さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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予兆

 

 リリルカ・アーデの冒険者歴──否、サポーター歴は長い。これまでに彼女は多くの冒険者と長期契約なり短期契約をして、そして多くの冒険者をその目で()てきた。

 だから、だろうか。

 自然と彼女は、その人物が()()するか否か──つまり、その者に『(うつわ)』があるかどうかが分かるようになっていた。その目の性能は管理機関(ギルド)のギルド職員と同等、否、それ以上かもしれない。

 どちらにせよ、()()である地下迷宮(ダンジョン)で視てきた彼女にしか視えない部分は確かにあった。

 

()()

 

 それが最初に、リリルカ・アーデがベル・クラネルに抱いた率直な感想だった。

 

『──ッ!?』

 

 場所は、ダンジョン6階層。『新米殺し』として名を馳せている魔物──ウォーシャドウが声にならない断末魔をあげて、『影』を消滅させた。

 見慣れた事象、肉体から黒灰への変質を見ながら、リリルカは改めてそう思った。

 

(本当にこれで冒険者登録してから少しなのでしょうか? ウォーシャドウを息一つ乱さず()()するなんて……そんなの、駆け出し冒険者じゃ逆立ちしても無理です。寧ろ痛い目に遭うでしょうに)

 

 それなのに、とリリルカはベルに視線を向ける。

 彼は勝利したことを喜ぶこともなく、辺りの警戒をしていた。

 これもまた、()()()()()()()()()()()()

 彼等は戦闘行為が終わるとその度に一喜一憂し、警戒を疎かにしがちなのだ。実際、そのような事例(ケース)は枚挙に遑がない。

 

「リリ、頼めるか? 私は引き続き警戒しているから」

 

 抜刀したまま、ベルが顔だけ振り向かせてリリに指示を出す。冒険者とサポーターがパーティを組む場合、基本的には冒険者に決定権がある。

 

「はい! お願いします!」

 

 返事をしながら、リリルカは自分の仕事を行った。サポーターとして『魔石』を回収する。『ドロップアイテム』は落ちていなかったが、低確率で発生する為に仕方がないだろう。

『魔石』をバックパックに放り込み立ち上がると、彼女は彼に報告を行った。

 

「『魔石』回収しました!」

 

「ありがとう。じゃあ、探索を再開するとしようか」

 

「はいっ!」

 

 ベルを先頭にして、パーティが移動する。

 長い一本道の通路を渡りながら、リリルカは先程の思考に戻った。

 

(これまでにモンスターと遭遇(エンカウント)してきた回数は、今のウォーシャドウで二十一回目。何でしょうか……どうにも『違和感』を感じます)

 

 突き詰めると、それだった。

 パーティを組んで最初に戦ったのはゴブリンだった。場所はダンジョン1階層。ゴブリンはコボルトと並んで最弱モンスターと呼ばれており、サポーターのリリルカ・アーデでも倒すことが出来るほどの雑魚モンスターだ。そして、ゴブリンをベルは瞬殺した。その時は、随分と思い切りがいいなと思った程度だった。

 しかしながら、時間の経過、モンスターと遭遇する度に、彼女の中には『違和感』が芽生えていた。

 

(確かに単独迷宮探索者(ソロエクスプローラー)ならダンジョン内での全ての事象を自分一人で対処しなければなりませんから、その分、経験値が蓄積されていても不思議ではありませんが……)

 

 前を歩く背中を、リリルカはじっと見詰める。

 

(今にしたってそうです。こんな長い一本道、普通なら挟撃(きょうげき)を恐れて後ろを何回か振り返っても良い筈。少なくとも、これまでにリリが契約してきた冒険者は漏れなく全員そうでした)

 

 リリルカとしては、それは当たり前のことだと思っていた。凶悪なモンスターに挟み撃ちにされる恐怖は、とてもではないが言葉では言い表せられない。

 だが、ベルは一度たりとて後ろを振り返っていない。恐らく、ずば抜けて視線──気配の察知能力が高いのだろう。これもまた、駆け出し冒険者らしくない。

 しかしながら、その『違和感』ばかりにとらわれる訳にも行かない。本来の仕事を疎かにしては本末転倒だ。

 

「ベル様、少し早いですが休憩(レスト)に入りませんか?」

 

