ベル・クラネルとシル・フローヴァが銀の
昼休憩を終えた
「お疲れ様です! エイナ・チュール、戻りました!」
「同じくミィシャ・フロット、戻りました! お疲れ様でーす!」
「あ、ああ……チュール達か。お疲れ様」
エイナ達の挨拶を、同僚の男性ギルド職員が返す。
彼は気難しい表情をしており、それを見たエイナはミィシャと顔を見合せた。見れば、彼だけでなく全員が同じような表情を浮かべている。
先程までにはなかった空気だ。
アイコンタクトを取り、代表してエイナが尋ねる。
「あの……どうかしましたか? 何か問題が?」
「いや……問題と言える問題じゃないんだが。なんでも、西ゲートに配置されている職員達が何人かぶっ倒れたらしくてな。その対応を考えているところだ」
「問題じゃないですか!」
くわっと、エイナは
美人なハーフエルフに詰め寄られた男性職員は
「ぶっ倒れたって……熱中症ってことですか〜?」
ギルドの制服は上質な素材で作られているが、雲一つない快晴の今日に於いては、遮るものがない日差しの下で職員は働くことになる。小休憩や昼休憩を度々挟んでいるとはいえ、熱中症で倒れても不思議ではないだろう。
ところが、男性職員は首を振って否定した。
「いや……意識はあるみたいなんだ。ただ、腰を抜かしたみたいにへたり込んでいるらしくてな。多分、酒でも飲んで羽目を外し過ぎたんだと思う」
「うっわ〜」
「そんな訳だから、使い物にならなくてな。俺達の所から何人か人員を割くらしい。チュールとフロットも心構えはしておいた方が良いぞ」
ミィシャはドン引きした。自身も職務に忠実とはあまり言えないが、流石に、それくらいの分別はあるつもりだ。とはいえ、最近は親友の愚痴に付き合っているのが殆どだが……。
(エイナ……カンカンだろうなぁ。ここ最近は
ちらりと、恐る恐る親友を見ると。
エイナは顎に手を当てて真剣に考え込んでいた。
同僚の情けなさには特に怒りを抱いていないらしいとミィシャが一安心したところで、エイナが小さく呟く。
「西ゲート……確か、そこって……」
「エイナ……? 気になることでもあるの?」
「あぁうん、何か引っかかるなあって思って。お酒だとしても、なんでお昼を過ぎたこの時間帯なのかな……?」
「それは……確かにそうだよね……」
「それに……
エイナ・チュールは優秀である。ミィシャが事の重大さに顔を青ざめていく中、彼女は優れた頭脳を働かせていく。
だが、どれだけ考えても答えには辿り着けなかった。
下手に騒ぎ立てたら、
それ故に、エイナは親友に打ち明けることしか出来ない。
「ミィシャ、よく聞いて」
「う、うん……」
「私の勘違いだったらそれで良い。でも、もしかしたら予期せぬ事態が起こるかもしれない。だから、心の備えだけはしておこう」
「分かった!」
ミィシャはエイナの言葉を呆れることもせず、馬鹿にすることもせず、そう言った。
これまでに積み重ねてきた『親友』という信頼関係があるからこそ、彼女は即答出来る。
それがエイナは堪らなく嬉しかった。「ありがとう」と感謝の気持ちを伝え、どうか、この不安が的中しないことを切に願った。
──
光源が心許ない、暗く、湿った場所。
此処は
そして──『檻』があった。鎖に繋がれているのは多種多様な
口から涎を垂らし、唸り声を上げ、時には脱走を図ろうとする音が頻りに響く。しかしダンジョンで採掘出来る特別な鉱石を用いて作られた檻はとても頑丈であり、破壊される事はない。
モンスターは此処から担当者によって、檻ごとアリーナへ地上に運ばれ、フィールドに居る
そんな控え室に、一つの足音が近付く。
「何をしている!? もうすぐ昼休憩が終わるぞ!? 何故モンスターを地上に上げない!?」
彼女は主神であるガネーシャから、裏方の班長を任されていた。その期待に応える為、
昼休憩が終わると、いよいよ
しかし、規定の時刻になってもモンスターは運ばれず。業を煮やした彼女が直々にやって来たのだ。
「全く……明かりを満足にもつけず!」
近くの魔石灯のスイッチを入れ、光源を増やす。そして叱責の言葉をまずは送ろうとして、
「な──ッ!?」
苛立ちが、驚愕に変わった。
「お、お前達……どうした!? 何があった!?」
薄暗い室内に広がっていたのは、ことごとく床にへたり込んでいる仲間達の姿。
この場に配備されている運搬係は四人。その全員が、腰を下ろした格好で、文字通り固まっている。
驚愕に襲われたのは、一瞬。冷静さをすぐに取り戻した彼女は最寄りの仲間に近付いた。
「なんだ……これは……どうなっている!?」
呼吸はある。外傷もなければ痛みに悶えている様子もない。命に別状はないが、尋常じゃない容態なのは明白だった。
「モンスターの毒か……? いやだが、観客への空気感染を考え、毒を扱うモンスターは捕獲していない筈……」
「あ……ぁ……」
「しっかりしろ! くそ、
細く漏れる声。上気した頬。定まっていない焦点。何もかもが『異常』だ。
医療に精通していない自分では何も分からない。取り敢えず、仲間を横にさせようとした──その時だった。
空気が、震えた。
(後ろに……誰か居る!? 私は曲がりなりにもLv.2だぞ! この至近距離で気付かないなんて──!?)
