さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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心の距離に、小さな少女は戸惑った

 

 時刻は、十六時三十分を少し過ぎた頃。

 ベルと、リリルカの暫定パーティは今日のダンジョン探索を終え、獲得した『魔石(ませき)』を換金する為にギルドを訪れていた。

 

「こちらが換金額となります」

 

「ありがとう、感謝する」

 

 今の時間、ギルドの利用率はそこまで高くはない。最高潮(ピーク)の時間帯はまだ後だ。利用するのは人込みを嫌う冒険者が大半だった。

 差し出された二つの巾着袋をベルは礼を言って受け取ると、すぐに窓口から離れた。そのまま、待たせている犬人(シアンスロープ)の少女に近付く。

 

「お待たせ、リリ」

 

「いえいえ、それ程待ってはいませんよ」

 

 リリルカはにっこりと笑った。

 二人はギルドの片隅にある簡易的な休憩所となっているエリアに移動すると、テーブルをはさみ、向かい合う形で椅子に腰掛けた。

 

「まずはダンジョン探索お疲れ様! リリのおかげで本当に楽だった! ありがとう!」

 

「いえいえ、リリはサポーターとして当然のことをしたまでですから」

 

「そうだとしてもだ! 君の仕事度合いが高いのは私でも分かったぞ!」

 

 べた褒めしてくる雇用主に、サポーターの少女は「あ、ありがとうございます」と言い、フードの奥で顔を若干赤らめた。

 

「色々と話すことはあるが……まずは、今日の報酬だな」

 

 きた、とリリルカは気取られないように身構えた。榛色の目を細め、値踏みするようにベルを見る。

 

「これだ!」 

 

 ベルは先程職員から受け取った二つの巾着袋をドン! と置いた。そうすると、中に入っている金貨がジャラジャラと音を立てた。

 

「今日の稼ぎは、なんとなんと、8500ヴァリスだ!」

 

 最高金額大幅更新! と、ベルが満面の笑みで喜んだ。リリルカは「おめでとうございます!」と口で言いつつも、まあ、それくらいだろなと思っていた。

 駆け出し冒険者のベル・クラネルとは違い、リリルカ・アーデはサポーターでこそあるが、長い年数ダンジョンに潜っている。それだけ潜っていれば、換金せずとも、おおよその価値は推し量れるようになるというものだ。

 

(本当ならもっと多く稼げた筈ですが……)

 

 話し合いの為に早期にダンジョン探索を切り上げたのもそうだが、何よりも、ベルの【ステイタス】に合った階層で潜っていれば『魔石』の質は向上し、その分、多く稼げただろう。

 惜しくはあるが、長い目で見れば良いだろう。

 そう思いながら、リリルカは置かれている二つの巾着袋に視線を送った。分かりづらいが、片方が大きく、もう片方が小さく膨らんでいる。

 

(大きいのが七割、小さいのが三割といったところでしょうか)

 

 三割ということは……今日の自分の稼ぎを脳内で算盤(そろばん)を弾いていると、ベルが笑いながら、

 

「はいこれ、今日の分け前!」

 

 と、リリルカに大きい方の巾着袋を渡した。

 それがさも当然のように、ごく自然と、少女の手の平に乗せる。

 ずしりと重たい感覚が、ゆっくりと身体に広がった。

 

「…………え?」

 

 文字通り固まるリリルカを、ベルは不思議そうに見た。

 数十秒かけて彼女は我を取り戻すと、恐る恐る尋ねた。

 

「べ、ベル様! これは何かの間違いではありませんか!?」

 

「……? 間違いなんてないが。あっ、もしかして少なかったか? でもこれ以上はちょっと……。知っているとは思うが、【ヘスティア・ファミリア】は貧乏だからなぁ──」

 

「そうではなくて!」

 

 思わずリリルカは叫んだ。

 このエリアを管轄しているギルド職員が視線を送ってくるのも気にせず、彼女は、憎たらしいほどに呆けているベルに言った。

 

「これ、逆ですよね!?」

 

 言いながら、受け取ってしまった巾着袋と、未だテーブルに置かれている巾着袋を交互に指さす。それを受けても、ベルは表情を変えることはなかった。

 

「いいや、これで合っている」

 

「で、ですが! これはあまりにも可笑しいですッ!」

 

「り、リリ、声がでかい。見てくれ、ギルド職員が恐ろしい形相でこちらを見ているから」

 

 リリルカが言葉に従って振り返ると、ベルの言った通りであった。

 目が合うと、獣人の男性がポキポキと骨を鳴らす。

「す、すみません……」と彼女は職員に何度も頭を下げる。誠意は伝わったようで、彼は嘆息してから自分の業務に戻った。

 

「ははは、これはもう次はないな! もしかしたら、出禁になるかも!」

 

 何が面白いのか呑気に笑う少年。

 そんな少年に、リリルカは小声で訴える。

 

「ベル様、もう一度言いますがこれは可笑しいです。これではベル様の取り分が少なくなってしまいます」

 

「それが何か問題でもあるのか?」

 

「大ありです! お試し日なのですから、三割……いえ、二割貰えれば充分です。七割は誰がどう見ても多過ぎます!」

 

