」
「わぁぁあああ!! わぁああああ!」
いきなり大声を上げる彼女。その為見知らぬ来訪者の声は掻き消されてしまった。
* * * * *
白玉楼。僕のいるこの場所がその名前だ。白玉楼という名前を聞いた時、ここはあの世なのかと思ってしまった。いや、あの世なんだけれども。
この白玉楼は、冥界に建てられているらしい。冥界は僕の言う『あの世』である。じゃあ僕は死んでしまったのか。そう聞くと、八雲さんはそうではないと答えた。
話を聞くに、道端で倒れて気絶していた僕を八雲さんが助けて、ここまで運んできてくれたらしい。
――その時に八雲さんは目を逸らしていたので、定かではないけれど。
何はともあれ、白玉楼に来た僕は、またも居候生活に逆戻りだ。
先程の来訪者、魂魄 妖夢(こんぱく ようむ)さん。白玉楼の庭師で、ここの主の西行寺 幽々子(さいぎょうじ ゆゆこ)さんのお世話役をしているらしい。どうもうどんげと似ている所がある。役職的に、という意味で。
先程も挙げた、白玉楼の主の幽々子さんは、幽霊だが、とても温厚。というか暢気な方で、八雲さんとは古くからの友達らしい。なので、丁度八雲さんが白玉楼に来るついでに僕を拾って来たという話……らしい。
「当面のお世話は妖夢がするわぁ」
という西行寺さんからのお言葉を頂いて、またも居候の日々が始まったのだった。
「やばいやばい。私とした事が、あの子の監視を忘れてあんなに呑んじゃうなんてね……」
「……あら? これはどういう事かしら……?」
「――これは……私のミスね。とりあえず、あの子を回収しないと」
これが今回のハイライト。誰とは言いません。誰とは。
26話。新天地、白玉楼。雪正はどう歩んでいくのでしょうか。楽しみです。
皆々様からの感想お待ちしております。感想あっての掲載サイトだと思いますし、感想頂けると、私はとっても嬉しいです。泣いて喜びます。両手を上げて喜びます。ですからお願いします。ホント。
なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。
〈軽い説明〉
雪正の見る夢は「予知夢」でしたが、能力を壊されたあと、その力が無くなり、いつもは見る事のない、普通の人間が見る「夢」を見てしまった。これが、能力の幅の減少を知らしめている。