さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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管理機関(ギルド)

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは世界で唯一地下迷宮(ダンジョン)を保有する都市である。

『大穴』を閉ざす『蓋』の役割を担う摩天楼施設(バベル)によって、怪物達(モンスター)の進撃を阻止することが出来ていた。

 そしてモンスターを倒した時に出る彼等の生命(いのち)の原石──『魔石(ませき)』。これを加工し様々な魔石製品を作り、または『魔石』そのものを換金することによって、オラリオは発展を続けている。

 これこそがオラリオが『世界の中心』と呼ばれる所以でもあった。

 そしてその迷宮都市(オラリオ)を実質的に支配しているのが、『管理機関(ギルド)』と呼ばれている組織だ。

 

「ようこそギルド本部へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 ギルドの制服を身に纏った妙齢(みょうれい)のハーフエルフの女性──エイナ・チュールは今日も恙無(つつがな)く業務を全うしていた。

 迷宮都市(オラリオ)、北西のメインストリート。別名『冒険者通り』と呼ばれている大通り。そこに面して()っている大神殿──『管理機関(ギルド)』にエイナは勤めていた。

 その役職は受付嬢(うけつけじょう)

 様々な目的があってやって来る冒険者や一般市民の対応をする、いわば、ギルドの看板。受付嬢に選ばれるのは容姿が優れている美男美女ばかりだ。

 今日酒を飲まないかぁ? と下心丸出しな誘い文句を()りもせず言ってくる冒険者を笑顔で撃退しつつ、エイナは慣れた手つきで業務を行う。

 

「いやぁー、今日は平和だねえ」

 

「こらっ、業務中!」

 

「良いじゃん良いじゃん。実際暇な訳だしー」

 

 隣に立つ同僚──ミィシャ・フロットがエイナの窘めを躱しながら、そう、ほにゃりと笑った。

 彼女とは『学区』からの付き合いな為、性格も熟知している。すぐに気を(ゆる)めるのはどうにかして欲しいとエイナは常々思っていた。

 

「今はまだ閑散(かんさん)としているけど、もうすぐ一気に冒険者達が帰ってくるから」

 

「分かってるって。だからちょっとでも体力を温存しておきたいのー」

 

 夕刻を前にした午後の時間帯、殆どの冒険者はダンジョンに潜って日銭を稼いでいる。そして数刻もすれば、獲得した『魔石』を換金する為にギルドに押し掛けるだろう。

 その最高潮(ピーク)の忙しさは、この道に長く就いているエイナ達ギルド職員が思わず悲鳴を上げるほどだ。しかし冒険者はこちらの事情(など)知ったことではないと好き勝手に動く。この荒々しさ、身勝手さが冒険者が冒険者だと呼ばれる所以(ゆえん)なんだよねと、エイナは胸中で呟いた。

 

「それよりも、エイナは良いのー?」

 

 仕事をしている風を上手く装っている同僚に内心で舌を巻きながらも、エイナは「何が?」と聞き返す。

 ミィシャは笑いながらこう言った。

 

「ほら、もうすぐ()()()が来るんじゃないの?」

 

「うっ……! 確かにそうだね……」

 

 エイナは思わず苦虫を()(つぶ)したような表情(かお)になった。

 友人(エイナ)がこんな表情を浮かべるのを見るのは新鮮だなーと思いながらも、ミィシャは他人事のように言葉を続ける。

 

「いやぁー、今日はいったい、どんな風に熱烈な求婚(プロボーズ)をするのかなぁー?」

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!? ミィシャ!」

 

 ダン! と(テーブル)を叩く。何事かと振り返る冒険者達。そしてすぐさま飛んでくる班長からの「私語が多いぞ、お前達!」という有り難き叱咤の言葉。

 エイナは顔を羞恥で真っ赤に染め上げ、(めじり)に涙を溜めて隣の友人を(にら)んだ。

 

