どれだけ走ったのだろう。どれだけ逃げたのだろう。
わからないけど、もう走れない。僕は木の近くで横になり、鳴りやまない心臓を落ち着かせようとしている。
裸足で砂利道、山道を走った為、足の裏は血だらけで見るからに痛い。
見るというと、右目も、まだ痛い。足なんかよりずっと痛い。
身体ももう限界で、殴られたお腹も……。
「……もう、限界……」
「そうか、なら私が引導を渡してやろう」
「え――」
刹那、鞠を蹴る様に僕の身体は真横に飛んでいき、木の幹に激突し、どさりと地に落ちた。
自分の喉から、潰れた様な声が出るのを産まれて初めて聞いた。
「おぶぉ……るぇほ、げほっ」
先程は胃液だったが今回は地面を真っ赤に染めてしまった。
「おや、その様子だと、臓器を潰したか」
かすれた片目で僕を蹴った相手を見やる。
「ろ、狼種――父様は」
「アキか。奴なら殺した。滝底に蹴り落としてやったわ」
――父、様が。死んだ? 嘘だ。嘘だ嘘だ。
「おぬしも、そんな満身創痍な状態で他の者の心配が出来るものだ」
そう言うと、僕の衣の胸ぐりを掴み、力任せに叩きつけた。
「あがぁ……」
片目の視界がチカチカする。
骨ももう数え切れないほどに折れているのだろう。
本当に、もうダメかもしれない。
父様も母様も、もう来ない。
呼吸も、力のないものに変わっていく。
「ふむ、やはり女は女か。アキはもう少し楽しませてくれたのだが、これでは楽しみようがない。おぬしを逃がして死んでいったアキもこれでは浮かばれぬが、鈴宮の血は絶やさねば」
……どうして僕はこんなにも弱いのだろう。こんな僕をどうして父様、母様は身を挺して助けてくれたのだろう。わからない。チカラがあるから? どうして?
「おぬしも鈴宮でなければ殺さなかったものを。……彼奴らの信仰力は凄まじいからの」
信仰? 母様が口うるさく言ってたっけ。あの時、僕に伝えてくれた言葉、なんだっけ……
『良いですか雪正。信仰というのは力です。祀り神がいれば自ずと信仰は深くなるのですが、鈴宮には祀り神はいません。あの文献も信仰を集める為の真っ赤な嘘です。貴方の様な能力を神に見立て、信仰をより多くする。そうすることによって鈴宮は生きてきました。ですが、嘘も方便です。貴方のチカラのお陰でどのくらいの人が救われたのか、貴方は知らないでしょう。大雨を予知した時も、飢餓に苦しんだ時も。貴方のチカラは皆を助けているのですよ』
『貴方は巫女です! そのチカラは万人を救うでしょう!』
そうか、僕は色んな人を救わなくちゃいけない。それがこのチカラを持っているって事なんだ。僕は生きなくちゃいけない!!
「それも、こやつで最後。心おきなく、死ぬが良い」
狼種の足が上がる。僕の『顔を踏みつぶす』気だ。
僕は頭を右に転がした――元頭があった位置に狼種の足の形で凹みが出来ていた。
「……ふむ?」
また足を上げた。今度は『左に頭を動かした予想で踏みつぶす』らしい。
頭を動かさず、そのままでいる。大地を揺らすほどの震動。またも凹みは出来ていた。
今度は両足で『跳躍からの腹部を踏みつぶす』。
時間を合わせ、力を振り絞り身体を転がす。
地面には狼種のくるぶしがめり込むほどに凹んでいた。
「おぬし、面白いな」
返答はしない。チカラに集中する。
「よい。ひとつ遊びをしよう」
あそ、び? 声にならないかすれた声で、僕は聞いた。
「左様。強くなったおぬしを見てみたくなった。故に私はおぬしを生かす。アキの時もそうした。私は王になる権利を投げてまで奴と戦いたかった」
父様とも、同じ事をしたのか。
「だが、奴は遠くに越してしまいよって、探すのに苦労したのだ。故におぬしは、生かすには生かすが、直ぐに見つかる様に、私の血を混ぜる」
狼種の……血?
「うむ。丁度良い所が空いておるの。動くな。そこに流し込む」
仰向けに寝転んだ僕の上に、見下ろすように狼種は立っている。
狼種は自分の指をかむと、血を僕の右目のくぼみに落とすように流し込んだ。
「私たちは鼻が利く、同族の匂いなら濃くわかる。それで、おぬしを見つけやすくする」
くぼみに流し込むと、僕の身体が大きく脈打った。
な、なにこれ。身体が熱い。
「身体の構成が変化している証拠だ。血はほんの少しだ。だが、身体も少し変化する」
し、心臓が、ドクッドクッって! 痛いほどに!
