さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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和解

 

 大きな荷物を持った少女が駆けていく。

 アミッドは追いかけようかと逡巡(しゅんじゅん)したが、やめることにした。

 

(彼女の顔……気にはなりますが……)

 

 迷いを断ち切るように頭を振り、大神殿の中に入る。

 そして彼女はすぐに、妙な空気が流れていることに気が付いた。(いぶか)しみつつも、本来の目的──冒険者依頼(クエスト)の発注を果たすために窓口に足を運ぶ。

 

「全く君は! 何度言ったら分かるの!」

 

「お、落ち着けチュール! 一回深呼吸するんだ!」

 

「班長は黙ってて下さい!」

 

 アミッドは足をとめた。

 

「この声……何処(どこ)かで聞いたことがあるような……? 気の所為でしょうか?」

 

 治療師(ヒーラー)であるアミッドは、職業柄、多くの人と交流がある。そう思うということは友人ではないにしろ、知人であるということだろう。

 そう結論付け、気になった彼女は目的を後回しすることに決めて騒動の元に足を運んだ。

 彼女以外にも気になった冒険者や神々は居たようで、二重程の層が出来上がっていた。

 身長が低いアミッドでは、背伸びをしても見ることは出来そうになかった。仕方がないと、事情を話し通して貰おうとした時だった。

 

「君、怒られるのがこれで何回目かわかってる!?」

 

「ふっ、私の記憶通りなら十六回目だな! ドヤァ!」

 

「自信満々に言うことじゃありません! 君が問題を起こすたびに担当アドバイザーの私が始末書を書いているんだからね!? わかる!?」

 

「それは悪いことをした! そうだ、詫びと言ってはなんだが、今晩、ディナーに行かないか? 実は今晩は一人でな! よし、そうしよう!」

 

「は・な・しを聞きなさいッ!」

 

「ぐへえええええええええええええええっ!?」

 

 アミッドは察した。

 騒動の中心に居るのは自分の友人なのだと。

 最近──といっても、ついひと月前なのだが──友人となった少年のことを彼女は尊敬しているが、こういうところは真面目な性格の彼女とは相性が合わないようだった。

 そしてもう一人、アミッドと同じ性格の持ち主が居たようだった。

 

「もう堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れた!」

 

「……へ?」

 

「『……へ?』じゃありません! こっちに来なさい! 今日という今日は逃がさないからね! 班長すみません、面談用ボックス暫く使います! 人手が欲しくなったら教えてください!」

 

「あ、ああ……それは構わないが……」

 

「ありがとうございます! さあ、行くよ!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!? 誰かお助けえええええええええええええええええ!?」

 

 少年の悲鳴が大きくギルドに響く。人垣を割って現れたのは、怒り心頭なハーフエルフのギルド職員と、首根っこを(つか)まれてずるずると引き()られている少年だった。

 主神が眷族の為に贈呈(プレゼント)したロングコートは、彼女の思いもよらないところで傷むこととなった。

 

(ベルさんに……確か、チュールさんでしたか)

 

 ああそうだと、アミッドは思い出す。先日のパーティーの時に挨拶だけは交わした女性だ。確か、友人(ベル)の担当アドバイザーだと言っていたか。

 野次馬の冒険者と男神(おがみ)達が「ヒュー!」と揃って口笛を吹き、冒険者相手でも物怖じしない偉大な受付嬢を称賛する。

 しかし、その当人の彼女はそれが耳に入っていないようだった。

 

(声を掛けるのは……やめておきましょう)

 

 そう判断した彼女は何も見なかったことに決めると、本来の目的を果たす為に受付窓口に向かうのだった。

 

 

 

§

 

 

 

 ギルドにはそれなりの数の面談用ボックスがある。この部屋は防音となっており、外では出来ない内密な話をすることが可能だ。

 そして、その最奥の部屋。そこでは現在。

 

「全く君は! どうして問題事を毎回起こすのかな!?」

 

「すみません、許して下さい。すみません……」

 

「謝って済むようなら、【ガネーシャ・ファミリア】はいないよ!」

 

「はい、仰る通りです。本当にすみません……」

 

 ()が起こっていた。

 エイナによって強制連行されたベルは、彼女から有難いお話──もとい、説教を受けていた。ちなみに、本来の用途よりもこちらの方が使用度は高かったりする。冒険者登録をしてからまだ半年も経っていないのにも関わらずだ。

