さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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餞別の品

 

 太陽が東空に顔を出した朝。

 人々が今日の(いとな)みの準備を始めるように、零細派閥、【ヘスティア・ファミリア】もまた活動を始め、『教会の隠し部屋』からは賑やかな声が出されていた。

 

「ベルくーん、そこの皿を取ってくれー!」

 

「了解! いったい何処にある?」

 

「棚の一番上にある、大丸皿!」

 

 小さい台所(キッチン)を、一人の少年と一柱の小さな女神が使っている。ベルはヘスティアの指示通り、棚の上段にある大丸皿を手に取ると、彼女に手渡した。

 小人族(パルゥム)よりも身長は高いが、ヘスティアは幼女並みに身長が低い。高い所に手が届かない場合は脚立(きゃたつ)を使っているが、それでも届かない場合はベルを頼っていた。

 

「今日の朝食はデメテルから貰ったサラダをメインにしようじゃあ、ないか!」

 

「ははっ、了解だヘスティア。沢山貰ったからな、腐る前に食べてしまおう」

 

 つい先日、ヘスティアのアルバイト先に一柱の女神が訪ねた。

 その真名(まな)は、デメテル。豊穣(ほうじょう)を司る女神である。

 彼女は野菜を収穫したので、お裾分けをしたいとわざわざヘスティアに挨拶をしてきたのだ。

 というのも、現在、【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)の住所はギルドによって完全非公開となっている。デメテルは『(かみ)(うたげ)』の時にヘスティアと約束したことを覚えていたが、住所が分からないときた。困ったデメテルだったが、『ジャガ丸くんの屋台』でアルバイトをしていることを思い出し、訪ねたという訳だ。

 ヘスティアは感謝した。それはもう感謝した。

 他の神々(やつら)もこれだけ良い(かみ)だったら良いのにと思ったほどだ。感謝を込めて、ジャガ丸くんを何個かサービスした。

 それから数日後、【デメテル・ファミリア】の構成員が大量の野菜を持って訪ねてきたのである。ヘスティアとベルは廃墟に等しい教会を見られて恥ずかしく思い、近々、大掃除することを決めた。尚、その時デメテルはベルを見て「可愛らしい兎さんねぇー」と抱き締めており、ベルはヘスティアを超える双丘に鼻を伸ばしていた。処女神のヘスティアが激怒したのは言うまでもない。

 数分後、テーブルには野菜をメインとした朝食がずらりと並べられた。中でも大丸皿には色とりどりの(しゅん)な野菜が輝いている。

 いえーい! とハイタッチした後に、二人は極東の文化に倣って、手を合わせる。

 

「「いっただきまーす!」」

 

 フォークで瑞々しい野菜さし、口に頬張ると二人は頬を緩めた。【デメテル・ファミリア】の野菜は甘いのが特徴であった。

 ものの数分で朝食を(たい)らげると、ベルは冒険者装備に着替え、ヘスティアはアルバイトに向かう準備を始める。

 ベルが勝色(かついろ)のロングコートをベルが羽織ったところで、唯一の出入り口扉から、コンコン、というノック音が響いた。

 

「……誰だ?」

 

 ヘスティアが訝しむのも無理はなかった。

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)の住所は現在、ギルドによって完全非公開となっている。暇な一部の神々が「俺が探すぜー!」と騒いでいるが、まさか廃教会の下に地下室があるとは、そしてそこが本拠(ホーム)になっているとは(つゆ)も思わないだろう。

 そうなると、考えられるのは【ヘスティア・ファミリア】の関係者である。『教会の隠し部屋』を提供してくれたヘファイストスか、【ミアハ・ファミリア】か、あるいは、【デメテル・ファミリア】か。はたまたあるいは、それ以外のベルの友人か。

 だが彼等は至って常識人なので、朝っぱらから相手の都合を考えずに訪問などはしない筈──そこでもう一度、コンコン、というノック音が鳴る。

 ヘスティアは数秒扉を見詰め、眷族に『ゴー!』というハンドサインを送った。神意を理解したベルは頷く。

 

「どちら様ですかー?」

 

