そのダンジョンを管理、運営しているのは都市の実質的な支配者たる
そしてダンジョンに潜り凶暴な
その中の一つには当然、ダンジョンに関する情報の発信がある。その階層に出現するモンスターの情報や、開拓されている
ダンジョンの構造は主に四つ。『上層』『中層』『下層』、そして『深層』だ。当然というべきか、下に行けば行くほど、出現するモンスターの脅威度は高くなる。自分の『
冒険者と『死』は切っても切り離せない関係にある。ダンジョンは
ギルドが公表している記録を統計的に見ると、最も死者が多いのは駆け出しの『新米冒険者』である。冒険者登録をしてから一ヶ月から二ヶ月の間に死ぬことが多い。
その理由を一言で語るなら、『慢心』、これに尽きるだろう。
時代は『
『
なのにも関わらず、『新米冒険者』の死者はあとを絶たない。
ダンジョンに慣れていないから? それはあるだろう。
そもそも冒険者に向いていなかったから? それもあるだろう。
運悪く、
だが、それらの理由以上に『新米冒険者』は『慢心』する傾向がとても強いのだ。
1階層から4階層までは、『
それを勘違いした『新米冒険者』は「ダンジョンは大したことがない」と思うようになり、潜る階層を増やしていく。やがて身の丈に合わない階層──5階層に進出し、そこで初めて、彼等はダンジョンの恐ろしさを身をもって知ることになる。
だが愚かな『新米冒険者』を嘲笑うかのように、5階層からは階層の構造が複雑化し、出現するモンスターは強くなる。5階層が『
どんなに『才能』があろうとも、それが【ステイタス】に反映されていなければ意味がない。『才能』だけで
(──その筈なんだけど……)
ギルドに勤める、妙齢のハーフエルフの受付嬢、エイナ・チュールは眉間に皺を寄せ、思案に耽っていた。
月日の経過というものは早いもので、自分がギルドで受付嬢になってから、既に数年が経っている。それなりの
「おーい、エイナ嬢ー?」
そういう観点で視れば……と、エイナは目の前で「もしもーし?」と呑気に手を振ってくる少年を見詰める。
つい一ヶ月前、自分が担当するようになったヒューマンの少年──ベル・クラネルはどうなのだろうかと、彼女は考えずにはいられない。
だが答えは、今はまだ導き出せなかった。
彼女は思考を断ち切ると、「こほん」と咳払いを打った。まずは呆けていたことの謝罪をし、「ベル君」と彼の名前を呼んだ。首を傾げる彼に、彼女は確認を込めてもう一度尋ねる。
「もう一度聞かせて欲しいんだけど……攻略階層、何階層まで増やしたの?」
「7階層だな!」
「……7階層。7階層かぁ……」
はあ、と深々と溜息を吐く。
それを見た、ベルの
「うーん……うぅーん……」
とうとうエイナは悩まし気な声を出してしまう。
此処に自らの種族に誇りを抱いている
だが幸いにして、此処はギルドの面談用ボックス。部屋に居るのは彼女とベルだけだ。彼が吹聴しなければ自分の
(冒険者登録をしてからたった一ヶ月の
まぐれだと言えたなら、こんなにも反応に困らないんだけどなぁ……とエイナは思った。
これまでにも、モンスターと
その時、エイナは一貫してその冒険者を叱っている。『実力』だと勘違いする馬鹿な冒険者に、これまでに死んできた冒険者の記録を見せ、あくまでも『幸運』だったと告げている。
だが、しかし──目の前の少年は事情が少々違ってくる。故に、反応に困る。
(この前の『モンスター脱走事件』の時、ベル君はシルバーバックを倒している)
シルバーバックの出現する階層は7階層のもっと下の、具体的には11階層だ。エイナが話を聞いた際、ベル本人は「卑怯な手を使っただけ」と、言っていたが、『撃破』したという事実は変わらない。
(ベル君にそれだけの