「ごめんごめん。でも事実じゃん!」

 

 形だけの謝罪を言いながらも、ミィシャはそう言った。

 エイナは「うぐっ……!」と唸り声を上げ、しかし、否定することが出来なかった。

 

「冒険者なら尚更見掛け(ようし)で判断しちゃ駄目だけどさ。でも意外だよね。まさかあんな純朴そうな男の子がさ──」

 

「もうやめてミィシャ。お願いだから。私の精神力(メンタル)を必要以上削らないで……!」

 

 外聞も恥もなく懇願する友人の姿に、ミィシャは揶揄い過ぎたかなと少しだけ反省した。

 そしてフォローしようと口を開いた──その時だった。

 

 

 

「ふはははははははは! 私が此処に帰還したぞ! この未来の英雄、ベル・クラネルがな!」

 

 

 

 大神殿の唯一の出入口から、突如、大声が出された。

 何だなんだとロビーに居た全員が発生源に顔を振り向かせる。

 ミィシャが腹を抱えて爆笑する中──すぐに上司に叱られた──エイナは死んだ目で、嫌々ながらも声主に視線を送った。

 果たして、そこには一人の少年が居た。処女雪を思わせる白髪に、紅玉(ルビー)のような深紅(ルベライト)の瞳。最初、ウサギみたいで可愛いなと思ったのが遥か遠い昔のように──実際は二週間前だが──感じられる。黒色の外套(がいとう)に、腰に提げているのは一本の長剣。

 

「ふっ、(みな)の目が輝いて見える。このベル・クラネルを(うやま)っているのが感じられる!」

 

 自分の目が節穴(ふしあな)なのは疑わないのかとエイナは内心で突っ込んだ。

 

「そうだ、この想いを決して忘れぬように書いておこう。(つづ)るぞ、我が英雄日誌! ──『未来の英雄、ベル・クラネルがダンジョンから帰還すると、種族を問わず彼の凱旋(がいせん)を喜んだ。ベル・クラネルは彼等の想いに感極まって咽び泣く』── うむ。やはり、脚色も大事だよネ!」

 

 誇張表現にも程がある! と、くしくも、この場に居た全員が同じ感想を共有した。

 この時、種族という垣根を越えて彼等は心を通わせたのである。

 しかし、少年は何も気付かない。いっそ呑気な程に、彼は自身の武勇伝に酔いしれていた。

 

「……エイナ」

 

 周りの冒険者がこいつはヤベー奴だと距離をとるのを見ながら、ミィシャは顔を両手で抱えている友人に声を掛けた。

 たっぷりと数十秒を用いて、返答が来る。

 

「…………何?」

 

 ミィシャは意図して殊更に明るい口調で言った。

 

「ほら、ベル君帰って来たよ! 見たところ怪我もないよ! 良かったじゃん!」

 

「……ああ、うん。それは本当に良かったと思う」

 

「なら出迎えてあげないと!」

 

「……? 何で?」

 

 受付嬢とは思えない発言にミィシャは絶句した。

 そして慌てて周囲を確認する。

 幸い、今の会話は誰にも聞かれていないようだった。もし今のが誰かに聞かれていたら即刻解雇処分を通達されても文句は言えないだろう。

 ミィシャは思う。

 これまで自分はこの尊敬している友人に多大なる迷惑を掛けてきた自信があるが、まさか、自分が彼女を支える日が来ようとは……! 

