さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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舞台の裏側

 

 円形闘技場(アンフィテアトルム)が開場されてから、少し経った時間。

 時刻は午前九時を回る。東のメインストリートは大勢の一般市民、都市外部からの観光客、そして冒険者で賑わっていた。

 数え切れない出店が至る所で開いている。店主達の怒号の声が響き、客を取られまいと必死だ。その中でも幼い女神が売り子をする屋台は盛況を見せており、行列を作っていた。

 怪物祭(モンスターフィリア)の会場である円形闘技場(アンフィテアトルム)の門が開かれ、群衆は『都市(とし)憲兵(けんぺい)』である【ガネーシャ・ファミリア】の指示に従い、緩やかに動いていた。

 その中には白髪の少年と薄鈍色の少女が居て、はたから見たらカップルそのものだった。

 

「ふふっ……()とは無事に合流出来たみたいね」

 

 大通りに面する喫茶店、その二階。内装が木目調で温かい雰囲気がある店内、大通りを一望出来る窓際の席に、彼女は案内されていた。

 

嗚呼(ああ)、素敵な笑顔。せっかくの逢瀬(おうせ)だもの、存分に楽しみなさい」

 

 美しい銀の双眸(そうぼう)を開いて、彼女はそう言った。口元は緩んでおり、たおやかな微笑を浮かべていた。

 それを隠すかのように顔を、否、身体全体を隠す為、長い紺色のローブを纏っているが、たった布一枚で彼女の『美』を抑え込むのは到底無理な話であった。

 その証拠に、店内の視線という視線が彼女の元に──美の女神、フレイヤに注がれていた。

 フードを目深に被っているのにも関わらず、彼女の素顔は美しいと無条件に思わせる絶対的で圧倒的な『美』。

 店主から客まで意図せず魅了してしまった彼女は、しかし、それに構わずに目抜き通りを眺めていた。下界の子供達を吟味するように見ていると、

 

「まぁた、色ボケ女神が男探しをしておる」

 

 ギシリと、床を鳴らす音。店内は(とき)を取り戻した。

 近付いてくる複数の気配に、フレイヤはフードの下で浅く笑った。振り返り、待ち人を瞳に映す。

 

「よぅ、久し振りー」

 

「つい先日会ったばかりでしょう」

 

 そう言うと、「分かってへんなぁー」と人差し指を軽く振った。そのまま椅子を引き寄せ、我が物顔で座る。

 店内は再び(とき)を止めた。

 それもその筈。やって来た神物(じんぶつ)迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオでも屈指の知名度を誇る女神だったからだ。

 鍛冶神(かじしん)ヘファイストスの鮮烈な紅髪とはまた異なった、淡色の朱髪を後ろで結わえている。くたびれたシャツにパンツという服装は露出がかなりあったが、彼女のだらしない雰囲気がそれを見事に帳消ししていた。

【ロキ・ファミリア】主神──計略の女神ロキは欠伸を噛み殺しながら尋ねた。

 

「待たせたか?」

 

「気にしないで、少し前に来たばかり。寧ろ楽しい時間を過ごさせて貰ったわ」

 

「……なんやそれ。ジブンはボッチの方が好きなんか? 酒神(ソーマ)と相性が良いんちゃう?」 

 

「彼と一緒にされるのは嫌ね」

 

 ふぅーん、とロキは興味なさげに反応しつつも、その心の内では動揺があった。

 ロキとフレイヤはかなりの長い付き合いがある。だからこそ、彼女が社交辞令ではなく本心でそれを言ったのが分かった。

 

「うちまだ朝飯を食ってないんや。ここで頼んでもええか?」

 

「まあ、それは大変ね。朝ご飯は一日の活力。店主がさっき勧めてくれたものが幾つかあったわ」

 

 それに貴女、疲れているようだし、とフレイヤはロキの身体の不調を見抜く。ロキは「流石やな」と素直に称賛してから、従業員に適当なメニューを頼んだ。

 化粧で外面を取り繕っていたが、美の女神に誤魔化しは効かない。眼の下にあるのは隈だ。

 

