どうぞ。
人を食う化物が居るという。
その狩場に踏み入った者は、誰であれ、どんな者であれ、帰ってくることは無い。
そこには小さな村があったらしいが、住人の安否なぞ、今となっては確かめようも無い。
緋い髪の鬼が居ると、そう噂されるのには、さして時間はかからなかった。
──夜、何処かの荒れ野原にて
筋骨隆々の巨体、斧と棘鉄球が鎖で繋がれた奇っ怪な武器を持ち、腕には数珠、そして南無阿弥陀仏が染められた羽織を羽織っている青年がいる。
盲目なのか、眼は光を宿さないが、その動きは一切それを感じさせない。
名を、悲鳴嶼行冥。
千年以上続く、鬼を狩る者たちが集まる組織、“鬼殺隊”。
彼はその組織の最高戦力、“柱”の一人である。
緋い髪の人食いがいるとの目撃情報を聞きつけ、この野原にやってきた行冥。
鬼がいるような気配はないが、異常な場所ではあるだろう。何せ、常に燃えているような熱気を感じるからだ。
事実として、彼が立つ野原は草花が尽きることなく燃えている。
鬼は人を食うことで強くなり、ある一定の量を超えると血鬼術という異能に目覚める。
血鬼術の種類は鬼によって違うが、強力な物が多い。
今回は延々と炎を出し続ける血鬼術なのだろうとアタリをつけた。
(……今のところ、鬼の気配はなし。炎に擬態しているのか?)
行冥の優れた五感を持ってしても、一向に見つからない。
もう少し歩こうと足を進め始めた。
「フン!」
後ろからの異質な気配めがけ、鉄球を投げる。
手応えはない。避けられたらしい。
「……その気配、お前、柱か?」
炎の中から人型が現れる。腹部に火傷の痕のようなものがある半裸の大男。その右目には、“下参”と刻まれている。
髪は、黒い。
「そうだ……お前は十二鬼月か」
鬼は全て、人間が鬼の始祖たる鬼舞辻無惨の血を流されて生まれる。
その中で、特に無惨の血が濃いものや、数百人と人間を食ったものはより強力な鬼となる。
そして、無惨に選ばれた12体の最強の鬼。それが十二鬼月である。
上弦の壱から陸と下弦の壱から陸に別れており、下弦よりも上弦が、陸よりも壱の方が強いと序列付られている。
この鬼は下弦の参。野原を焼き、噂に興味を持ってやって来た人間を食らい続け、十二鬼月となった鬼である。
「……ア゙ア゙クソ、何てツイてねーんだ! どいつもこいつも化け物揃いじゃねぇか! クソ、クソ、クソ!!」
などと言いながら、行冥に襲いかかる。と言っても実際に襲いかかってくるのは炎。
鬼は巨大な手のような形の炎をもって握りつぶさんとする。
行冥はその手に鉄球をぶつけ相殺する。
そのまま鉄球を鬼の頭上に配置。
そして、鬼殺隊の隊士が使う、鬼を斃すための特殊な呼吸、全集中の呼吸を使う。
身体能力を底上げする呼吸法である。
「全集中・岩の呼吸・弐ノ型──天面砕き」
頭上まで飛んだ鉄球を、鎖を踏みつける事で勢いよく落とす。
大きな鉄の塊が、勢いを持って落ちてくる。そう書くだけでその威力は想像できるだろう。
しかし、その鬼は横っ飛びに鉄球を回避したため、右腕が無くなる程度で済んだ。
鬼の脅威は再生力。弱い鬼でも四肢の欠損程度はすぐ回復するし、十二鬼月ともなればより速い。
しかも、首を特殊な鉄で作った刀で刎ねるか、太陽に当てるしか屠ることが出来ないという不死性も兼ね備えている。
だが、行冥の場合は鉄球や鎖にもその特殊な鉄、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が使われている。それも高純度な物だ。
故に、鉄球で頭を潰せば斃せるだろう。
「ア゙ァァァ! 痛てぇ!! 痛てぇじゃねえかァァァ!!」
更に、何故か最初から興奮していて動きが単調になっている。十二鬼月の下弦といえども、そんな調子では鬼殺隊の柱に届くわけがない。
すぐに決着が着くと思われていたが。
(!! 仲間の鬼か!)