 声を小さくし、ミィシャは現実逃避している友人に囁き掛けた。

 

「何でって、エイナ……ベル君の担当アドバイザーでしょう?」

 

「担当アドバイザー……? 誰が?」

 

「〜〜ッ! エイナだよ!」

 

 気をしっかり持てと両肩を強く揺さぶると、

 

「──ハッ! 私は何を!?」

 

 そこでようやく、エイナは我を取り戻した。掛けている眼鏡の位置を慌てて調整する。

 これなら何とかなりそうだとミィシャが安堵の吐息を吐き出し、注意を少年に戻すと──。

 

「そこのエルフのお嬢さん。今宵(こよい)は私と一夜を共にしませんか?」

 

 見目麗しいエルフの冒険者に声を掛けていた。

 堂々とナンパをするその姿に、周りの冒険者──男は尊敬の眼差しを、女は軽蔑の眼差しを送る。

 

「……私に許可なく触れるなッ!」

 

「あぎゃっ!?」

 

 綺麗なストレートの拳が少年の顔面にのめり込む。そのまま彼は白目を剝いて後ろに倒れた。

「おおっ!」と野次馬根性丸出しで傍観していた冒険者達がエルフに拍手を送った。

 なんてタイミングが悪い……! ミィシャはこの世界に神は居ないのかと嘆いた。そしてすぐに思い出す。嗚呼(ああ)──この世界に神は居たなと。

 だがしかし、現実はいつだって非情だ。ミィシャは涙目になりながら隣に視線を送り、

 

「ひっ……!」

 

 か細く悲鳴を上げた。

 果たして、そこに居たのは一人のハーフエルフの女性。

 ほっそりと尖った耳に澄んだ緑玉色(エメラルド)の瞳。セミロングのエメラルドの髪は光沢に溢れている。

 そして今、その並外れた容姿は彼女が浮かべている微笑によってさらに磨きが掛かっていた。

 ミィシャ・フロットは『学区』の頃からエイナ・チュールと付き合いがある。

 その彼女が断定しよう。

 ──あっ、これ本気で怒ってる(ガチギレだ)

 ミィシャは床を「いだだだだだだだ──!?」と転げ回っている少年に黙祷(もくとう)を捧げた。

 

「……私、行ってくるね。ミィシャ、暫く受付を任せても良い?」

 

「承知しましたぁ! 不肖ミィシャ・フロット、全身全霊で業務にあたらせて頂きますッ!」

 

「ありがとう、ミィシャ。今度ご飯奢るね」

 

 その言葉だけが救いだった。

 エイナはゆらりと椅子から立ち上がると移動を始めた。「チュール!?」と叫んだ獣人の上司の言葉も彼女には届かない。そのまま裏の事務所を通る。小休憩を取っていた受付嬢達が同僚のただならぬオーラにぎょっと目を剥いたが、触る神に祟りなしとばかりに視線を逸らした。

 

「全く、あの子は……!」

 

 ロビーに出たエイナはずんずんと大股で痛みに悶えている馬鹿者に近付く。ナンパをしてくる愚かな冒険者をひと睨みで撃退すると、少年を見下ろした。

 

「いだだだだだだだだだだだ!? あのエルフ、さてはドワーフの血を引いているのではないか? だがしかし、美女に(なぶ)られるというのは中々──」

 

 ぶつぶつと呟く少年は、修羅の存在に気付かない。

 

「まあ、しかし。これもまた経験だと思えば良いか。私は学習する賢い人間だからな! がははははは!」

 

 声を立てて愉快そうに笑う少年は、そこで初めて、ギルド本部が異様な静けさに包まれていることを感じた。

 いったい何事かと、もしやモンスターの襲来かと上半身を起こし──にっこりと笑うハーフエルフの女性と目が合った。

 だがここまで来ても少年は何も気付かない。笑みを浮かべて挨拶をする。

 

「おお、エイナ嬢ではないか。いやはや、今日もお美しい! そうだ、この後何か用事はあるだろうか? もしなければ夕餉(ゆうげ)をご馳走──」

 

 させて欲しい、と少年が言うよりも前に。

 エイナは遮って彼の名前を呼んだ。

 

「ベル君」

 

「……何かね、エイナ嬢。私の気の所為だろうか。巧妙に隠されているが、貴女から怒気を感じるのだが──」

 

「正座」

 

「…………は?」

 