「おおっ、まさか見ただけで割り振りがわかるとは! 流石だな!」

 

 おちょくっているのかと怒声を飛ばすのを、リリルカは堪えた。

 

「……兎に角、これを私は受け取れません。ベル様のと交換して下さい」

 

「それは出来ない」

 

「は、はあ!?」

 

 もう何が何だか訳が分からず、リリルカは混乱する。

 そんな彼女に、ベルはやはり笑って言った。

 

「私は君と今日ダンジョン探索をした。その評価が、これだ。だから遠慮なく受け取ってほしい」

 

 今度は、リリルカは呆然とした。

 自分よりもリリルカの方がダンジョン探索に貢献していたのだと、ベルは言外に言ったのだ。

 

「……リリはモンスターと一度も戦っていませんが」

 

「確かに君はモンスターと直接は戦っていない。だが、それが何だというのだろう」

 

「……リリにこれだけの価値があるとは思いませんが」

 

「いいや、私はそうは思わない。人を価値があるのか否かでは測りたくないが──リリ、君は強いよ」

 

 強い、言葉だった。

 リリルカは自然と、少年の瞳を見詰めていた。

 燃えるような、赤く、美しい深紅(ルベライト)の瞳がそこにはあった。

 

「そうだな、じゃあ、こうしようか」

 

 リリルカは目を逸らすことが出来なかった。

 黙って彼の言葉を、聞いていた。

 

「リリルカ・アーデ、私と正式に長期契約を結んでほしい」

 

「……え?」

 

「明日から私と一緒に、ダンジョン探索をして欲しいと言っている」

 

 それはサポーターが願ってもみなかった言葉だった。少なくともリリルカはその為に行動していた。

 冒険者側から言ってくることなど、とても珍しいことだ。もし仮にリリルカが断り、他のサポーターがベルのことを知ったら、同業者は我先にと自分を売り込みに行くだろう。

 本人は何も自覚していないが、それ程、ベル・クラネルという冒険者は()()()()なのだ。

 ()()()()()──。

 リリルカは長い沈黙の末、おむろに口を開く。

 それはあくまでも、サポーターとしてだった。事務的に、淡々と言う。

 

「……宜しいですか。長期契約は短期契約とは異なり、前払金を払って頂きます。他のサポーターがどうかは知りませんが……」

 

「承知した」

 

「……また同様に、期間内に契約を解除される場合は、違約金として前払金の二倍の額を払って頂きます」

 

「解除する気は全然ないから大丈夫だな!」

 

「……期間はどうされますか。最長で半年ですが」

 

「ならそれで!」

 

 その後、長い時間をかけてリリルカは説明する。

 ベルは笑顔でずっと聞いていた。

 

「……最後に報酬ですが──」

 

 ここで初めて、彼女の言葉を遮ってベルは言った。

 

「山分けとしよう!」

 

「…………それでは、そのような形でお願いします」

 

 そう言うと、リリルカはバックパックから一枚の羊皮紙を取り出した。

「これは?」と首をかしげるベルに彼女は言った。

 

「契約書です。内容に目を通し、納得して頂けるようならサインをお願いします」

 

「ふっ、私の達筆な字が披露される日が来ようとはな!」

 

 ドヤ顔でベルはサインした。

 リリルカはそれを確認すると厳重にファイルに仕舞った。そのまま、「それでは」と席を立った。

 

「私はここで失礼します」

 

「えー、もう少し話していかなーい?」

 

「……明日の準備がありますから。それではベル様、明日からお願いしますね」

 

 ダンジョン探索時よりも軽くなったバックパックを背負い、リリルカはベルに別れを告げた。

 

「また明日! リリ!」

 

 少年の無駄に大きな声が身体にぶつかる。だが彼女はそれに応えるはしなかった。ギルド職員の怒声が響いていたが、振り返ることはせず、ロビーを足早に渡った。

 地面だけを見詰め、足だけを動かす。

 

「……!」

 

 出口を通ったところで、人とぶつかった。よろめき、尻餅をつく。

 しまったと、リリルカは思う。もしぶつかった相手が()()()()()()なら面倒臭いことに……。

 

「申し訳ございません。怪我はありませんか?」

 

 幸いにして、ぶつかったのは女性のようだった。

 差し出された手を、躊躇してから摑み、ゆっくりと立ち上がる。そこでようやく、リリルカは相手の顔を見ることが出来た。

 美しい、精緻な人形のような少女がそこには居た。

 

(【戦場の聖女(デア・セイント)】……)

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオで最高位の治療師(ヒーラー)

 直接の面識はないが、彼女は都市を代表する治療師(ヒーラー)だ。知らない筈がない。

 そんな彼女と、目が合った。

 美しい紫水晶(アメジスト)の瞳に、思わず引き寄せられる。それは色こそ違ったが、別れたばかりの少年の瞳にどこか似ていた。

 

「貴女──」

 

 アミッドが何かを言い掛ける、その前に。

 リリルカは「ありがとうございます。ぶつかっていしまい申し訳ございませんでした」と言うと、彼女の返事を待たずして駆け出した。

 

(何で)

 

 闇雲に走りながら、なぜ駆け出したのかとリリルカは自問する。しかしいくら考えても、答えは得られなかった。

 

 

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