「あら、駄目よ? 動かないで?」
金縛りになったように動かなくなった。
気が付けば両眼が塞がれていた。やろうと思えばすぐにでも振り払えるだろう。
しかし、恐ろしく滑らかな肌触りが。密着されている
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、四つの感覚が麻痺していく。機能が低下し、働かなくなっていく。
(これは……『
彼女が『答え』に辿り着くよりも前に。
何者かが耳元で甘く囁いた。
「鍵は何処?」
「……か、ぎ……?」
「檻の鍵。モンスターを閉じ込めている、檻の鍵」
既に、彼女に自由はなかった。生きるのも、死ぬのも、その
条件反射のように従い、瞳孔を肥大化させ、がくがくと震える左腕を懸命に動かす。そして腰に着けている鍵束を手に取ると、檻の鍵を──何度も失敗しながら──肩の上まで持ち上げた。
「ふふっ……ありがとう」
その感謝の言葉を彼女が聞くことはなかった。
差し出した鍵が取られる、その事実を認識することすら無理だった。へにゃりと脱力し、
「ごめんなさいね」
侵入者──美の女神フレイヤは、目深に被っていたフードをぱさりと取り外すと、そう、
神々は下界に降臨する際『
だがしかし、神たらしめる性質はそれに該当しない。
フレイヤに戦闘能力はない。
しかしながら、彼女には『美』がある。否、この表現は適切ではないだろう。
ヒューマンや
「さて……」
フレイヤは静かに大部屋を見渡した。そのまま、中心部に向かう。
あれだけあった雑音はすっかりとなくなっていた。
「あの子の【ステイタス】を推測するに……ふふっ、難しいわ」
たおやかな笑みを携え、独り言を呟きながらモンスターを一匹ずつ
「あまりにも弱いと話にならないし……かと言って、強過ぎるのも駄目。死者が出たなんて事態になれば来年の
何より──面白くないと、女神は唇を吊り上げた。
銀の瞳が爛々と輝き、妖しく光る。それに魅了されたモンスターが鼻息を荒くする。
「決めたわ。貴方から……貴方までにしましょう」
果たして、選ばれたのは九匹の
フレイヤは【ガネーシャ・ファミリア】の裏方班長から
ともすればそれは、
「貴方達に、一つ、お願いがあるの。聞いてくれるかしら?」
『『『ヴアアアアアァァァッッッッ!』』』
「ふふふ……ありがとう」
フレイヤはにこりと微笑むと、ローブの胸ポケットから一つの
上質な紐に、ペンダントトップが吊るされている。
それはとある
「この
『『『ヴゥ……?』』』
「探して、連れてきて頂戴?」
返答は雄叫びだった。
フレイヤはさらに言葉巧みに続けた。
「一番最初に連れてきた子には……そうね、
だから、頑張ってね? とフレイヤは囁いた。
彼女の甘言を理性なき獣は疑わない。騙され、惑わされ、そして自身が味わうであろう快楽の絶頂を妄想する。
その為にやるべき事は一つ。彼女の願いを叶えること、それだけだ。
「さあ、行きなさい」
前払いとして、獣の額に唇を落とす。
そして、九匹のモンスターが『世界の中心』である
数分もすれば笑い声は悲鳴に変わるだろう。
しかしながら、フレイヤに罪の意識はなかった。何故ならば、彼女は女神。
彼女の目的はたった一つ。
「貴方が本当に『英雄』になりたいのなら、これくらいの『試練』は乗り越えてみせなさい。私も、あの子も、貴方の『勇姿』を見たいの」
自身が見初めた子供の格好良いところを見たいという、何処までも自分本位な考え。その自己中心的な考えは、いっそのこと清々しい。
「本来なら、貴方が表舞台に登場するのはまだ先のことでしょうね」
でも──、と一柱の女神は
「私は我慢出来ないわ。貴方の
身体が
そして意中の相手の
「──ベル・クラネル」
銀の瞳を閉じれば、脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。
穢れを知らない処女雪を連想させる白髪に、