 何を言われたのか分からず、少年──ベル・クラネルは素で聞き返した。

 そんな彼にエイナは笑みを深めて言う。

 

「正座」

 

「いや、エイナ嬢。智慧(ちえ)に長けた私ではあるが、流石に、脈絡なくそう言われると──」

 

「せ・い・ざ」

 

「──はいっ、喜んで!」

 

 ベルは屈した。

 そして俊敏な動きで硬い石畳の上に姿勢を正した。

 

「ベル君」

 

「何でしょう!?」

 

「私が何を言いたいのか分かる?」

 

 ベルは悟った。

 ここでの回答によって、自分の未来が変わることを。

 生か死か。

 世界はいつだって非情だ。

 ベルは必死に脳を回転させた。自分が生き残る術を模索する。あらゆるパターンを検証し──一つの答えに辿り着いた。

 少年は笑い、妙齢の女性は訝しんだ。

 そしてベルは何を思ったのか、こう宣った。

 

「どうか安心して欲しい! 私はエイナ嬢一筋だ! だからどうか、その嫉妬の炎を収めて──ぐへぇっ!?」

 

 ベルは宙を舞った。

 冒険者から歓声が、受付嬢から悲鳴が出る中、エイナはポキポキと手の骨を鳴らす。 

 

「ベル君」

 

「……は、はいっ!?」

 

「いつ、誰が正座を()いて良いって言ったのかな?」

 

「い、いやしかし……殴ったのはエイナ嬢……」

 

「何か言った?」

 

「とんでもございません!」

 

 ベルは後悔していた。

 嗚呼──つくづく今日は運が悪い。

 それを見たエイナはとうとう額に青筋を浮かべた。

 

「こんの、ベル君の馬鹿ああああああ!」

 

 雷が落ちた。

 それから一時間に渡り、大神殿の空気は()()()()()

 石畳の上でプルプルと震えながらも根性で正座する一人の少年と、エルフとは思えぬ鬼の形相で激怒する一人の妖精に声を掛けられる猛者(もさ)は誰も居なかった。

 その様子を目撃していた一人のヒューマンの男性は後にこう語った。

 

 ──これからは、受付嬢にナンパするのはやめようと心に誓ったぜ。

 

 

 

§

 

 

 

 ギルド本部には様々な施設が備わっている。例えばそれは、『魔石』を換金出来る換金所。例えばそれは、依頼人(クライアント)から出された冒険者依頼(クエスト)が貼られた大きな掲示板。ギルド職員の許可を得れば資料室に行き、ダンジョンの構造やモンスターの情報が書かれた資料集を閲覧(えつらん)することも可能だ。

 それらの中で、面談ボックスというものがある。これは冒険者とその担当アドバイザーが使用出来る部屋の総称だ。防音が施されているこの部屋でなら、部外者の耳を気にせずに内密な話が出来るのである。

 

「……エイナ嬢、怖かった」

 

 面談ボックスで少年──ベル・クラネルはソファーの上に腰を深く下ろして黄昏(たそがれ)ていた。

 彼の中で先程のあの出来事はすっかりと黒歴史(トラウマ)になっていた。

 

「つ、綴ろう……我が英雄日誌……──『調子に乗ったベル・クラネルは公衆の面前で怒られるという恥ずかしい思いをした。トホホ……』──うん、これを見返すのは絶対にやめよう……」

 

 ベルは早く我が家(ホーム)に帰りたかった。

 そして自分の帰りを待ってくれているであろう女神に抱きつき、慰めて欲しかった。

 あの幼女神ならきっと傷付いた精神(こころ)を癒してくれるだろうに……。

 しかし、それはまだ叶いそうにない。

 一時間にも渡る説教の後、エイナが強制的にベルをこの部屋に監禁したのである。

 

「逃げるなら今しかないが……あとが怖いか」

 

 ベルは正しい選択をした。

 心を無にして過ごしていると、控え目なノック音が出される。「どうぞー!」とベルが返事をすると、件の女性が現れた。

 