考えてもわからない。
だからこそ、エイナは
「ベル君、現段階での【ステイタス】を私に見せてくれないかな?」
冒険者がギルドに報告する義務があるのは、氏名、性別、種別、所属派閥、そして『
それをギルドの受付嬢が見せろと冒険者に迫る。その意味が分からないエイナではない。即刻解雇されても文句は言えないレベルの、規則破り。
「もちろん、今から見るものは誰にも言わない。『特例措置』にも違反していることは重々承知。『契約書』も書く。もし不快に感じたら、今すぐにこの部屋から出て、訴えてくれて構わない」
エイナの
いつもの和やかな雰囲気はなくなり、緊迫した空気が流れる。
そしておもむろに、ベルは口を開けた。
「分かった。他ならないエイナ嬢が言うなら、私は従おう。ギルドには訴えないし、
「……ありがとう、ベル君」
誠意を込め、エイナは深く頭を下げた。
この一ヶ月の間に築かれてきた信頼関係がなければ、ベルはたとえ彼女であっても【ステイタス】を教えるつもりはなかった。
「ところで、エイナ嬢」
勝色のロングコート、インナーの長袖を脱ぎながら、ベルは彼女の名前を呼ぶ。「な、なにっ!?」と、ベルに背を向け、布が擦れる音に赤面していたエイナは裏声を出してしまう。
そのことを予想しながらも、ベルは紳士なので追及せず、代わりに疑問を口にした。
「【ステイタス】を見せるのは構わないが……【
【
普通の下界の子供では、【
「ああ、それは大丈夫だよ。簡単なものだったら……【ステイタス】くらいだったら読めると思う」
「へぇー! それはまたどうしてだ? あっ、もしかしてエルフに代々伝わる
興奮するベルに、エイナは苦笑しながら手を横に振った。
「あはは……違う違う。私、学区に通っていたから。そこで総合神学を専攻していたの」
「私の担当アドバイザーが秀才だった件について」
「もうっ!
軽口を叩く少年を注意する。
「脱ぎ終わったぞ」とベルが報告したので振り返ると、エイナは上半身裸の男を見た。
(い、意外にも筋肉あるんだなぁ……)
自分は所謂、神々が言うところの『筋肉フェチ』ではない筈だが……半分流れている
眼鏡をかけ直し、よし、と気合を入れる。そして彼女は【
ベル・クラネル
Lv.1
【
(うそ……)
自分の
「エイナ嬢ー?」
無言で立ち尽くしている自分を不審に思ったのか、ベルが声だけ飛ばしてくる。
それに適当に返事をしつつ、エイナは考える。
ベル・クラネルが冒険者登録をしてから、一ヶ月が経った。だが実際に冒険者活動を行っていた期間は一ヶ月にも満たない。週に一度取っている休息日、何よりも、ベルは数日の間昏睡状態となっていた。目が覚め、そこから、【
それだけの期間で、駆け出し冒険者が到達出来る【アビリティ】評価は精々がHだ。それも、かなり腕が立つ者に限った話である。
評価Gだったら出来過ぎ──エイナ達ギルド職員は彼等を『英雄』の『器』だと思っているが──で、数こそ少ないが、
(それなのに……一番低くて『耐久』の評価H? 一番高くて『敏捷』の評価B? 『敏捷』だけだったらもっと下の階層でも通じる……)
エイナは
頭痛で頭を押さえながら、何か『説得材料』になるものはないかと模索する。
実はベルはオラリオに来る前、
つまり、これでは『説得材料』にならない。
次に、銀の野猿──シルバーバックとの死闘でベル・クラネルの才能が開花した、という可能性。これは一見すると良いように見えるが、シルバーバックを倒した説明にならない。
(ベル君が言うには『魔剣』を使ったって言っていたけど……)
恐らく、ベルとシルバーバックの戦いを見ていた誰かが『魔剣』を与えるという形で『助太刀』したのだと、エイナは状況から考えている。だったら直接助けて欲しかったと思わなくもないが。