 サポーターが意見を口に出すと、怒る冒険者は多い。先にも述べた通り、パーティの行動に関する決定権はサポーターではなく冒険者にあるからだ。

 それをわかっていて、リリルカは敢えて言った。半日もずっと行動を共にしていればその人柄は何となく分かるというもので、今回の契約相手(暫定)なら大丈夫だと判断したからである。

 

「うぅーん、今何時だっけ?」

 

「午前十一時を半分ほど過ぎています」

 

「分かった。確かに少し早いが昼食にしよう。正直助かる。初めてのパーティプレイで疲れていたんだ」

 

「この先に広間(ルーム)がありますから。そこで休憩(レスト)に入るのはどうでしょう?」

 

「ああ、そうしよう!」

 

 顔だけ振り向かせ、ベルは笑顔を向けた。それにリリルカはにっこりと笑みを返す。

 休憩が間近になり心が浮き立つ冒険者。その彼等を嘲笑うかのように、前方五(メドル)の壁に亀裂が走る。

 

「来ます!」

 

「了解! リリルカは背後の警戒を頼む!」

 

 はい! とサポーターは返事した。

 背中を向かい合わせるベルとリリルカ。

 冒険者パーティが声を飛び交わしている間に、モンスターの産生(さんせい)も終わったようだった。

 ベルの前に、三匹の魔物が出現する。二匹はコボルト、もう一匹はフロッグシューターだった。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 雄叫びを上げながら、ベルが突進する。リリルカというサポーターが居るおかげで、彼は前の敵だけに集中することが出来ていた。

 自慢の『敏捷(きゃくりょく)』を活かし、瞬きのうちに、最も近くに居たコボルトの懐に入る。

 

『グァ!?』

 

 あまりの速さにコボルトが驚愕の声を出す。その時にはもう、剣は振るわれており、胴体が真横に切られていた。

 同族が瞬殺されたことに愕然とする時間は、モンスターにはなかった。次にフロッグシューターが倒され、コボルトも黒灰となる。

 

「ふぅー、終わった!」

 

 一分にも満たない戦闘を終わらせた当事者は、ただ、そう言うのみだった。

 指示された仕事を行う傍ら、ベルの今の戦闘を見ていたリリルカは呆然としてしまう。

 

(やっぱり強い。()()()()()()()()()()。この人の【ステイタス】が、この階層に適していない。7階層……いえ、8階層すらも恐らく可能でしょうか)

 

 そう思いながら、サポーターは提言した。

 

「この、長い一本道も残り僅かです。このまま走り抜けてしまいましょう」

 

「分かった!」

 

 冒険者はサポーターの提案に頷くと、ゆっくりと走り始めた。

 リリルカはバックパックを落とさないよう注意しながら、ベルに付いていく。

 数十秒後、パーティは広間(ルーム)に辿り着いた。二人で協力して内部を破壊する。ダンジョンが自己修復に充てる時間を利用し──この間、ダンジョンの産生率が低下する──休憩に入る。

 

「ベル様、こちらに座って下さい。地面は汚いですから」

 

 そう言って、サポーターはバックパックからレジャーシートを取り出すと、それを広げた。ポンポン、とシートを叩き、ベルに腰を下ろすように促した。

 

「ありがとう、リリ。とても助かる」

 

「いえいえっ」

 

「それじゃあ、失礼して。それにしても、こんな物もあるんだなぁ」

 

「街に売られていますよ。耐熱、耐水性があるので、リリはかなり重宝しています。まあ、些か値が張りますが、長い目で見れば購入を検討しても良いかと」

 

「そうだなぁ……ヴァリスが貯まったら買おうかな」

 

 以前と比べたら【ヘスティア・ファミリア】の収入は増えているが、それでもまだまだ経営難だ。武器や防具、本拠(ホーム)の維持費、食材の購入ギルドへの税の納金など、支出は数多くある。

『モンスター脱走事件』でギルドから多額の謝罪金が渡されているが、それは緊急事態に使おうと主神(ヘスティア)と話している。

 味気ない携帯食を食べながら、二人はコミュニケーションを図った。

 それは、リリルカがベルに質問をした時に起こった。

 

「そういえば今更ですが、ベル様は何処の神様の派閥に属されているんですか? もしかして【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】だったり?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ベルは苦笑しながら「違う違う」と首を横に振った。

 それから、過去に思いを馳せるように言った。

 

「どちらの派閥にも入団しようと思ったのだが、門前払いをされた」

 