 用心の為に剣を()げながら、ベルはあくまでも陽気に扉に近付く。そして恐る恐る扉を開けると、そこには予想外な人物がいた。

 

「おはようございます! 自分、輸送会社(タクシー)の者ですが……【ヘスティア・ファミリア】の本拠(御自宅)で間違いないでしょうか?」

 

「あ、ああ……そうだが……。タクシー……?」

 

「はい!」

 

 笑顔で返事をする虎人(ワータイガー)

 

(タクシー……。名前は聞いたことがあるが……)

 

 田舎出身のベルは『輸送会社(タクシー)』という名前こそ聞いたことがあるが、それが何なのかはまだ具体的に知らなかった。

 ベルは「ちょっと待ってくれ」と言うと、ヘスティアに顔を向ける。

 

「ヘスティア、すまないが対応を頼めるか?」

 

「あー、そっか。ベル君、まだこの都市に慣れてないもんね。分かった、ボクが対応するからきみは準備を進めていると良い」

 

「ありがとう」

 

 主神に雑事をやらせることに申し訳なさを感じつつも、ベルは言葉に甘えることにした。

 剣を調革(ベルト)に括り付け、胸当てをはじめとした各部位の防具を装着していく。

 

「えっ!? きみ、それは本当かい!?」

 

 ヘスティアの驚き声が大きく響く。

 ベルは何かあったのかと思いつつも、じきに分かることだと判断して最終点検を行う。

 彼の準備が完了したところで、宅配便の対応は終わったようだった。「ありがとー!」という明るい主神の声が出される。

 そしてすぐに彼女はベルを呼んだ。

 

「ベルくーん! こっちに来てくれ!」

 

「ああ、すぐ行く!」

 

「早く、はやく来てくれぇー! ボクじゃ重過ぎて支えるので精一杯だ!」

 

 訝しみつつ、救助要請に応える。

 そして彼は、荒い息を吐いて大量の汗を顔から噴出ヘスティアを見付けた。彼女は一本の長剣を、その小さな身体全身を使って持っていた。いや、支えていた、と表現した方が良いだろう。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 急いで駆け寄り、ヘスティアから長剣を受け取る。ずしりと両手に収まったそれを見ながら、ベルは「ふぅー、死ぬかと思った……」と縁起(えんぎ)でもないことを言うヘスティアに労いの言葉を掛ける。

 長剣をテーブルの上に慎重に置き、ソファーにぐったりと倒れ込んでいるヘスティアに水道水を差し出した。インフラ整備がされているオラリオは、水道水をそのまま飲むことが可能だ。

 

「ほら、水でも飲もう」

 

「ありがとう……──ぷはぁー! 身体に染み渡る! でもなんだか朝から疲れたなぁ……今日、バイト行きたくないなぁ……」

 

「私はそれでも構わないが、サボると店主が怒るぞ」

 

「うへぇー! おばちゃん、ボクを女神だと思ってないからなぁ……。ま、まあバイト仲間の神友(しんゆう)に比べれば遥かにマシだけど……どちらにせよ、容赦なくクビって言われそうだよ……」

 

 げんなりとしつつ、ヘスティアは「あー、嫌だ嫌だ」と週明けの労働者のように振る舞う。

 しかしそれも、

 

「明日は確か、シフトは休みだろう? そう思えばやる気も起きないか?私も明日はちょうど休息日だから、頑張ろう!」

 

 というベルの言葉によって、奮起した。

 それを見て眷族は自分のことを棚に上げ、単純だなぁと思った。

 主神(おや)主神(おや)なら、眷族()眷族()である。

 

「──さて」

 

 気を取り直し、ベルとヘスティアはテーブルに置かれている長剣を上からまじまじと眺めた。

 

「ヘスティア、そもそも『タクシー』とは何だ?」

 

 時間にまだ余裕があることを確認し、ベルが尋ねる。

 

「『タクシー』っていうのはね、ベル君。神々(ボクたち)が勝手に名付けたものなのさ。それが子供達に浸透して、そう呼ばれている。元々の意味は馬車輸送だね」

 

