さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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(きざ)

 

 迷宮都市(オラリオ)を囲むのは厚く、高く、そして堅牢(けんろう)な城壁を思わせる『市壁』だ。

 決して他所からの侵入を許さず、都市に入る為には各所にある検問所を通る必要がある。検問所を通るのは簡単だ。『神の恩恵(ファルナ)』の有無を確認するだけで良く、迷宮都市(オラリオ)は新たな住人を歓迎する。

 しかし、一度都市内部に入ると都市外に出ることは難しくなる。各地を転々とする旅人や商人なら手続きは比較的楽だが、【ファミリア】に入団している冒険者は難しい。それはひとえに、都市外に戦力が流れるのを管理機関(ギルド)(おそ)れているからであり、それは冒険者だけでなく神々も同様である。申請してから許可が通るまで数週間掛かっても可笑(おか)しくない。

 迷宮都市(オラリオ)には八本のメインストリートが通っている。それぞれは方角を示す頭文字(かしらもじ)が付けられ──例えば、『北西のメインストリート』などと呼ばれることが多い。都市をホールケーキに見立て、それを八等分すると分かりやすいだろう。

 

「今日も摩天楼施設(バベル)が輝いている。嗚呼……神々が私達を見守ってくれている」

 

 都市の中心部に高く(そび)えているのは白亜(はくあ)巨塔(きょとう)。地下にはダンジョンが、そしてそれぞれの階層にはとある鍛治系【ファミリア】のテナントや、神々しか利用出来ない施設が備わっている。そして二十階から上は神々が居住している神々の空間(プライベートルーム)だ。

 迷宮都市の象徴(シンボル)とも言える【神塔(バベル)】に神々が住みたいと思うのは、そう、可笑しいことではない。下界の住人──子供達と親交を交わす男神(おがみ)女神(めがみ)も居れば、天界に居た頃のように子供達を見下ろし、孤高を好む神も居る。

 尤も、あくまでも摩天楼施設(バベル)はギルドの管理下にあり住居費に法外な値段を要求される為、【ファミリア】の財政を考えると二の足を踏む神々の方が圧倒的に多い。都市でも有数の派閥(はばつ)、その主神だけが居座ることを許された神聖領域だ。

 

「噂によれば、最上階には()の美を司る女神が住んでいらっしゃるのだとか。私も是非とも会ってみたいものだ」

 

 手を振れば自分の存在に気付いてくれるかもしれない! そう考えた少年──ベル・クラネルは居るかも分からない女神に無邪気に手を振った。

 どのような容姿なのか、頭の中で妄想する。もちろん、口にすることはしない。それは女神への不敬であり、また、もし万が一、女神の眷族にでも聞かれたら殺されるだろうからだ。噂によれば『過激派』というものもあるらしい。

 

「しかし、考えること、思うことは自由!」

 

 うへへへ……と気持ち悪い顔になっていると、周りの通行人が距離を置いて歩いているのが分かった。中には娘の目に手を当てる母親の姿もある。

 流石にこれはまずいと判断し、そそくさと中央広場(セントラルパーク)をあとにした。

 

「すっかりと遅くなってしまった……。罪滅ぼしに何か買っていこうか……」

 

 うがぁーっ! と憤る幼女神を想像して、ベルはくすりと笑った。想像ではなく、実際に起こりそうなのが面白い。

 ちょうど営業していた屋台に近付き、()(どり)なるものを二つ注文する。

 出来たてを頼むと、店主は快諾した。待つ間、何もしないのも退屈なのでベルは世間話に興じる。

 

「店主よ、最近の景気はどうだ?」 

 

「ははは、餓鬼がそんなことを気にするんじゃねえよ! だがそうだな……最近は好調だな。もうすぐ怪物祭(モンスターフィリア)が開かれるから、都市郊外から観光客がわんさか来る! 昼間は嬉しい悲鳴を上げているぜ!」 

 

「ほう……怪物祭(かいぶつさい)か。その祭は大層賑わうのか?」

 

「あたぼうよ。って、なんだ、怪物祭(モンスターフィリア)を知らないのか? あんちゃん、見たところ冒険者だろう?」

 

「恥ずかしい限りだが、私はつい数週間前に迷宮都市(オラリオ)にやって来たばかりの新米でな。住んでいた故郷(むら)も片田舎で、俗世には疎い自信がある!」

 