管理機関(ギルド)からの罰則(ペナルティ)はかなり重たかったみたいね」

 

 そして原因も言い当てる。

 ロキは今度は称賛ではなく、舌打ちを(おく)った。それはフレイヤの言葉を事実だと認めたものだった。

 

「確か、被害者が所属する【ファミリア】への謝礼金、さらには、管理機関(ギルド)に納める税の増加だったかしら。これだけでも相当厳しいわね」

 

 仏頂面を作るも、反論はしない。

 フレイヤはロキの反応を楽しみながら、さらに追い打ちを掛けて行く。

 

「『遠征』は予期せぬ異常事態(イレギュラー)で撤退を余儀なくされた。大赤字ね。眷族(こども)達の士気も低いでしょう」

 

「オイ、ちょっと待て。その情報、異常事態(イレギュラー)のことはまだ公開されてない筈や。何処で嗅ぎつけた」

 

「あら、私も貴女と同様、都市最大派閥を率いているのよ? 『遠征』の日数を考えれば、すぐにそれくらいは判断がつくわ」

 

 あとは秘密ね、とフレイヤは(あや)しく微笑んだ。

 ぐぬぬ……ロキは低く呻く。ロキも独自の伝手(コネクション)は持っているが、フレイヤには遠く及ばない。彼女が本気を出せば、オラリオの秘密という秘密は暴露されるだろう。

 

「ところで、いつになったらその子を紹介してくれるの?」

 

「紹介がいるんか」

 

「もう、()ねないの。私と彼女は一応、初対面よ? 貴女が仲介してくれないと困るわ」

 

 フレイヤは対面のロキから視線を外すと、もう一人の訪問者に視線を送った。

 剣を腰に携え、ロキを護衛するかのように彼女の半歩後ろで控えて立っているのは、美しい金髪金眼の少女。

 

「アイズや。アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

「あら、それだけ?」 

 

 女神が可愛らしく唇を尖らせたが、ロキはそれを鼻で笑って一蹴した。

 

「それで充分やろ。とはいえ、アイズ、こんな奴やけどこれでも女神やから、挨拶だけはしときぃ」

 

「……はじめまして」

 

「ええ、はじめまして。フレイヤよ、宜しくね、アイズ・ヴァレンシュタイン──いいえ、【剣姫(けんき)】と言った方が良いかしら?」

 

「……どちらでも、構いません」

 

「なら、主神(ロキ)が怒るから【剣姫(けんき)】と呼ばせて貰うわね」とフレイヤが言うと、アイズは小さく頷いた。

 口下手な彼女はそれ以上何かを言うことはせず、それきり、口を閉さず。ロキの「座ってもええよ」という言葉にこそ反応したが、やはり、頷くだけだった。

 フレイヤはその様子を静かに見守っていた。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。その可憐で女神にも決して引けを取らない美貌の正体は、迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオでも希少価値が極めて高い第一級冒険者だ。最強の剣士は誰かと議題になったら、彼女の真名(なまえ)が挙がるのはまず間違いない。

 

「可愛いわね。男神(おがみ)達が評判するだけはある」

 

「せやろ、せやろ! うちの自慢の眷族(むすめ)や!」

 

「貴女が入れ込む理由も分かるわ」

 

「美の女神に褒められたで! やったなぁ、アイズ!」

 

 ヒュー! とテンションが上がる主神(おや)とは対照的に、眷族(こども)は無表情だった。一応、礼のつもりなのか、ぺこりと頭を下げる。

 

「どうして此処に彼女が……って、聞くまでもなかったわね。この後は一緒にフィリア祭を回るのかしら」

 

「正解や! ぐふふふふふ、私服姿のアイズたんとデートやで! どうや、羨ましいやろ!」

 

 ロキはドヤ顔でそう言ってから、言葉を続けた。ぽんぽんと愛娘(まなむすめ)の頭を叩きながら。

 

「それになぁ、この不良娘はすぐにダンジョンに行くからなぁ。母親(ママ)も怒り心頭や」

 