『魔剣』は非常に強力な武器だ。数年前、
だが、ここでさらなる問題が出てくる。ベルが最初から『魔剣』を使っていたなら、それで話は終わり。しかしながら、『助太刀』してくるまで彼はシルバーバックと戦闘をしている。これは
そうなると──考えられるのは『スキル』だ。寧ろそれしか考えられない。
ベルの『成長』を異常なまでに促進させる『スキル』が発現している、という線が濃厚だろう。
(でも……そんな『スキル』は聞いたことがない。私が聞いたことがないだけで前例はあるのかもしれないけど……だったら、ベル君の前にその人が話題になっても可笑しくない)
そしてそれを裏付ける『証拠』もある。
『モンスター脱走事件』が解決した後、ギルドは
まず【ヘスティア・ファミリア】への賠償金。その額、100万ヴァリス。エイナ個人としては少ないと思ったが、ヘスティアは受諾した。
次に、ベル・クラネルの治療についてだ。主担当には、オラリオで最高位の
ヘスティアは「今後、二度とこのようなことが起こらないなら、ボクも、そして眠っているベル君も咎めはしない」と言い、ギルドと【ヘスティア・ファミリア】は和解──する直前で、女神はある要請、もとい
(まさか……ベル君の情報を非公開にして欲しいだなんて……)
冒険者ベル・クラネルの公開されている情報を全て、非公開にして欲しいとヘスティアは要求したのだ。
これは、ギルド以外、つまり他の冒険者や神々、民衆には知らせないで欲しいという内容のものだった。
ギルド長は黙考のうちに、『特例措置』をとるにあたって、ある『条件』を出した。
その『条件』は三つ。
一つ目に、【ファミリア】が
二つ目に、ヘスティア同伴のもと、ベル・クラネルの【ステイタス】の報告義務。これは『魔法』及び『スキル』は含まず、【アビリティ】と『
三つ目に、『特例措置』の期限だ。より具体的には、ベル・クラネルが『
これらの『条件』を呑むのなら、『特例措置』を約束するとギルド長は言い、ヘスティアは頷いた。『特別措置』が適用されている期間中に、【ヘスティア・ファミリア】は力を付けることにした。
これにより、冒険者ベル・クラネルの情報は完全非公開となった。またこれに伴い【ヘスティア・ファミリア】の
当然、そのようなことをすればかえって益々目立つ。暇な神々は面白がって都市を
そのリスクを承知の上で、ヘスティアは決断したのだろう──と、ベルの【ステイタス】を見たエイナは共感出来た。
『何か』があるのは隠せない。ならば、その『何か』の正体を探られないようにする。殆どの神々はエイナと同様『スキル』だと判断するだろうが、それ以上は決して踏み込ませないという、炉の女神の神意をエイナは悟った。
「……ありがとう。もう大丈夫だよ」
ベルに声を掛ける。彼が着替え終わると、二人は再びテーブルを挟んで向かい合う。
「ベル君の【ステイタス】は見せて貰った。数値だけで判断するなら、7階層以下の攻略を許可しない訳にはいかない」
「……」
「装備も、大丈夫だと思う。そう、大丈夫だとは思うんだけど……」
言おうか言わまいか、エイナは迷った。
しかし、意を決して自身の考えを告げる。
「私はベル君が心配。テアサナーレ氏が言っていたことだけど、このままじゃベル君、死んじゃうよ……」
ベルが大怪我をしたと聞いた時、エイナは気が気じゃなかった。彼の勝利を喜ぶ前に、なんて無茶で無謀なことをしたのかと思い、怒りすら覚えたものだ。
いいや、それはエイナだけじゃない。ベルが昏睡していた一週間、彼と交友がある人達全員が彼を心配していた。特に先日知り合ったばかりの街娘は、まるでそれが義務かのように治療院を訪れていたらしい。
