さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

19 / 91
第三幕 ─才無き者(リリルカ・アーデ)
とある小さな少女の独白


 

 緩慢とした動作で歩く。

 吐く息は荒く、視界はぼやけ、手足にはもう感覚がない。背負っている大きなバックパックが小さな身体に重くのしかかり、心臓を圧迫する。

 それなのに、歩いていられるのは──。

 

「おい、ぼさっとすんな! 手前(てめぇ)は歩くこともまともに出来ないのか!」

 

 ──歩いていられるのは、そうしないと死ぬからだ。

 

「ちっ、この寄生虫が!」

 

 全く変わらない、ともすれば歩くのが遅くなった自分を見て、男は益々苛立ったようだった。「早くしやがれ!」という罵倒と共に、小石が投げられる。『神の恩恵(ファルナ)』を授かっている冒険者にとっては、小石であろうとも『凶器』にすることが出来る。

 

「……ッ!」

 

『凶器』が頭部に直撃した。視界が揺れ、開いた傷口から血が垂れてくる。しかし、それを拭う体力も、精神的な余裕も、時間もない。

 軽い脳震盪(のうしんとう)を起こす自分を見て、彼は溜飲が下がったようだった。

 

「おいおい、あまり荷物持ち(サポーター)に関わるなよ。俺らも穢れちまうだろうが」

 

「悪い悪い、あまりにもドン臭くてついな」

 

「まあ、気持ちは分かるがな。此処は地下迷宮(ダンジョン)だ。一ヶ月前の『ミノタウロス上層進出事件』といい、いつ異常事態(イレギュラー)が起こっても不思議じゃねえ。程々にしておけよ」

 

「わーってるよ」

 

 会話が聞こえる。

 彼等から聞こえてくる言葉は、自分にはどうしても吐き気を催す。『人語(ことば)』を話せない怪物達(モンスター)もこうして話しているのだろうかと、そんな下らない疑問が浮かんだ。

 

「さっさと来い! モンスターが湧くだろうが!」

 

 また、罵倒が飛んでくる。

 言葉の暴力には、既に慣れてしまった。寧ろ直接身体を殴られ、蹴られ、(なぶ)られたりしない分、今回のパーティメンバーは比較的まともだろう。

 偽りの笑みを浮かべ、自分が事なきを得ようとした、その時だった。

 

『『ギジャアアアアアッ!』』

 

 ダンジョンの壁から、数匹のモンスターが産まれ落ちる。奴等は自分達を視認すると、奇声を上げながら襲いかかってきた。

 

「ちいっ! 言ってるそばから出てきやがった! 後で覚えてろよ!」

 

 前言撤回。

 これは戦闘が終われば、『刑』が執行されそうだ。

 戦闘区域外から彼等の『冒険』を眺めながら、自問する。

 ──私は何者(だれ)だ? 

 答えたのは、もう一人の『私』だった。『私』は底冷えのする声で自答する。

 ──私は才無き者(サポーター)だ。

 何十、何百、あるいは、何千回も繰り返してきたやり取り。時々、自分は正気なのかと疑う程だ。

 戦闘はものの数分で終わった。

 

「ふぅ……危なかったな」

 

「だから言っただろう、ダンジョンでは何が起こるか分からないって」

 

「悪かったよ。反省してるって」

 

 仲間と勝利を分かち合う声が聞こえる。

 だが、それが、そのあたたかさが自分に向けられることは決してない。

 彼等の邪魔をしないよう、視界に映らないよう、自分は出来る限り首を縮めて『仕事』を行う。

 自分の『仕事』は簡単だ。

 彼等が倒したモンスター、その生命(いのち)の源である『魔石』や『ドロップアイテム』を回収するだけ。専門職(プロフェッショナル)としてはもっと多くの『仕事』が実際はあるのだが、彼等はそれを求めていない。故に、自分はそれを行わない。

 

「そう言えば、あれからもう数週間か」

 

「……? ああ、『モンスター脱走事件』か。街の奴等のごく一部はまだ管理機関(ギルド)苦情(クレーム)を言っているらしいぜ」

 

「馬鹿なこった。そんな暇があるならもっと他のことをやれっての」

 

「ははっ、違いない」

 

 自分が『仕事』をしている間、彼等は『休息時間』となる。魔物との戦いは神経をすり減らす為、雑談をすることそのものは悪くない。仲間とのコミュニケーションにもなるから、必要な行為だろう。

 しかし、完全に休憩しているかというと、そうではない。

 

「……」

 

 背中に視線を感じる。

 ああ、とてもとても嫌な視線だ。

 彼等は隠せていると思っているのだろうが、この、侮蔑の視線を本気で隠せていると思うのなら、自分は失笑する自信がある。

 

「しかし、おっかねぇな。モンスターが街を我が物顔で闊歩するっていうのはよ」

 

「ああ、そうだな。『暗黒期』の時も闇派閥(イヴィルス)の連中がそんな手を使ってきたって聞いたことがあるな」

 