母親(ママ)……ああ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】のことね」

 

「なんや、そこまで知ってたんか」

 

「この情報はかなり出回っているわよ? とはいえ、王族(ハイエルフ)の彼女だから、皆、半信半疑といったところかしら。特に妖精(エルフ)の子は信じられないみたい」

 

 カカッ、とロキは笑う。その間もアイズの頭を叩いていたが、彼女の言葉は事実なようで、目を伏して為すがままにされていた。

 フレイヤは紅茶で唇を湿らせると「それで?」と質問した。

 

眷族(こども)とのデートを後に回してまで、私に何の用かしら?」

 

怪物祭(モンスターフィリア)はまだ始まってすらないで。いや、そろそろ始まったんか? どちらにせよ、時間は充分にある。この前の宴の時はあんまし話せへんかったから、駄弁(だべ)ろうと思ってなぁ」

 

「嘘ばっかり」

 

 美の女神(フレイヤ)はフードの奥で銀の双眸を静かに開いた。それを見て、計略の女神(ロキ)も糸目を薄らと開ける。

 それまでにあった和やかな空気が、刹那の後に一変した。

 神威と神威のぶつかり合い。

 運悪く料理を運んできた従業員は立ち尽くした。此処から逃げるべきだと本能と理性が訴えているが、まるで足が動かない。見兼ねたアイズが席を立ち料理を受け取ると、兎人(ヒュームバニー)の男性は「ありがとうございますっ」と涙目で厨房に姿を消した。アイズは彼の姿を見て、先日知り合った少年を思い出す。

 

(話……まだしてない。いつになったら出来るんだろう)

 

 約束こそしているが、中々、機会に恵まれていなかった。アイズは忸怩たる思いを抱き、母親(リヴェリア)に相談しようと決める。

 

「「──ッ!」」

 

 喫茶店は既に二柱の女神の貸切となっていた。店主をはじめとした従業員は厨房に避難しガクガクブルブルと身体を恐怖で震わせ、客達はテーブルに代金を置いて退店している。

 

「用件は一つや。率直に聞く。今度は何やらかす気や」

 

「ふふふ……何を言っているの、ロキ?」

 

(とぼ)けんな。このあほぅ」

 

 ロキは眼光を鋭くすると、続けて言った。

 

「この前の『神の宴』に参加した理由は何や? ジブンら美の神は基本、宴に参加せんやろ。歓楽街の女王(イシュタル)が良い例や」

 

「ただの気紛れよ。たまには外の空気を吸いたいと思って。ほら、私は中々摩天楼施設(バベル)から出れないから。脱走を試みても眷族(こども)達にとめられてしまうの」

 

「ほーぅ、なら、情報収集に余念がないのはどういう事や? いつもは眷族達に一任しているやろ」

 

「それだと、まるで私が何か悪事を企んでいるみたいね」

 

「だからさっき言うたやろ。何をやらかす気や、とな」

 

「なら、もし私が悪事を企んでいるとしましょうか。貴女はどうするの?」

 

「決まっとるやろ──()()()()

 

 フレイヤは笑った。童女のように、無邪気に声を立てて笑った。

 アイズがぱちくりと瞬きする中、ロキは決して油断しない。目を細め、敵対派閥の主神を射貫く。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオが誇る都市最大派閥──【ロキ・ファミリア】、そして、【フレイヤ・ファミリア】。

 両派閥の小競り合い、蹴落とし合いは何度も行われている。一度(ひとたび)、無法地帯である地下迷宮(ダンジョン)で鉢合わせば、彼等は無言で武器の矛先を向けるだろう。

 都市を巻き込む抗争こそ未だに行われていないが、主神の意向によっては、いつ勃発しても可笑しくない。

 絡まる視線、交わされる無言の笑み──そして、神威の激突。

 やがて、脱力したのはロキの方だった。

 

()()

 

 フレイヤは何も言わなかった。ただ、妖しい微笑を携えていた。

 だがしかし、ロキはかえって確信を持ったようだった。神威を霧散させ、呆れを隠さずに言う。

 