「……【
それはつまり、ベルの成長が遅くなることを意味していた。
エイナは彼の夢を知っている。『英雄』に憧れ、なろうとしている彼を応援もしている。
だが、エイナが忠言した内容は、その夢から遠ざくことだ。それをわかっていて、彼女は言う。
「もちろん、決めるのはベル君だから、それを尊重したいとは思う。だけど……──」
「分かった、ならそうしよう」
あっさりとベルがそう言ったものだから、エイナは思わず「……え?」と洩らしてしまった。
固まる彼女を不思議そうに見ながら、ベルはさらに言う。
「ヘスティアからも言われていることだが、何も焦ることはない。私は私のペースで活動を続けていくとしよう。それにまた怪我をしたら、アミッド女医に怒られそうだ」
「……ありがとう。私も精一杯、ベル君を支援するね」
「ああ、宜しく頼む」
その後、話し合いはトントン拍子で進んで行った。
まず、今週いっぱいは1階層から6階層で停滞することを決めた。6階層は『新米殺し』として有名な『ウォーシャドウ』が出現する階層だが、今のベルの【ステイタス】なら問題なく対処出来る。
『新米殺し』はウォーシャドウの他にもう一種類いて、問題はそちらの方だ。そのモンスターが現れるのが7階層から下の為、エイナは提案したのだ。
「それじゃあエイナ嬢、私はそろそろ行く。ヘスティアが腹を空かせて待っているだろうからな」
「えっ……わっ!? もうこんな時間!?」
時計を見れば、既に十八時を過ぎていた。
慌てて片付けを行い、二人は面談用ボックスを出た。
「ごめんね、時間を取らせちゃって」
「いやいや、美人と二人きりで話せたのだから、寧ろ楽しかったサ!」
「こらっ、またそう言って……大人を揶揄わないの!」
「イデッ!?」と後頭部を押さえるベルに呆れながら、廊下を渡る。やがてロビーに着くと、彼はエイナに向き合った。
「また会おう、エイナ嬢!」
「うん。くれぐれも気を付けてね?」
「ああ! それじゃあ!」
別れの挨拶を交わすと、ベルは駆け出していった。遠ざかっていく彼を見ながら、エイナはその速さに驚いてしまう。
それは駆け出し冒険者の速度ではない。あの調子ならすぐにでも評価Sに行きそうだ。
事務所に戻ると、同僚のミィシャが「おつかれー」と笑いかけてきた。休憩を取っているらしい。仕事に行こうとするエイナを、彼女はとめてきた。
どうやら班長からの指示で、エイナにも休憩の許可が降りているようだ。伝えてくれた彼女に「ありがとう」と礼を言い、一緒に休憩をとる。
彼女と雑談をしつつも、エイナの意識は別のことに向けられていた。
(何だろう……何か『違和感』がある……)
『未知のスキル』が本当にベル・クラネルにあって、それを隠すにしても、ヘスティアがとった選択は大袈裟じゃないだろうか。
冒険者の【ステイタス】は秘匿されなければならない。他派閥はもちろんだが、同じ派閥内の仲間であっても共有している【ファミリア】はごくまれだろう。
仮に神々から何かを言われようとも、知らぬ存ぜぬを貫けばそれで良い。マナー違反なのは彼等であるのだから、ギルドを通して訴えることも可能だ。
だが、【ヘスティア・ファミリア】はそれを取らなかった。
(『未知のスキル』以外に、ベル君には何か『秘密』がある……?)
あるいは、そう思わせることがヘスティアの狙いなのだろうか? とエイナは考えるが、神の神意を読み切るのは同じ神であっても難しいものだ。
学区では秀才と言われていたエイナであっても、
「エイナー? 私の話聞いてるー?」
話を振っても反応が芳しくなかったエイナを見て、ミィシャが覗き込んでくる。
エイナは「ごめん」と謝ってから、親友との雑談を楽しむのであった。