 柳眉(りゅうび)を逆立て激昂する、妙齢の美しい女性。マゾヒストがもしこの光景を見れば、その者は嬉々としてこの場に加わるだろう。

 しかしベルは至ってノーマルだった。往生際が悪い彼は最初こそ何とかやり過ごそうと頭を回したが、それを見抜けないエイナではない。易々と看破すると、「そこに座りなさい!」と強く一喝。

 ここでようやく、ベルは逃れられないと観念した。壊れた魔道具(マジックアイテム)のように「すみませんすみませんすみませんすみません」と言葉を繰り返す。

 

「──ベル君ももう十四歳なんだから、そろそろ落ち着きを身に付けなさい! 分かった!?」

 

 出来が悪い弟を叱る姉のようにエイナがベルを睨むと、その出来が悪い弟はこくこくと頷いた。顔はすっかりと青褪めている少年がそこには居た。

 これは本格的に反省したのだと解釈したエイナは「ふぅ」と息を吐き、纏っていた剣呑(けんのん)な雰囲気を消滅させた。そこに居るのは、多くの冒険者を(とりこ)にしてやまない優しいエルフの女性。間違っても修羅ではない。

 ホッと安堵するベルに苦笑いしながら、彼女は「ちょっと待ってね」と一言断ると、ソファーから立ち上がると、扉を開けて顔だけ出した。

 

(まだ大丈夫かな……?)

 

 ロビーから聞こえる喧騒がまだ最高潮(ピーク)のそれではないと判断したギルド職員は、扉を閉めると再びベルの対面に腰掛けた。

 

「最近はどう? 無茶してない?」

 

 翡翠色(エメラルド)の瞳に、別の色が灯った。

 心配してくるエイナを安心させる為、ベルは殊更に明るい笑みを浮かべて言った。

 

「大丈夫、無理も無茶もしていない。エイナ嬢の『冒険者は冒険をしてはならない』という教えを忠実に守っている。最後に会ってから今日に至るまで、ずっと6階層で潜っていた」

 

 それは良かったと、エイナは心から返した。

 彼女の気持ちを嬉しく思いつつ、ベルは「いくつか相談したいことがある」と話を切り出す。担当アドバイザーは勿論と頷くと、彼の言葉を待った。

 

「まずだが、そろそろ次の階層に行きたい。7階層より下にだ」

 

「……そうだね。ベル君の【ステイタス】を考慮すれば、許可しない訳にはいかない、か。だけど、くれぐれも気を付けて。7階層からは『キラーアント』が出現してくるから」

 

『キラーアント』は『ウォーシャドウ』と並ぶ、『初心者殺し』として数多の駆け出し冒険者を屠ってきたモンスターだ。その脅威度は高い。駆け出しを抜けた冒険者であっても殺される事例(ケース)は年間多く挙げられている。

 しかしながら、異常な成長速度を誇るベル・クラネルなら話は少々変わってくる。とはいえ、彼が赴くのは異常事態(イレギュラー)に満ち溢れているダンジョンだ。そこに絶対はなく、慢心や油断は決して許されない。もし愚か者がいるようならば、ダンジョンは遠慮なく牙を剥くだろう。

 ベルはアドバイザーの忠告を改めて胸に刻み込み、しっかりと頷く。

 

「それで、もう一つ相談……いや、報告があるんだが」

 

「……? そうなの? 私てっきり、今ので終わりだと思っちゃった」

 

「寧ろ、今から話す方が大事だな」

 

 早とちりしてしまったことを詫びつつ──羞恥心も覚えながら──、エイナは咳ばらいを打った。「それで?」とベルに尋ねる。

 

「実は今日、とあるサポーターの少女と長期契約を結んだ」

 

 ああなるほど、とエイナは納得する。ベルの言った通り、確かにこちらの方が重要だろう。

 少年の担当アドバイザーは眼鏡を掛け直すと、さらに尋ねた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】はベル君しか構成員は居ない。つまり、君が契約した相手は無所属(フリー)か、違う派閥の人ってことになるよね。どっち?」

 

「後者だ。派閥は【ソーマ・ファミリア】。名前はリリルカ・アーデ」

 

「リリルカ・アーデ……聞いたことがない名前だね。けどそれ以上に、【ソーマ・ファミリア】か……」

 

 微妙な顔をするエイナに、ベルは気になって尋ねた。 

 

「何か問題でもあるのか? 彼女からは抗争には発展しないと断言されているが……」

 