「これで何人目や、この腐れおっぱい」

 

 美の女神フレイヤには、一つの欠点があった。

 それは多情──つまり、男癖がとても悪いのである。それは神々の間では周知の事実であったが、彼等はそれも魅力だと(のたま)っていた。実際は女神の肩を持つことで、気に入られ、あわよくば男女の営みをしたいという下心があるのだが。

 気に入った異性──同性も稀にだがある。どちらも下界の子供達だ──を見付ければすぐさまアプローチし、自分のモノとする。権能である『美』を駆使するのに躊躇う理由は彼女になかった。

 

「うちの推理を聞くか?」

 

「ええ、是非」

 

「ジブンはある一人の可哀想な子供に目を付けた。せやけど、ある誤算があった。その子供は既に『神の恩恵(ファルナ)』が刻まれていた……ようは、他【ファミリア】の眷族だった」

 

 神であれば『恩恵』の有無は一目見れば看破出来る。

 

「ジブンはどうしてもその子供が欲しかった。せやけど、もしその子供がうちみたいな大手派閥だったら、【フレイヤ・ファミリア】であっても大損害や。だから『神の宴』に参加した。幸い、主催者は【群衆の主(ガネーシャ)】や。オラリオに居る全員に招待状は届く。ジブンは意気揚々と参加し、無事、何処の派閥の者なのかを探り当てた──こんな所やろ」

 

 ぱちぱちぱち、と拍手が送られる。それは正解だと認めるもの。

 推理を披露したロキの顔に達成感はなく、ただただ、面倒臭そうな表情を浮かべていた。

 フレイヤはにこりと笑い、こう言った。

 

「流石ね、ロキ。けれど満点ではないわ。私はその子が何処の【ファミリア】なのかを既に知っていたもの。その子は迷宮都市(オラリオ)に来てからというもの面白いことを沢山やっていてね、一部の界隈では人気らしいわ」

 

「はぁ? なら何でわざわざリスクを冒してまで……」

 

「そうね……色々とあるけれど、一番は主神(おや)に会いたかったから、かしら。その子のことを聞けるかもしれないでしょう?」

 

 理解出来ひんな、と計略の女神(ロキ)は頭を振った。

 自分ならもっと用意周到にやるからだ。やるからには徹底的に、それが彼女のポリシーである。

 だが、目の前の女神は敢えて取らなくて良いリスクを取ったという。それが彼女には理解出来なかった。

 深々と溜息を吐いたロキは、ぐでーっとテーブルに突っ伏した。外から聞こえてくる子供達の賑やかな声を拾い、笑みを浮かべる。その姿勢のまま、

 

「で?」

 

 と、脈絡もなく言った。

 フレイヤが首を傾げる気配を感じつつ、さらに尋ねる。

 

「どんなヤツや。聞かせろ。うちの心労を思えば、聞く権利がある筈や」

 

「随分と横暴なことを言うのね。けれど、そんな貴女は嫌いじゃないわ」

 

「しゃらくさい。はよ、言え。さっきも言うたけど、この後はアイズたんとのデートが待ってるんや」

 

「奇遇ね。実は私も、この後は用事があるの」

 

 フレイヤはそう言って、空を眺めた。

 雲一つない快晴。正しく祭り日和だろう。

 おもむろに、彼女は自身の銀の瞳を指さした。

 

「私の眼のことは知っているでしょう?」

 

 こくりと、ロキは頷いた。

 女神フレイヤには、『洞察眼』と言うべき下界の者──『魂』──の本質(いろ)を見抜く瞳がある。

 それは神々の間で使用禁止と取り決められた絶対無比な『神の力(アルカナム)』──ではない。あくまでもそれは性質、つまり先天的能力(スペック)であるので、ルール違反にはならない。

 彼女は以前からこの瞳を用い、天界に建つ自身の(やかた)へ、生前、『英雄』と呼ばれた下界の者を運んでいたのだ。

 

「阿呆な男神(おがみ)や子供達は、ジブンの正しか見ぃへん」

 