 自信満々に言うことかよ! ドワーフの店主は豪快に笑った。

 それから談笑して待つこと数分。

 店主は揚げた肉を小さな紙袋に包むと、ベルに手渡した。 

 

「期待の新人冒険者(ルーキー)には恩を売っておく。二個サービスしておいたぜ!」

 

「おおっ、なんと有難いことか。いやはや、実は私が所属している派閥は団員が私しか居なくてな。正しく零細【ファミリア】なのだ。店主の厚意、このベル・クラネルがしかと我が主神に伝えよう!」

 

「はっはっはっ! いちいち大袈裟(おおげさ)な奴だ!」

 

 代金を渡し、ベルは店主に礼を告げてから去った。

 走り去っていく少年をドワーフの男は見届ける。暫しの間感傷に浸り、やって来た美人な女戦士(アマゾネス)母娘(おやこ)の対応をするのだった。

 

「ああ、今日も素晴らしい出会いがあった。私は今日のことを絶対忘れないだろう!」

 

 ふはははははは! と大声を出して目抜き通りを疾走する一人の少年。男神は指をさして爆笑し、高潔なエルフは眉を顰め、小人族(パルゥム)の少年は目を輝かせた。

 表通りから細道に姿を消す少年を、彼等はしかと目に焼けつけたのである。

 そんな彼が辿り着いたのは、廃墟同然の教会。

 神々を崇む為に建てられた二階建ての施設は、その原型を辛うじて保っていた。石材は所々剥がれ、苔も生まれている。今にも崩れそうな遺物。それは長い年月の経過と、同時に、人々に忘れ去られた哀愁を醸し出していた。正面玄関真上には顔半分を失っている女神の石像。それはまるで御伽噺に出てくる、女神という概念でしかなかった存在を象徴しているかのように微笑んでいる。

 

「女神よ、今日も私は無事であった。これも貴女の導きだ。感謝する!」

 

 石像に語り掛けたあと、ベルは躊躇いなく教会に入る。そのまま慣れた様子で祭壇(さいだん)の奥にある小部屋に入った。

 書物が収まっていない棚は(ほこり)が積み重なっている。本をこよなく愛する彼の主神が掃除をしたいと常々言っているが、中々機会に恵まれないのが現状だ。

 

「女神よ! 我が(いと)しの女神よ! 私が帰ったぞ! 貴女の唯一の眷族、このベル・クラネルがな!」

 

 一番奥の棚の裏にある地下階段を降りながら、そう言い、境界の役目を担っている金属製のドアを勢いよく開け放つ。

 

「女神ヘスティア、今、帰ったぞ!」

 

「お帰りー!」

 

 ベルの呼び掛けに応えたのは一人の女子(おなご)と言っていい年ごろの少女だった。

 幼い顔付きに、低い身長。艶のある漆黒の髪の毛をリボンで二つに結い──人はこれを『ツインテール』と呼んでいる──瞳は銀色。だが何よりも目を引くのは身体に不釣り合いな成熟した双丘だろう。服の上からでも分かるその豊満な胸は彼女が少し動くだけでたわわと揺れる。

 ()の女神──ヘスティア。天界から下界に降り立った超越存在(デウスデア)の一柱である。

 彼女は紫色のソファーの上に寝転がり、仰向けの姿勢で薄い本を読んでいた。それは以前、ベルが彼女に勧めた英雄譚だった。

 ちょうど読み終わったのだろう。冊子を丁寧に傷が付かないように閉じた後、彼女は「うーん」と伸びをしながら呆れたように、しかし、慈愛の笑みでこう言った。

 

「相変わらず、きみは元気だねぇー。ダンジョンに行っていたとはとても思えない元気振りだよ」

 

「ふははは。元気で居ることは大事だからな!」

 

「はいはい、分かった分かった。そんなことよりもベル君、ご近所様に迷惑だからもう少し声は抑えてくれるかい?」

 

「あっ、はい」

 

 ベルは素直に頷いた。ご近所付き合いの重要性は村に居た時も、そして今も何一つ変わらない。

 少年は外套(がいとう)を脱ぎながら部屋を一瞥した。

 此処が二人の本拠(ホーム)『教会の隠し部屋』だ。人が住むにはまあまあの広さの部屋は、しかし、地下なので陽の光が届くことはない。照明となるのは定期的に購入し交換している『魔石灯』だけだ。四方の角に飾り付けている。