「……ちょっと待っててね」

 

 エイナはベルに一言言うと、一回、面談用ボックスから出た。廊下を渡り、そのまま事務室に向かう。同僚達に一声掛けながら大型のファイルを手に取ると、そのまま部屋に戻った。

 

「エイナ嬢、それは?」

 

「簡単に言うと、【ファミリア】図鑑かな。都市に本拠(ホーム)が置いてある【ファミリア】の情報がここには載っているの。これには二種類あって、一つが、誰でも閲覧可能なもの。もう一つが、私達ギルド関係者しか閲覧できないもの。私が持ってきたものは前者」

 

「【ヘスティア・ファミリア】はどうなっているんだ?」

 

「殆どの情報が非公開となっているかな。これはベル君、君の情報もだけどね」

 

 ほら、とエイナは【ヘスティア・ファミリア】の頁を開くとベルに見せた。彼女の言う通り、ブラックボックスと化しているのを、ベルは確認した。

 

「話がちょっと脱線しちゃったけど、これが【ソーマ・ファミリア】の情報だね」

 

 テーブルの上に乗せると、エイナは読み上げていった。

 

「【ソーマ・ファミリア】は、君の【ヘスティア・ファミリア】と同様に探索(ダンジョン)系【ファミリア】。けど、他の【ファミリア】と違うのは商業系【ファミリア】としての側面も持っているということだね」

 

「複数系統の【ファミリア】……。そんなことが許されているのか」

 

「うん、それはもちろん。探索(ダンジョン)系、商業系、なんて(くく)りは大雑把なものだから。それに……冒険者はいつ何が起こるか分からないでしょう? 第二の人生(セカンドライフ)を見越して、冒険者活動と並行して堅気の職業に従事している人も一定人数はいるかな」

 

「なるほどなあ、私も歳をとったら主神(ヘスティア)と一緒に店でも経営してみようかな……」

 

「まだ十四歳なんだから、老後のことは考えない!」

 

 それもそうだな、とベルは笑って頷く。

 

「それで、商業というのは何を行っているんだ?」

 

「お酒の販売」

 

 思いもしなかった回答に、ベルは面食らってしまう。エイナは「気持ちは分かるよ」と相槌を打ちながら、補足説明する。

 

「品種や市場に回す量自体は少ないけど、味は『絶品』って評判みたい。需要はかなり高くて、でも供給が少ないから普通のお酒よりは高いみたいだね」

 

 以前、同僚から勧められた記憶を思い出しながら、エイナはそう言った。さらに彼女は説明を続ける。

 

「【ファミリア】の単純な(くらい)としては、中の中。飛びぬけた実力者──第一級や第二級冒険者──はいないけど、ここの団員は皆平均以上の実力を持っている。あとは……うわっ、構成員の数がとても多いね」

 

「神ソーマはそれだけの神格者(じんかくしゃ)だということか」

 

 一般的に【ファミリア】の団員が多ければ多いほど、その【ファミリア】の主神は敬わられているとされる。

 しかしながら、エイナは「うぅーん」と首を捻った。

 

「それはどうかなあ。あの男神(おがみ)は良い噂も悪い噂も皆無だから。他の神様達との交流もないと聞いているしね」

 

「交流がない……? リリルカもそう言っていたが……何か理由でもあるのか?」

 

「それは私もわからない。『未知』──『娯楽』を求めて神々は『天界』から『下界』に降臨したけれど、神ソーマにとっては、この下界に何も感じなかったのかもしれない。だから、本拠(ホーム)にずっといるのかもね。あの神が外に出ただけでちょっとした騒動になるくらいだから」

 

 そう思うとちょっと悲しくなるけど、と言って、エイナはファイルを静かに閉じた。

【ソーマ・ファミリア】の概要を伝えた彼女は「これらの話を踏まえて、私の意見を言わせて貰うと」と前置きしてから、自身の考えを口にした。

 

「担当アドバイザーとしては、そのリリルカ・アーデ氏に問題がないようなら大丈夫だと思う。まあそうは言っても、君は既に長期契約を結んでいるから、詮無き事だけどね」

 

「ははは、それはすまない」

 

「だけど、くれぐれも気を付けて。ベル君、【ヘスティア・ファミリア】は他の【ファミリア】とは違う。もしかしたらそのサポーターは君がベル・クラネルだと知った上で近付いてきたのかもしれない。いくらギルド(わたしたち)が特例措置を取っていても、これには限度がある。彼女の前では迂闊に【ファミリア】の情報を喋らないように」