 どうやら、彼等が話しているのは数週間前に起こった『モンスター脱走事件』についてのようだ。怪物祭(モンスターフィリア)の為に捕らえたモンスターが何者かによって檻から脱獄。犯人は未だに捕まっておらず、何人もの探偵が犯人を捕まえようと追っているらしい。とはいえ、自分には何も関係ない話だが。

 

「そういえば、知ってるか?」

 

「何をだ?」

 

「【ヘスティア・ファミリア】さ」

 

「なんだ、それ」

 

 悟られないように、耳を澄ます。

 ──【ヘスティア・ファミリア】。

 初めて聞く派閥の名前だ。情報は武器である。無料(タダ)で手に入るならそれに越したことはない。

 

「俺も、他の同業者(ぼうけんしゃ)から聞いたんだが……【ヘスティア・ファミリア】っていう派閥が、最近、注目を集めているらしい」

 

「そうなのか? 【ヘスティア・ファミリア】……俺は初めて聞いたが……」

 

「そりゃ、新興したての零細派閥だからな。構成員もたった一人らしいぜ」

 

 はあ? と男が疑問を口にする。

 

「そんな派閥がどうして注目されているんだよ」

 

「何でも、『モンスター脱走事件』の時に大立ち回りをしたらしい。主神の女神は餓鬼共の保護に一役買ったそうだ。そんで、これが重要なんだが……その唯一の眷族が駆け出しなのに倒したそうなんだ」

 

「倒したって……何をだ?」

 

「シルバーバック」

 

「……は?」

 

 聞いた男が呆然と呟く。

 自分も同じ思いだった。

 駆け出し冒険者がシルバーバックを撃破? 何だそれは、聞いたことがない。

 

「言っておくが、嘘じゃねえぞ。話を聞いた後に俺も確かめたんだが、事実、管理機関(ギルド)が公表した記録に【ヘスティア・ファミリア】の名前が書いてあった。本当に隅の方に小さくだけどな」

 

「ま、まじかよ……」

 

「ああ、俺もそれを見るまでは疑っていたんだが……。ギルドが嘘の報告をするメリットもないから、本当なんだと思う」

 

「そいつの名前は分かるのか?」

 

「いいや、それが分からないんだ。主神がギルドに眷族の名前を公表しないよう直談判したっていう噂があるが……」

 

 何だそれは、と男は言った。

 自分も同じ思いだった。

 普通なら隠さないだろう。Lv.1の駆け出し冒険者が格上のシルバーバックを倒したとなれば、一気に『期待の新人(ルーキー)』として名を広めることが出来るからだ。

 なのに、何故? 

 考えられるのは……──。

 

「イカサマでもしてんのか?」

 

「さぁなぁ。『神の力(アルカナム)』は下界では封印しているらしいが……。どちらにせよ、暇な神達はその『期待の新人(ルーキー)』を躍起になって探している」

 

「わざわざそんなことしなくても、ギルドに尋ねれば良いじゃないか」

 

 ギルドは都市の支配者だ。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオで組織されている全ての【ファミリア】の情報をギルドは持っている。等級(ランク)、構成員の人数などは公開されており、さらに調べれば、眷族のこともある程度のことは調べられる。

 だがしかし、そうも行かないようだった。

 

「これも主神がギルドに頼んだのか、構成員のことは公開されていないんだ」

 

「……おいおい、そんなのありかよ」

 

「ギルドとしても、被害者に命令されちゃ特例措置をとるしかなかったようだな。だがまあ、特徴は割れてる。戦闘を目撃していたダイダロス通りの連中曰く、『白髪で深紅の少年』らしいぜ」

 

「そんな在り来りな特徴じゃなあ。白髪は珍しいが、居ない訳じゃねえし。ましてやオラリオの人口を考えれば、わざわざ探すのは酔狂な奴等(かみがみ)くらいだろうさ」

 

 会話はそこで終わった。

 それもその筈、『仕事』を終えた自分が彼等に近付いたからだ。

 

「『魔石』及び『ドロップアイテム』回収終わり──」

 

「遅せぇよ!」

 

「──ガッ!?」

 

 腹を蹴られた、というのを認識した時には、自分は喉から唾を吐き出していた。

 ゲホッ、ゲホッと嘔吐(えず)く自分を見ても、彼等は表情を何一つ変えない。

 先程までの和やかな空気は一変、最悪なものに変わる。

 

「お前は役立たずの荷物持ち(サポーター)なんだ。分かってんのか?」

 

「……はい」

 

「ならせめて、自分の『仕事』くらいまともにやりやがれ!」

 

「……申し訳ございません」

 

 もう嫌だ、とは思わない。痛みで泣き喚くことも、もうすっかりとしなくなった。

 これは自分が成長した訳ではない。ただ、慣れてしまった、それだけのことだ。

 

「お前ら荷物持ち(サポーター)は俺達の慈悲でダンジョンに潜っていられるんだ。その事が分かっているのか?」

 

「……はい。私は冒険者様のご厚意によって、冒険を一緒にすることを赦されています。感謝の念は尽きません」

 

 無機質な声だ。自分でもそう思う。

 当然、言葉を聞いた男は激怒する。それを自分は聞いている振りをする。そして聞き流す。

 やがて、パーティメンバーが彼を諌める。何が起こるか分からないダンジョンで、一定時間同じ場所に留まることは愚の骨頂。さらに騒ぎ立てれば、音を聞いた付近のモンスターがやってくるだろう。

