さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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ギルド職員は違和感を覚えた

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオの地下に広がる地下迷宮(ダンジョン)

 そのダンジョンを管理、運営しているのは都市の実質的な支配者たる管理機関(ギルド)である。

 そしてダンジョンに潜り凶暴な怪物達(モンスター)と戦う冒険者を支援する為に、ギルドは様々なサービスを行っている。

 その中の一つには当然、ダンジョンに関する情報の発信がある。その階層に出現するモンスターの情報や、開拓されている地図(マップ)の提供などだ。

 ダンジョンの構造は主に四つ。『上層』『中層』『下層』、そして『深層』だ。当然というべきか、下に行けば行くほど、出現するモンスターの脅威度は高くなる。自分の『階位(レベル)』に適した階層で地道に【ステイタス】を上げることがとても大事だと、ギルドの受付嬢は口を酸っぱくして新米冒険者に忠告している。

 冒険者と『死』は切っても切り離せない関係にある。ダンジョンは異常事(イレギュラー)に満ちていて、ほんの少しの油断で死に至ることは珍しくない。

 ギルドが公表している記録を統計的に見ると、最も死者が多いのは駆け出しの『新米冒険者』である。冒険者登録をしてから一ヶ月から二ヶ月の間に死ぬことが多い。

 その理由を一言で語るなら、『慢心』、これに尽きるだろう。

 時代は『古代(こだい)』から『神時代(しんじだい)』に移った。神々の下界への降臨により、下界の子供達は『可能性』という名の最大の武器──『神の恩恵(ファルナ)』を授かるようになった。魔法種族(マジックユーザー)でなくとも『魔法』の習得は可能となり、強力な『スキル』によって大逆転することも不可能ではない。

古代(こだい)』と『神時代(しんじだい)』、どちらが恵まれた環境にあるのかは問うまでもないだろう。

 なのにも関わらず、『新米冒険者』の死者はあとを絶たない。

 

 ダンジョンに慣れていないから? それはあるだろう。

 そもそも冒険者に向いていなかったから? それもあるだろう。

 運悪く、異常事態(イレギュラー)に襲われたから? それも大いにあるだろう。 

 

 だが、それらの理由以上に『新米冒険者』は『慢心』する傾向がとても強いのだ。

 1階層から4階層までは、『神の恩恵(ファルナ)』を授かって月日がそれ程経っていない冒険者でも──つまり、【ステイタス】が低い冒険者でも攻略は充分に可能だ。出てくるモンスターはゴブリンやコボルトといった下級(ざこ)モンスターばかりであるのだから、それは当然である。

 それを勘違いした『新米冒険者』は「ダンジョンは大したことがない」と思うようになり、潜る階層を増やしていく。やがて身の丈に合わない階層──5階層に進出し、そこで初めて、彼等はダンジョンの恐ろしさを身をもって知ることになる。

 だが愚かな『新米冒険者』を嘲笑うかのように、5階層からは階層の構造が複雑化し、出現するモンスターは強くなる。5階層が『最初の死線(ファーストライン)』と呼ばれる所以だ。

 どんなに『才能』があろうとも、それが【ステイタス】に反映されていなければ意味がない。『才能』だけで踏破(とうは)出来るほど、ダンジョンは甘くない。

 

(──その筈なんだけど……)

 

 ギルドに勤める、妙齢のハーフエルフの受付嬢、エイナ・チュールは眉間に皺を寄せ、思案に耽っていた。

 月日の経過というものは早いもので、自分がギルドで受付嬢になってから、既に数年が経っている。それなりの経歴(キャリア)があるという自負があるし、それなりの数の冒険者をこの翡翠色(エメラルド)の瞳で()てきたつもりだ。

 

「おーい、エイナ嬢ー?」

 

 そういう観点で視れば……と、エイナは目の前で「もしもーし?」と呑気に手を振ってくる少年を見詰める。

 つい一ヶ月前、自分が担当するようになったヒューマンの少年──ベル・クラネルはどうなのだろうかと、彼女は考えずにはいられない。

 だが答えは、今はまだ導き出せなかった。

 彼女は思考を断ち切ると、「こほん」と咳払いを打った。まずは呆けていたことの謝罪をし、「ベル君」と彼の名前を呼んだ。首を傾げる彼に、彼女は確認を込めてもう一度尋ねる。

 

「もう一度聞かせて欲しいんだけど……攻略階層、何階層まで増やしたの?」

 

「7階層だな!」

 

「……7階層。7階層かぁ……」

 