 

「承知した。注意しよう」

 

 話は終わった。

 二人は面談用ボックスから出ると、並んで長い廊下を渡る。ロビーからは喧騒が聞こえエイナは頑張って対応するぞと、内心で己を奮い立たせた。

 廊下が終わり、別れるというところで、エイナはふと足を止めた。つられて止まるベルに気になった質問をする。

 

「ねえ、何でベル君は短期じゃなくて長期にしたの?」

 

 通常なら短期から長期に移行するものだが、ベルはその逆をしている。

 何か理由があるのなら聞かせてほしいと尋ねる彼女に、ベルは笑って、

 

「秘密!」

 

 と返した。そのまま彼は「じゃあ、エイナ嬢、私はここで!」と言うと、彼女の返事を待たずして走り出す。エイナは呆れて「さっき叱ったばかりなのに」と溜息を吐くと去っていく背中を見送った。

 

 

 

§

 

 

 

 エイナに別れを告げたベルはギルド本部を後にすると西のメインストリートに足を運んだ。目的地は行きつけの酒場、『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』。

 空腹を覚え、腹部をさすりながら表通りをすすんでいく。辺り一帯で一番大きな建造物を発見した彼はもう我慢ならないと駆け出した。

 

「いらっしゃませー……って、白髪頭じゃないかニャ!」

 

 猫人(キャットピープル)のウェイトレス、アーニャが「久しぶりニャー!」とベルを歓迎する。明るく元気がある彼女とベルの相性は良く、かなり仲が良くなっていた。ちなみに『白髪頭』というのはベルの渾名(あだな)である。

 

「今日はお一人かニャ?」

 

「ああそうだ。ヘスティアはバイト仲間と夕餉を共にするらしくてな」

 

「にゃニャ、一人でのご飯は寂しいもんニャ! ちょっと待ってニャ! 空席があるか確認するニャ! それまでそこの椅子に座っててニャ!」

 

 そう言って、ウェイトレスは店内に入った。ベルは彼女を待ちながらも、空腹で可笑しくなりそうだった。酒場から漂う料理の匂いで必死に誤魔化す。

 待機椅子に座り、目の前を往来する人々をぼんやりと眺めていると、ベルは隣に人の気配を感じた。

 

「お待たせニャ! ささっ、お客様どうぞこちらへニャ!」

 

 グイグイと背中を押してくる彼女に苦笑いしながら、ベルは入店する。アーニャによってベルの来店は伝えられていたようで、ウェイトレス達は顔を綻ばせて歓迎した。

 

「いらっしゃいませ、ベルさん!」

 

 両手に料理を持ったシルが、客に持っていく途中でベルに声を掛けた。

 

「ごめんなさい、今、お店忙しいので挨拶はまた後で! アーニャ、ベルさんに失礼のないようにね?」

 

「心外ニャ! ミャーが何年ここで働いていると思っているんだニャ!?」

 

 アーニャの訴えは聞き届けられなかった。

 フシャー! と彼女が憤りを感じていると、キッチンから、

 

「早く席に案内しな!」

 

 という、女将(おかみ)の声が飛んでくる。命令にアーニャは身体をびくんと震わせると、引き攣った笑みでベルを案内した。

 通されたのは、カウンター席の隅だった。

 

「ごめんニャ、ここしか空いていなかったニャ」

 

「気にすることはないさ。店が繁盛していて何よりだ」

 

「当然ニャ! ミア母ちゃんの飯は世界一ニャンだから!」

 

 ふふん、と胸を張りながら母親を自慢する娘。彼女の言葉を証明するように店内は満席だった。一般市民や冒険者がここまで混ざる酒場というのは珍しく、広い迷宮都市(オラリオ)でも数少ない。

 彼女はお冷と注文(オーダー)票をベルに手渡すと「ごゆっくりどうぞニャ!」と言って他の客の対応に回った。

 

「さて、今日は何にするか……」

 

 独り言を呟きながら注文(オーダー)票を開くと、酒場にしては()()()()()()が目に入る。文句でも言おうものなら女将に殺される為言わないが。悩んだ末、ベルはナポリタンスパゲティーに決めた。

 

「すいませーん! 注文(オーダー)決まりましたー!」

 