そして最後に──彼がいつも浮かべている笑み。フレイヤは特にそこが好きだった。子供が精一杯背伸びをしているようで、愛くるしい。
もし彼が眼の前に現れたら、抱き締めて頭を撫で回す自信がある。
満面の笑みを浮かべ、女神は言った。
「産声を上げなさい。
「ガネーシャ様、ど、どうしましょう!?」
そこには数名の【ガネーシャ・ファミリア】の構成員と、一柱の
特徴的な象の仮面を被っている
「俺が、ガネーシャだ!」
「いや知ってますよ!? あと、緊急事態ですから
「むぅ……慌てているお前を落ち着かせる為、俺の愉快な
ガネーシャは「ガネーシャ、超ショック!」と言うと、メソメソと泣き真似をした。
「事態はどうなっている?」
主神の代わりに尋ねたのは、一人の女性だった。群青色の長髪に、同色の瞳。
多くの【ガネーシャ・ファミリア】団員が主神と同様、象の仮面を着けている中、彼女だけがこの場で唯一、その素顔を出していた。
彼女の
「まずは落ち着け。我々が不安そうにしていたら、観客達に伝播してしまう」
「は、はい!」
「それで、何匹脱走した? モンスターの種類は?」
「きゅ、九匹です! モンスターは──」
最後まで報告を聞いた団長は神妙な面持ちになった。
ふむ……と顎に手を当てて呟き、
「ガネーシャ、どう思う?」
主神に意見を仰いだ。
「それは犯人のことか?」
「ああ。私が犯人なら、捕らえているモンスター全てを解き放つ。それにモンスターも問題だ。
「
だが、と【
「俺達のやるべき事は決まっている!」
【ガネーシャ・ファミリア】は都市の治安を維持する派閥。『都市の憲兵』が動かない道理はない。
「大至急、モンスターを追え! また他の【ファミリア】との連携をとる! この場に居る神達に協力を要請するぞ!」
「皆の者、我らが【
了解! 主神と団長の号令を受け、『都市の憲兵』が動き出す。【ファミリア】の眷族同士、そして、主神への敬意があるからこそ、迅速な対応をすることが出来るのだ。
「さて、問題は──」
観覧席から見下ろした先、観客席ではざわめきが起こっていた。昼休憩が終わって既に十分が経過している。
ナレーションを担当している団員によって何とか場は持っているが、それも限界が近かった。聡い者は何か起こっているのではないかと訝み、席を立っている。
「ガネーシャ、すまないが
「ガネーシャ、了解!」
「頼む。私は現場指揮に移ろう」
観覧席から立ち去るシャクティに、ガネーシャは激励を送った。
「此処は俺に任せろ! 何故ならば、俺が、俺こそが、ガネーシャだからだ!」
根拠の欠片もないその自信満々の言葉を、シャクティは鼻で笑うことはしなかった。それは自身が仕える象神への絶対的な信頼があるからだ。
遠のいていく背中をガネーシャは見送ると、仮面の奥で引き締めた表情を浮かべた。しかし、それは一瞬。すぐに笑みを作ると、観客達の視界に映るように仁王立ちする。
「おい見ろ! ガネーシャ様だ……!」
「ガネーシャ様自ら、何か説明があるのかしら……」
「そりゃそうだろ。だって、ガネーシャ様の挨拶は開演と終演だけだろ?」
会場がざわざわと落ち着かない。
連絡が回っていないナレーターが拡声器のスイッチのオンのまま「が、ガネーシャ様!?」と驚愕する。
ガネーシャは揺れる空気を断ち切るため、大きく手を振った。この場に居る全ての視線を一身に集める。
そして、大きく息を吸うと。
「俺が、ガネーシャだあああああああっ!」
奇妙なポーズと共に、そう、叫んだ。
彼にとって、下界の子供達全てが愛する大切な存在。故に、【
【
「も、モンスターが居るぞ! 何処かに、モンスターが居る! みんな逃げろ!」
「おい、そっちに行くな! そっちはモンスターが行った方向だぞ!」
民衆の悲鳴と怒号が飛び交う。
東のメインストリートは観光街となっている。ただでさえ人通りが激しい目抜き通りは
「我々の避難指示に従って下さい!」
ギルド職員と【ガネーシャ・ファミリア】が協力して事態の鎮静化を図ろうと試みているが、それも意味は為さない。