 美の女神が司るのは、『美』だけではない。

 ──『美』と、そして『愛』。正と負。

 それが彼女が併せ持つ二面性だ。

 彼女のお眼鏡にかなった者は幸運だと、一般的には言われている。何せ未来永劫美の化身に可愛がられるのだから。それは快楽の連続だ。

 だが──と、その意味を知っているロキはとんでもないと思う。

 それは無限に続く束縛に他ならないのだから。そこに自由はなく、女神から逃げる術はない。

 

「かぁー、やっぱそれ、チートやな、チート。死に腐れチートや!」

 

 天界から下界に場所を移しても、彼女の()()は変わらなかった。否、寧ろ酷くなったかもしれない。

 直接間近で『魂』を視ることが叶ったのだから。

【フレイヤ・ファミリア】が都市最大派閥と至った一因には、これが大きく関係している。『英雄』の『器』を最初から選定出来るのだから、ロキが非難するのは仕方がなかった。

 とはいえ、フレイヤはこれからも趣味を続ける気満々である。「話を戻しましょう」と言い、

 

「私はその時、自分の眼を疑ったわ」

 

「……どういう意味や?」

 

「言葉通りの意味よ」

 

 フレイヤは『熱』に浮かされたように、早口で言った。

 

「子供達の『魂』の本質(いろ)は千差万別。けれどね、ロキ。『英雄』と称される彼等の『魂』は、根本が酷似しているのよ」

 

「……それはうちとジブンの眷族も一緒なんか?」

 

「『個性』はあるけれど、あくまでも『根源』は同じね」

 

 へえ、とロキは驚く。

 彼女に構わず、フレイヤはさらに言う。

 

「けれど、あの子は違ったの。『魂』の在り方が違う、とでも言うのかしら。だから……ええ、私はとても驚いた。目を見張った。でもそれは、決して、私の見間違いではなかったの」

 

「なんや、まさか『運命』だとでも言うつもりか?」

 

「『運命』? いいえ、いいえ! あれは決して『運命』なんて言葉では片付けられない。敢えて言うならば──そう、『必然』よ」

 

 吐息は『熱』を伴っていた。

 自分一人で勝手に盛り上がっていくフレイヤを見て、ロキは堪らずに「お、おお……」とドン引きした。これ程までにドン引きしたのは初めてである。

 

(なんか……推しを語る『オタク』やな、今のこいつ)

 

 控え目に言って気持ち悪かったが、すぐに気付く。

 ──あっ、これいつものうちや。

 ロキは落ち込んだ。それはもう、落ち込んだ。

 アイズは二柱の女神を見ておろおろする。

 片や一柱(ひとり)は満面の笑み。片やもう一柱(ひとり)はどんよりとした空気を纏っているのだ。しかも後者は自身の主神だ。

 

「……まぁ、分かった。そんで、ジブンはその子供に夢中になっているということやな?」

 

「そうね」

 

「とうとう認めおったで、この色ボケ女神!」

 

 ふふっ、とフレイヤは笑った。

 その笑みを見たロキは、猛烈に嫌な予感に襲われた。

 

「ロキ、貴女には一つお願いがあるの」

 

「……うちは何も聞いておらん! 行くで、アイズ!」

 

「は、はい……」

 

 アイズに声を掛け、ロキは撤退を試みようとするが、時既に遅し。

 

「──(たか)羽衣(はごろも)

 

 ギクッ! ロキは文字通り固まった。

 壊れた機械のように顔を向けると、そこには、腹立たしい程に美しい微笑を浮かべている女神の姿が。

 

「……アイズ、すまんが店の外で待っててくれるか?」

 

「……? 分かりました」

 

 アイズは希薄な表情に困惑を浮かべたが、すぐに無表情に戻ると、フレイヤに一礼してから店を出た。

 それからロキは厨房に入ると、すっかりと身体を小さくしている従業員達に近付いた。

 

「本当にすまんが、暫く、店を貸してくれや」

 

「えっ? ええっ!?」

 

「ほな、これで堪忍な」

 