 

「それで? 今日の稼ぎはどうだったんだい?」

 

 夕餉(ゆうげ)を協力して準備していると──【ヘスティア・ファミリア】独自のルールである──ふと思い出したように、ヘスティアがそう尋ねた。

 堪らず、ベルは苦笑いする。

 

「……それよりも前に、まずは眷族(こども)の心配をするのが主神(おや)の役目じゃないだろうか」

 

「いやいやいや、ベル君が怪我を負うところは全然想像出来ないよ。ましてや、生命(いのち)の危機だなんてねえー」

 

「……まあ、信頼されていると思うようにしよう」  

 

 そう自分で納得した。

 ベルがヘスティアの眷族(こども)になり、はやくも二週間が経っている。それだけ一緒に生活をしていれば、主神(おや)のことは充分に理解出来るというものだ。

 ヘスティアは良くも悪くも『裏』がなかった。喜怒哀楽がはっきりし、いつも感情を爆発させている。ベルとの相性は抜群に良く、彼等が出会って間もなく意気投合したのは言うまでもないだろう。

 

「私の話は長くなりそうだから、食事中に華を添える形で良いだろうか?」

 

「お? なら期待するぜ?」

 

「ふっ、未来の英雄、ベル・クラネルの冒険譚の一幕をとくと語ろう。ヘスティアの方はどうだった?」

 

「ボクはねー今日も屋台のアルバイトをしてたよー。ははは……女神がアルバイトってこの世界も随分と世知辛くなったものだぜ──って、どうしたんだいベル君?」

 

 ベルの異変に気付いたヘスティアが尋ねる。

 少年はぶるぶると震えていた。

 それは歓喜からだった。

 

「幼女で黒髪で巨乳でボクっ娘! やはり素晴らしい! 少なくとも私の好みではある! これだけでもヘスティアの眷族になった甲斐(かい)がある!」

 

「そ、そうかい? いやぁー、何だか照れるなー」

 

 丸皿を二皿(テーブル)に乗せ、幼女神は頬を掻く。

 女神であろうと、手放しで褒められるのはそう悪いものではない。むしろ嬉しいのでもっと褒めて欲しいくらいだ。

 だがしかし、ベルはそんな彼女の気を知らないで、アルカイックスマイルを浮かべて地雷を踏んだ。

 

「私が言うのもなんだが、恥ずかしくないのか?」

 

「本当にその通りだね!? そして女神相手に失礼だぞッ!?」

 

 うがぁ──ッ! と二本の己の得物(かみのけ)を揺らし、ぺちぺちとベルの両頬を叩く。最初は笑って甘んじて受け入れていたが、段々と痛くなってきたのでやめて欲しいと少年は割と本気(ガチ)で思った。

 

「全く……ベル君はもう少しボクを敬っても良いと思うんだよね」

 

「アルバイトでなんとか日銭を稼いでいる女神をどう崇拝しろと?」

 

 正論で殴られ、ヘスティアは呻き声を上げた。

 

「うぐ……ふ、ふふんっ! でもねベル君! きみは次の瞬間にはボクを崇めるだろうさ! (テーブル)を見たまえ!」

 

 そう言って彼女が指さした先では、大量のじゃがいもの揚げ物を乗せた大丸皿が、(テーブル)の上に乗っていた。その量は計り知れず、(テーブル)の大部分を占有している。

 ベルは「これは……ッ!」と目を見開いた。

 

「みんな大好きジャガ丸くんではないか! ヘスティア、これはいったい……?」

 

「ふふんっ、バイト先のおばちゃんがくれたのさ! ボクが売上に貢献しているからそのご褒美だって!」

 

 どうだ、見たことか! とヘスティアは大きな胸を張った。たゆゆん、と双丘が音を立てて震えたが、女好きだと公言しているベルでも、流石に不敬なので欲情することはない。

 なので彼は冷静さを保ちながら追及することが出来た。

 

「実際は?」

 

「……今日売れ残った廃棄処分のジャガ丸くんさ。捨てるのも勿体ないからとおばちゃんに押し付けられたんだ」

 

「なるほど」

 