 はあ、と深々と溜息を吐く。

 それを見た、ベルの紅玉(ルビー)を連想させる深紅(ルベライト)の瞳がぱちくりと瞬きした。

 

「うーん……うぅーん……」

 

 とうとうエイナは悩まし気な声を出してしまう。

 此処に自らの種族に誇りを抱いている同族(エルフ)が居たら、「貴様、それでも高潔なエルフか!」と憤怒するだろう。

 だが幸いにして、此処はギルドの面談用ボックス。部屋に居るのは彼女とベルだけだ。彼が吹聴しなければ自分の痴態(ちたい)が知られることはないだろう。

 

(冒険者登録をしてからたった一ヶ月の新人(ルーキー)が7階層を攻略……)

 

 まぐれだと言えたなら、こんなにも反応に困らないんだけどなぁ……とエイナは思った。

 これまでにも、モンスターと遭遇(エンカウント)せず、運良く道に迷わず、『幸運』にも階層を攻略してきたという事例(ケース)はあった。

 その時、エイナは一貫してその冒険者を叱っている。『実力』だと勘違いする馬鹿な冒険者に、これまでに死んできた冒険者の記録を見せ、あくまでも『幸運』だったと告げている。

 だが、しかし──目の前の少年は事情が少々違ってくる。故に、反応に困る。

 

(この前の『モンスター脱走事件』の時、ベル君はシルバーバックを倒している)

 

 シルバーバックの出現する階層は7階層のもっと下の、具体的には11階層だ。エイナが話を聞いた際、ベル本人は「卑怯な手を使っただけ」と、言っていたが、『撃破』したという事実は変わらない。

 

(ベル君にそれだけの潜在能力(ポテンシャル)があるってこと……?)

 

 考えてもわからない。

 だからこそ、エイナは禁忌(タブー)を破ることにした。僅かばかりの好奇心と、何よりも出来の悪い弟のように思っているベルの身を守る為に。

 

「ベル君、現段階での【ステイタス】を私に見せてくれないかな?」

 

 冒険者がギルドに報告する義務があるのは、氏名、性別、種別、所属派閥、そして『階位(レベル)』だ。だが、それ以外の報告義務はない。【ステイタス】の【アビリティ】、『魔法』、『スキル』は個人情報として秘匿されている。それはどの【ファミリア】でも徹底していることだ。

 それをギルドの受付嬢が見せろと冒険者に迫る。その意味が分からないエイナではない。即刻解雇されても文句は言えないレベルの、規則破り。

 

「もちろん、今から見るものは誰にも言わない。『特例措置』にも違反していることは重々承知。『契約書』も書く。もし不快に感じたら、今すぐにこの部屋から出て、訴えてくれて構わない」

 

 エイナの翡翠色(エメラルド)の瞳と、ベルの深紅(ルベライト)の瞳が交錯する。

 いつもの和やかな雰囲気はなくなり、緊迫した空気が流れる。

 そしておもむろに、ベルは口を開けた。

 

「分かった。他ならないエイナ嬢が言うなら、私は従おう。ギルドには訴えないし、主神(ヘスティア)にも報告はしない」

 

「……ありがとう、ベル君」

 

 誠意を込め、エイナは深く頭を下げた。

 この一ヶ月の間に築かれてきた信頼関係がなければ、ベルはたとえ彼女であっても【ステイタス】を教えるつもりはなかった。

 

「ところで、エイナ嬢」

 

 勝色のロングコート、インナーの長袖を脱ぎながら、ベルは彼女の名前を呼ぶ。「な、なにっ!?」と、ベルに背を向け、布が擦れる音に赤面していたエイナは裏声を出してしまう。

 そのことを予想しながらも、ベルは紳士なので追及せず、代わりに疑問を口にした。

 

「【ステイタス】を見せるのは構わないが……【神聖文字(ヒエログリフ)】をエイナ嬢は読めるのか?」

 

神聖文字(ヒエログリフ)】は通常、神々が使う文字だ。『神の恩恵(ファルナ)』を背中に刻む際、神々は自身の神血(イコル)を以て、【神聖文字(ヒエログリフ)】で【ステイタス】を書いていく。

 普通の下界の子供では、【神聖文字(ヒエログリフ)】を読むことは非常に困難だ。

 

「ああ、それは大丈夫だよ。簡単なものだったら……【ステイタス】くらいだったら読めると思う」

 

「へぇー! それはまたどうしてだ? あっ、もしかしてエルフに代々伝わる叡智(えいち)の結晶だったりするのか!?」

 

 興奮するベルに、エイナは苦笑しながら手を横に振った。

 