 声を出して挙手を──手を挙げる必要はない──すると、手が空いているウエイトレスがすぐに客に駆け寄ってきた。

 

「……注文(オーダー)を伺いに参りました」

 

 ベルの席にやって来たのは、美しい妖精(エルフ)だった。表情は他のウエイトレスと比べると固いが、本人の真面目さがその佇まいから伝わってくる。

『豊穣の女主人』の殆どの従業員とそれなりの仲になれたと思っているが、彼女──リュー・リオンとはまだ全然であった。

 

(しかしやはり、エルフが酒場に居るのは珍しいな……)

 

 内心で、呟きを落とす。

 エルフという種族は自分が認めた者以外との交流を嫌う。肌の接触など言語道断で、彼等彼女等に殺されても「ああ、仕方ないな」となってしまうのだ。だからこそ、ベルが先日起こしてしまった『事件』で、アリシア・フォレストライトに殺されなかったのは非常に幸運だったと言える。

 そんなエルフが酒場で働くというのはとても珍しいことである。『豊穣の女主人』の従業員は全員容姿が整っているが、それでも、エルフの彼女には敵わない。

 

「……注文(オーダー)は」

 

 そんな風に考えていると、リューが愛想の欠片もない仏頂面で尋ねた。

 ベルが慌てて注文(オーダー)を伝えると、

 

「……畏まりました。ナポリタンスパゲティーですね。他にご注文はありますか?」

 

「ならば、貴女のスマイルを一つ──あっ、すみませんすみません冗談です。林檎汁(リンゴジュース)一つお願いします」

 

 身の危険を感じたベルは慌てて言い直した。リューはやはり仏頂面で「少々お持ちください」と言って女将に伝えに行く。

 ふう、と安堵の溜息を吐いた彼はボディバッグから一冊の本を取り出した。余暇時間の読書用として持ち歩いているのだ。

 

「ごめんなさいね、ベルさん」

 

 読書をしている彼にシルが近付く。

 

「謝られるようなことがあったか?」

 

 不思議そうに首を傾げるベルに、彼女は苦笑い気味に答えた。

 

「リューのことです。彼女、人付き合いがあまり得意ではなくて……」

 

 言いながら、黙々と業務しているエルフのウエイトレスに視線を送る。

 接客業としては、客へのある程度の『サービス』は求められる。その最たる例が『笑顔』だろう。

 不機嫌そうに嫌々と応対されるよりは、笑顔で──たとえ営業のものでも──応対された方が良いだろう。それが美人なら尚更だ。

 

「誤解されてしまうんですけど、リューはとても優しいんです。だから、その……」

 

「みなまで言わなくても、分かっているさ。彼女はシルが言うように優しい。こうして見ればすぐに分かる」

 

「えっ?」

 

「例えば──ほら、料理を運ぶとき。他のウエイトレスとぶつからないように細心の注意を払っている。それだけじゃない。料理をテーブルに置くときも床に落ちないようにしているし、他にも様々なことに気を遣っている。彼女はとても素晴らしいエルフだ」

 

 シルはポカンとベルの言葉を聞いていた。そして感極まったように彼の手を取る。

 

「流石ベルさんです! 私、信じていました!」

 

「はっはっはっはっはっ、そうだろうそうだろう!」

 

 おだてられた彼は一頻り笑うと、「しかし」と。

 苦笑いしながら言った。

 

「私は多分、彼女から嫌われているのだろうな。そう感じる」

 

「ええっ!? そ、そんなこと……」

 

 ないですよ、とシルは言えなかった。思い当たる節が幾つかあるらしく、気まずそうに沈黙する。

 

「すみませーん、こっち、良いですかー!?」

 

「あっ、はーい! すぐに伺いまーす! ごめんなさい、ベルさん。私もう行かないと……」

 

 これ幸いとシルは「また後で来ますね」という言葉を残して離れていった。ベルは苦笑すると、料理が来るまでの間、読書に興じた。

 

 

 

§

 

 

 

「ミア母さん、注文(オーダー)です。ステーキを一つお願いします」

 

「あいよ!」

 

 ドワーフの女将に注文(オーダー)を伝えたエルフのウエイトレス──リュー・リオンは次の業務に移ろうと、彼女に背を向ける。しかし、背中に声が掛かった。

 

「待ちな」

 