「……」

 

「……」

 

「「……」」

 

 両者、何も言わなかった。

 先に口を開いたのはベルの方だった。

 

「あー……私が言うのもなんだが、座ったらどうだい?」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

 促され、エイナはベルの正面に座る。

 間に卓があって本当に良かったと、ベルは心からそうそう思った。

 流石にこの空気のままなのは良くないと、動こうと思ったその時。

 

「──ごめんベル君! 私、どうかしてた……」

 

 エイナが深々と頭を下げた。

 きょとんとするベル。

 そして慌ててこう言った。

 

「いやいや、エイナ嬢が謝ることは何もない。全ては私が悪いのだから。だからどうか頭を上げて欲しい」

 

「で、でも……」

 

「女性に頭を下げさせるのは紳士である私にとっては見過ごせないことなのだ。うん、ここは私も謝罪をすることでおあいこにしよう。──すまなかった、エイナ嬢」

 

「ううん、私もほんとうにごめんね」

 

「──よし、これで終わりだ! これ以上はループするからな!」

 

 そう言って、ベルは笑みを浮かべた。それに釣られ、エイナもクスリと笑みを洩らす。

 それを見たベルはうんうんと頷きながら。

 

「怒っている顔も良いが、やはり、貴女は笑っている方が魅力的だな」

 

 真面目な顔で、そう、口説いた。

 エイナは瞬く間に顔を真っ赤に染め上げた。

 彼女は分かっていたのだ。

 目の前の少年が本気でそう思っていることを。

 

「〜〜〜ッ! こら、大人を揶揄(からか)わないの!」

 

「痛いっ!?」

 

 額にデコピンを放つと、ベルは大袈裟に痛がった。

 おでこがー!? おでこがー!? と痛みに悶える振りをする様子を見て、エイナはもう一度クスリと笑った。

 

(これがあるから嫌いになれないのよね……)

 

 エイナにとって、ベル・クラネルという人間は不思議な存在だった。

 普段は歌劇(かげき)のような口調で話し、胡散臭(うさんくさ)い笑みを()り付かせている。それは神々が浮かべているものに限りなく近い。

 そして事ある(ごと)に騒ぎを起こす問題児である。

 何も、エイナがベルを叱ったのは今日が初めてではない。出会ってから今日に至るまで、二日に一回は説教していた。

 ベル・クラネルが冒険者登録をしてから二週間。

 この僅かな期間で、ある種、彼はギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に名を刻んでいた。『古代』の時代からギルドの前組織はあったが、この速度で名前が乗るのはまず間違いなく最速だろう。

 だがしかし、不思議とエイナは少年のことを嫌いになれなかった。

 それは恐らく、時折見せる真剣な顔が原因だと彼女は考えている。

 ベル・クラネルはまだ(よわい)十四の少年だ。なのにも関わらず、彼はふと歳に不釣(ふつ)り合いな『顔』になる時があるのだ。

 

(ほんとう……不思議な子だなぁ……。女の子が大好きだと公言しているし、()りずにナンパはするし、けど、相手が本当に嫌なことはしないんだよね……) 

 

 だから、本当に不思議だとエイナは内心で呟いた。

 

「それでベル君。今日はダンジョン探索どうだったの?」

 

「今日は数匹のゴブリンを倒したな。奴等、徒党を組んで私を囲んだのだ!」

 

「へえー、それは珍しいね。モンスターは基本群れる──ましてや、連携を組むことなんて殆どないんだけど……」

 

「恐らくは私を恐れたのだろう。ふっ、自身の不利を悟り連携をとるのは敵ながら天晴(あっぱ)れだった。とはいえ、未来の英雄、このベル・クラネルの敵ではなかったがな!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ベルは調子に乗った。