新たな気配。背後から爆速で近づいてくるそれに行冥は身構える。
……ところで、鬼には共食いの性質がある。無惨が、配下が徒党を組んで反逆する事を恐れているためにそうなっている。
まあつまり、基本鬼は群れを作らない。
鬼殺隊はもちろんこの事を知っているし、行冥も然り。
例外もあるし、行冥もその例外を知っているからこその判断であるのだが、実際にはこの下弦の参、仲間などいない。
ではこれは何なのか。それは……
「ドッコイショォォォォォォォォォォ!!!!!!」
走ってきたと思ったら鬼の頭に飛び蹴りをかましたそれに、行冥は戦闘中にも関わらずポカンとしてしまった。
頭を蹴り潰し、反動で飛び帰って行冥に背を向けて立ったそれは、紛れもなく人間である。
緋色の髪の十二、三歳程の少年。そんな子が、岩のような硬さを持つ鬼の頭を潰した。
音や匂いでそれを察知した行冥は、改めて驚く。
(……この少年、一体……)
などと考えていると、鬼が頭を再生させ、絶叫しながら炎の渦を少年に襲わせるが、庇おうと動く行冥より先に少年は鬼の右肩を殴り潰した。
「ァァァァァァ!! なんだ、なんなんだクソガキァ!! さっきからなんなんだよ!! しつこいんだよ!!」
「お前が俺を食おうとしたのが悪い。ただでさえ訳もなくイラついてたとこにお前が来たのが悪い。俺としては好都合だがな」
なんてったって、と言いながら今度は両足を回し蹴りで粉砕する。
「無限に殴れるブツがノコノコやってきたんだ。収まりつくまで付き合え!」
胴体を頭突きで粉砕。この少年、怪力という言葉が可愛いぐらいの大暴れをしている。
結局、行冥は朝になって鬼が消滅するまで、その少年の規格外な暴れっぷりを見えない目で見ているだけだった。巻き込まれたらたまったもんじゃない。
「南無……」と唱えながら、自分の出る幕がないこと、そして鬼のあまりに憐れな姿に涙した。
──同日の夜、何処かの村にて。
返り血を浴び、真っ赤に染まった着物を着た少女が佇んでいる。
その手には、うっすらと黄色い刀が握られている。
凍てつくような視線の先には、先程首を斬った、最後の鬼。
それがボロボロと崩れていく様をただ眺めていた。
「何故……私が……こんな、ガキに……」
鬼が話す。それを聞いて、少女は刀を鬼の口に突き刺した。
「グギャッ!」
「……煩いです」
抑揚なく話す少女。その言葉には、少し怒りが混じっていたようにも思える。
鬼はやがて完全に灰となって消えた。
……少女の村を襲った鬼は全て、彼女が斃したのだ。
稀血なるものを求めて彼女を襲った鬼から、彼女を庇った男。
鬼なるものの存在を語り、自分は元々それを狩っていたという男。
彼女をなかったものとして扱う村の中で、唯一彼女と話していた流れ者。
その男から教わった呼吸を自分用に変え、剣をものにし、鍛錬を続けた成果がこれである。
今、村には少女1人だけ。
「……」
その目に光を宿すことなく、少女はフラフラと歩き出す。
行く宛は一つ。藤の花の家紋の家。
鬼殺隊に助けられた一族が住まう家で、事情を知っているため、頼りになるだろう。
いつか必要になるだろうから念の為と男に教えられた場所である。
近くにもあるらしいので、そこへひとまず向かう。
「……誰とも出くわさないといいのですが」
そうして少女は、闇に紛れて走り出した。
「……そうか、なるほど」
「……」
夜中のうちに藤の花の家紋の家に辿り着いた少女。
門を叩いて人を呼ぶと、家から出てきたのは若い女性、そして詰襟を着た青年だった。
青年は腰に刀を差している。彼も鬼殺隊なのだろう。
少女は経緯を話した。そして、
「鬼殺隊に入るにはどうすればいいのですか?」
と問いただしていた。
「……あー、のさ。鬼を憎むのはわかるし、話も多分本当なんだろうけど、無理にこの道に入らなくても……」
「……いえ、鬼が憎いのではないのです。村を襲った鬼は先程言った通り、私が全て倒しましたから」
「尚更ダメだ。半端な気持ちで鬼と戦うなんて、すぐに死ぬだけだ」
「酔狂で言っているのでは無いのです。私は……私には、これしか残っていないのです」
「……」
「刀使としての価値がないと捨てられ、何も教えられずに育った私には……これしか無いのです。鬼を倒すしか、無いのです」
「……事情は分からんけど、やめておけ、な? まだ遅くはないぞ?」
「もう一度言います。私にはこれしか無いのです」
「……困ったなぁ」
頭を悩ませる青年。考える素振りを続けた後、微動だにせず姿勢よく正座をする少女に提案する。
「まずは、育手っていう人らのとこで修行しろ。俺が紹介してやるから」
「ありがとうございます」
「んで、まあ、才能無いとか言われたら諦めろ。いいな?」
「分かりました」
機械的な返事しか返さない少女。思わずため息をつく青年。
「明日俺とそこまで行こうか。あー、名前聞いとこうかな。ちなみに俺は西園寺京。君は?」
「……連れて行っていただけるのはありがたいですが、名乗る必要は無いかと」
「凄い冷たい……何この子、氷?」
「人間です」
「そうじゃなくて……うん、もういいや。早く寝てしまおう。すいません女将さん、この子の事お願い出来ますか?」
「えぇ、任せてください! まずはお風呂入りましょ? 着物が真っ赤よ」
「はい」
女将さんに連れられ、浴場へと向かう少女。青年は広くなった部屋で呟く。
「……あんな子が鬼倒したとか信じらんねぇよなぁ……でも嘘は言ってないっぽいしなぁ……」
さっさと寝巻きに着替える青年。明日は、忙しくなるだろう。
主人公は既に腕力最強クラス。殴って耐久するだけで下弦を倒すというね……なんなんだコイツ。
ヒロインも相当強いです。彼女の村を襲ったのは五体。そのうち一体を元鬼殺隊が相打ちで倒し、残ったのは全部彼女が……やべぇな。