 女将のミアだ。そして彼女が従業員を呼び止めるときは、その者が叱られることを意味する。

 これまでに何度もリューは()()なドワーフに折檻を受けてきた。脊髄反射で逃げたくなるが、もしそうしようものならば、あとがとても恐ろしい。

 それに、と彼女は思う。

 

(怒られるようなことはしていない筈ですが……)

 

 しかしそれはあくまでもリューの主観でしかない。雇用主から見れば、何か至らない点があったのかもしれない。

 そう思いながら振り返ると、彼女は調理しながら言った。

 

「お前、いつまであの坊主を認めないつもりだい」

 

 その言葉は、リューに深く刺さった。

 何も言えないでいると、母親は「全く……」と深々と溜息を吐く。

 

「まあ、エルフのお前とあの坊主は相性が合わないのかもしれないがねえ……」

 

「……それは」

 

「口答えするんじゃないよ。結果として坊主とまともに話せていないじゃないか」

 

 鋭い指摘に、娘は口を噤んでしまう。

 ミアはフライパンから目を外すことなく、さらに言葉を続けた。

 

「あたし達は接客業だ。全ての客が、あたし達にとって『良い客』じゃない。それはお前も分かっているだろう」

 

「……ええ、それは分かっています」

 

「そりゃあ、そうだ。お前も此処で働いて長いからね。まあ、お前に限らずそうだが……」

 

『豊穣の女主人』で働いている従業員は全員『訳あり』だ。過去に『何か』があった者をミアが『娘』として迎え入れている。

 そしてその例に漏れず、リュー・リオンも彼女──より正確にはシル・フローヴァに拾われた身だ。その恩義を彼女は決して忘れていない。

 

「あの坊主は『良い客』だよ。金こそあまり落とさないが、頼んだ料理は必ず美味そうに食べているし、何より、あの歳で『作法』を身に付けている」

 

「『作法』ですか……?」

 

「ああ、そうだよ。酒場での礼儀をあの生意気な餓鬼は知っている。親の教えが良かったのか知らないがね」

 

 フン、とミアは面白くなさそうに言った。

 

「まあ、それはどうでも良いことだ。問題はリュー、お前にある。それは分かっているね?」

 

「……」

 

「あんたが本当に無理だと感じているなら、態々こんなこと言わないよ。時間の無駄だし、頑固なあんたに言っても聞きやしないんだから」

 

 うぐっと、リューは言葉に詰まった。反論出来なかったからだ。ミアはさらに畳み掛ける。

 

「さっきはああ言ったが、お前はもう、あの坊主を認めている。だが、難儀な性格が邪魔をして認められない。おおかたそんなところだろうさ」

 

 図星だった。

 ──リュー・リオンはベル・クラネルを既に認めている。

 少なくとも尊敬に値するヒューマンだとは思っている。

 契機は──怪物祭(モンスターフィリア)の時に起こった『モンスター脱走事件』。何者かによってモンスターが地上に脱走、都市東部は恐慌状態(パニック)に陥った。そして、その中にはベルと親友(シル)がいた。執拗に追いかけてくるモンスターから、ベルは少女を守り切ってみせた。駆け出し冒険者が相手するには荷が重すぎる銀の野猿と対峙し、見事、討伐した。

 リューを除く『豊穣の女主人』従業員全員がベルに対して好意的なのは、その一件があったからだ。『家族』を守った恩人なのだから、そうなるのは当然の帰結だろう。

 リューも、ベルにはとても感謝している……しているのだが、切っ掛けを(つか)めずにいる。

 人付き合いがあまり得意ではないリュー自身の性格と、エルフの()()()()()が合わさって、これまでの非礼と、何よりも、感謝を伝えられずにいる。本当は先日のパーティーの時にするつもりだったのだが、声を掛けることさえ出来なかった。

 

「……ミア母さん、私はどうすれば……」

 

「知らないよ、自分で考えな」

 

 それだけ言うと、ミアは会話を終わらせてしまう。

 にべもない返事に、リューは身勝手だとわかっていても憤りを感じてしまう。ドワーフらしい、根拠も何もない雑な回答だ。

 だが──ミアの言う通りだろう。ここからは自分で考えなければならない。

 自分なりの『答え』を出すまで、裏方から出ることは許されない。皿洗いをしながら、リューは打開策を考える。

 だが、しかし。

 いくら考えても、妙案は思いつかなかった。情けないと思うと同時に、焦りも芽生えてくる。

 

「はあ」

 