 エイナはそれを見ても何も言わないし、何も思わない。

 これはいつもの事だからだ。最初は調子に乗るなと小言を言っていたが、何度言っても直らなかったのでもう諦めた。

 

「他はどうだったの? 到達階層は確か2階層だったよね?」

 

「ああ、そのことなんだが……エイナ嬢。これは巫山戯(ふざけ)ているわけではなく、真剣な話なのだが」

 

「う、うん……」

 

「モンスターが『中層』から『上層』……つまり、出現階層から大幅な移動をすることはあるのか?」

 

「……詳しく聞かせて」

 

 エイナは羊皮紙と羽根ペンを取り出し、メモをとる姿勢を作った。

 流石は優秀なギルド職員だと、ベルは内心で感嘆する。この短い会話から異常事態が起こったのだと察するとは、尊敬に値するのだ。

 

「実は先程──」

 

 それから数分に掛けてベルは語った。

 攻略階層を2階層から5階層に移し、ダンジョンに潜っていたことを。そして探索中、本来なら『中層』に居る筈のミノタウロスが『上層』に現れ、運悪く遭遇(エンカウント)、鬼ごっこを繰り広げたことを。窮地に陥ったところを【ロキ・ファミリア】に助けられたことを。

 

「アイズ──()の【剣姫(けんき)】は自分達がミノタウロスの群れを逃がしてしまったと言っていた。彼女の言葉を疑っているわけではないが、地下迷宮(ダンジョン)を運営している管理機関(ギルド)に尋ねたい。()()()()()()()()()()()()()?」

 

 鋭い眼差しがエイナを射抜く。

 ギルド職員は暫し黙考し、やがて、おもむろに口を開けた。

 

「ギルドとして言わせて貰うと──モンスターが逃走を図る、という事例(ケース)はこれまでなかったよ」

 

「なるほど……ならばこそ、今一度問いたい。そんなことが起こり得るのか?」

 

「……それについては、私は、『起こり得る』と答えるしかないかな。これまでに何度もベル君には散々言ってきたことだけれど、ダンジョンは理不尽──異常事態(イレギュラー)で満ち(あふ)れているの」

 

 緑玉色(エメラルド)の瞳を細めながら、彼女は言葉を続けた。

 

「『古代(古代)』の時代から『大穴』──ダンジョンはある。そして今は『神時代(しんじだい)』と言われている。けれど、それだけの年月が経っても尚、ダンジョンの謎は解明されていないんだ」

 

「分かっているのは人類の宿敵(モンスター)が産まれることだけか……。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ベル君?」

 

「ああいや、何でもない。こちらの独り言だ」

 

 そういう事ならとエイナは腑に落ちないながらも引き下がった。

 話を戻し、結論を出す。

 

「モンスターは理性ではなく、本能で生きている。逆に言い換えれば、本能を刺激する程の『恐怖』という感情が芽生えたら、逃走を図ることは有り得ない話じゃないと思う」

 

「やはり、そうなるか……」

 

「ごめんね。あまり力になれなくて……」

 

「いや、充分だとも。むしろ話を聞いてくれて助かったくらいだ」

 

「今回ベル君は被害に遭ったわけだけど……どうするの? ギルドを通じて【ロキ・ファミリア】を糾弾することも出来るよ?」

 

 その言葉にベルはぱちくりと瞬きした。

 

「『糾弾』とは……これはまた過激だな」

 

「意図してではないとはいえ、【ロキ・ファミリア】の過失なことは間違いないからね」

 

「エイナ嬢……もしかして怒ってる?」

 

 ベルが恐る恐る尋ねると、エイナは当然でしょう! と憤った。

 

「今回はたまたまベル君は助かった。けど君も言っていたでしょう? あと少し遅ければ危なかったって」

 

「あ、ああ……確かにそう言ったが……」

 

「ベル君だけじゃない。下級冒険者はほんの些細な事で死んじゃうの。だから【ロキ・ファミリア】には自戒して欲しいって、私は思う」

 