 混乱している彼等に、無理矢理、金貨を握らせる。それからにこりと微笑んでやると、彼等は顔を青ざめながら、店を出ていった。

 自分達以外に誰も居ないことを確認してから、ロキはどすんと椅子に座った。

 

「相変わらず、強引なんだから」 

 

「対価は払った。あんだけの額があれば一ヶ月は遊べる額や。文句は言わせへん」

 

「それが強引なのよ」

 

 指摘を無視し、ロキは「話を続けよう」と言った。焦りを見せる彼女とは対照的に、フレイヤには余裕があった。

 絶対的優位が今のフレイヤにはある。話を切り出す。

 

「以前貸した鷹の羽衣、欲しい?」

 

 突然のことに面食らいながらも、彼女は本能に従った。

 

「そ、そりゃ……欲しいもんは欲しいけども。あれはオキニやし……」

 

「私と貴女の仲だわ、特別に差し上げましょう」

 

 ほんまか! ロキは飛び付く。

 フレイヤは「女神の真名(まな)に懸けて」と約束した。

 

「何なら、今回、管理機関(ギルド)が【ロキ・ファミリア】に課した罰金──そうね、半分、私が払いましょう」

 

 けれど、とフレイヤはロキが反応するよりも早く。

 

「条件があるの。ええ、とても簡単な条件だわ。──今後の私の行動に目を(つむ)って頂戴」

 

「んなッ!?」

 

「お願い出来るかしら」

 

 それは『お願い』ではなく、『命令』だった。

 ロキは「ぐぬぬぬぬッ……!」と呻く。彼女からすれば、とても魅力的な提案だったからだ。

 まず、天界に居た際、フレイヤから奪った──借りた鷹の羽衣を贈呈(プレゼント)してくれるという。これはとても大きい。これは、使用者が着ると鷹に変身出来るという優れ物で、フレイヤに言った通り、お気に入りなのだ。

 更には、【ロキ・ファミリア】が背負った罰則……罰金も肩代わりしてくれるという。はっきり言って、今の【ロキ・ファミリア】は嘗てないほどの財政危機に陥っていた。『遠征』は事実上の失敗。そして、『ミノタウロス上層進出事件』が拍車を掛けている。【ロキ・ファミリア】への信頼度も、提携している【ファミリア】から落ちたという報告も出ている、既に何箇所かある程だ。

 そして、ハッと。ロキはあることに気付いた。

 

(……『神の宴』に出たのは、うちを釣る為か! 勘繰(かんぐ)ったうちを誘い込み、懐柔(きょうはく)し、行動をしやすくする。これがフレイヤの狙い!)

 

 してやられたと、計略の女神は美の女神を睨めつける。

 すると、フレイヤは悪戯が成功した子供のように、フードの奥で口角を上げた。

 

「……規模にもよる。周りにも被害が出るようなら、介入する。これが妥協案や」

 

「ええ、それで構わないわ」

 

 はあ──とロキは深々と溜息を吐いた。それからダン! ダン! とテーブルを強く叩く。

 

「負けや、負け! うちの負けや!」

 

(いさぎよ)いのね。てっきり、もっと粘るのかと思っていたわ」

 

「よく言うわ。うちがこの場所に来た時点で負け確やさかい。ああ、認めるしかないやろ。せやけどなぁ、覚え取れよ。次に勝つのはうちや!」

 

「楽しみにしているわ」

 

 フレイヤはそう言うと、一枚の羊皮紙を取り出した。自身の神血(イコル)で押印すると、テーブルの上を走らせ、ロキの元に届ける。

 此処に、『契約』が結ばれた。どちらも自分の真名を懸けており、反故することは出来ない。

 

「で、いつから行動するんや?」

 

 計略の女神の問いに、美の女神は答えた。

 

「今からよ」

 

「は、はぁ?」

 

「寧ろ、今日しか機会はないの。あの子の晴れ舞台はね」

 

「晴れ舞台……? 何や、その子供は芸人なんか?」

 

「ふふっ……ヒントをあげると、貴女も無関係じゃないわ」

 

 自分に関係がある? ロキはてんで意味が分かるず首を傾げた。

 

