さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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魔導書(グリモア)

 

 夜が()けていく。

 ベルが『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』に来店してから数時間が経っていた。

 この二時間、ベルは最初に注文したナポリタンスパゲティーだけでは許さないと女将から直接言われ、軽食を幾つか頼んでいた。一般市民の客は明日に備え既に退店しており、今を全力で生きている冒険者が酒場で騒いでいる。深夜に差し迫ろうとしているこの時間、新規の客が訪れることはあまりなく、入り浸っている冒険者達が頼むものといえば軽食に酒類だ。

 最高潮(ピーク)が過ぎればウエイトレス達にも余裕が生まれる。休憩を女将から言い渡された彼女達が続々とホールから姿を消す中、二人のウエイトレスが残っていた。

 

「それでそれで! ベルさん、それからどうなったんですか!?」

 

「シル! クラネルさんに近いです! 離れて下さい!」

 

 店内の隅の方にあるカウンター席。そこでは街娘(シル)が鈍色の瞳を輝かせ、話の続きを冒険者(ベル)に迫っては、それを妖精(リュー)が懸命にとどめるという光景があった。

 親友から引き剥がされたシルは顔をほんのりと赤く染めると、小さな声で「ご、ごめんなさい……」とベルに謝罪した。

 ベルは笑顔でひらひらと軽く手を振ると。

 

「気にしないでくれ。寧ろありがとうございますいっそのこともっと近付いてくれて構わない──すみませんリューさん冗談です。だからそのフォークの先をこっちに向けてこないで下さい!?」

 

「リュー!?」

 

 うわあ!? 悲鳴を上げるベルとシル。

 リューはゆっくりと手を(おろ)すと、至って真面目な表情で忠告した。

 

「クラネルさん、ふざけた言動はやめて頂きたい。私も手荒な真似はしたくありません。ですが、くれぐれもご注意を。()()()()()()()()()()()()()

 

 コクコクと、壊れた魔道具(マジックアイテム)のようにベルは何度も首を縦に振った。

 冷や汗を大量に流しながら、目の前の妖精に冗談は通じないのだと己の胸に刻んだ。

 賑やかな雰囲気から一転、一瞬で殺伐とした空気が流れる。それを断ち切ろうと、

 

「そ、それで!」

 

 と、シルが声を出した。

 ベルとリューの介入を許さず、彼女は続けて言う。

 

「明日からベルさんはもっと下の階層に行かれるんですよね?」

 

 これ幸いと、ベルは「そうなんだ!」と流れに乗った。

 

「ついに私にも仲間が出来たことだからな。明日からの探索が楽しみでしょうがない」

 

「それは良いことだ。単独(ソロ)での迷宮探索(ダンジョンたんさく)には限界がありますから。ちなみに、何階層に行かれる予定ですか?」

 

「明日は7階層に行こうと思う」

 

 ほう、とリューは感嘆の溜息を吐き「それは凄いことだ」とベルを素直に称賛した。

 

「既に担当アドバイザーから言われているとは思いますが、ダンジョンは7階層から本性を現します。サポーターと契約を結んだそうですが……前線で戦うのはクラネルさん、貴方だけだ。キラーアントと戦闘になったら瞬殺……は難しいでしょうが、出来るだけ早く仕留めなさい。囲まれたら脱出は難しくなるでしょう」

 

「ありがとう、そうする。しかし、実感がとても込められているが……リューは実際に戦ったことがあるのか?」

 

 それは当然の疑問だった。

 理にかなった助言は、経験者でなければ出来ない。

 

「えっとベルさん、それはですね……」

 

『豊穣の女主人』の従業員の殆どは『訳あり』だ。彼女の過去を知っているシルが口を開きフォローに回ろうとするが、しかし、他ならないリューが彼女を制止した。

 心配してくれる親友に「ありがとう、シル」と、彼女は薄く微笑むと、ベルに向き合った。

 

「クラネルさんがこれからも冒険者として活動していくなら、いずれ、私の事を知る機会があるでしょう。ならその前に、私自身の口から伝えたい」

 

「とはいえ流石に全てを話す訳にもいきませんが」と言うと、彼女は懐かしむように目を細めた。

 

「貴方の推測通りです。今でこそ違いますが……私は嘗て冒険者でした。そこそこ腕が立つ冒険者であったという自負もあります」

 

「そうなのか……」

 

「私が忠言出来たのはその経験があったからです」

 

「教えてくれてありがとう。先輩からの貴重なアドバイスだ、必ず役に立ててみせよう」

 