 大きな溜息。俯いていた顔を上げ、出所に恐る恐る顔を向ける。

 ミアは再度「はあ」と溜息を吐くと、ドワーフにしては大柄な身体をズンズンとリューに近付けた。無意識のうちに後ずさるリューだったが、壁に背中がぶつかってしまい、退路が断たれてしまう。

 ミアは「ほら」と言うと、料理を乗せたトレーを強引に持たせる。それは、ベルが注文(オーダー)したナポリタンスパゲティーだった。

 

「時間切れだよ。さっさと行きな」

 

 これ以上リューに時間を与えていては人手が足りなくなるという判断だった。

 それは彼女も分かっている。自分一人空いた穴を同僚達が必死に埋めてくれていることは分かっている。だが、この状態で戻るのはかえって迷惑を掛けることになるのではないかと思わずにはいられない。

 

「み、ミア母さん……」

 

「早く行きな! 坊主が腹を空かせて待ってるよ!」

 

「は、はい!」

 

『豊穣の女主人』で、ミアの命令は絶対だ。逆らおうものなら、たとえ神であろうとも拳骨が頭に振り落とされる。

 それは嫌だと、考えるよりも先に身体が勝手に動き、そして気付けばリューは料理片手に動いていた。

 

「頑張って、リュー」

 

 すれ違った親友から、小声で励まされる。

 その言葉を強く胸に抱き、リューは奮起する。

 リュー・リオンは『冒険』に臨んだ。

 ──対象は読書中であった。酒場という騒音の中、彼は黙々と本を読んでいる。普段の賑やかさ、騒がしさはすっかりとなくなっており、リューは早速の異常事態(イレギュラー)に面食らった。とても話しかけづらいが、やるしかない。意を決し、声を掛ける。

 

「……お客様、読書中申し訳ございません」

 

「……? ……おおっ、来たか!」

 

「……大変お待たせ致しました。こちらナポリタンスパゲティーとなります」

 

「ありがとう! うはぁー! 美味しそう!」

 

 会話は僅か数秒で終わった。その事実にリューはショックを受ける。

 

(……分かってはいたことですが、私にこの仕事は合っていない……!)

 

 自分が情けなくなっていると、「あー……」と、声が出される。

 困ったように少年は笑っていた。

 

「私に何か用か?」

 

 それは彼からすれば当然の疑問であった。

 料理を届けたのにも関わらず(ベル)から離れようとしない従業員(リュー)がいるのだ。気にならない筈がない。

 ──これが最後の機会(チャンス)だ! 

 ここを逃せば、自分は、自分が忌み嫌ってやまない『エルフ』になってしまうとリューは思った。

 何より、対象に気を遣われているのだ。ここで「何でもありません」と言おうものなら彼の尊厳を傷つけることになるし、親友(シル)も失望の眼差しを向けてくるだろう。

 すぅー、はぁーと深呼吸する。その間ベルは黙ってリューを待っていた。

 

「ベル・クラネル。これまでの数々の非礼をお詫び申し上げます」

 

 その言葉は酒場の喧騒を()いた。

 頭を深く下げるウエイトレスに、多くの客が何事かと奇異な視線を送る。

 だが、リューにとってそれらは全てどうでも良かった。

 ベルがどのように反応するのかが、彼女にとっては全てだった。

 何を今更かと怒るのか、あるいは、怒りを通り越して呆れているのか。

 ただ、その時をじっと待つ。そして、その時は来た。

 

「貴女が言っている『非礼』が何か私には皆目見当がつかないが、そうだな、受け取ろうと思う」

 

「……ありがとうございます。そして、改めて言わせて欲しい。シルを──私の親友を守ってくれてありがとう」

 

「礼を言われるようなことではないが、これもまた、受け取ろうと思う。だからどうか、顔を上げて欲しい」

 

 リューは言われるがままに顔を上げた。

 目が合うと、ベルは笑いながら。

 

「知っているとは思うが、名乗らせて欲しい。私の真名()はベル・クラネル。どうか、貴女の真名(なまえ)を教えて欲しい」

 

「……リュー。私の真名()はリュー・リオンです」

 

 それはもうとても嬉しそうに顔を綻ばせ。

 自分の右手を挙げながら、ベルはさらにいった。

 

「今はまだ無理かもしれない。だが、いずれリュー、貴方と触れ合ってみたいものだ」

 

 リューは彼から、邪な思いを何も感じなかった。

 だから彼女は気付けば「そうですね」と言っていた。

 

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