「あら、もうこんな時間。それじゃあ、私は行くわ。また会いましょう」

 

 困惑するロキを置いて、フレイヤは一方的に別れを告げる。ロキは何が何だかさっぱり分からず、店を出ていく彼女の背中を送ることしか出来なかった。

 大通りに出たフレイヤは、フードを目深に被り直す。無論、彼女の『美』がそれで隠蔽出来るはずもなく、偶然、その様子を視界に収めたヒューマンの男は胸を押さえた。

 彼女はそれに構うことなく、裏路地に足を向ける。美の女神は存在しているだけで騒動を起こす為、彼女は陽の光の下を歩くことはあまり出来ないのだ。目的地に向かっていると、前方に、一柱(ひとり)の女神と一人の青年が連れたって現れる。

 

「あら、フレイヤじゃない」

 

 数日振りね、とヘファイストスが気さくに手を挙げて挨拶をした。フレイヤはそれに応える。

 

「ヘファイストス様、お知り合いですか?」

 

 隣の青年が質問すると、ヘファイストスは「あんたねえ……」とこめかみを押さえた。

 

「フレイヤよ、フレイヤ。【フレイヤ・ファミリア】は知っているでしょう? そこの主神よ。私達のお得意様の一つでしょうが」

 

「ああ、なるほど。これは失礼しました、女神フレイヤ」

 

「ごめんなさい。この子、根っからの鍛冶職人なの。だから自分に興味がないことにはとことん興味がなくて」

 

 青年は心外そうに眉を一度上げた。

 ヘファイストスの謝罪に、フレイヤは「気にしないで」と手を振った。その代わり。

 

「もう、ヘファイストスったら水臭いわね。彼氏が出来たなら、教えてくれても良いじゃない」

 

「な、何を言っているのかしら!?」

 

「ふふっ、誤魔化したって駄目よ。今の貴女、宴の時以上に美しいわ。やっぱり傍には男子(おのこ)が居ないとね」

 

「〜〜ッ!?」

 

 ぼんっと瞬時に顔を熟れた林檎のように染め上げる。

 青年は先程の仕返しなのか、笑いながら。

 

「はは、言われてますよ、ヘファイストス様」

 

「貴方は黙っていなさい! ち、違うのよフレイヤ。この子はそんな相手じゃなくて──」

 

「あら、そうなの? ごめんなさいね、私の勘違いだったみたい」

 

「ぁ……い、いえ、勘違いでもなくて……」

 

 平生の冷静さは何処へやら、鍛冶の女神は情緒不安定に陥っていた。

 そわそわと落ち着かなく、青年に視線を送っては、目が合うと逸らすという行為を繰り返している。

 神達が今の彼女を見たら、口をあんぐりとさせ、乙女な麗人の姿に目を擦るだろう。

 

「せっかくの逢引(デート)をこれ以上邪魔しては馬に蹴られそうだから、私はもう退散するわね」

 

「なっ、ま、待ってフレイヤ!」

 

「ご機嫌よう」

 

 フレイヤ──!? ヘファイストスが女神の名前を叫んだ時には、もう、遅かった。

 ヘファイストスはがくっと項垂れ、嘆息する。そして、遭遇したのがヘスティアじゃなかっただけ良かったと思うようにした。

 

「ヘファイストス様、俺、工房に戻って良いですか?」

 

 さらに溜息を吐く。

 ヘファイストスはじろりと青年を見詰めた。

 

「貴方ねぇ……そう言って、もう既に何日もこもっているじゃない」

 

「いやぁー、【ヘファイストス・ファミリア】は最高ですね。鍛冶師一人ひとりに工房をくれるんですから」

 

「こら、煽てても何も出てこないわよ。それで? 今回は何日だったかしら?」

 

「三日ですね。でもヘファイストス様、三日だったら少ない方でしょう。椿(だんちょう)だって、これくらいはやっている筈です」 

 

「貴方達は頻度が可笑しいのよ、頻度が。全く……他の眷族(こども)達も真似するからやめなさい」

 