 ヘスティアは死んだ目になった。

 神々が言えたことではないが、人間(こども)達はすぐに掌を返す。

 売れ行きが良い時は「偉い偉い!」と褒めてくれるのに、少しでも悪くなると「全部売りなよ!」と無理難題を言ってくるのだ。

 これが最近社会的問題になっている職場虐め(パワハラ)なのかと思った程である。

 

「今晩の主食はこれだよ……ははっ、すまないねベル君。でも先に言っておくけれど、今晩は寝かさないぜ」

 

「お、おう……流石の私も苦笑を禁じ得ないところだ。だがヘスティアよ。喜ぶが良い。土産を買ってきたぞ」

 

 刹那、幼女神はぱあっと顔を輝かせた。 

 何だいなんだいと子供のように(はしゃ)ぐ彼女を窘めながら、ベルは先程買った例の物を取り出す。

 

「屋台で買ってきた揚げ鶏だ。店主に無理を言って揚げたてを用意して貰った」

 

「おおっ! 揚げ鶏なんて、ボク、久し振りに食べるよ! あれ? でも量が多くない?」

 

【ヘスティア・ファミリア】は貧乏である。常に火の車である為、食費は意識して必要最低限にしていた。

 しかし、ベルが小皿に盛り付けた揚げ鶏の数は四つである。はっきり言ってこれは『豪勢』だ。

 今日は何か祝いの日だったかな? と思案する己が主神に、ベルは得意気味に胸を張る。

 

「私の見事な交渉術によって、二個、サービスして貰った! そう、私の見事な交渉術によって!」

 

「お、おう……そんな、大事な事だから二回言いました感を出さなくても充分に伝わるけど。でもベル君凄いぞ! 流石はボクの眷族(こども)だ!」

 

「そうだろうそうだろう!」

 

 ベルは小鼻の穴をぷくっと広げた。

 談笑を交わしながら夕餉(ゆうげ)の準備をする。それは正しく、ヘスティアが願っていた家族(ファミリア)の在り方そのものだ。

 やがて、(テーブル)には色とりどりの──否、こんがりと焼けたきつね色の食べ物が並ぶ。両者の手元には専用のグラスがあるが、中身は酒ではなく水だ。しかし、ベルもヘスティアも酒はあまり好まないのでこれは大した問題ではない。

 

「野菜がないのが減点だね……」

 

「そうだなぁ……すっかりと失念していた」

 

「知り合いの女神が農業を営んでいるから、今度、無料(タダ)で貰えるものは何かないか聞いてみるよ」

 

 ヘスティアは堂々と他力本願でそう言った。彼女は神友(しんゆう)に頼ることを全く(いと)わないのだ。

 ヘスティアは知っているのだ。神の矜恃(プライド)なんてものでは腹は膨れないことを。

 そしてそれはベルも同じである。眷族として主神を諌めるどころか、「流石は我が女神。優秀なコネがあるとは」と感心していた。

 

「よしっ、それじゃあベル君。今日もダンジョン探索お疲れ様!」

 

「ヘスティアもアルバイトお疲れ様!」

 

「「カンパーイ!」」

 

 グラスを鳴らし、一気に呷る。喉の渇きを清涼な水で潤し、ベルとヘスティアは夢中になって手を動かし、口を動かし、時に笑いながら幸福な時間を過ごすのだった。

 本格的に今日の出来事を話したのは「ベル君。さっきの話を聞かせてくれよ」とヘスティアが思い出した時だった。

 早く早く、神の気は長続きしないんだぜ? と催促するヘスティアに、ベルはニヤリと笑い掛けた。

 

「ならば語ろう。未来の英雄、冒険者ベル・クラネルが今日繰り広げた愉快な冒険譚を!」

 

 ベルは身振り手振りを使って敬愛している主神にダンジョン内での出来事を滔々と語った。

 2階層で遭遇したゴブリンの群れ。徒党を組んで自分を囲む怪物達(モンスター)。その危機的状況を自分が如何にして打破したのか。

 ダンジョンで見てきた物、新たな発見、その全ての情景(じょうけい)をベルは吟遊詩人のように語るのだ。

 

「──ぷははははは! やっぱりきみの冒険譚は面白いなあ! 飽きることがまるでないよ!」

 

 腹を抱えて笑い転げるヘスティアに、ベルは口角を上げて応えた。

 