 そう意気込む駆け出し冒険者を、先達は眩しそうに眺めた。

 

「シルー、休憩終わりだって!」

 

 ヒューマンのルノアが近付いてきて、シルに声を掛けた。

 

「えっ、もう!?」

 

「いやいや、充分に時間経ってるから。時計見なよ」

 

 呆れたようにルノアは笑った。

 

「行きましょう、シル」

 

 リューがそう言いながら椅子から立ち上がると、ルノアは「ちょっと待って」と言った。メモの切れ端を彼女に手渡しながら告げる。

 

「リューは三十分後に入れだってさ」

 

「ええっ!? リューだけ何で!?」

 

「他の子との休憩の調整の為だってさ! だからほら、行くよシル。気持ちは分かるけど、ミア母さんに怒られたくないでしょ」

 

 その脅し文句はシルに効いたようだった。

 はぁーい、と渋々ながらも返事をすると、彼女はベルに挨拶した。

 

「それじゃあベルさん、私はここで失礼しますね。ゆっくりとしていって下さい。あとできればご飯も沢山注文していって下さいね」

 

 丁寧にお辞儀をすると、シルはルノアと共にカウンター席から離れていった。

 ベルとリューは二人を見送ると、顔を見合わせる。無言で視線を交わし、彼等は会話を続行することに決めた。

 

「ダンジョンについて、まだまだ聞きたいことがある。良ければ教えて欲しい」

 

「良いでしょう。先達として、私が教えられる範囲なら教えます」

 

 ダンジョンは『未知』の塊だ。そして『未知』とは即ち、異常事態(イレギュラー)である。

【ヘスティア・ファミリア】は新興したての零細派閥であり、ベル・クラネルしか眷属は居ない。

 普通の【ファミリア】なら新参者は先輩から指導を受けるが、【ヘスティア・ファミリア】ではそれが出来ない。

 これまでは担当アドバイザーからでしかダンジョンに関する情報を入手出来なかったが為に歯痒い思いをしていたベルだったが、今、それが出来ようとしていた。

 

「それじゃあ、まずだが──」

 

 メモ帳を取り出し──英雄日誌ではない別の物──ベルは先輩冒険者に様々なことを質問していった。特に彼が聞いたのは、モンスターの対処法。モンスターと実際に戦闘経験があるリューの言葉は、ギルド職員とは違った説得力があった。

 

「──ありがとう、とても参考になった!」

 

 あらかた教えてもらいたいことを聞いたベルが、リューに笑顔を見せる。頭を深く下げる少年に、彼女は薄く微笑みながら「頭を上げて下さい」と声を掛けた。

 

「今思えば、私に後輩は居ませんでした。【ファミリア】で末っ子だった私は、誰かの相談に乗るということがあまりなかった。少しでも役になれたのなら良かったです」

 

 それに、と彼女は言葉を続ける。

 

「扱う武器種が同じなのも助かりました。恥ずかしながら、他の武器種の心得はあまりないので。しかしクラネルさん。貴方の体格、それに戦闘様式(スタイル)を考慮すれば片手直剣(ワンハンド・ロングソード)ではなく短剣(たんけん)やナイフの方が適しているのではないですか?」

 

「ははは、よく言われるよ」

 

「何か、理由でも?」

 

 リューがそう問うと、ベルは「うぅーん」と悩まし気な声を出した。おもむろに彼は口を開けて独白する。

 

「理由という理由は特にないのだが……。ナイフを武器屋で試し振りした時、しっくりとこなかったんだ。他の武器種……大剣に戦斧(せんぷ)長槍(ジャベリン)──ああ、特に弓は全然駄目だったな。的に全く当たらなかった。どうやら私には、遠隔武器の才能は皆無らしい」

 

 いやはや恥ずかしいな、とベルはポリポリと片頬を掻く。

 しかしリューは笑うことなく、寧ろ「なるほど」と()に落ちたようだった。

 

「人には向き不向き、それぞれ適性があります。違和感を抱きながら無理して使うよりは、自分が使いやすい武器で戦いに臨む方が良いでしょう」

 

「そう言って貰えると嬉しい。やはり、貴女は優しいな」

 

「……他に何か聞きたいことはありますか」

 

「そうだなあ……あっ、もう一つだけ! これは妖精(エルフ)のリューにしか聞けないことだと思うのだが……」

 

 自分にしか聞けないこと? そう疑問に思いながらも、リューは「言ってみて下さい」と促した。

 ベルは相槌(あいづち)を返しながら尋ねた。

 