未だに正確な情報が現場に伝わってきていないのが主な原因だった。その為、声を張り上げることしか彼等は出来なかった。
「娘を、娘を知りませんか!? さっき逸れてしまって! ああ、私がしっかりしていれば!」
「落ち着いて下さい! 娘さんはきっと見付かります! まずは娘さんの特徴を教えて下さいますか?」
「は、はい……。娘はリタといって──」
娘と逸れてしまった女性の対応をしたエイナは、母親を臨時的な避難場所──武装した【ガネーシャ・ファミリア】が広場で守っている──に送り届けると、その美貌を大きく歪めた。
家族や大事な人と逸れてしまったと訴える人の対応をしたのは、これで十数件目。とてもではないが、すぐに見付けることは不可能だ。それが分かっているからこそ、エイナは気休め程度の言葉しか掛けられない。
(どうする……? どうすれば良いの?)
歯痒い思いをする。
現状分かっているのは、脱走したモンスターの数と種類だけだ。犯人探しは後にすると、【ガネーシャ・ファミリア】と
組織の末端でしかないエイナ・チュールは上層部の指示に従うしかない。それが歯痒いのだ。
(冒険者が協力してくれているけど……モンスターを討伐したという報告はまだされていない……!)
迷宮都市の殆どの冒険者は
また、数少ない冒険者に頼ろうにも、彼等は武装をしていない者が多数を占めていた。オフの日に帯剣する理由がないのだから、それも当然だろう。
何か手はないかとエイナが思考を回転させる中、
「あの……モンスターが脱走したって聞いたんですけど……」
一人の女性が彼女に声を掛けた。
思考を中断させ「はい!」と先に返事をする。それから声主に視線を送ると、エイナは呆然としてしまった。
「あ、アイズ・ヴァレンシュタイン……」
他のギルド職員や【ガネーシャ・ファミリア】も都市に名を馳せている第一級冒険者の登場にぴたりと動きを止めてしまう。
すぐに我に返ったエイナは無遠慮にもアイズを観察する。防具こそ纏っていないが、腰の剣帯には細剣が吊るされていた。
そこからの判断は早かった。ずいっと顔を近付けると、そのまま頭を下げる。
「あ、あの……?」
頭上では戸惑った声が出された。
ハーフエルフの奇行にミィシャも驚く中、それに構わずエイナは懇願した。
「お願いします! モンスターを討伐して下さい!」
エイナは事情を簡単に説明した。
要点が纏まっている話を聞き終えたアイズは、すぐに雰囲気を一変させた。後ろで成り行きを見守っていた主神に振り向き──金の瞳をやや見開く。
そこには、苦虫を噛み潰したロキが居た。舌を鳴らし、忌々しそうに呟く。
「あんの色ボケ女神……! あー、くそがっ!」
「ロキ……?」
今にも地団駄を踏みそうな勢いだった。
ややして、
「……まっ、これは契約の範囲内や。文句は言われへんやろ。──ええで、アイズ。この際や、ガネーシャに貸しを一つ作れると思うようにするわ」
「うん……分かった……。協力します……」
「感謝します、【ロキ・ファミリア】!」
エイナが代表してそう言うと、ギルド職員及び【ガネーシャ・ファミリア】は一斉に頭を下げた。
都市最大派閥の主神は「ええって、ええって」と手を振ると、アイズに視線を送った。
「気を付けてな」
「うん……えっと、行ってきます……」
その言葉を残して、アイズ・ヴァレンシュタインは風と共に姿を消す。エイナ達が気付いた時には、もう、彼女の背中は見えなくなるところだった。
「うちは何処に居たらええんや?」
「こ、此方です!」
ギルド職員としてロキを避難所に案内しながら、これ以上被害が広がらないことをエイナは切に願った。
同時に、弟のように思っている少年と、今日知り合ったばかりの少女の無事を祈る。二人の姿は見ていない。もし彼等がモンスターと運悪く遭遇したら──そんな考えが頭の中で浮かんでは沈み、浮かんでは沈みを繰り返す。
(ベル君じゃ絶対に
勝負にすらならず、喰い殺されるだろう。