「そ、そうですか……。でもそれも仕方がないかもしれません。都市でも有数の派閥は構成員が多いですから、いつでも募集している訳じゃなかった筈です」

 

「ああ、ギルド職員にもそう言われた。そのうえで門を叩いたのだが、門番に追い払われてしまってなぁ」

 

「えっ」

 

「確かこんな風に言われたな──『貴様のような子供が栄えある【ロキ・ファミリア】に入団するなど、あと半月は早い! それまで待て!』って言われてさ……」

 

 まじか、とリリルカは内心で思った。朝から思っていたことだが、今回の契約相手は頭の螺子(ねじ)が少々外れているのかもしれない。

 それを巧妙に隠しつつ、彼女は相槌を打った。

 

「それでベル様は結局、何処の【ファミリア】所属なんですか?」

 

「私は、炉の女神ヘスティアの眷族だ。つい一ヶ月前に新興したばかりの最弱【ファミリア】だから、知らないかもしれないが……」

 

 頬を掻きながらベルが言うと、リリルカはハッと目を見開いた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】!? 【ヘスティア・ファミリア】って、あの!? それは本当ですか!?」

 

「あ、ああ……嘘は吐いていないが……」

 

「ベル様が【ヘスティア・ファミリア】の団員で、まさか、『モンスター脱走事件』の際にシルバーバックを倒していた冒険者様だっただなんて!」

 

「リリ、落ち着いて……」

 

「これが落ち着いていられますか! リリは今、お試しとはいえ、期待の新人(ルーキー)とパーティを組んでいるんですよ!?」

 

 ベルが宥めるが、リリルカに言葉は届かず、彼女は興奮したように顔を真っ赤に染める。

 その様子を見た駆け出し冒険者は素の表情で思わず、

 

「えっ、なに、私ってそんなに有名なの?」

 

 と言った。

 リリルカはぶんぶんと何度も頭を縦に振る。

 

「冒険者の間では、ベル様の情報はそこそこ出回っています。冒険者登録をしてから僅か一ヶ月で、野猿シルバーバックを撃破! 噂にならない方が可笑しいです!」

 

「あー、そうなのか?」

 

「そうです! ベル様は自分の規格外さを自覚すべきです! 行き過ぎた謙遜は嫌味になるんですから!」

 

 ずずいっと、リリルカは顔をベルに近付けた。

 ベルはやはり苦笑だけを浮かべていた。

 

「……そう言われてもなぁ、私は武器に救われただけだから。あれは決して人に誇れる勝利ではなかった。彼もきっと、あのような幕引きで残念だっただろう」

 

 だからそんな、褒められるようなことじゃないとベルは肩を竦めた。

 

「……ベル様がそこまで言われるのなら、これ以上この話はしません」

 

「ありがとう、そうしてくれると助かる。あともう一つ頼みがあるのだが、聞いて貰えるか?」

 

 小首を傾げるリリルカにベルは要望を伝える。

 

「私のことはなるべく他の人には言わないで欲しい。困ったことになってしまう」

 

「ああ、はい、それくらい、頼まれることでもありませんよ。契約相手の個人情報を漏洩してはならないのは、規則(ルール)ですから」

 

「それは助かる。私の知らぬ間に、主神が色々と手を回してくれたみたいでな」

 

「【ヘスティア・ファミリア】は現在、公開されている情報がゼロに等しいですからね。しかし、ヘスティア様の判断は正しいかと。こう言ってはなんですが、零細派閥が急に台頭しても、他の派閥からやっかみを受けて、最悪、潰されかねませんから」

 

 実際過去にそのような事件が起こったそうです、とサポーターは言った。

 本来【ファミリア】とは年単位で力を付けるものなのだ。数多の派閥が犇めく迷宮都市オラリオで地盤を築き上げるのは難しい。

 

「ところでさ、リリ」

 

「はい? 何でしょうか?」

 

「何度か言おうと思ってはその度に言いそびれていたのだが……『ベル様』って何だ?」

 

 自分を売り出していた最初はファミリーネームでリリルカはベルのことを呼んでいたのだが、パーティを組んでからは少年のことを『ベル様』と敬称をつけて呼んでいた。

 そのことがベルにはずっと引っかかっていた。彼の疑問に、サポーターの少女は何て事のないように答えた。

 

「仮契約の段階ではありますが、上下関係を付けているだけです。リリはサポーターですから」

 