「まずはそれに耐えて見せろ。一〇年ほどしたら会いに来る。ではな」
狼種は立ち去った。ひとまず、僕は生きているのか。
だけど、心臓は五月蠅いし身体は熱いまま。でも、もう僕を襲うものは居ない。
とりあえず、少し休もう。
* * * * *
時は巻き戻る。
あんなに長かった夜だが、月はまだ真上である。
少し落ち着いたので、僕はまた歩き始めようと立ち上がった――がそのまま座ってしまった。もう足が限界なのだろう。
服も、身体も、心も全部ボロボロである。どこか、安心できる場所で休みたい。
「……喉、乾いたな」
そう言えば、滝行の時から何も飲んでいない。のどの渇きを潤すため、僕は『考察』をしてみた。
背を預けている木から左に行こう。……ダメだ。崖に行きついた。
じゃあ、ここから真っ直ぐは……行けども行けども森の中だ。
ならば、左は? ……ん、水の音がする! 川だ!
僕はよろよろで倒れそうになりながらも、左に進路をとる。木々が段々、竹林にかわったが、その分川の音も大きくなっていった。竹を手すりに使い、歩く。腕についている鈴がリン、リンと鳴った。
そろそろ川が有っても良い気がするんだけど……とふと思った瞬間だった。
「あった! 川だ!」
僕は川に着くとすぐさま顔を川に突っ込み、思う存分飲みまくった。
右目のくぼみも気にせず飲んで、飲んで、満足するまで飲んだ。
そろそろ息が出来なくなり、ぷはぁっと顔を上げる。
思いっきり息をついた瞬間。緊張の糸が切れたように、僕の意識は飛んでいってしまった。
* * * * *
「本当だって! 確かに鈴の音が聞こえたの!」
「いや、てゐの言う事を疑ってはいないけど? でも、人の匂いなんてしないよ?」
竹林の中、2人は言い争っていた。一人はピンクのワンピースに黒髪が似合う少女。もう一人は淡い紫色の長い髪が特徴的で濃紺のブレザーに白のワイシャツ、赤色ネクタイを縛り、ピンクのスカートを履いている。そう説明すると一見普通の女の子にしか聞こえないが、彼女らには『ウサギの耳が生えていた』。
「その台詞が、疑ってる! 鈴仙なんかしらない!」
「あ、こらちょっとどこに行くのよ!」
「こうなったら私一人でも探すんだもん!」
「こらー! 待ちなさ―いっ! ……はぁ、行っちゃった」
てゐの言っている事は信じている。実際私も鈴の音を確かに聞いた。だけど、人間の匂いがしないのも確かだったりする。
はぁ、大声出したらのど渇いちゃった。川の方にでも行こうっと。
てゐなら、飽きたら戻ってくるでしょう。
「……あら?」
水辺で誰か倒れてる!
「え、ちょ、血まみれ! 傷だらけ!」
その子に近づき抱き上げると、綺麗に整った顔と、血で汚れているがきめ細かい肌。
何この子、可愛い……! ん? 頭のこれは耳? 見た感じ妖怪の山の白狼天狗に似ているけど……え、この子片目ないじゃない!
「ってそんな場合じゃない! てゐーー! てーゐー!」
夜中に書きあげそのまま更新。日曜日だからこそ出来る行為ですね。
序章終了です。次からは本編に入ります。
1お気に入りをいただきました。こういうサイトに投稿するのは初めてなので、嬉しいものですね。まだ東方キャラ出してないのに(笑) これからも努力奮闘したいです。感想、お待ちしております。
~軽い説明~
・初の東方キャラはうどんげとてゐ…原作でも迷いの竹林から外来人が幻想入りしてしまう例は多いらしいです。それを参考にしてみました。
・狼種…名前はまだ明かしてはいません。謎多き妖怪ですね。
・大柄の男(?)…こちらは正体すらわかりません。ですが彼の所持する物が今の第一印象でしょうか。
・蟲毒(こどく)…大柄が言っていた物。蟲毒とは、中国にあった、毒を精製するための魔術(?)であったとされています。ヘビや毒サソリ、クモ、トカゲなど毒を持っている生き物を一つのビンや壺にいれ、互いが互いの毒で殺し合い、最後に生き残った生き物が強い毒をもつといういわばバトルロイヤルなアイテムです。これを自分なりにアレンジしたものを今回採用しました。
これらをどう本編で生かすかは今は未定です。