「あはは……違う違う。私、学区に通っていたから。そこで総合神学を専攻していたの」

 

「私の担当アドバイザーが秀才だった件について」

 

「もうっ! 揶揄(からか)わないの!」

 

 軽口を叩く少年を注意する。

「脱ぎ終わったぞ」とベルが報告したので振り返ると、エイナは上半身裸の男を見た。

 

(い、意外にも筋肉あるんだなぁ……)

 

 自分は所謂、神々が言うところの『筋肉フェチ』ではない筈だが……半分流れている妖精(エルフ)の血と、これまで異性に対してあまり関心を寄せてこなかった耐性のなさで、エイナはほっそりと尖った耳を赤らめてしまう。

 眼鏡をかけ直し、よし、と気合を入れる。そして彼女は【神聖文字(ヒエログリフ)】の解読に入った。

 

 

 

§

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 (ちから):F354

 耐久(たいきゅう):H163

 器用(きよう):G273

 敏捷(びんしょう):B704

 魔力(まりょく):I0

 

 

 

§

 

 

 

神聖文字(ヒエログリフ)】を解読したエイナは文字通り固まった。言葉を失い、ただ呆然とベル・クラネルの【ステイタス】を見詰める。

 

(うそ……)

 

 自分の()を疑ってしまうが、見える景色は何も変わらない。

 

「エイナ嬢ー?」

 

 無言で立ち尽くしている自分を不審に思ったのか、ベルが声だけ飛ばしてくる。

 それに適当に返事をしつつ、エイナは考える。

 ベル・クラネルが冒険者登録をしてから、一ヶ月が経った。だが実際に冒険者活動を行っていた期間は一ヶ月にも満たない。週に一度取っている休息日、何よりも、ベルは数日の間昏睡状態となっていた。目が覚め、そこから、【戦場の聖女(デア・セイント)】が退院許可を出したのは覚醒してから一週間後。そこから、冒険者活動を再開してから、今日で一週間が経った。つまり、ベルの正式な冒険者活動履歴はひと月にも満たない計算になる。

 それだけの期間で、駆け出し冒険者が到達出来る【アビリティ】評価は精々がHだ。それも、かなり腕が立つ者に限った話である。

 評価Gだったら出来過ぎ──エイナ達ギルド職員は彼等を『英雄』の『器』だと思っているが──で、数こそ少ないが、事例(ケース)は何件かある。その最たる代表例が【剣姫(けんき)】だろう。わずか一年という期間で『昇格(ランクアップ)』を果たしたアイズ・ヴァレンシュタインは世界最速保持者(レコードホルダー)でもある。

 

(それなのに……一番低くて『耐久』の評価H? 一番高くて『敏捷』の評価B? 『敏捷』だけだったらもっと下の階層でも通じる……)

 

 エイナは目眩(めまい)を覚えた。

 頭痛で頭を押さえながら、何か『説得材料』になるものはないかと模索する。

 実はベルはオラリオに来る前、現主神(ヘスティア)とは別に他の神から『神の恩恵(ファルナ)』を授かっていた。これがベストだろう。しかしながら、ベルはオラリオに来る前、地図にも載っていないような小さな村で祖父と過ごしていたという。神々を見たのもオラリオに来てから初めてだと言っていた。何よりも、都市に入る際、ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】が『神の恩恵(ファルナ)』の有無を確認している。報告に上がってくるのが規則だが、それはなかった。

 つまり、これでは『説得材料』にならない。

 次に、銀の野猿──シルバーバックとの死闘でベル・クラネルの才能が開花した、という可能性。これは一見すると良いように見えるが、シルバーバックを倒した説明にならない。

 

(ベル君が言うには『魔剣』を使ったって言っていたけど……)

 

 恐らく、ベルとシルバーバックの戦いを見ていた誰かが『魔剣』を与えるという形で『助太刀』したのだと、エイナは状況から考えている。だったら直接助けて欲しかったと思わなくもないが。

『魔剣』は非常に強力な武器だ。数年前、()()()()()()が現れてからは『本物(オリジナル)』──並の『魔法』すらも凌駕する『魔剣』が迷宮都市(オラリオ)に流れている。恐らく、ベルが使ったのもその類の『魔剣』だろう。それを使えば、シルバーバックを倒すことも不可能ではない。

 だが、ここでさらなる問題が出てくる。ベルが最初から『魔剣』を使っていたなら、それで話は終わり。しかしながら、『助太刀』してくるまで彼はシルバーバックと戦闘をしている。これは迷宮街(ダイダロスどおり)の住民が見ていた、れっきとした事実だ。つまり、ベル・クラネルに『何か』があるのは間違いないと、誰もが思うだろう。

