泣きじゃくったうどんげを落ち着かせ、また色々と話をした。
あの後、この部屋に八意 永琳(やごころ えいりん)という人が訪ねてきて「怪我が治るまでは此処にいなさい、色々とお世話してあげる。鈴仙が」と言ってくれた。いつかお礼を、と言うと「そんなの要らないわ、代わりに貴方の身体を調べさせてもらうだけだから」といって花が咲いたように笑っていた。……い、今は感謝だけしておこう。
お言葉に甘えて、僕は此処で療養する事になった。永遠亭の生活はとても良いものだった。最初は寝たきりで、筋肉痛も来て動けずに一日を終えた事もあったけど。
ずっと布団の上で生活しなきゃいけない状態が続いたので、座る、横になるの2つしかできなかった僕。用足しの時は、厠(かわや)――幻想郷ではトイレ、というらしい――までうどんげがおんぶして連れてってくれた。初めて僕をおんぶした瞬間「……わ、私よりっ!」と泣いていた。「ダイエットしよ……」とも言っていた。だいえっとってなんだろう。
ご飯は毎日3食、うどんげが「あーん」で食べさせてくれた。さ、最初は恥ずかしくて嫌だったんだけど、手も動かせなくて仕方なく……。永遠亭のご飯は父様の料理と同じくらいとても美味しかった。僕が煮物が好きだと言ったら、うどんげは煮物を作ってくれて、「美味しい、美味しい」と言って「あーん」を催促した事を覚えている。そしたらうどんげが「……その可愛さは反則だよぉ」と言って顔を真っ赤にしていたけど。僕からしたら、その真っ赤になったうどんげの方が可愛かった。
この屋敷にはあと二人住んでいて、一人は因幡(いなば)てゐちゃん。うどんげの妹分らしい。いつも迷いの竹林――僕が倒れていた竹林の総称――で元気に走り回ってるらしい。今の僕の身体からしたら、少し羨ましい。
もう一人は蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや)さん。永遠亭のお姫様らしくって、ここでは一番偉い。でも一回しかあった事がない。普段はどこに居るんだろう。
あと、ここの住民ではないけれど藤原 妹紅(ふじわらの もこう)さん。竹林の案内人をしていて、永遠亭に人を案内しに来た時にちらっと会った。ちょっとぶっきらぼうだけど、「根は優しい方なんだよ」ってうどんげは言ってた。
* * * * *
『鈴仙さん』から、『うどんげ』って呼ぶようになったのは5日が経った後だった。うどんげが僕の事を『ユキ』って呼ぶようになったから、つられて僕も、と言う感じだった。
「ユキー。ご飯だよー」
毎日ご飯を食べさせてくれるのは嬉しいんだけど、その方法が少し恥ずかしい。
勢いよくふすまが開いたと思うと、お盆に料理を載せた鈴仙さんが部屋に入ってきた。
「あ、鈴仙さん。ありがとうございます」
「もー。鈴仙さんはやめてって。まだ他人行儀な感じは取れないんだね」
料理をお盆ごと小さな卓に乗せると、僕の隣に正座した。
「私とも、もう初対面じゃないんだから敬語はやめてよ」
「でも、生まれてからの習慣とかが意外と身についていて……」
お恥ずかしい、と呟くと鈴仙さんは少し笑い、
「ま、此処に住んでたら敬語もなくなっていくわよ」
「でも、永琳さんや輝夜さんには無くなりそうにない……かな」
意識的に語尾を砕いた。すぐには慣れそうにないや。
それは仕方ないよ、と言うと、鈴仙さんはいつものように箸を持ち僕にご飯を食べさせようとした。それを見て、
「あ、鈴仙さん、僕自分で食べますよ、筋肉痛だって治りまし……治ったし」
治ったと表現するように、僕は力こぶを作る様に動かした。力こぶなんて出ないけど。
「そうだね、ずっとこういう事も出来ないし、お願いしようかな」
……少しだけ残念そうに見えたのは気のせいかな。
「はい、お箸どうぞ」
どうも、と返答し、箸を掴もうと手を伸ばす。
――カランッ……
丁度、卓の上に箸が落ちてしまった。あれ、ちゃんと掴んだはずなのにな。
「す、すいませんっ!」
「気にしないで。はいどうぞ」
箸を拾い、もう一度手渡ししてくれる鈴仙さん。
でも、結果は変わらず、またも箸を落としてしまった。
今度は僕の方から近いので、自分で『床に落ちた箸に手のひらをつけ握る様に』取った。
「あ、あはは。ごめんなさい、久々に腕を使ってるからですかね、身体が鈍ってるのかな」
「……」
鈴仙さんはなにも言わずに、悲しそうな目をしていた。
「い、いただきまーす! 今日は胡麻和えなんですね。僕、胡麻和え好きですよ」
そう言うと、手で小鉢を掴もうとして、今度は爪をお盆に強打した。
「――っ」
痛いのを我慢して、青菜の胡麻和えが入った小鉢を持つ。そして右手の箸で取ろうとして、
青菜の頭上を掴んだ。
音のない部屋に箸同士がぶつかった軽い音が響いた。
「……」
今度は、それより下に箸を掬う様に取り、食べる。なぜか味がわからなかった。
小鉢を置き、ご飯の入った茶碗を、またも爪をぶつけながらも取る。湯気が立ち込める白米を箸で……