 

「……ちっ、やってられるか! 与えられた『仕事』もまともに出来ねぇなら、報酬の分け前はなしだ!」

 

 パーティメンバーの誰も、男に反対しなかった。

 多数決という暴力で以て、彼等は自分に何の恨みがあるのか、自分の意見に耳を貸すことなく決定した。

 それが悲しい、とは思わない。理不尽だ、とも思わない。

 ただ、『またか……』と思うだけだ。

 自分に限らず、これはよくあることなのだから。

 

「文句はあるかぁ?」

 

「……いえ、ありません。皆様の足を引っ張らないよう励みますので、ダンジョンを出るまではご一緒させて頂いても宜しいでしょうか」

 

「ああ、良いぜ良いぜ!」

 

 ハハハハハ! と高笑いが響く。

 馬鹿な男だと、つくづく思う。馬鹿なパーティだと、憐れみすら抱いてしまう。

 だが、最もその対象になるのは──自分だ。

 何故なら自分は、才無き者(サポーター)なのだから。

 ──サポーター。

 それは、ダンジョン探索時に於ける非戦闘員のことを指す。『冒険者』のダンジョン探索の負担を少しでも減らすことが、『サポーター』の役割だ。

 上記で述べたことが、管理機関(ギルド)の受付嬢が新米冒険者に教えることだ。

 自分はそれを聞いた時、思わず失笑してしまった。鼻で笑い、ギルドを見下してしまった。いいや、それは違うか。あの時自分は、『失望』したのだ。

 サポーターは弱者である。才能がなく、戦う術を持たない。【ファミリア】の仲間からも憐憫の眼差しで見られ、嘲弄さえされる。

 せめてギルドが何らかの『対応策』を取ってくれれば、才無き者(じぶんたち)はまだこんな思いをしなくて済むのだろう。だがギルドは現在に至るまで何も『対応策』を考えていない。

 ギルドだって認知はしているだろう。だが、『冒険者』ではなく『サポーター』の肩を持てば『冒険者』の不満が溜まる。そして迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオの発展には『魔石』が必要不可欠。この都市は魔石産業で成り立っていると言っても過言ではないのだから。つまり、ギルドの優先順位は当然、『冒険者』が上に来る。

 至極当然のことだ。だが、頭ではわかっていても、『失望』するのは避けられなかった。

 

「……」

 

 無言で、パーティを追い掛ける。仲間を、ではない。パーティだ。

 自分は彼等のことを仲間と思っていないし、彼等もまた、自分のことを仲間と思っていない。

 例えば、自分がモンスターからの奇襲にあって襲われても、彼等は自分を決して助けようとしないだろう。その確信がある。

 

「ああ、そうだ、お前には一つ重大な『仕事』があった。お前にしか出来ない『仕事』さ。どうだ、嬉しいだろう?」

 

 男が振り返り、自分を見下ろす。

 返答をある程度予想しながらも「……何でしょうか?」と尋ねると、彼はニヤニヤと嗤いながら言った。

 

「『囮』さ!」

 

「……」

 

「モンスターに囲まれてヤバくなった時は、お前が『囮』になってくれ。なあ、良いだろう? 俺達はいつもお荷物のお前を守ってやっているんだ、当然、俺達がピンチになったら助けるよなぁ?」

 

 ()()()()()()

 自分は──私は、笑顔で言った。

 

「はい、喜んで!」

 

 自然と紡いだ言葉(うそ)を、男を含めたパーティメンバーの誰もが見抜けなかった。

 それも当然だ。彼等は自分のことを見ているようで、視ていないのだから。

荷物持ち(サポーター)は最高だぜ!」と喧しくも叫ぶ()()()()()を追いながら、私はその意味を考える。

 

 曰く──良きサポーターに恵まれなければ冒険者は真価を発揮出来ない。

 曰く──サポーターの働きがあってこそ冒険者はダンジョンに潜れる。

 曰く──サポーターは縁の下の力持ちである。

 

 そんな、綺麗に取り繕った残酷な言葉を思い返し、私は(わら)ってしまった。慌てて口元を押さえる。どうやら、洩れた笑声は聞かれなかったようだと安堵する。

 嗚呼、そうだ。

 何も間違っていない。私こそ、このような『奴隷』のような扱いを受けているが、都市でも有数の【ファミリア】は正しくサポーターを運用している。それはつまり、彼等はサポーターの存在意義を理解しているということだ。

 だが、と同時にも思う。

 いったい、どれだけの冒険者が理解出来るだろうか。

 専門職(サポーター)のことを仲間だと認識し、感謝し、時には命すら賭けられる……そんな奇特な者が、何人居るだろう。

 そんな者が本当に居るのなら──それはきっと、御伽噺に出てくるような『英雄』なのだろう。

 だからこそ、私は確信している。

 

 

 私にはきっと、『英雄』は現れない。

 何故なら私は、『冒険者』以上に『英雄』のことが嫌いだからだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。