エイナは頭を振って思考を強引に断ち切ると、自分の責務に集中するのだった。
エイナ・チュールが【ロキ・ファミリア】の協力を取り付けた同時刻、東のメインストリートで『ジャガ丸くんの屋台』でアルバイトをしていたヘスティアは、蒼の瞳を揺らしていた。
モンスターが脱走したという悲鳴が轟いたのが、数分前の出来事だ。今や誰もが我が身を大事にしている。
「いったい、何がどうなっているんだ……?」
「ヘスティアちゃん、何をしているんだい!」
「お、おばちゃん……」
「早く此処から避難するよ!」
さあ、早く! と言われ、ヘスティアは言われるがままに雇用主の指示に従う。
必要最低限の荷物を持って準備が終わったところで、ヘスティアは一人の少女が泣いているのを発見した。
「お母さん! おかあさーん!?」
道のど真ん中で顔を濡らしているのにも関わらず、誰も、彼女に手を差し伸べない。彼女の周りには隙間が出来ていた。面倒事に巻き込まれたくないと、
ヘスティアは即断した。
「おばちゃん、ボクに構わず行ってくれ!」
「ちょっ、ヘスティアちゃん!?」
「ごめんよ。
二本に
小さな身体を活かし、人々が密集している間隙を突く。やがてヘスティアは少女の前に辿り着いた。
「やぁやぁ。きみ、大丈夫かい?」
あくまでも
ヘスティアはそれに応えるため、自身の豊満な胸を叩く。そして慈愛の眼差しと共に言った。
「ボクはヘスティア。炉の女神ヘスティアさ!」
「ヘスティア様……」
「おうともさ。ところで、君の
「……リタ」
「リタ……うん、良い名前だ。それでだ、リタ君。君はお母さんと逸れてしまったのかな?」
そう尋ねると、リタと名乗った少女は思い出したように瞳を潤した。それを防ぐ為、ヘスティアは彼女の頭を撫でる。
殊更に明るい声音で、励ましの言葉を贈った。
「大丈夫さ! きっと君のお母さんは見付かる!」
「……ほんとう?」
「ああ、本当だとも。きっと君のお母さんもリタ君を探している筈さ!」
「……お母さん、何処に居るのかな……。モンスターが逃げたんでしょう? お母さん、無事かな……?」
優しい
自分の心配ではなく、母親の無事を心配をしている。その純粋さは子供が持つ特権でもある。
「いよーし、ボクと一緒に来るんだ! 話を聞くに、広場が臨時的な避難場所になっているそうだから、君のお母さんもそこに向かっただろう」
「お母さん、そこに居るの……?」
「ああ、きっと居るさ! 居なくても大丈夫! 必ずボクが会わせてみせる! なんたってボクは炉の女神なんだから!」
そう笑い掛けると、リタは小さいながらも笑った。
「ボクの手を離すんじゃないぜ?」とヘスティアは彼女の手を握ると、広場に向かう。
「お父さーん! お母さーん!」
「ぐすっ……何処に居るの……!?」
「僕は此処に居るよ! 此処に居るから……!」
その道中、何人もの迷子の子供を彼女は発見した。その度に炉の女神は立ち止まり、手を差し伸べる。
気付けば十数人の子供達をヘスティアは導いていた。幼い見た目の彼女がぞろぞろと引き連れているものだから、自然と、注目が集まる。それを気にせず彼女は笑顔を振りまいていった。
「さあ、みんな、着いたぜ!」
広場では何百人という規模の人数が収容されていた。
出入口には武装した【ガネーシャ・ファミリア】及びギルド職員が各所に配置されている。それは即席の城壁を思わせた。
ヘスティアは優しそうなギルド職員を捕まえると、自身の
「すまない。ボクは【ヘスティア・ファミリア】主神、炉の女神ヘスティアと言うんだけど──」
「ヘスティア様!? ベル君の所の!?」
「お、おう……確かにベル・クラネルはボクの眷族だけど……えっと、君は?」
「も、申し遅れました! 私、ギルド事務部所属、ミィシャ・フロットです!」
鮮やかな桃色の髪の毛を持つギルド職員は、元気よくそう名乗った。ヘスティアは女神の勘として、彼女なら任せられると判断する。