 そうなると──考えられるのは『スキル』だ。寧ろそれしか考えられない。

 ベルの『成長』を異常なまでに促進させる『スキル』が発現している、という線が濃厚だろう。

 

(でも……そんな『スキル』は聞いたことがない。私が聞いたことがないだけで前例はあるのかもしれないけど……だったら、ベル君の前にその人が話題になっても可笑しくない)

 

 そしてそれを裏付ける『証拠』もある。

『モンスター脱走事件』が解決した後、ギルドは()()()()()()である【ヘスティア・ファミリア】に謝罪を行った。

 まず【ヘスティア・ファミリア】への賠償金。その額、100万ヴァリス。エイナ個人としては少ないと思ったが、ヘスティアは受諾した。

 次に、ベル・クラネルの治療についてだ。主担当には、オラリオで最高位の治療師(ヒーラー)である【戦場の聖女(デア・セイント)】──アミッド・テアサナーレが選ばれた。ベルと友人であったこと、何よりも、アミッド本人がやらせて欲しいと自ら立候補したのである。それがなくとも、瀕死に近かったベルを治せたのは恐らく彼女だけであったので、彼女が選ばれていただろう。かかった治療費はギルド……ではなく、【ガネーシャ・ファミリア】が全て負担した。これは男神(おがみ)ガネーシャが申し出たことであり、ギルド長ロイマンが即決で受諾した。

 ヘスティアは「今後、二度とこのようなことが起こらないなら、ボクも、そして眠っているベル君も咎めはしない」と言い、ギルドと【ヘスティア・ファミリア】は和解──する直前で、女神はある要請、もとい()()をしてきた。

 

(まさか……ベル君の情報を非公開にして欲しいだなんて……)

 

 冒険者ベル・クラネルの公開されている情報を全て、非公開にして欲しいとヘスティアは要求したのだ。

 これは、ギルド以外、つまり他の冒険者や神々、民衆には知らせないで欲しいという内容のものだった。

 ギルド長は黙考のうちに、『特例措置』をとるにあたって、ある『条件』を出した。

 その『条件』は三つ。

 

 一つ目に、【ファミリア】が管理機関(ギルド)へ月に一度納める税金の増額。通常であれば等級(ランク)に応じた額を支払うが、その額を増やすというものだ。

 二つ目に、ヘスティア同伴のもと、ベル・クラネルの【ステイタス】の報告義務。これは『魔法』及び『スキル』は含まず、【アビリティ】と『昇格(ランクアップ)』した際に入手した【発展アビリティ】だ。書面ではなく、ギルド長が直接確認する。

 三つ目に、『特例措置』の期限だ。より具体的には、ベル・クラネルが『昇格(ランクアップ)』をするまでである。

 

 これらの『条件』を呑むのなら、『特例措置』を約束するとギルド長は言い、ヘスティアは頷いた。『特別措置』が適用されている期間中に、【ヘスティア・ファミリア】は力を付けることにした。

 これにより、冒険者ベル・クラネルの情報は完全非公開となった。またこれに伴い【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)の住所も非公開となった。

 当然、そのようなことをすればかえって益々目立つ。暇な神々は面白がって都市を彷徨(うろつ)いては本拠(ホーム)の特定に精を出している。

 そのリスクを承知の上で、ヘスティアは決断したのだろう──と、ベルの【ステイタス】を見たエイナは共感出来た。

『何か』があるのは隠せない。ならば、その『何か』の正体を探られないようにする。殆どの神々はエイナと同様『スキル』だと判断するだろうが、それ以上は決して踏み込ませないという、炉の女神の神意をエイナは悟った。

 

「……ありがとう。もう大丈夫だよ」

 

 ベルに声を掛ける。彼が着替え終わると、二人は再びテーブルを挟んで向かい合う。

 

「ベル君の【ステイタス】は見せて貰った。数値だけで判断するなら、7階層以下の攻略を許可しない訳にはいかない」

 

「……」

 

「装備も、大丈夫だと思う。そう、大丈夫だとは思うんだけど……」

 

 言おうか言わまいか、エイナは迷った。

 しかし、意を決して自身の考えを告げる。

 

「私はベル君が心配。テアサナーレ氏が言っていたことだけど、このままじゃベル君、死んじゃうよ……」

 