 ヘスティアは自分が知っている知識をベルに披露した。

 神々が下界に降臨したのが千年前。つまり、迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは千年という長い歴史を持っているということになる。長い、とても長い年月の中で都市は発展と改築を繰り返してきた。

 その最たる例が『ダイダロス通り』である。名匠(めいしょう)ダイダロスによって創造された迷宮街(スラム)は住民であっても、『道標(アリアドネ)』を見失い道に迷えば最後、死ぬまで彷徨(さまよ)うことになると言われている。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは広大だ。広過ぎる都市を行き来するのに、徒歩以外の代替行為(だいたいこうい)が模索、確立されるのは当然の帰結だった。

 その中で考案されたのが『馬車輸送』である。有料ではあるが、先程の虎人(ワータイガー)のように、人や物を指定先まで馬車が運んでくれるのだ。場所や時間帯は細かい所まで指定可能であり、迷宮都市(オラリオ)ではとても重宝されている。

 話を聞いたベルは「都会は凄いなぁ……」と田舎者丸出しの感想を抱きつつ、さらにヘスティアに尋ねた。

 

「タクシーでこの剣が届けられたのは分かった。誰が送ってきたのかは分かっているのか?」

 

「いや……それが、依頼人(クライアント)が匿名にしたらしいんだ」

 

 思ってもいなかったまさかの返答に、ベルは深紅(ルベライト)の瞳をぱちくりと瞬きしてしまう。

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「可能らしい。一応、安全性の観点から輸送物に危険性がないのかだけは調べてあるらしいから、いきなり爆発することはないと思うけど……」

 

 どちらにせよ、まずは鞘袋を破る必要がある。ベルが丁寧に開封していくと、漆黒が覗いた。

 

(これは……)

 

 ベルは()()に見覚えがあった。

「ベル君? どうかしたかい?」と、手をとめる眷族にヘスティアが声を掛ける。彼は無言で作業を再開し、彼女はそれを見守った。

 やがて、一本の長剣が完全に現れた。

 武器種──片手直剣(ワンハンド・ロングソード)。華美な装飾がない漆黒の鞘が、魔石灯(ませきとう)の光を反射する。

 導かれるようにしてベルは(グリップ)に手を伸ばし、剣を鞘から解き放った。

 

「──」

 

 白銀の輝きに、ベルも、そしてヘスティアもただただ見惚れる。その美しさに息を呑むのも忘れ、二人は暫し、じっと見詰めていた。

 

「綺麗だね」

 

 ぽつりと、ヘスティアが感想を洩らす。

 ベルはそれに無言で頷き、同意を示した。柄から剣先まで、深紅(ルベライト)の瞳を大きく見開かせて眺める。

 そして彼は、剣の刀身に()()()()()()られているのを見付けた。

 ヘスティアもそれに気付き読もうと試みるが、「何だこれ……?」と首を傾げた。

 

共通語(コイネー)じゃない……? かと言って、【神聖文字(ヒエログリフ)】でもないし……うぅーん、種族特有の文字なのかな?」

 

 何か知っているかい? とヘスティアはベルに尋ねる。

 しかし彼は質問に答えることなく、その()()()()()を凝視していた。

 

(これは……そうか。やはりきみが……)

 

 確信する。

 そして彼は顔がにやつくのが抑えられなかった。

 

「はは、はははははははっ!」

 

「うおっ!? 急に大声を出さないでくれよ!」

 

「はははははははっ……──すまない、ヘスティア。詫びと言ってはなんだが、文字、分かったぞ」

 

 ええ!? と驚くヘスティアに、ベルは言った。

 

「──《プロミス─Ⅱ》。これが、この剣の(めい)だ」

 

「《プロミス─Ⅱ》……ああ、なるほど。この剣は()()なんだね」

 

 ヘスティアの言う通りだった。

《プロミス─Ⅱ》は、《プロミス》を引き継いでいる。刀身の長さや(グリップ)の部分など、いくつか《プロミス》とは異なるものの、大まかな形状は変わらない。

 

「確か《プロミス(前の剣)》はバベルの【ヘファイストス・ファミリア】のテナントで【勇者(ブレイバー)】君に贈呈(プレゼント)して貰ったんだっけ?」

 