魔法種族(マジックユーザー)である妖精(エルフ)に聞きたい。『魔法』とはどのように発現するのだろう?」

 

「『魔法』ですか……」

 

「ああ、そうだ。私もやはり男子(おのこ)だからな、是非(ぜひ)とも『魔法』は修得したいと常々思っているのだが……これがまた、中々発現しなくてな……。何か条件でもあるのか?」

 

 ベルの質問にどう答えるべきか、リューは考えを纏める為に時間を使った。

 やがて、彼女はおもむろに口を開けると「一般的なことになってしまいますが」と前置きしてから、静かに説明を始めた。

 

「ご存知のことだとは思いますが、『魔法』とは『奇跡』です。一種の超常現象(ちょうじょうげんしょう)とも言えるでしょう。そして同時に、自然の摂理に反してもいます」

 

「そうだろうな。炎やら水やら風やらと、昔は神々の御業(みわざ)だと言っていたものだ」

 

「……?」

 

「ああいや、何でもない。話を続けてくれ」

 

 促され、リューは再開した。

 ベルからメモ帳を借りると、羽根ペンをすらすらと走らせていく。

 

「『魔法』は大別すると二つに分けられます。先天系と後天系です。先天系とは私のような妖精(エルフ)をはじめとした魔法種族(マジックユーザー)──つまり、対象者の素質や種族の根底に深く関わってきます」

 

「確か──『神時代(しんじだい)』の前、『古代(こだい)』では魔法種族(マジックユーザー)はその潜在的長所から修行、儀式によって早期修得が見込められていて……偏りこそあるが強力且つ規模の高い『魔法』が多いそうだな」

 

「その通りです。今でこそ『神の恩恵(ファルナ)』によって『魔法』と同時に『詠唱』も発現していますが……(いにしえ)の時代は魔法種族(マジックユーザー)が文字通り零から『詠唱』を考え、模索し、正常に発動するように研究していたのだと伝えられています。その際は事故──『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』が日常茶飯事だったのだとか」

 

「そう考えるとやはり、『神の恩恵(ファルナ)』の規格外さが分かるというものだなあ……」

 

「ええ、そうですね。そして後天系は『神の恩恵(ファルナ)』を媒介にして芽吹く『可能性』、自己実現と言えるでしょう。その人物が歩み、紡いできた物語(みち)……獲得してきた【経験値(エクセリア)】によってその人物だけの『魔法』が発現します」

 

 つまるところ、とリューは言った。

 

「『魔法』を修得したいというのなら、『冒険』をする必要があります」

 

「『冒険』か……」

 

「人の数だけ『冒険』はあり、そして意味があります。私も、他の上級冒険者もそうでした。人も、神々でさえも称える『偉業』を成し遂げた時、その者は『階位(レベル)』を上げることが許されます」

 

「『偉業』……『昇格(ランクアップ)』……まだまだ先のことだな……」

 

 リューは、賢者のようにその言葉を少年に贈った。

 

「クラネルさん、結局は『切っ掛け』です。特に後天系なら尚更でしょう。何に関心を抱き、認め、焦がれ、愛し、憎み、喜び、怒り、哀れみ、嘆き、崇め、悲しみ、憧れ、縋り、そして渇望するか。『魔法』とは先程も言った通り『奇跡』であり、そしてその『奇跡』を呼び起こすのは──クラネルさん、貴方自身だ」

 

 私が言えるのはここまでですと、彼女は言った。そして「時間です。私ももう行かなければ」と言うと、席から立ち上がった。

 

「ありがとう、本当に参考になった!」

 

「……いえ。寧ろ、抽象的なことしか言えずすみません。それではクラネルさん、私は此処で失礼します」

 

 そう言って仕事に戻るリューを、ベルは「仕事頑張ってくれ!」という言葉と共に笑顔で見送った。グラスに微かに残っていた果実汁(ジュース)を飲み切ると、現在時刻を確認すると、深夜の二十三時に差し掛かろうとしていた。

 

「そろそろ帰るべきか……」

 

 ベルは明日もダンジョンに行く予定だ。

 さらに明日からは長期契約を結んだサポーターの少女、リリルカ・アーデと行動を共にする。万が一寝坊でもしたら彼女からの心証は悪くなるだろう。

 そう考えたら早かった。ベルが帰り支度を始めると、来店時と同様、アーニャが近付いてきた。

 

「帰るのかニャ?」

 