「ミィシャ君、後ろの子供達は親と逸れてしまっていてね。もしかしたら親が此処に居るかもしれない。多忙なところ悪いけれど、対応をお願い出来るかな?」
「承知致しました! 此処の避難所にも数名の親御さんがいらっしゃいます! きっと見付かります!」
「そうか! それは良かった!」
ヘスティアは頷くと、くるりと半回転。子供達に笑顔を向けた。
子供達は顔を輝かせると、ヘスティアに抱きついた。「ちょっ!?」と目を剥くミイシャを他所に、リタが笑顔で。
「ヘスティア様、ありがとう!」
女神は慈愛の微笑みを浮かべた。
「良いかい? このお姉さんの言うことをきちんと聞くんだぜ? 炉の女神ヘスティアとの約束だ!」
「「「はーい!」」」
元気良く返事した子供達を見て、ヘスティアはこれなら大丈夫そうだと判断する。そして「あわわわわ、女神様に何てことを……!」と先程の
ギルド職員はすぐに冷静さを取り戻すと、手を大きく叩いて子供達の注意を引いた。
「それじゃあみんな! 私に付いてきて!」
「あっ、待ってくれミィシャ君」
子供達を連れて行こうとするミィシャを、ヘスティアが引き止めた。「どうかなさいましたか?」と振り返る彼女に尋ねる。
「ボクの眷族は此処には居ないかな? あと、薄鈍色のヒューマンの
先程の会話から、彼女はベルと接点があると分かった。
ヘスティアは大通りから広場に来るまでの道中、子供達を保護しながら、同時に、ベル・クラネルとシル・フローヴァの二人を探していた。
しかしながら、ついぞ、蒼の瞳が二人の男女を捉えることはなかった。
ミィシャは申し訳なさそうに首を横に振る。
「私は見ていませんが……」
「そうか……引き留めて悪かったね。子供達を頼むよ」
「お任せ下さい! ヘスティア様も此処で待機をお願い致しますね!」
見送ったヘスティアはベルとシルの安否が気になって仕方がなかった。此処に居ればすぐに会えると己に言い聞かせようとした──その時。
「ねえ、あの子達は大丈夫かしら……。モンスターに追われていったあの子達よ……」
「呪いでも受けてるのかもしれぬ……。どちらにせよ、儂等じゃ何も出来んかった……」
「それは、そうだけど……でもなら、せめて【ガネーシャ・ファミリア】の人達に……!」
そんな会話が聞こえてきた。
気になったヘスティアは「すまない!」と獣人の老夫婦に声を掛ける。
「今の話を詳しく聞かせて欲しい」
小さな女神の登場に夫婦は戸惑ったが、すぐに表情を戻した。
「それがですね、女神様。猿みたいなモンスターが現れたかと思ったら、二人の男女に襲い掛かったんですよ」
「猿……? いやそれよりも、その二人というのは!? 特徴は何かなかったかい!? 何でも良い!」
嫌な予感をヘスティアは覚えつつあった。
女神の只事ではない様子に夫婦は顔を見合わせると、「ああ、そう言えば」と婦人が言った。
「女の子の方は可愛かったねえ。男の子は、珍しい髪色をしていましたよ」
「ああ、あれは確かに珍しかった。
「も、もしかして白髪紅眼じゃなかったかい!?」
間違っていてくれ! そんな思いでヘスティアは尋ねたが、老夫婦は残酷にも「そう、それ!」と言った。
それを聞いたヘスティアの行動は早かった。「どうもありがとう!」とお礼を言うと、広場から抜け出す。
小さな女神の危険が伴う行動に気付いた【ガネーシャ・ファミリア】が「女神様!?」と声を出した時には、もう、彼女は雑踏の中に姿を消していた。
(間違いない! ベル君達だ! ベル君達がモンスターに襲われている!)
理由を考えるが、すぐにどうでも良い事だと切り捨てた。大事なのは己の眷族と街娘が危機に瀕しているということ。
(ああ、もう! これじゃあ──!)
人々が『壁』となって立ち塞がる。
ヘスティアはこの時、自分の身体が小さいことを心から恨んだ。隙間を見付けては唯一の利点を活かして飛び込んでいるが、前に進んでいる実感は全然ない。
いっそのこと
「──ヘスティア?」
頭上から声が降った。
聞き馴染みがある声にヘスティアがはっと顔を上げると──そこでは、