「それはまたどうして。確かにリリはサポーターだが、それ以上に私達は仲間だろう」

 

「……仲間、ですか」

 

「ああ。それがたとえ長期であろうと、あるいは短期であろうと、期間は関係なく、一緒に戦った仲間の筈だろう」

 

 リリルカはその言葉を聞いて、一瞬、言葉に詰まった。

 

「……ベル様はお優しいのでそう言ってくれますが、こればかりはそうとしか言い様がありません」

 

 それが当然のように、彼女は真顔になった。

「先程も申しましたが」とサポーターの少女は言葉遣いを丁寧なものにして言った。

 

「支援者だなんて言われてこそいますが、私達(サポーター)の実態はただの荷物持ちです。冒険者様(ベル様達)が最前線で戦う中、私達(サポーター)は後ろから戦闘を突っ立って眺め、雑事をするだけ。才能がない私達(サポーター)には、それしか出来ませんから」

 

「……」

 

「例えば、ベル様は(わたし)の提言を真剣に考えてくれていますが、他の大多数の冒険者様は違います。彼等からすれば、それは『生意気な行為』なんです。たとえ私達(わたしたち)にその気はなくとも。私達(わたしたち)が彼等と対等な関係を築こうとしたら、彼等は怒るでしょう。何故なら、私達(わたしたち)は『弱者(サポーター)』なのですから」

 

「…………」

 

「そして(わたし)は、このサポーター(わたしたち)の在り方は当然のことだと思っています」

 

『リリ』という一人称すら使わず。

 彼女は事務的な口調で、そう、言葉を締め括った。

 

「……分かった。他ならない君がそう言うのなら、私もそのように振る舞うとしよう」

 

「ありがとうございます、ベル様」

 

「だが、もし何かあったら──言いたいことがあるのなら、その時は遠慮なく言って欲しい」

 

 深紅(ルベライト)の瞳が、リリルカの榛色の瞳を射抜いた。

 彼女は喉を詰まらせてから、無言で頷いた。

 

(変な人……)

 

 胸中で、そう、呟く。

「あっ、そうだ!」と少年が声を出す。

 

「もう一つ聞きたいことがあったんだが……どうしてリリはフードを被っているんだ? 街で私に声を掛けてくれた時は、取っていただろう?」

 

「ああ、それはベル様に警戒されないようにですよ。いきなり顔が分からない相手が声を掛けたら驚くでしょう?」

 

「それは確かに」

 

「リリがフードを被っている理由は簡単です。恥ずかしながら、リリの毛並みはぼさぼさで。あまり人には見られたくないなと思っていまして」

 

 視線を逸らしながら彼女が言うと、ベルは頷きを返した。

 

「なるほど。君達獣人の毛並みの質は昔日から争われていると聞く。確か、質が良い毛並みを持っている者ほどモテるのだろう?」

 

「……驚きました。まさか同族以外で知っている人がいるだなんて。ベル様は博識なんですね」

 

「ははっ、まぁな!」

 

 ドヤ顔になるベルを見て、()()()()()()()()()()

 そして、リリルカは広間(ルーム)の状態を確認した。時間はだいぶ経っている。

 破壊されたダンジョンの修復は、彼女の予測ではあと少しで終わるところだった。それはベルも分かっていたようで「行こう」と声を出す。

 

「私が後片付けをします」

 

「頼む」

 

 リリルカが自分の『仕事』を終わらせ、報告を行おうとベルに近付くと、彼は懐から一冊の手記と羽根ペンを取り出していた。

 

「ベル様、それは?」

 

 契約相手のプライベートな事かもしれない。だが、リリルカは知的好奇心を抑えることが出来なかった。

 彼女の質問にベルは「フッ!」と笑って答えた。

 

「これは後世に残す為の私の遺産だ」

 

「えっと、それはどういう……?」

 

 後世? 遺産? と困惑するリリルカ。

 ベルは手記の表紙を軽く撫でると、さらに言った。

 

「──英雄日誌。英雄ベル・クラネルの面白可笑しく、滑稽(こっけい)な物語。それを私は日々書いている」

 

「『英雄』……。ベル様は『英雄』になりたいのですか?」

 

「ああ! 私は『英雄』になりたい!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ベル様ならきっとなれます!」

 

「ありがとう! そう言って貰えると嬉しい!」

 

 ベルは笑った。

 踊る心に従って、羽根ペンをすらすらと走らせる。

 