 紡がれた言葉はエイナの本心だった。

 ギルド職員として、また、受付嬢として働く中で、彼女は様々な種族の多くの人達と出会った。

 そして同時に、多くの人達と死に別れた。

 エイナは口癖のように担当冒険者に言っている。

 ──『冒険者は冒険をしてはならない』と。

 矛盾している言葉だ。

 それはエイナも分かっている。

 しかし、思うのだ。

 冒険をして死ぬのなら、みっともなくとも、情けなくても良い。どうか生きて帰って欲しいと──。

 それはベルも分かっている。エイナの想いを彼は理解していた。だからこそ、彼は言う。

 

「いや、糾弾するのはよそう」

 

「……良いの?」

 

「ああ、構わないさ。どの道私が言わなくても、()の派閥は自ら今回のことをギルドに報告するだろう。もし隠してそれこそ『糾弾』されたら、【ロキ・ファミリア】は信頼を無くすのだから」

 

「……分かった。ベル君がそう言うのなら、私はもう、何も言わない」

 

 元より被害にあったのは自分ではない。

 少年が良いと言っているのだ、私情を入れるのはやめるべきだと己を(りっ)する。 

 

「話は終わりだ。私ももう帰ろう。愛しの我が主神を待たせているからな!」

 

 それではエイナ嬢、また会おう! 朗らかにそう挨拶をし、ベルは面談ボックスを出ようと──した所で、エイナに首元を摑まれた。

 

「ぐへぇっ!? え、エイナ嬢……! 流石の私も、この愛情表現はちょっと困る──」

 

「ねえ、ベル君。さっきは聞き流したけど、攻略階層を2階層から5階層にしたって言ってたよね?」

 

「……HAHAHA。何を言っているんだエイナ嬢。私は冒険者になってから二週間しか経っていない素人。そんな私が5階層まで攻略階層を増やせると本気で思っているのかね?」

 

 冷や汗を首筋に流しながら、あくまでも白を切るベルに、エイナはにっこりと笑って言った。

 

「ベル君知ってる? 殆どの新人冒険者はね、1階層や2階層じゃ戦った気がしないって言って、身の丈に合わない階層に足を運ぶの。そう例えば──5階層とかね」

 

「さらばだ!」

 

 ベルは俊敏な動きで拘束から脱却すると、「ふはははははは!」と高笑いしながら逃走を開始する。

 エイナが部屋を出た時には、ベルの後ろ姿は消え掛けていた。

 

「こらぁー! 待ちなさぁ──い!」

 

 返って来たのは「また会おう! 私の麗しの担当アドバイザーよ!」という全く嬉しくない言葉だけ。

 逃げ足はやっ! とエイナは思いながらも、可愛がっている担当冒険者を見送るのだった。

 窓口に戻ると、ミィシャが声を掛けてくる。

 

「お帰り。どうだったー?」

 

「……いつも通りだよ」 

 

「元気があって良いと思うけどなぁ」

 

「ミィシャは他人事だからそんな呑気なことを言えるんだよ……」

 

「あっはっはっ、まあね〜」

 

 話をしながら、エイナは表情を整える。

 大型時計は六時を指していた。

 ダンジョンから冒険者達が帰還する。

 瞬く間にギルド本部は混雑するだろう。対応に追われて、へとへとに疲れるのが目に見えている。

 しかし、それがエイナは嬉しいのだ。

 だってそれは、彼等が今日も無事に帰って来た証なのだから。

 

「ミィシャ」

 

「なにー?」

 

「今日のご飯期待してね。美味しいご飯を食べに行こうね」

 

「ほんとー!? やったー! エイナ大好きー!」

 

 はしゃぎすぎて本日何度目かの上司から叱咤される友人を尻目に、エイナは窓口に来た冒険者に笑みを向けて対応した。

 

「──ようこそギルド本部へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 今日も迷宮都市は平和だった。 

 

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