 ベルが大怪我をしたと聞いた時、エイナは気が気じゃなかった。彼の勝利を喜ぶ前に、なんて無茶で無謀なことをしたのかと思い、怒りすら覚えたものだ。

 いいや、それはエイナだけじゃない。ベルが昏睡していた一週間、彼と交友がある人達全員が彼を心配していた。特に先日知り合ったばかりの街娘は、まるでそれが義務かのように治療院を訪れていたらしい。

 

「……【経験値(エクセリア)】の質は下がっちゃうけど、暫くは5階層辺りで潜って欲しい」

 

 それはつまり、ベルの成長が遅くなることを意味していた。

 エイナは彼の夢を知っている。『英雄』に憧れ、なろうとしている彼を応援もしている。

 だが、エイナが忠言した内容は、その夢から遠ざくことだ。それをわかっていて、彼女は言う。

 

「もちろん、決めるのはベル君だから、それを尊重したいとは思う。だけど……──」

 

「分かった、ならそうしよう」

 

 あっさりとベルがそう言ったものだから、エイナは思わず「……え?」と洩らしてしまった。

 固まる彼女を不思議そうに見ながら、ベルはさらに言う。

 

「ヘスティアからも言われていることだが、何も焦ることはない。私は私のペースで活動を続けていくとしよう。それにまた怪我をしたら、アミッド女医に怒られそうだ」

 

「……ありがとう。私も精一杯、ベル君を支援するね」

 

「ああ、宜しく頼む」

 

 その後、話し合いはトントン拍子で進んで行った。

 まず、今週いっぱいは1階層から6階層で停滞することを決めた。6階層は『新米殺し』として有名な『ウォーシャドウ』が出現する階層だが、今のベルの【ステイタス】なら問題なく対処出来る。

『新米殺し』はウォーシャドウの他にもう一種類いて、問題はそちらの方だ。そのモンスターが現れるのが7階層から下の為、エイナは提案したのだ。

 

「それじゃあエイナ嬢、私はそろそろ行く。ヘスティアが腹を空かせて待っているだろうからな」

 

「えっ……わっ!? もうこんな時間!?」

 

 時計を見れば、既に十八時を過ぎていた。

 慌てて片付けを行い、二人は面談用ボックスを出た。

 

「ごめんね、時間を取らせちゃって」

 

「いやいや、美人と二人きりで話せたのだから、寧ろ楽しかったサ!」

 

「こらっ、またそう言って……大人を揶揄わないの!」

 

「イデッ!?」と後頭部を押さえるベルに呆れながら、廊下を渡る。やがてロビーに着くと、彼はエイナに向き合った。

 

「また会おう、エイナ嬢!」

 

「うん。くれぐれも気を付けてね?」

 

「ああ! それじゃあ!」

 

 別れの挨拶を交わすと、ベルは駆け出していった。遠ざかっていく彼を見ながら、エイナはその速さに驚いてしまう。

 それは駆け出し冒険者の速度ではない。あの調子ならすぐにでも評価Sに行きそうだ。

 事務所に戻ると、同僚のミィシャが「おつかれー」と笑いかけてきた。休憩を取っているらしい。仕事に行こうとするエイナを、彼女はとめてきた。

 どうやら班長からの指示で、エイナにも休憩の許可が降りているようだ。伝えてくれた彼女に「ありがとう」と礼を言い、一緒に休憩をとる。

 彼女と雑談をしつつも、エイナの意識は別のことに向けられていた。

 

(何だろう……何か『違和感』がある……)

 

『未知のスキル』が本当にベル・クラネルにあって、それを隠すにしても、ヘスティアがとった選択は大袈裟じゃないだろうか。

 冒険者の【ステイタス】は秘匿されなければならない。他派閥はもちろんだが、同じ派閥内の仲間であっても共有している【ファミリア】はごくまれだろう。

 仮に神々から何かを言われようとも、知らぬ存ぜぬを貫けばそれで良い。マナー違反なのは彼等であるのだから、ギルドを通して訴えることも可能だ。

 だが、【ヘスティア・ファミリア】はそれを取らなかった。

 

(『未知のスキル』以外に、ベル君には何か『秘密』がある……?)

 

 あるいは、そう思わせることがヘスティアの狙いなのだろうか? とエイナは考えるが、神の神意を読み切るのは同じ神であっても難しいものだ。

 学区では秀才と言われていたエイナであっても、超越存在(デウスデア)である神々の思惑を測るのは不可能であった。

 

「エイナー? 私の話聞いてるー?」

 

 話を振っても反応が芳しくなかったエイナを見て、ミィシャが覗き込んでくる。

 エイナは「ごめん」と謝ってから、親友との雑談を楽しむのであった。

 

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