(つづ)るぞ、英雄日誌! ──『冒険者ベル・クラネルは新たな仲間と共にダンジョンに潜る! これで彼はぼっち飯を食わずに済むことになったのだった!』──ぼっち飯はとても悲しい……」

 

 仲間の少女からの憐憫の眼差しを受け、ベルはこほんと咳払いを打つ。

 そして、午後の探索を始めようと声を掛けた。

 

「午後も頑張ろう、リリ!」

 

「はい、ベル様!」

 

 彼等の迷宮探索、午後の部が開始された。

 

 

 

 

§

 

 

 

 白亜の巨塔、その最上階。

 カーテンが閉め切られた部屋に陽光が射し込むことはなく、天井に付けられている魔石灯も起動されていなかった。

 その中で、暗闇を裂く強烈な光。それは、魔石製品である立体映像機(スクリーン)だった。

 一つの動画が、最大音量で流れている。画像は最高質なもので、それは『現実』となっていた。

 そしてそれを間近で眺める──一柱の女神。

 

『私の真名(まな)はベル・クラネルという! 「英雄』に憧れ、何れ、「英雄」になる者! そして──貴方を討つ者だ!』

 

 画面に映るのは、一人の少年。彼の咆哮が、誓いが爆発する。

 女神は「フヘヘヘヘヘヘ」と笑った。それは、間違っても女神がしてはならない顔だった。ましてや、美の女神である彼女なら、尚更。

 しかし、彼女にとってそんな事はどうでも良かった。

 眷族の前であるということも忘れ、ただただ()()される。

 

『決着をつけよう』

 

 そして、繰り広げられる死闘。自分の眷族の方が華麗に銀の野猿を倒せるだろう。『技』と『駆け引き』など、比べるまでもない。

 だが、しかし。

 女神はやはり魅了されていた。いいや、彼女だけじゃない。目の前で見せられたら、誰もがそのようになる。その確信が、彼女にはあった。

 何処までも続くかのように思われた死闘が幕を閉じる。何者でもない少年によって、銀の野猿は討たれた。

『英雄都市』にその名を刻んだ少年を称える声が響く。それはまるで、英雄譚の一頁のようで──。

 ブツ、と音を立てて。

 映像はそこで終わった。音はなくなり、画面も暗くなる。

 完全な静寂と暗闇が神々の領域(プライベートルーム)を包んだ。

 女神の眷族が、これまで通り動画を再生(ループ)させるためにリモコンを操作しようとするが、その前に、彼女が一言、

 

「──飽きたわ」

 

 と、呟いた。

 刹那、眷族は動かしかけていた手を止める。

 

「飽きたわ」

 

 再度、同じ言葉を言う女神。

 眷族は長年の付き合いから、彼女が返事を求めていることを察した。

 

「……飽きられましたか」

 

 猪人(ボアズ)の眷族──オッタルは主神にそう言った。

 フレイヤは「ええ」と軽く頷く。銀の長髪を指でくるくると弄りながら。

 

「流石に何回も観ると飽きてしまうわね」

 

「……左様ですか」

 

「オッタル、貴方、呆れてる?」

 

 武人は沈黙のうちに、「恐れながら」と認めた。

 

「ここ数週間、何千回も観ていらっしゃいますので……」

 

 オッタルの指摘通りだった。

 フレイヤは()り付けられたように同じ動画を観続けていたのだ。

 食事や入浴など、生活を送るにあたって必要な行為こそ眷族達の説得によって辛うじて行っていたが、それがなければどうだったかと、団長である彼は思わずにはいられない。もし万が一、敵対派閥……【ロキ・ファミリア】にでも主の醜態が知られるようなら、その時は迷宮都市を舞台にして大抗争が起こるだろう。

 そんな危惧を彼が抱いていたとは露知らず、フレイヤは言った。

 

「貴方達も楽しめば良かったのに」

 

「……」

 

「冗談よ、冗談」

 

 口をへの字に曲げるオッタルに、フレイヤは笑い掛けた。

 最高級のソファーに腰掛けながら、女神は思う。

 ──彼女の今の関心事はただ一つ。

 少年、ベル・クラネルについてだ。時間が経てば経つ程に、彼の雄姿をもう一度見たいという想いが膨らんでいく。

 動画では、もう駄目だ。

 この渇きを潤すためには、足りない。

 