「おっと、お客人。いつもならもう終わっているが、まだ私の語りは終わらないぞ」

 

「……?」

 

 怪訝や表情を浮かべる少女に、少年はばっとソファーから立ち上がり言った。それはさながら、演説をするかのように。

 

「ダンジョンは異常事態(イレギュラー)で満ち溢れている。我々冒険者は直面する度に窮地に陥る。そして私も今日──遂に異常事態(イレギュラー)に見舞われた!」

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 ヘスティアが言葉を遮った。

 ベルは不満そうに唇を尖らせ、抗議する。

 

「……ヘスティア、これからが一番盛り上がるところなのだが」

 

「それは、ごめん。でも一旦終わりだ。ベル君、聞かせてくれるかい? その異常事態(イレギュラー)を。ボクは眷族(きみ)主神(おや)として聞かなければならない」 

 

「──それが貴女(あなた)神意(しんい)なら」

 

 ベルは口調を改め、ヘスティアに余すことなく全てを告げた。

 ダンジョンを探索中、本来なら『中層』に居る筈のミノタウロスが『上層』に現れ、運悪く遭遇、鬼ごっこを繰り広げたことを。窮地に陥ったところを【ロキ・ファミリア】に助けられたことを。しかし、元々の発端は()の最大派閥の失態であることを──。

 

「なるほどね……よく分かったよ。ごめんねベル君。辛い記憶を掘り起こしてしまって」

 

 辛かったね、そしてありがとう。ボクの所に戻って来てくれて──労わるように、炉の女神(ヘスティア)少年(ベル)の頭を優しく撫でた。

 ヘスティアは銀色の双眸を鋭くすると、おもむろに口を開けた。 

 

「まずはボクの意見を言わせて欲しい。きみの担当アドバイザーとボクは同意見だ。【ロキ・ファミリア】を糾弾、管理機関(ギルド)に頼んで相応の罰則(ペナルティ)を与えたい」

 

「いや、それは、しかし……」

 

「彼等が都市最大派閥と言われているのは流石のボクでも知っている。彼等の名声──成し遂げて来た『偉業』は神々(ボクたち)からしても素晴らしいと称賛出来る」

 

 ヘスティアは言葉を続けた。

 

「ボクはね、ベル君。【ロキ・ファミリア】の主神とはお世辞にも仲が良いとは言えない。子供(きみ)達の言葉を借りるなら、『犬猿の仲』ってやつさ」

 

「……それは初めて知ったな」

 

 苦笑するベルに、ヘスティアは「今初めて言ったからね」と言った。

 

「だから──そう、これは主神(ボク)()()だ。眷族(こども)(ロキ)によって生命の危機に瀕し、それを嘆き、憤った主神(ボク)の暴走だと思って欲しい」 

 

 それは眷族のことを想いながらも、愛すべき少年を巻き込まない為の都合の良い口上だった。

 

「その上で聞こう。ベル君、きみはどうしたい?」

 

 銀色の双眸(そうぼう)──神の瞳がベルの身体を射抜いた。

 さてどうしたものかと……ベルは悩む。

 自分の意見は変わらない。例えそれが敬愛している主神(ヘスティア)の御言葉であろうともだ。

 しかし、ベルは同時に分かっているのだ。ヘスティアが割と本気で怒っていることを。

 神に『嘘』は通じない。

神の力(アルカナム)』を封印されていようと──彼等彼女等が超越存在(デウスデア)であることに変わりはないのだから。

 だから、ベルは深紅(ルベライト)の瞳を見開かせて言った。

 

()()

 

「……ッ!」

 

「『()』は気にしていません。確かに『()』は彼等の不手際で生命を落とすところでした。でも、彼等は間に合ってくれた。英雄譚に出てくる本物の『英雄』のように。()()()()()()()()()()()()()──」

 

 頭を下げ、少年は女神に()()した。

 嘘偽りない本心を吐露し、どうか怒りを収めて欲しいと誠心誠意()()()をする。

 沈黙。そして静寂の末に──。

 はあ、と炉の女神(ヘスティア)は深々と溜息を吐いた。

 

眷族(こども)にここまで言わせてしまったんだ。これ以上は大人気ないか。──きみが赦すのなら、ボクも彼等を赦そう」

 