「ああ、流石にな。これ以上はミア母さんにもどつかれそうだ。ヘスティアもそろそろ本拠(ホーム)に帰ってきている頃合いだろう」

 

「納得ニャ! そんじゃあ白髪頭、ちょっと待っててニャ! すぐに伝票を持ってくるニャ!」

 

 そう言ったウェイトレスは一度客の前から離れていった。彼女を待つ間、ベルは暇な時間を潰すべく店内をぼんやりと眺める。そして彼は「ん?」と疑問の声を出した。

 

「これは……インテリアか?」

 

 それは、白色の分厚い本だった。ベルの後ろの壁に立てかけてあった。ぽつんと置かれていたそれに、彼は今の今まで気付いていなかった。

 

(インテリアにしては……失礼だが、この酒場には合っていないような……)

 

『豊穣の女主人』は料理の味が絶品であることはもちろんだが、内装にも充分客への配慮がされている。豪華過ぎず、さりとて簡素過ぎず。冒険者と一般市民、どちらにも好かれるよう設計されている。

 木目調の落ち着いた壁に、白一色の本はあまりにも適していなかった。表紙には子供が書きなぐったかのようなでたらめな幾何学模様(きかがくもよう)が走っており、題名(タイトル)すらなく、どこか不気味深い印象をベルは抱いた。

 気になって本を凝視していると、アーニャが伝票を持って戻ってくる。

 

「白髪頭、お待たせニャー……およよ、どうかしたかニャ?」

 

「アーニャ、この本なのだが……」

 

 ああ、とウェイトレスは笑顔で頷いた。伝票を渡しながら、彼女はさらに笑みを明るくし言う。

 

「それはお昼に見付けたニャ。多分、というか間違いなく客の忘れ物ニャ。ミア母ちゃんの指示で此処に置いているんだニャ!」

 

「忘れ物か。こんな分厚い本を忘れる人もいるんだなあ……」

 

「全くもってその通り、とんだ迷惑だニャ! ──本日の合計、1000ヴァリスとなるニャ!」

 

「丁度で頼む」

 

「畏まりましたニャ! ……1000ヴァリス丁度であることを確認したニャ!」

 

「見送るニャ!」と言い、アーニャはベルを外まで見送ろうとするが、彼はカウンター席を立たず、尚も客の忘れ物だという本を魅せられたように凝視していた。

 アーニャはそんな彼に笑い掛けながら提案した。

 

「そんなに気にニャるなら、読んでみるかニャ?」

 

「えっ、良いのか?」

 

「うちでは忘れ物を保管するのは見付けてから一日……明日の昼までニャ。今日の営業もあとちょっとで終わるから、多分、忘れたことに気付いた客が取りに来るとしても明日ニャ。だから明日の朝に返してくれれば問題ニャイ! ……お願いします何も言わずに受け取って下さい。じゃないと──」

 

 最後に小声でアーニャは何かを呟いたが、ベルはそれを拾えなかった。

 瞠目するベルに本を強引に押し付けると、アーニャは「さあ、早く帰るニャ! ミア母ちゃんの雷が落ちるニャ!」と催促する。

 ニャーニャとひっきりなしに鳴く彼女の迫力にベルは負けた。ボディバッグに謎の本を仕舞うと、身体に掛け、背中を押されながら出口に向かう。

 

「一名様、ご退店ニャー!」

 

「「「ありがとうございました、またお越しくださいませ!」」」

 

 ウエイトレス達に見送られ、ベルは『豊穣の女主人』から出た。月と、魔石製品である街灯が照らす大通りまでアーニャは付き添うと、彼女は手を軽く振ってから酒場に戻っていった。

 ベルは「帰るか」と呟くと【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)に帰るべく帰路に就いた。

 大通りを出て、いくつもの小道を通り、やがて視界に映るのは寂れた教会。先日の休みに【ファミリア】総出──そうは言ってもたった二人だが──の一日掛かりで掃除をし、素人ながらも補強工事をしたおかげで倒壊することを多少は防ぐことが出来そうだった。

 用心の為に、誰にも尾行されていないのを確認してから、彼は『教会(きょうかい)(かく)部屋(べや)』がある地下に繋がる隠し廊下を降り、鍵を挿して静かにドアを開ける。玄関の魔石灯(ませきとう)のスイッチをオンにし、光量を調整する。

 

「ただいまー」

 

