ベルは珍しくも
困惑していた、と言った方が適切かもしれない。
「ええっと、すまない。ちょっと待ってくれ」
そう断りを入れてから、突然声を掛けてきた目の前の少女を、ベルは改めて失礼のないように観察した。
身長はおよそ100
装備は、地味なクリーム色のゆったりとたローブ。警戒を解くためか彼女はフードを外し、幼い顔と獣人の特徴である犬耳を出していた。
そして何よりも目を引くのは、背中に背負われている、小さな身体には不釣り合いな大きなバックパックだ。現在中にはそれ程入っていないのか
(数々の女性を私はこれまでナンパしてきたものだが……まさかその逆が来ようとは! しかもこんな少女に……ええい、私は
そして彼は強い既視感を覚える。三日前、路地裏での出来事を想起する。
(あの時の
しかしながら、それは有り得ないことだとベルは考える。
何故なら、目の前の少女は
何よりも、目の前の
「あのぅー、冒険者様?」
じっと見詰められ、
「申し訳ないが、もう一度尋ねさせて欲しい。私に何の用だろうか?」
彼女は気分を害した様子を微塵も窺わせず、
「冒険者様、サポーターは欲しくないでしょうか?」
先程と同じ台詞を言い、そしてつぶらな瞳を向けた。
ベルは自分の聞き間違いでなかったことに驚いた。自身がダンジョン探索に毎度ながら思っていることを初対面の少女に当てられたからだ。
そんな様子の冒険者を見て、彼女は苦笑し、ベルの背中──ボディバッグを指さした。
「冒険者様がお独りでバックパック──冒険者様はボディバッグですが──を持っている時は、大抵、サポーターが必要な方が多くいらっしゃいますから」
その観察眼にベルはついつい
取り敢えず詳しく話を聞こうと思った彼は、
二人はひと二人分の距離を置いて横に並んで座るや否や、彼女は問い掛けてきた。
「それで、どうでしょうか。リリをサポーターとして冒険者様の冒険にご同伴させて頂けないでしょうか?」
にっこりと笑いながら、
ベルは、ズササッ、と詰まった分横に移動しながら、彼女に質問を返した。
「幾つか聞きたいことがある。結論はそれからでも良いだろうか?」
「はいっ、もちろんです! リリも、後で問題になるよりもその方が良いですから!」
答えられる範囲なら何でも答えます! と笑顔で言う彼女に、ベルは「それじゃあ、一つ目」と尋ねた。
「私の
「おっと、これは失敬。リリとしたことがすっかりと忘れていました。
ああ、とベルは合点がいった。
彼女が時々口に出していた『リリ』というのは、リリルカ・アーデという少女の愛称なのだろう。
確かにリリルカという名前は長いからな、とベルはすんなりと納得する。それに、幼い子供が自分のことを愛称で呼ぶのは珍しくない。
「出来れば、『リリ」と気軽にお呼び下さい」と言う彼女に頷きつつ、二つ目の質問をする。
「リリは
「いえ、リリは【ファミリア】に入っていますよ。派閥は【ソーマ・ファミリア】という
「すまない。言い訳をさせて貰うと、まだこの都市にやって来てからまだ日が浅くてな……まだまだ知らないことが多いんだ」
「いえいえ、
だから気にしないで下さい、とリリルカは言った。
ベルはその言葉に甘えつつ、三つ目の質問を投げ掛ける。
「しかしリリ、どうして他所の派閥の私に声を掛けてくれたんだ? あまり歓迎されないことなのだろう?」
これまでに何度も、ベルは先達にそう言われてきた。ベルが彼等と交流を深めようと近づく度に、彼等は拒絶と敵意を向けてきた。
リリは、恥じるように俯いて告白した。
「リリはこんな小さな身体ですから、ろくに武器も持てませんし、まともに振れません。おまけに、戦う才能もなくて……同じ【ファミリア】の人達は、最初こそ手を差し伸べてくれたんですが……愛想を尽かされてしまいまして。頼み込んでもパーティにすら入れて貰えず……」
ははは、と
「そんな訳でして、【ファミリア】にリリの居場所はありません」
以来、ずっとサポーターとして生計を立てているのだと彼女は言った。居場所がないから【ソーマ・ファミリア】の
「【ファミリア】の関係を気にされているのでしたら、それは大丈夫です。主神様──ソーマ様は他所の派閥には未来永劫興味を持ちませんから。そちらの派閥が攻撃をして来ない限り、クラネル様に害が及ぶことはないでしょう」
「……」
「リリとしては、是非ともクラネル様には雇って頂きたいです。リリの腕を見たいと言うなら、今日はお試し日でも構いませんし、一週間という短期契約でも全然構いません」
「…………」
リリルカ・アーデの話を、ベル・クラネルはずっと黙って、目を伏せて聞いていた。
「クラネル様……?」
何も反応を示さないベルを不審に思い、リリルカが疑問の声をあげる。
しかしベルはやはり沈黙したままだった。
彼が口を開いたのは、一陣の風が彼等を横切った時だった。
「最後に、聞きたいことがある。とはいえ、これには答えても答えなくても良い。そして先に言っておこう。私の中で既に結論は出ている」
その上で聞きたいことがある、とベルは言った。
リリルカは何のことだろうかと思いつつ、「何でしょうか?」と尋ねた。
ベルは
「君は、今の立場をどう考えている?」
「……えっ?」
「リリルカ・アーデ、君はサポーターだろう?」
その確認にリリルカは当然だと頷いた。そんな彼女に、ベルはさらに問い掛ける。
「君はサポーターのことをどのように思っている? それを聞かせて欲しい」
リリルカ・アーデは即答する。
「冒険者様のお零れに預かりたいと思う、そんな、貧乏で薄汚い卑怯者。それが私達サポーターですよ」
にっこりと、人好きのする笑みを携えて。
リリルカ・アーデはそう言った。
「……そうか」
ベルはそんな彼女を、数秒、見詰めると、おもむろにベンチから立ち上がる。そして彼女の前に立つと、笑って言った。
「サポーターについてだが、宜しく頼む。私も常々、
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ、嘘は吐かないとも。人間的な相性の問題もあると思うから、今日はお試し日にして、明日以降の契約を考えたいと思うのだが、どうだろう? もちろん、報酬は払わせて頂くが……」
「それで構いません! 宜しくお願いいたします!」
「よし、じゃあ早速行こう! 時間は有限だからな!」
ほら、とベルはリリルカに手を差し出した。
少女は「えっ?」と声を上げ、少年を見上げる。彼女はまじまじとそれを見詰めると、おずおずと躊躇いがちに摑んだ。勢いよく引っ張られ、立たされる。
「……」
その時にはもう、ベルは
「クラネル様、ちょっと待って下さい!」
「HAHAHA! とうとう私にも仲間が出来たぞ! これぞまさに王道的展開! くぅー、胸のワクワク、ドキドキがとまらないネ!」
「クラネル様ぁー!?」
高笑いをしながら
リリルカは小さな手足を懸命に動かして少年のあとを追った。その光景を見ている周りの人々から同情と憐憫の眼差しが送られてくるが、それに反応する暇もない。
「いざ参らん! 今日も
「英雄日誌!? 何ですか、それ!?」
「ふはははははははははははは!」
こうして、彼等のダンジョン探索が幕を開けた。