 頭を上げようとするベルに、ヘスティアは「でも!」と指をさして。

 

「ベル君、ボクとの約束だ。何があっても必ず本拠(いえ)に戻ってくるんだぞ!」

 

 そう言ったあと、ふん! とそっぽを向く。ツインテールの漆黒の髪が揺れた。

 ベルはぱちくりと瞬きした後、笑った。

 

「ああ、約束だとも。私は決して約束を(たが)えない。 ──例え……たとえ、みっともなく、情けなく、人々に後ろ指をさされようとも。必ずや私は貴女の元に戻ってきましょう」

 

 その言葉にヘスティアは満面の笑みを浮かべた。

 小指を差し出し、繋がれるのを待つ。ベルは苦笑してから、自身も小指を差し出す。

 繋がれ、絡み……手が縦に軽く振られ──約束が交わされた。

 

「いよっし、それじゃあ【ステイタス】の更新と行こうか!」

 

 ほらほら、うつ伏せになってとヘスティアは要求する。

 ベルはインナーを脱ぎ、背中を顕にした後、命令通りの姿勢になる。

 上半身に馬乗りになった彼女は自らの血を背中に落とし、その華奢な手でなぞり始めた。そして左端からゆっくりと刻印を施していく。

【ステイタス】──『神の恩恵(ファルナ)』。

 神々が扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】を、神血(イコル)を媒介にして対象の能力を引き上げる、神々にのみ赦された絶大な力。

 神々が下界の住人──子供達から崇拝されているのは、畏怖されるべきだと思われていると同時に、この力があるからという一面もある。

 

「おおー! ()猛牛(ミノタウロス)と鬼ごっこを繰り広げたことだけはあるね。『敏捷』の【ステイタス】が凄く伸びている! 良い【経験値(エクセリア)】になったみたいだね」

 

 ヘスティアが口にした【経験値(エクセリア)】とは、様々な経験を通して得られる事象の名前だ。

 それは言わば、その者が経験した──辿ってきた『軌跡』。神々はそれを引き抜き、成長の糧に変換する。

 もちろん、『経験』と言っても量と質がある。そして量と質、これら二つが積み重なり、神々に認められる程の『偉業』を成し遂げた時──冒険者は『昇格(ランクアップ)』を果たすのだ。

 

「はいっ、今日は終わりだ!」

 

「ありがとう、ヘスティア」

 

 馬乗りをやめ、更新している間に用意した別の羊皮紙に【神聖文字(ヒエログリフ)】を共通語(コイネー)に書き換えていく──【神聖文字(ヒエログリフ)】を読解出来るのは下界では限られている為──間に、ベルは服に腕を通した。

 

「はてさて、私は今日どれだけ成長出来たのか! 大変楽しみだ!」

 

 興奮した面持ちを隠せず、ベルはヘスティアから羊皮紙を受け取ると凝視した。

 

 

 

§

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→I82

 耐久:I5

 器用:I93→I96

 敏捷:F302→F396

 魔力:I0

 

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【─】

 

 

 

§

 

 

【ステイタス】の概要は以下の通り。

 基本アビリティは『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の合計五つ。さらに各アビリティは上からS、A、B、C、D、E、F、G、H、Iの十段階で能力の高低がある。Sに近ければ近い程優れた能力を持ち、逆にIに近ければ近い程能力としては劣っている。

 基本アビリティ──熟練度を上昇させる為には、その分野の行動をするしかない。例えば『敏捷』では、ひたすらに走るしかない。もちろん、闇雲に走るだけでは量こそ満たしても質は満たしていない為満足な上昇は見込めないが。尚、熟練度の数値はSに近づく程伸びなくなる。

 そして一番肝心なのが『階位(レベル)』である。Lv.1とLv.2の冒険者はレベルという数値上の観点から見ればあまり差はないように見えるが、これは大きな間違いであり、彼我には『壁』があるのだ。

 ベルがミノタウロスから逃げたのもこれが大きい。Lv.1の新米冒険者ベル・クラネルではLv.2に区別されるミノタウロスにはとてもではないが適わないのだ。

 

「こうして改めて見てみると、ベル君の【ステイタス】には大きな偏りがあるねえ」

 

 ヘスティアが指摘しているのは、『敏捷』の基本アビリティだ。他のアビリティと大きな差がある。

 言われたベルはドヤ顔で。

 