 善処します、と青年は笑いながら言った。

 態度からして反省していないのは丸分かりだったが、ヘファイストスは「程々にしておきなさいよ」と言うのに留めておいた。

 自分にも身に覚えがある故に、あまり偉そうには言えないのだ。

 

「せっかくのフィリア祭なのに……」 

 

 その代わりに唇を尖らせ、小さく呟く。

 青年は困ったように片頬を搔くと、ヘファイストスの手を取った。

 

「貴女も変わり者だ。なんで俺を選んだんだか」 

 

「先に告白してきたのはそっちじゃない」

 

 ああ、そうでしたねと青年があっけらかんと笑うものだから、ヘファイストスはすっかりと毒気を抜かれてしまった。

 

「それじゃあ、行きましょうか。時間が勿体ない」

 

「……色々と言いたいことはあるけれど、そうね、行きましょうか」

 

 二人は歩みを始める。

 女神と下界の子供。存在は違うが、その本質は同じだ。ならば、そこには確かに『愛情』がある。

 

「今回こもっていたのは、やっぱり──」

 

 青年は頷いた。

 

「俺の剣が、一本、売れたんです。それが嬉しくて、つい。他の奴等が聞いたら、何を今更だと思うでしょうが」

 

「……そうね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その『異能』を使ってね」

 

「そして、冒険者達(きゃく)はそれを求めている。だがそれは『俺の力』であって、『俺の打った剣』じゃない。だから──『俺の打った剣』は売れない。ましてや【Hφαιστοs】のロゴが彫られてないなら尚更だ」

 

「貴方にはその資格がある。【ヘファイストス・ファミリア】の中核を担う貴方には。けれど、貴方はそれをしない。いっそ、意固地になっていると思わせる程に」

 

「ええ、否定はしませんよ。『俺の打った剣』が店から離れることは全然ない。当然だ、製作者が分からない武器を買うのは、余程の酔狂者くらいだろうさ」

 

「でも、『貴方の打った剣』は売れた。おめでとう──って言うのは早いのかもしれないわね」

 

『青年の打った剣』が冒険者の手に渡ったことはこれまでに何回かあった。しかし彼の正体を知った者は、例外なく『青年の打った剣』ではなく、『青年の力』を見る。彼は落胆を隠しながら、しかし、鍛冶師として『力』を(ふる)うのだ。

 

(お願い、誰かこの子を視てあげて……)

 

 その光景をヘファイストスが何度目にして来たのか、それはもう分からない。

 だから感情の赴くままに打ったのね、とヘファイストスは胸中で呟く。彼女の視線は青年の背中に注がれた。

 果たしてそこには、一本の剣が吊るされていた。リーチからして、片手直剣(ワンハンド・ロングソード)だと見当をつける。

 

「出来に自信は?」

 

「あります。俺がこれまでに打ってきた作品、その最高傑作が更新されたと、自負があります」

 

 地味な色の鞘袋に包まれているそれは、未だに産声を上げていない。

 青年は自身の作品(こども)を一度優しく撫でた。さらに言葉を続ける。

 

「俺の思い過ごし、勘違いかもしれない。そんな筈がない、起こり得る筈がない。荒唐無稽な話だ。そんなことはわかっている。これまでもそうだった。だが、変だな。今回は違う。根拠はないのに、確信がある。何よりも、俺の血が騒いでいる。運命なんてものを信じる柄じゃないが──俺達の物語(みち)が再び交わろうしているのを感じる」

 

 燃えるような赫灼の髪を揺らし、同色の瞳を閉ざして。

 何かを懐かしむように。そして──()()()()()()()()()()

 青年は朗らかに笑う。

 

「俺は此処に居るぞ。もしお前が居るのなら、早く会いたい。俺を無二の友と呼んでくれた、お前にな」

 

 なぁ、お前はどうだ? と青年は喉奥でその言葉を紡いだ。

 主神(ヘファイストス)が息を呑んでいるのを気配で感じつつ、彼は空を見上げた。路地裏から覗く蒼穹に染みはなく──今日も空は青く、美しかった。

 

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