「ああ、そうだ。その時も鍛冶師の名前は分からなかったのだが……。だが、確信した。()()()()()()()()()()()()()()()。まず間違いなく『彼』だろう」

 

 ヘスティアは真剣な表情を浮かべる。

 

「その『彼』もまた、きみと同じ『()()』を抱えていると思うかい?」

 

 その質問にベルは無言で頷いた。

 とんとん、と剣に刻まれている()()()()()を人差し指で指し示す。

 

()()()()()()()()()()

 

 ヘスティアは思わず、はあ、と溜息を吐いた。

 染みだらけの天井を見上げ、ぶつぶつと呟く。

 

「ヘファイストスと今度話をしないとなぁ……。いや、彼女はこの『秘密』を知っているのか……? あー、頭が痛い……」

 

 柳眉(りゅうび)を押さえ、この『爆弾(ひみつ)』をどう処理しようか迷う。暫く考えてから、ヘスティアは自分だけでは駄目だと判断した。

 早急にヘファイストスと密談をしよう、とそこで思考を断ち切る。

 

「……あれ? でもだったら、どうしてその『彼』は直接ベル君に届けようとしなかったんだろう?」

 

 そう、湧いた疑問を口にすると、ベルが「それなら簡単だ」とドヤ顔で言った。

 

「せっかくの再会だ。感動的なものにしないといけないだろう。恐らく『彼』も、そう考えているに違いない!」

 

「そういうものかい?」

 

「そういうものだ!」

 

 無限の(とき)を生きているヘスティア(女神)には、よく分からなかった。これも子供達との価値観の相違ってやつかぁ、とヘスティアは思うようにした。

 それから彼女は、「でも」とにっこりと笑いかける。

 

「良かったじゃないか。その『彼』とは随分親しい間柄だったんだろう?」

 

「無二の友だ」

 

「それなら、ボクは祝福しよう。おめでとう、きみたちが再会出来たのは『奇跡』に他ならない」

 

「……そうだな。ああ、そうだとも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、友と再び()えるのはとても嬉しい」

 

 脳裏に浮かぶのは、一人の青年だった。嘗て自分を助け、支え、導いてくれた偉大な男を想起する。

 ベルは刀身を鞘に収めると、《プロミス─Ⅱ》を壁に掛けた。

 

「あれ? 使わないのかい?」

 

「……ああ、今は、まだ使うつもりはない」

 

「ふぅーん」と言いつつ、ヘスティアはベルが提げている武器に視線を送った。

 ベルがつい一週間前に適当な武具屋で買ったばかりの片手直剣(ワンハンド・ロングソード)──《ニュートラル》は、ギルドで支給されているものよりは性能は良いが、かと言って、それほど高い訳ではない。

《プロミス─Ⅱ》の方が遥かに良いだろう。そのことをヘスティアが指摘すると、ベルは「むしろそれが問題なんだ」と言った。

 

「未熟な私が使っては、この剣の性能を最大限に引き出せないだろう。武器に振り回されてしまう」

 

 異常な速度で成長するベル・クラネルであっても、その実態は、都市の半数以上の冒険者と同じようにLv.1の下級冒険者だ。

 下地がない状態で、身の丈に合わない武器を使っては、初めは良くても必ず後で行き詰まる。

 

「だから、もっと強くなってから──あるいは、必要な時に、使おうと思う」

 

「そっか……うん、きみがそう言うのなら、きっと、そうなんだろうね」

 

 冒険者のベルの言葉に、ヘスティアは納得した。そして時計を見て、「ンなっ!?」と声を詰まらせる。

 

「ヤバい! もうこんな時間だ! ベル君、ボクはもう行くから、戸締り頼むよ!」

 

 行ってきまーす! と幼い女神は本拠を慌てて出ていく。ベルは「行ってらっしゃーい」と主神を見送ってから、魔石灯のスイッチを切り、全ての魔石製品が沈黙しているのを確認する。

 最後に扉に鍵をかけると、ダンジョンに足を運ぶのだった。

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