宙を掴んだ。
「……どうしてだろう。ここにあるのに。ここにあるのに」
カチカチとご飯の上を箸で掴もうとする。
「そ、そうだ。胡麻和えは食べれたんだ。胡麻和えなら」
そう言って先ほどの小鉢を持つ。指先が痛い。
「ゆ、ユキ。もういいよ――」
「鈴仙さん、胡麻和え、美味しいですよ、ほ――」
――カチンッ
『ほら』という言葉は出なかった。出せなかった。
上手くいかなくて。悔しくて。頑張りたくて。出来なくて。悲しくて。
「……ユキ。距離感が掴めないんだね……」
「……はい……わからないです……」
知らず知らずのうちに涙が出てきてた。
「人ってね、物を見る時、両目で判断して立体的に考えるの。そして、自分と物との距離感を測るの。でも、ユキ。片目だと、物は立体的に見えないんだよ」
鈴仙さんは、優しく教えてくれた。でも、今の僕の頭では理解しようにも、気持ちが溢れてきて出来なかった。
「今日は私が食べさせてあげるよ。明日から、練習しよう?」
僕は、何度も頷いた。こんなに悔しくなったのは初めてかもしれない。
今日のご飯は、ぜんぶに塩の味がついていた。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
ご飯を食べ終わる頃には、気持ちの整理がほんの少し出来ていた。
「鈴仙さん、ごめんなさい。少し大人げなかったです」
「仕方ないよ。右目、ないんだもん」
鈴仙さんは、優しくほほ笑んでくれた。そして、布団の上にある僕の手を握り、
「明日から練習したら、きっとすぐに出来るよ」
いきなり顔を近づけてきたから、僕の心拍数が一気に上がった。
「――はっ、はい」
「それから、敬語も直す様にね?」
ずい、と女の子の顔が近くなる。明らかに顔の温度が上がってるのがわかる。
「――わ、わかった! わかったから! 近いよ!」
「あ! ……ご、ごめんね?」
顔の距離がすぐに離れる。鈴仙さんも意識したのか、少し顔が赤くなってる。
お互い顔を赤くして、沈黙する。だが、沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「わっ、私! 食器洗ってくるね!」
逃げるように立ち上がった鈴仙さんを、待ってと呼びとめていた。
「にゃ、にゃに?」
鈴仙さんの顔が赤い。呂律も回ってない。
「あの……ありがとう。うどんげ」
今出来うる一番の笑顔を作ろうとした。なんか、敬語じゃないと恥ずかしい。絶対変な顔になってる。
鈴仙さんの顔がみるみると赤くなっていき、
「――い、行ってきます!!!」
ふすまを凄い勢いで閉めると、廊下を走る音が聞こえ、足音は段々と小さくなっていった。
僕、変なこと言ったかなぁ。
鈴仙side * * * *
廊下を走る。逃げた様に見えちゃったかな。私のこと、変な子って思ってないかな。
廊下の途中で立ち止まると、大きいため息がでる。少し気持ちが落ち着いた。
「……ドキッとしたじゃない。バカ」
いきなり、『うどんげ』って言うんだもん。びっくりした。
余所余所しさはどこに行ったのよ。可愛い笑顔しちゃってさ。
私は、台所に向かって歩き出す。すると、台所からお師匠様が顔を出した。
「あら、鈴仙。雪正のご飯は今終……顔が赤いわよ、どうかしたの?」
「いえ、特に何もありませんでした」
私はお師匠様に悟られない様に、声色を変えた。
「ふーん。……彼、可愛いものね」
「べっ別にユキの事を――」
「あら、彼の事をユキって呼んでるの? 随分と仲がよくなったのね」
「――っ!」
にやりと笑って、私の反応を楽しんでいる。
やっぱり私をおちょくる、お師匠様は苦手だ。
「仲良くなるのは良い事だわ。でも、仲良くなりすぎて火傷しない様にね?」
お師匠様は、そういうと台所から出ていった。
私は食器を水場に置いて呟いた。
「……お師匠様、忠告が遅いです」
2話(序章を入れると5話)です。そろそろ自分が書きたい様な小説になってきました。シリアスやギャグ、アクションも好きですが、やっぱり『恋愛もの』が大好きな自分です。
またも、お気に入りが増えておりました。自分の書いたものを気にいって下さるのがとても嬉しいです。ありがとうございます。
タグには『不定期更新』とついていますが、今のところはほぼ毎日投稿できております。ですが、自分もまだ学生の身。レポートやテストがある場合はタグ通りになると予想しています。あらかじめご了承ください。
なお、「誤字脱字」「この表現おかしくない?」「○○ってなに?」等がございましたら、感想とともに記載して頂けると大変嬉しゅうございます。
〈軽い説明〉
「両目による立体感」…左右2つの眼で物を見ると、物が立体的に見えます。この立体感を把握する事を「両眼立体視」と言います。雪正の場合、片目がない為、物を立体視する事が出来ません。簡単に説明すると「両眼で見ると奥行きが生まれる」と言う事です。雪正は物の奥行きがわからず、その物の手前や、頭上を掴もうとしてしまったわけです。