「『逃げ足』には自信があるからな!」

 

「それを自信に出来るのはきみくらいだよ……」

 

「そう褒めてくれるな」

 

 褒めてはないけどねとヘスティアは言ったが、ベルは全く気にしない。

 

「しかし、今日も『魔法』は発現していないか……」

 

 残念そうに溜息を吐くベルを、ヘスティアは「また言ってるよ……」と思った。

神の恩恵(ファルナ)』を刻んだその日から今日に至るまで、ベルは『魔法』の有無を気にしていた。

 神々が下界に降臨し、『神の恩恵(ファルナ)』を刻むようになり、下界の子供達は『魔法』を発現する可能性を得るようになった。それまで『魔法』は特定種族の専売特許であったからだ。

 

「前々から気になっていたけれど、ベル君はどうしてそんなにも『魔法』が欲しいんだい?」

 

「決まっているだろう。『魔法』は英雄の象徴と言っても過言ではないからだ!」

 

『魔法』は文字通り()()()()を起こす。

 必殺技、切札とも言い換えることが出来るそれを、殆どの英雄が持っていた。

 そして彼等は絶大な力で敵を薙ぎ払っていくのだ。

 言わば、『魔法』とは(はな)なのである。

 

(いず)れは数千の『魔法』を修得したいところだ。そして【千の人間(サウザンド・ヒューマン)】と呼ばれたい!」

 

 いやいや、多くても三つが限界だから! それとその二つ名にはどこか聞き覚えがあるぞ!? とヘスティアは指摘しようとして、すんでのところで思いとどまった。

 眷族(こども)の夢を正論で壊し、傷付けるのは趣味ではない。

 ──と、そんな時だった。

 ベルが疑問の声を出す。

 

「ヘスティア」

 

「何だいベルくん」

 

「今更ながら気付いたのだが……私の【ステイタス】の伸び、可笑(おか)しくない?」

 

「そうかい? ボクにはいつものように感じられるけれど?」

 

「いやしかし……」

 

「そう思うのなら、それは多分、ミノタウロスとの鬼ごっこが理由じゃないかな」

 

「なるほど……確かにそう言われれば納得出来る」

 

「話は終わりかい? 明日も早いからね、ボクはそろそろ就寝の準備を──」

 

 決して目を合わせることなくいそいそと就寝の準備を始めようとするヘスティアに、ベルは言った。

 

「この『スキル』のスロットは何だ? 消した跡のようなものがあるが……」

 

「……あ、あー。期待させているようなら謝るよ。それはボクのミスだ。安心してくれ。『スキル』は何も発現していないよ! 『魔法』もね!」

 

「お、おぅ……そんな風に言われると硝子(ガラス)の心を持つ私は(へこ)んでしまうが、よし分かった。しかし、超越存在(デウスデア)である貴女であってもミスはするのだなぁ」

 

「あっはっはっ! それはもちろんさ! 『神の力(アルカナム)』があるなら兎も角、今のボクはただの一般人だからね! 当然、ミスだってするさ!」

 

 そう言うと、ベルはヘスティアが拍子抜けるほどあっさりと「それは大変だな! がははははは!」と頷いた。

 

「ボクは寝る準備をするから、ベル君は夕餉(ゆうげ)の後片付けをお願いしても良いかな?」

 

「承知した。このベル・クラネル、皿をピカピカに磨き上げてみせよう!」

 

 お任せあれ! と意気込んで台所に歩むベルを、ヘスティアは見送った。

 そして彼の背中──正確には刻まれた【ステイタス】と、自分が書き写した羊皮紙を見比べる。

 

「おめでとう、ベル君。きみの大願(ねがい)はきっと果たされる。ボクはきみをずっと見守っていよう」

 

 小声で呟き、慈愛の眼差しを送るが、少年は皿にこびり付いた汚れと格闘しているのか微塵も気付かない。

 主神(おや)として眷族(こども)の成長をいつまでも、いつまでも──。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I77→I82

 耐久:I5

 器用:I93→I96

 敏捷:F302→F396

 魔力:I0

 

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【英雄回帰(アルゴノゥト)

 ・早熟する。

 ・想い(いし)が続く限り効果持続。

 ・想い(いし)の丈に応じて効果上昇。

 ・想い(いし)は伝播する。

 

 

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