 小声でそう言いながら、ベルは小さいリビングを通過し、そのまま寝台に向かう。

 寝台(ベッド)の上では掛け毛布を被って、主神であるヘスティアが既に就寝しており、安らかな寝息を立てていた。

 眷族は彼女に毛布を掛け直し、「さて」とまずはロングコートを脱いだ。ハンガーに吊り下げ、ロッカーに収納するとそのまま寝間着に着替える。

 リビングに置かれているテーブルにはヘスティアからの書置きの手紙があり、ダンジョン探索の労いの言葉が書かれていた。

 それを読んだベルはそれはもう嬉しくてすぐにでも寝台(ベッド)に飛び込みたかったが、雑事が少々残っているのでまずはそれに取り掛かった。

 ヘスティアの横で臥位(がい)になった時は日を跨いでいた。

 

「全てを読むことは出来ないが……さわりの部分だけでも読もうか」

 

 ベルはうつ伏せの姿勢で両肘で顔を支えながら、預かった謎の本を読むことにした。

 古めかしい匂いがする表紙を捲ると、そこでようやく、謎だった題名(タイトル)が明らかになる。

 

「何々……──『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ ~番外・めざせマジックマスター編~』……副題、『ゴブリンにもわかる現代魔法! その一』……わぁお」

 

 素でベルは言葉を漏らした。

 これまでに多くの書物を彼は読んできているが、ここまでぶっ飛んだ題名(タイトル)は記憶にない。

 とはいえ、題名(タイトル)だけで判断してはならないことも彼は理解している。それでも彼は「魔法少女って何?」と突っ込まずにはいられなかった。

 脳が警戒音(アラーム)を鳴らすが意を決し、頁を捲る。

 

「内容はかなりまともだな……本当に良かった」

 

 題名(タイトル)にあったように、内容は『魔法』についてだった。偶然にもベルはつい先程、『豊穣の女主人』でリューと『魔法』について話して貰ったばかりだ。

 彼女から教わったことを復習をしながら、読み進めていく。

 また一頁、頁を捲る。

 

「しかし……これはいったい何だ?」

 

 一文と一文の間に細かく走っている『文字』。

神聖文字(ヒエログリフ)】は流石に読めないが、ベルは共通語(コイネー)をはじめとし、大半の亜人族(デミ・ヒューマン)の文字を読むことが出来るのだが──これはとても珍しいことで、大半は共通語(コイネー)と、その人物の種族の言語しか読めない──、そんな彼でも、その『文字』には見覚えがなかった。

 

「『文字』じゃなくて……『数式』、あるいは、それに準じたものか……?」

 

 疑問を抱きつつも、ベルは文章を目で追い、手をとめなかった。

 無意識下で、彼はそうしていた。

 また一頁、頁を捲る。

 ──刹那。

 それまであった『記号』の羅列とは打って変わり、突如として、【絵】が現れた。

 ベルは寝ているヘスティアを起こさないよう、静かに息を呑んだ。

 

(これは……?)

 

 それは【絵】であり、同時にそれは【顔】であった。

 時間の経過と共に()()は目を、口を、鼻を、耳を。首から下の身体がゆっくりと形成されていく。

 それまで見えていた光景ががらりと変わり、誰も居ない、音もしない、痛いほどに静寂に包まれた空間にベルは居た。だがしかし、彼は驚きこそすれ、不思議と恐怖はしなかった。

 深紅(ルベライト)の瞳を閉ざし、その(とき)を待つ。

 次に彼が瞼を開けた時には、

 

「……」

 

 視界に映る景色がまた変わり、天高く昇っている太陽と、無限に広がる蒼穹だけが、そこにはあった。

 光があり、風が旅をし、音が旋律となって鳴り響く。

 そして、一人の青年が、いつの間にかベルの正面に佇んでいた。

 

『──』

 

 黄金の防具。風によって揺れるは漆黒のマント。腰の調革(ベルト)に留められているのは二本の美しい長剣。

 処女雪を思わせる純白の髪に、燃えるような深紅(ルベライト)の瞳を輝かせて。

 ──青年は、笑っていた。

 口角を上げ、憎たらしいほどの清々しい程の笑みで、朗らかに笑っていた。

 ベルは、目の前の人物をよく知っていた。

 

「──」『──』

 

 二人の深紅(ルベライト)の瞳が交錯する。

 青年はおもむろに口を開けると、ベルに笑い掛けながら高らかに言った。

 

『さあ、始めようか! (ぼく)(わたし)の英雄問答を!』

 

 少年は笑い返し……──そこで彼の意識は暗転した。

 

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