「かと言って、怪物祭(モンスターフィリア)の時のようにはいかないわよね。何か良い方法はないかしら……」

 

 女神は考えた。

 長い、長い時間考えた。

 武人は彼女の後ろに控え、ただそこに居た。

 

「──そうだ」

 

 呟きが、落とされた。

 妙案を思いついた美の女神は笑った。

 そして、オッタルに声をかける。

 

「オッタル」

 

「何でしょうか」

 

「頼みを聞いて貰えるかしら」

 

「畏まりました」

 

 即答だった。

 フレイヤは面白そうに尋ねる。

 

「あら、私は何も言ってないけれど。もしかしたら、貴方に無理難題を頼むかもしれないわよ?」

 

「構いません。自分は、その為に居るのですから」

 

「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。ありがとうオッタル」

 

「……滅相もございません」

 

 女神の微笑みに、猪人(ボアズ)は短く答えた。

 フレイヤはそれを咎めない。己が愛している眷族が照れているのだとわかっているのだから。

 揶揄おうかと、そんな考えが一瞬浮かんだがやめておく。

 これから頼むのはかなり彼に言ったように、かなりの無理難題なのだ。それに応えようとしてくれる彼に意地悪をするのは誠意ではないだろう。

 

「私は何をすれば良いのでしょうか?」

 

 オッタルの質問に、フレイヤは答えた。

 

「あの子は『英雄』になりたいと頑張っている。【戦場の聖女(デア・セイント)】や彼のアドバイザーが過保護だからか、本人の実力に見合わない浅い階層でダンジョンに潜っているようだけれど、それもすぐに解禁されるでしょう。ようやくあの子にも、仲間が出来たようだし」

 

「……フレイヤ様?」

 

「ああ、最後まで聞いてちょうだいオッタル。あの子は『英雄』になりたいと頑張っている。なら、『英雄』に相応しい『武器』を、まずは与えましょう」

 

 まさか、とオッタルが息を呑む。

 本気かと思わず主に視線を送るが、それが冗談ではないことをオッタルは知っている。

 フレイヤはソファーから立ち上がると、部屋の片隅にある本棚に足を運んだ。

 

「これは、私の『試練』を『喜劇』に変えてみせたご褒美。そして同時に、新たな『試練』の始まりを告げるものでもある……」

 

 中段にある一冊の分厚い本に手を伸ばすと、そのまま取り出した。本の表紙を撫でながら、「それに」と熱い吐息を出す。

 

「私自身、興味がある。あの子の『可能性』が。幾千、幾万の『可能性』という選択肢の中から、あの子は何を摑み取るのかしら」

 

 それが気になって仕方がないのだと、女神は童女のように笑った。

 

「私が彼に渡しましょうか」

 

「あら、駄目よオッタル。あの子が驚いてしまうわ」

 

「……」

 

「ああ、ごめんなさい。傷付けるつもりはなかったの」

 

「…………いえ、お気になさらず」

 

 しょぼんと、誰の目から見ても分かるほどにオッタルは落ち込んだ。

 もしここに他の眷族──例えば、派閥幹部がいれば口をそろえて「キモイ」ということ間違いないだろう。まず間違いなく罵倒を飛ばすだろうなと、フレイヤは確信した。

 正直にいえば、可愛い眷族達にはもう少し仲良くして貰いたいのだが……気長に待っているとしよう。

 

「これは酒場に持っていくわ。あとは自然とあの子に渡るでしょう」

 

「……しかし、女神ヘスティアが気付かないでしょうか」

 

「ヘスティアも他の神と同様、『何か』には気づいてはいるでしょう。忘れがちだけれど、彼女の神性(しんせい)は高いのだから。()()()()()()。核心には至らない。しかし、貴方の言うことも一理あるわ。なら、街娘(シル)ではなくて、ほかの子に渡して貰いましょう。それならヘスティアもそれほど警戒はしないと思うわ」

 

 さらに彼女は言葉を続ける。

 自身に忠誠を誓っている、己の最強の眷族に言った。

 

「オッタル、頂天(ちょうてん)である貴方の目に、あの子がどう映ったのか、その報告を聞くのを楽しみにしているわ」

 

 都市最大派閥──【フレイヤ・ファミリア】。

 その団長にして、都市最強の冒険者。

 Lv.7【猛者(おうじゃ)】──オッタル。

 武人の猪人(ボアズ)は主神の神意に従うことを示すため、頭を垂れた。

 

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